水が流れてる…?
強い水流だ。壁を突き破って、豪快に流れている。
何故この場に水が流れ出したのか分からないけれど、なんとなくこう感じ取れた。


「勝てたようね」


ラフメーカーの誰かの仕業であるのは確かだ。水の流れと共に闇が沈んでいく気配を感じたので。
一つの光は一つの闇に勝つことが出来たのである。
闇が沈んだ事実に気づいて、また安堵のため息をついた。
そして自分も役目を果たさなくては…、とブチョウはまず目の前の相手を睨むことにした。


「何だかんだ言ってもやっぱり闇は光に弱いじゃないの」


次々と沈んでいく闇の姿。
間接的なのだけれど悟れた事実。闇と光の関係は光のほうが強い立場に立っている。
だからブチョウは不敵に笑えるのだ。

同じく目の前にいる闇も似た笑みを零していた。


「ヒッヒッヒ!闇が光に弱いだって?」

「ぎゃーっしゃっしゃっしゃ!俺様たちを目の前にして、生意気な口叩けるんだな!」


ブチョウにとってみれば始めて見る闇である。
この瓜二つの闇たちは『S』と『M』。同じ顔なので全く区別がつかない。
辛うじて、『S』の髪が少し長いだけ。他は同じだ。

フェニックスの神秘なる光を追い求めて走っていたブチョウの目の前にこの二つの闇が現れたのだ。
そのためこの先に行くことが出来ず足を止めてしまった。
今までは影人間が湧き出てくるだけで闇本体は出現しなかったのに、突然闇が二つも現れたので少々驚いた。
そして奴らは、「これから先、絶対に通さない」と言っている。
だからブチョウは感づくことが出来た。

この先に、フェニックスがいるんだ…!


「私はあんたらみたいな雑魚を相手にしてる暇なんてないのよ。さっさとどきなさい」


手を伸ばせば届くかもしれないフェニックスの存在。
それを逃したくなかったからブチョウは足を踏み出して前に体を傾けた。
しかしすぐに闇たちが妨げに入る。


「俺様たちは闇だよ?それを雑魚というなんてお前もかわいそうな奴だな」

「闇の恐ろしさを知らないから平気なこと言えるんだ。かわいそうにな」


同じ顔の奴らに「かわいそう」と言われてしまい、ブチョウの眉がぐいっと寄る。
「かわいそう」といわれる意味が分からないからだ。


「何言ってるの?かわいそうなのはそっちの方でしょ。私に相手にされないんだから」


ブチョウははなから目の前の闇なんて見ていなかった。
ブチョウの目線は近くにいるはずのフェニックスの元にある。
今までずっと追い求めていたものがもうすぐそこにある。
その現実に心を躍らせているから、目の前の連中を相手にしたくないのだ。

一刻も早く彼の元に行かなくては。
それなのに闇は邪魔ばかりしてくる。


「お前の言っていることは面白い!今から消える存在だってのにいつまでも強い意見を言ってるんだから」

「偉いそうに胸張ってる奴ほど実践力に欠けていて戦う術を持ってない!弱い証拠だ!」


気配で分かる。奴らからは随時殺気がみなぎっているということに。
"気"はエキセントリック一族内でも差が生じているようである。
『L』と会ったときは全く殺意を感じなく、むしろ空気が和んだ気がした。
対して目の前の闇『S』と『M』からは殺意を感じ、それで出来ているようにも感じ取れる。
奴らは、戦う気だ。
すぐに悟れた。
だからブチョウも武器を構えた。
これが武道の礼儀であるから。
相手にしたくないけれど、戦う気があるなら別だ。


「『弱い』って言われたからには、黙ってはいられないわね」


ブチョウは防衛隊に勤めていた時期がある。
彼の存在があったからこそ防衛隊に入隊したのだ。
ここに入ることが最も彼に近づける近道だと思ったから、地道に戦って上に這い上がり、彼の隣に立つことが出来るようになった。
しかし、その幸せも刹那で閉じる。

闇の塊エキセントリック一族の気まぐれな考えは「世界を闇の支配下におきたい」。
珍しい人種である鳥族は見事狙われ、闇になって消える運命になるところだった。
ブチョウの実力によりエキセンの計画は少し進路を変えることになったけれど奴らはドサクサに紛れて珍鳥のフェニックスを捕まえることに成功していた。
何故フェニックスが捕まったのか分からないけれど、ブチョウはこの城にいる闇全部が許せなかった。

何気に『L』のような闇の存在も許せなかった。
確かに彼らはいい闇だと思う。
だけれど、それならば何故、フェニックスを助けなかった?

闇の者たちはフェニックスを捕まえることで利になるけれど、こちらにとっては損になる。
フェニックスが消えたことによりブチョウは深く悲しんだのだから。


「私はあんたらをどん底に沈めてから手を伸ばすわ。ポメを自分の手で取り返してやるのよ」

「ポメ?ポメってあのチビのことか?」


闇への恨みが燃え盛る中、ブチョウに向けて『S』が目を細め楽しそうに笑みを広げていた。
「チビ」の単語にブチョウの燃え盛る気持ちも少しだけ勢いを抑える。
フェニックスのポメ王は誰が見ても「チビ」と言える人物だったからだ。
実際にフェニックスを見ていないと知らない事実をこの二人は知っている。

何度か見たことがあったのだろうか、そう思っていたけれど実際にはそれ以上のものだった。


「言っておくけど、フェニックスを監禁していたのは俺様たちだ」

「…な、何ですって…!」


奴らがフェニックスを捕まえたのか。
しかし『M』が違うと首を振った。


「俺様たちはただの"管理人"だ。実際に捕まえて"血"をとっていたのは俺様たちじゃない」

「全くだ!血をとるんだったら俺様だって出来るのにHの奴!俺様じゃみじん切りにして危険だと言って俺様が寝てる間に部屋に鍵かけやがって…!」

「ぎゃっしゃっしゃ!そりゃそうだよ!Sは遠慮ってもんがないからな!」


軽く流れていった言葉が真実だった。
捕まえて血をとったのは奴らではなくて他の奴ら?
それが『H』だと?

『H』…どこかで聞いたことがある…。
そうだ、死神こと『O』と一緒にデスシップ号に乗っていたときのことだ。
『O』がブチョウに向けていっていたのだ。
ブチョウの声をとったのは『H』だと。

『H』…奴はブチョウの声をとったオカマ。
そしてフェニックスを捕まえたのも、『H』、だと…?


「オカマの野郎がポメを…!」

「ヒッヒッヒ!ちゃんと話を聞けよ、一人で突っ走るなって」

「Hはフェニックスを捕まえろって命令しただけ。捕まえたのはHが出した影人間」

「どっちにしろ同じじゃないの…!」


フェニックスを捕まえろ、その一言が全てを狂わせた。
なんてことだ。あのオカマは自分から声を奪っただけでなく、大切な人までとっていったというのか。

最悪な奴だ…!


「何ー?戦う気なのか?お前じゃ無理だって。俺様たちは二人で最強なんだからな」


考えが固まった。
「闇」、この存在を絶対に許さない、と。

だからこいつらも許せない。
監禁してフェニックスを逃がそうとせずにずっと見ていた奴ら。
いわゆる『H』の気まぐれに協力しているということだ。
なので許せないのである。

武器のハリセンを片手で力強く握って。
憤ったときの熱さで蒸発した唇を潤すために唇を巻きいれて。
目をすっと閉じて。

やがて目を開けて二つの闇を睨んだ。


「私を通しなさい」


『H』をどうしても沈めたい。
あいつの気まぐれが自分の人生のレールを踏みにじって不安定な姿を象らせた。
どうしても奴を沈めたいから、この闇たちも沈める。
そしてこの手でフェニックスを掴む。

邪魔をするものは全て廃棄する。

しかし刹那のことだった。
あまりにも唐突過ぎて初めのうちは何が起こったのかわからなかった。
横腹の熱さ、この熱さはなんだろうか。

横腹を切られたのである。


「…っ!」

「ヒッヒッヒ!先手必勝っ」


いつの間に刺さったのか、横腹にはナイフが刺さってあった。
『S』が投げ飛ばしたのだ。


「こいつ…!」


事を理解してブチョウが強く舌を打った。
そしてナイフを抜き取って自分の横腹から血が出ていくのを目にとどめる。
その間に『S』はゆっくりと手のひらを空気中に泳がせ、空気を掴んでいた。
空気は武器に変換し、『S』の手のひらに収まる。
ブチョウが投げ捨てたナイフより長い刀が闇色の光を放った。


「戦闘ってのは気を緩めた奴が負けになるんだ!」

「…不意打ちじゃないの。そんなの、弱い者がやる手段ね」

「口は慎んだほうがいいんじゃないか?」


速い。
気づいたときには『S』はブチョウの目と鼻の先に身を構えていた。
刃先は確実にブチョウの胸を狙っている。心臓を貫く気だ。
『S』の動きを予感して、今度は無事に避けることができた。
ブチョウは後ろに体を投げ出して、しかしその隙にまた刃が襲い掛かってきて、体勢を崩して足を滑らせてしまう。
膝を突いて、手も地面に預ける。
ブチョウが俯いているところを狙って『S』の刃はブチョウの首を捕らえた。


「!」

「…」


しかし場に流れた文字は沈黙であり、効果音は血が噴き上がる音ではなく金属音であった。
『S』の刃の動きを、刃が止めたのだ。
先ほど腹に刺さっていたナイフを使ってブチョウが妨げたのである。

それからブチョウは自分のペースに持っていこうと、足を突き出して『S』を転ばせようとした。
だけれど奴は長いローブを身に着けているために足がどこにあるのか分からなかった。
ブチョウの足は『S』の両足の間に入り、空振りとなる。


「どこを狙ってるんだ?ヒッヒッヒ」


ブチョウが攻撃をはずしたことが面白くて『S』は笑い声を上げる。
その隙にブチョウは自分の腹からあふれ出る血を使って陣を描いていた。
一度攻撃が外れてしまったので、今度は確実に狙いを定める。
そのために召喚魔方陣を描いて、急いで唱えた。


「ま゜」

「「どうやって出したのその発音?!」」


緊迫した空間に流れた謎めいた発音に思わず『S』と『M』が声をそろえて驚愕した。
しかしブチョウは「そんなに呑気にしていていいのかしら」と口元を歪めていた。

詠唱により、魔方陣が光り輝いた。
光は爆発を生んで煙と化し、場の空気を揺らめかす。
危険を察した『S』は地面を蹴ることでブチョウから離れ、『M』がいる場所へ戻って首を上げた。
同じ顔の二人が見上げる先には、立ち上がる煙の中にある大きな影があった。

ブチョウは、名を呼んだ。


「召喚獣、白」


名を呼ばれると、煙から手が突き出てきた。
続いて足、胴、顔と次々と形が出てくる。
大きなもの、それは白い竜だった。

竜の登場に闇の二人は驚きの声を上げていた。


「お前って召喚獣の使い手だったのか。それにしても斬り応えのありそうな相手だヒッヒッヒ!」

「白竜か!どんな風にして俺様をいたぶってくれるのか楽しみだな!」


『S』と『M』が正反対の意見を出しているころ、ブチョウはナイフを懐に仕舞い、手にハリセンだけを持って腕を伸ばしていた。
ハリセンを闇に向けて、声を白(はく)に向けて。


「さあ、やっておしまい」


ブチョウから命令を受け、白は強く吼えて闇に威嚇した。
首を上げて空を炎に変える。口から炎を吹き出したのだ。
それから口いっぱいに炎を含んだところで闇に向けて吐き出す。

炎は手前に居た『S』に向かって流れていたが、『M』が『S』の腕を引くことにより彼が炎を浴びることになった。
しかし『M』は炎を浴びて気持ちよさそうであった。


「ぎゃーっしゃっしゃっしゃ!気持ちいい!もっともっと俺様をいたぶって!」

「…っ」


このときブチョウは『M』がマゾヒストだということに気づいた。
炎を浴びて気持ちいいという『M』だけれどこちらの立場からすると『M』の存在が気持ち悪い。
そのころ『S』は『M』を盾にして腕を組んでいる。
何気にこの二人、同じ顔なのに体質は全くの正反対のようだ。
『S』は戦うだけ戦って防御をしない。彼女の防御を勤めるのが『M』なのである。
二つの闇、それはまさに二つで一つの存在だった。

一瞬だけ気が引いてしまったけれど、すぐに気持ちが浮上した。
奴らの弱点を見抜いたのだ。


「あんたら、1対1じゃ戦えないのね。苦手な部分を互いに補わないと立つことが出来ないなんて、弱いわね」


ブチョウの意見に対抗したのは『S』だった。


「お前こそ、召喚獣に戦いを任せるってことは自分じゃ戦うことが出来ないってことじゃないか!自分の腕で戦わない奴なんて弱い!」

「何言ってるの。雑魚は手下に戦わせるものでしょ?」

「む、むかつくっ!」


しかしブチョウに言い返されて、女の『S』はここで女特有の「負けず嫌い精神」を燃やした。
自分が握っていた刀をブチョウに飛ばして、「受け取れ」と命令する。


「分かった。それじゃこれから、俺様はMの力を頼らない。だからお前も召喚獣の力を頼るな。お前の相手は俺様だけだ」


ブチョウが刀を手に入れたのを見て、『S』も空気を掴んで武器を取り入れた。
闇色の刃をした刀が十文字に輝きを帯びている。


「ぎゃーっしゃっしゃっしゃ!何だよー!俺様を置いて刺しあいっこするのか?俺様も混ぜてくれよ!」

「Mは黙ってろ!あんなにぼろくそ言われて黙ってられっか!絶対にこの女をぶった切りしてやるっ!」

「え!そいつ女だったのか!」


男の『M』は相手の性別を判断することが出来なかった。これは観察力が無い男の特徴である。
思い切り戦いからはずされてしまい『M』は一人むなしくブチョウが出した召喚獣と遊ぶことにした。
といっても白も戦う気満々のようで常に『M』に牙を向けている。
そんな姿の召喚獣を見て『M』も嬉しそうに目を歪めた。


「お前なら俺様をたっくさんいたぶってくれそうだな」


『M』が炎に包まれて嬉しそうに声を上げているころ、女二人は刀を向け合っていた。
すでに腹を負傷しているブチョウを見て、勝ち誇った顔で『S』が問いかける。


「みじん切りにしようか?それともミンチボールになるか?」


危険な笑みを浮かべている『S』の問いかけにブチョウはたった一言で言い返す。


「アフロになりたいわ」

「難しい答えだな」


思わず『S』も冷静に感想を下していた。









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