一つの地帯がまた光に包まれた。
闇が光に押しつぶされて、力を消してしまうのだ。
そのため闇魔術を発動できなくなって、それはいわゆる「負け」となる。

相手がどこにいるのか追跡できる能力、これは闇の中でも彼女しか持っていない力だ。
『Q』と『N』の闇が沈んだ瞬間も探知できたし、あの邪悪な『V』の闇が光に潰されたところもすぐに察知できた。
闇の中で最も『鋭い』のは彼女だ、闇たちもそう思っていた。

闇が次々と消えていくのがいやでも頭に流れてくる。
『K』はこのときだけ自分の能力に耳を覆った。


「嫌ですー…何でみんな倒れていっちゃうんですかー…」


まさかあの『V』が倒されるとは思ってもいなかった。だから『K』はその現実を信じたくなかった。
しかしこれが現実であり真実なのである。

今まさにエキセントリック一族は光との遭遇で力を消していっている。
世界にとって見れば喜ばしい光景。しかし闇にとって見れば恐怖の二文字に縛られている光景なのである。

『K』は自分の部屋のベッドに座り込んで、枕をギュッと抱き恐怖をこらえた。


「助けてくださいー…もー嫌ですよー…」


抱いている枕には右寄りに星の印が手書きで描いてある。
これは彼のことを想像して『K』が描いたものだ。


「L様ーあたし怖いですー……」


大好きな『L』のことを想いながら愛しく枕を抱いていく。
しかし、大好きな彼の姿が何故か頭に映らない。こんなにも想っているのに『L』の居場所を探知できなかった。

ギョッと目を見開く。


「な、何でL様の居場所を突き止めれないんですかー?」


周りに誰もいないことを知っている。全てのものを探知できるから。
誰も答えないとわかっているからあえて声にその恐怖を込めた。
彼の居場所を突き止められない、という恐怖を。

しかし逆効果であって、より恐怖に押しつぶされてしまう。


「い、嫌…何でL様を見つけられない…?…もー…わからないですー…」


探知しようとしても、頭に過ぎるのは雑音。
雑音が流れるなんて…なんて恐ろしいことなのだろうか。おかげで混乱する一方だ。
いつもならすぐに『L』の居場所を突き止めることが出来るというのに。

大好きだから彼の全てを知りたい。だから常にこの能力を使って追っていた。
実のところ、
彼が天使を好きになったことも知っている。
彼が天使を胸に入れたことも知っている。
彼が天使に思いを告げたことも知っている。
全て、探知できていた。

『K』は『L』が天使を好きになったことに対して何も感情を抱かなかった。
怒りや悲しみなど起こらなかった。むしろ喜んだ。
ああ、『L』がついに運命の人を見つけたんだな。そう思えるのが嬉しくて随時彼の動きを見ていた。

しかし、そのときに一度だけ彼の姿を見失ったことがある。
一度だけあったのだ。


「…ま、まさか…?」


抱きしめていた枕をベッドの上に置いて、ようやく『K』はベッドから降りた。
そして自分がこれから向かう場所に足を震わせた。


「…L様、何でPの元に…?」


一度だけ彼を見失ったときというのが、彼が『P』と遭遇したときだった。
『P』の闇の存在が強烈過ぎて頭に情報が入ってこなかったのだ。
そして情報が頭に入ってくるようになったときにはすでに『L』は部屋に寝込んでいた。
なので『P』が彼を追い詰めたんだとすぐに察知できた。

今もきっと『L』は『P』に追い詰められている。
だから頭には雑音しか入ってこないのだ。

鋭い勘で『K』は部屋から勢いよく出た。


「L様、待っててくださいねー…!」


『P』がいる場所ぐらい予想できる。
奴は部屋に篭りっぱなしだ。だから絶対にあの闇の地帯にいる。
そう分かったので『K』は一目散に闇の地帯へ足を踏み出しに走った。

こんなにも光が強い城の中でも、『P』は自分の闇を持っている。
本当に恐怖の塊だ。光より恐ろしい物体。
『L』はそんな『P』と向き合っているのだ。だから助けに行かなくちゃ。

光に押しつぶされていく仲間の闇の存在が哀れであり恐怖であって、『K』は震えていた。
だけれどこんなことでは駄目だと思った。
みんな戦っているんだ。
敵である光と戦っている。
そして『L』は世界を狂わせようとしている『P』と戦っている。

『P』に反することなんて難しいだろうに。
さすが『L』だ。彼は本当にすごい。
だからそんな彼の応援に行きたいのだ。
彼の手伝いをしたいのだ。

この能力で彼の手助けをしたい…。  
だから、闇の地帯に入った刹那に叫んだのだ。


「L様ー!PはクソッタレBの背後に立っていますー!」


闇に覆われていて『L』がどこにいるのか目に見えない。
だけれど意外にもこの闇の地帯に入ったとたんに彼らの居場所を突き止めることが出来た。
確かに雑音がひどいけれど、分かる。『P』のいる場所が最も雑音がひどく闇が強いので。

『L』に向けて叫んだけれど、返ってきたのは『B』の怒鳴り声であった。


「誰がクソッタレよっ!失礼な奴ねっ!」

「Bちゃん後ろ!」


『B』はどちらかというと『K』の言葉遣いを気にかけたようだ。
そんな『B』の背後に『P』がいるとの情報で『L』がすぐに指を鳴らす。すると確かにそこには『P』がいた。
『P』本体ではないけれど彼女の闇があった。
そして無事に『B』を庇うことが出来た。
『L』は心強い闇の登場に心を晴らせ、『K』に向けて礼を告げる。


「ありがとKちゃん。まさか加勢に来てくれたのか?」

「そのまさかですー!L様ご無事でしたかー?」

「大丈夫だ。だけどKちゃんも無理しないほうがいいよ。ここは本当に危…」

「L様、背後にPがー!」


『K』には見える。『P』の動きが。
闇と一体化しそうで見えづらいがそれでも『P』の後を追いかけて、居場所を『L』に教える。
『L』も素直に『K』の指示に従って動いていく。
このときに『L』の繰り出す魔術が全て闇のように見えたけれど『K』は気にせず探知し続けた。

そしてその中で、知る。


「…はあ?!Bの他にもJがいるの?!ウゼエー!本気でウゼー!って、Oもいるのかよ?!珍しいな今畜生ー!」


小声だけれど思わず本音を吐いていた。



『P』との戦い。
少しだけ、『L』たちの方に勝利が傾いた。
しかし圧倒的に『P』の闇が強烈であり、勝利も引き攣り笑いで『P』の方向へ向かってしまう。
やはり闇の地帯では強烈な闇の方が、強い。



+ + +


まさに通行の邪魔。
そんな廊下の中での戦い。

廊下という限られた範囲の中で合成獣を次々と繰り出していく『A』と対立しているのはチョコ。
しっかりと棍棒を握り締めて、思いを光に込める。


「フレイム!」


光を炎に変えて、合成獣に向けて放つ。
思いを込めるたびに火力を増す炎。なるほど魔法というのは使用者の心と同じなのか。
使用者の心が弱まっていれば魔法は弱くなるし、使用者の心が盛んに燃えていれば魔法も同じ様になる。
魔法も自分の体の一部なのだ。

今まで戦いに自主的に参加したことが無かったためにこのとき初めて体験した。
戦いは恐怖の塊ではないのだ。己を磨く修行であるのだ。
さあ、その修行で己を強くしよう。

合成獣を炎に包めて、しかしすぐに水をかけてあげる。
合成獣だって生き物だ。そう柔に苦しめたくないから。


「もう悪いことはしないでね」


チョコが囁きかけるとチョコと向き合っていた合成獣は大人しく身を引いた。
動物と会話が出来るから、合成獣を言葉で動かすことが出来るのだ。
こんなときに自分の力のすばらしさを実感した。

闘志がしぼんだ合成獣の姿に『A』は目を丸める。


「あひゃ!どうして戦わないんだ!」

「この子達だって本当は戦いたくないのよ」

「ひゃっひゃっひゃ!嘘っぱちな情報を容易く口にするんじゃないよ!」

「本当だもん!動物たちは好きで牙を見せてるわけじゃない!生きるために牙を見せてるの!」

「だから何だというのかね?」

「今この場で牙を見せる理由なんて無い!だから私の言葉をすぐに聞き入れてくれる。この子達はみんな優しい子たちなのよ」


『A』が作った合成獣なのに、実際にはチョコが操っているかのようだ。
なので『A』は不満を抱いていた。
しかしその不満は笑い声によって飛んでいく。
顔の角度で厚底メガネが闇色を帯びた。


「ひゃっひゃっひゃ!こいつらがみーんな優しい子だって?はじめに君に牙を向けていたというのに?」


痛いところを突かれてチョコは口を噤んだ。
確かに、合成獣たちは『A』の命令ではじめに牙を見せている。
チョコの説得が無い限り獣たちは牙を見せ続ける。

チョコが少しばかり焦りを見せた。『A』はまた笑う。


「ボクがこの子達のパパなんだ!君にどんなに言われようとも必ずボクの言葉を聞き入れてくれる!そうだろう?」


『A』が両手を振り上げると、身を引いていた合成獣がまた牙をむき出してきた。
なんてことだろうか。チョコの説得はあの一瞬だけしか効かないというのか。
しかしチョコも負けない。いつもの腰抜けの姿を見せずに、今は胸を張っていった。


「誰だって戦いを望んでいないよ!お願いだから無意味な戦いはやめよう!」


チョコは言った。


「私は仲間と戦いたくないの!獣たちもきっと私と同じ。知らぬ間に合成されていた哀れな魂のはずよ」


チョコに威嚇していた獣も口元を緩めた。よって牙が見えなくなる。


「私だって本当は普通に生きたかった。だけど合成されたばかりに私は………」


昔のことを思い出して胸がきゅーっと痛くなったけれど、それでも前を見て、『A』に訴える。


「そして、私と合成されているペガサスだってきっと悲しんでる!全てあなたのせいなんだよ!」



動物と会話が出来ることは嬉しいことだけれど
それを人々に恐れられた。

友達がいなかったから
チョコはいつも地面に落書きを描いて悲しさを紛らわせていた。
するとある日、落書きは光を帯びて魔方陣になった。
はじめのうちは何なのか分からなかったけれど、落書きを書くたび炎が燈ったり水が湧き出たりした。
これはきっと哀れな自分への贈り物だと思った。だからありがたく受け取ることにした。
しかしそれも最低限度の部分しかこもっていなかった。
なのでチョコは優しい魔法しか出すことが出来なかったのである。

これも全て、ペガサスと合成していることがきっかけであろう。

チョコの中に眠っているペガサスは感情を出すことが出来ずにいる。
そのため感情をチョコの手によって伝えた。魔法。

幼いころ、チョコが自殺に追いやられたとき、チョコは魔法で火を出して自分の喉を炙ろうとしていた。
危険な行為だった。人間、そう簡単に死んでは駄目だ。
だから喉に火が当たる前に火の威力を弱めて消したのである。直後に雨が降ったのだけれども。

ペガサスは一秒でも早く自分の存在に気づいてもらいたかった。
気づいてもらうためにチョコに魔法を使わせた。
チョコが魔法に頼っているときはすぐに力を貸した。
チョコが急いでいるようだったらすぐに足を貸した。
早く気づいてもらいたい、そう願ってペガサスは力を貸し続けた。

そして今ここでチョコはペガサスを意識した。
力を求めた。

どうか無力な私に力を貸してください、とチョコが願っている。
だからペガサスは喜んで立ち上がった。


チョコの願いのとおり、まずは獣たちを大人しくさせた。


「……え?」


この場に出ている合成獣たちがチョコの前に並んで身を伏せている。
ご主人様に叱られて反省してるかのように、頭が低い。
突然、態度が変わってのでチョコも『A』も驚くことしか出来なかった。


「どうしたのみんな?」

「おい!どうして"失敗作"に噛み付かない?ボクはお前らのパパだぞ!言うとおりに動かないか!」


『A』が両手を振り上げて無理にでも合成獣を動かそうとするのに、その通りにならない。
『A』の魔力より、チョコの魔力のほうが上だというのか?


「みんな、私の後ろで待っててくれる?」


チョコが声をかけると合成獣たちは指示通りに動いた。
低くしていた体も起こして、ゆっくりと背後に回る。そして腰を落とす。
背筋を伸ばして、獣たちはチョコの指示に従った。


「……これって……」


チョコは感づいた。
もしや自分があのとき願ったことが叶ったのか?と。

どうしてこんなことが出来たのだろうかと不思議に思った。
けれどもすぐに自分の行動を思い出すことが出来た。

そうだ。自分は
力を頼んだではないか。
ペガサスに力を貸して、と頼んだではないか。

そうか、ペガサスが自分に力を貸してくれたのか。
『A』に操られている合成獣を解放してくれたのか。


チョコは感づいた。
もしや自分の合成は成功しているのではないか、と。


「お願い、ペガサス。私に力を貸して…」


念を込めると、気力が湧き上がってくる。
これは魔力だ。ペガサスが貸してくれたのだ。

そうだったのか。ペガサス、あなたはずっと自分の中で待っててくれてたんだね。
自分の存在に気づいてもらえるようにずっとずっと身を潜めて待っててくれてたんだね。

ありがとう、待っててくれてありがとう。


「私は一人じゃなかったんだ。ずっとずっと一緒にいてくれた友達がいたんだ…!」


ラフメーカーよりも長い付き合いのペガサス。
それはまさに一心同体というやつだ。

チョコが願えば、ペガサスが自慢の魔力を放ってくれる。
これが、合成獣。
自分は失敗作じゃなかったんだ。
ただ、ペガサスの存在に気づくことが出来なかっただけなんだ。

もう怖くない。

今私は一人じゃない。そしてこれからも一人じゃない。
ペガサスがいる。
そしてラフメーカーもいる。

未来に待ち受けているのは、友達の笑顔だ。
いつも流している悲しみの涙なんかもう流さない。
今度流すとすれば、それは喜びの涙だ。


そんな涙を流せるように、ここで戦おう。
ペガサスと一緒に戦おう。
今ここでペガサスと誓った。








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チョコの力はペガサスの力でもあった。

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