なんとなくだけれど、近づいている気がする。
相手が神聖なる力を宿した鳥だからかもしれない。彼はそれなりに存在も大きい。
だから走る都度体内から勇気が湧き上がってくるのだ。
この道できっと正しい。
今自分は確実に目的地のルートを辿っているはず。
彼の元へ一歩一歩近づいていると思うと胸が高まる。

死神こと『O』が言っていた。フェニックスは生きていると知らせてくれた。
それを信じて今ブチョウは拳を奮って走っている。


「………」


ブチョウはひたすら走り続けた。
周りのことなんか目に入らない。
ときどき影人間が体を伸ばしてくるが完璧に無視していく。
しかし追手は多かった。
サコツが悪魔と魔王『V』を喰い止めているけれど、ここは闇の屋敷だ。影など魔物など何でも湧き出てくる。
それらがブチョウを仕留めようと手を伸ばすのだ。


「まったく、凡なみに邪魔な連中だわ」


この場にソングがいれば彼が鋭く突っ込んでいる光景を見られただろう。しかしこの場にはブチョウと影しかいない。
それがなんとも悲しい。
やはり仲間が周りにいないというのは、切ないものがある。

本当は隣にサコツがいたのだけれどサコツは危険な闇を相手に足を止めたのだ。
戦いが苦手だというのに、翼を広げて武器を構えていた。
サコツは自らの戦いに出たのだけれど、それはブチョウを逃すための行為でもあったのだった。

サコツが言っていた。ブチョウの綺麗な声を聞きたい、ようなことを。
だからブチョウは答えたのだ。後で聞かせてあげるわ、と。

ラフメーカーのメンバーの耳には何度かブチョウの本当の声が流れていたはずだ。
今の『H』の声がブチョウの声だから。
そのため実際には声を聞いている。けれどもサコツはそれでもブチョウの声を聞きたいといった。

声は一人一人違う。
今この喉に入っている声は違う人の声。大切な友人の声。
低い声なので暫くはしっくりこなかったけれど今では最高に美しい声だと思っている。
しかしこれは友人のものだ。返さなくちゃ。
自分にはきちんと声があるのだからそれを使わなくちゃ。

鳥族のみんなが目を細めて心奪われたように、美しい声だね、と言ってくれた。
あのとき彼も褒めてくれていた。

はじめのうちは声が美しいと言われるのがあまり好きではなかった。
だけれど失ってから気づいた。自分の声とは何て恋しいものなのだろうか、と。
声ほど自分と密着しているものは無いと思う。生まれたときから持っている声。
それが突然なくなるのだから、あのときはショックだった。

声を失ってしまえば彼を喜ばすことができないと思った。
彼は自分の声が綺麗といって笑っていた。
またあの笑顔を見たいから、
どうしてどうしても取り返したいのだ。自分の本当の声を。透き通るように滑らかで美しい声を。



「だから邪魔だって言ってるでしょ!」


今ではハスキーな声。それを背後に迫ってくる影人間にぶちかましてそのままハリセンで沈めた。
一匹を消したらそれを補う形でまた新たな影が人間の形を帯びて立ち上がる。
しかしそれもすぐに崩した。


「どいつもこいつも私のことが好きなのね」


うにゅうにゅと湧き出てくる影人間。
ブチョウがかき消しているともかかわらず数を減らそうとはしない。
魔方陣が描かれてあるハリセンで叩いていく。


「しまったわね、ハリセンの魔方陣ではすでにクマさんを出しちゃってるから使えないわ」


独り言を言いながらまたパシンと打つ。
召喚魔法は一つの魔方陣に一匹の魔獣しか出せない。
すでにクマさんを召喚してどこかで戦わせている。
しかし、こんな影人間如き、相手にしている暇は無い。

すぐにブチョウは行動に移した。
自分の親指を噛んで、血を滲ませる。


「私の邪魔をしないでちょうだい」


血の色に染まった親指、それを空に向けてからグルッと円を描いた。
すると血が親指の道の跡を残した。
円にダビデの星を埋める。これで作業の終了だ。

あとは唱えるのみ。


「ま゜」


世にも短い、しかし誰も発することができない詠唱を唱え、魔方陣が光を放つ。
強い光、しかしすぐに煙と化し、魔方陣はある獣を呼び出した。
あのブチョウが「獰猛過ぎる」と言うほどの危険な召喚獣、『紅』である。

赤い狼を召喚してからブチョウは走り出した。


「紅、こてんぱにやっておしまい」


とにかく先を急いでいるため、ほかの相手なんかしていられないのだ。
召喚獣を繰り出してさっさと姿を消すブチョウ。
紅はブチョウの命令どおりに影人間に襲い掛かる。
赤い狼が一つの影人間の首をつかんで振り回している光景がブチョウの背景に残った。


「…私はどうしても、前に進まなければならないのよ」


もう少し、もう少しで彼に会える。
今までずっと探していた彼に。

あのとき受けた告白を自分のものにするためにブチョウは後ろを気にせず前へ前へ足を伸ばし、希望を待ち望んだ。



+ + +


闇の者が作る闇の浅海。
細波が波紋を作る。


「やべーぜ!これってマジでやべーぜ!」


広場にいくつもの波紋を残して走っているのはサコツだった。
魔王『V』の危険な闇魔術から必死に逃げているのだ。
銃弾のような闇に当たってしまうと溶ける闇になってしまう。それを間近で見てしまったからサコツは悲鳴を上げることしかできなくなっていた。
当たると闇になる。恐ろしくて手を出すことができない。


「ぐふふ、弱きものは処分だヨ。お前も闇になれヨ」


『V』が邪悪な笑みを零して闇を放つ。それはサコツを狙って飛んでいくが食い逃げ万引きを繰り返していた彼らだ。逃げ切ることができた。
しかし、サコツに代わって近くにいた悪魔が犠牲になる。闇になって溶けていく。

また一人、闇になった。


「……」


自分が避けたせいで悪魔が溶けてしまった。
自分が避けたばっかりに…。
これは全て自分のせいだ……。

精神的に追い遣られる。


「何びびってるんだヨ?お前って悪魔のくせに弱ぇヨまじで」

「……」


腰に手を当て、火傷のような怪我を触る。
これは『V』の闇に当たったときにできたものだ。少し溶けて皮膚が変形している。

目の前にいる相手は、本当に闇の塊だ。
だからあんなに邪悪な笑みを零せるのだろう。

サコツが改めて『V』を危険人物だと察したころ、『V』は指先に闇を溜めていた。
黒い光が燈っているため、『V』の顔が黒く染まる。
その中に浮かぶ、笑み。


「何がラフメーカーだヨ?何が光だヨ?やっぱり光は闇に勝てないジャンか」

「…」

「世の中で一番強いのは闇だヨ。どっかのたらし野郎が光を落としたけどヨ、無駄な行為だったんだ。闇が光なんかに負けるはずないヨ」


『V』の言葉を否定したくて、ここでサコツは『V』と向き合った。


「違うぜ。光は強いんだぜ。だから俺らが勝…」

「何馬鹿なこと言ってんだヨ」


まだ反論の途中だというのに『V』はサコツの声を掻き消していた。
『V』の指先にたまる闇は次第に大きくなっていく。
けれどもサコツはマイペースに答えた。


「俺、馬鹿なのがとりえだぜ?」

「あ、本当に馬鹿なのかヨ!そんな損するとりえ捨てちゃえヨ!」


『V』から指摘を受けてサコツは一歩後ずさりをした。
そのときにできた波紋が『V』の元まで届く。波紋の大きさに『V』は目を歪める。


「この戦いでもぼくちゃんが勝つし、どの戦いにも闇が勝つに決まってるだろ?光が勝つと思ってんじゃねえヨ」


刹那、『V』は今までに見せたことの無い表情を作った。
それは驚き且つ動揺。顔の表情にあわせて指先の闇がしゅんっとしぼんだ。


「……うそだろ?…QとNが人間に倒されたのかヨ…!」


時間的に、『Q』と『N』が倒されてから結構時間がたっている。
それなのに『V』は今頃その情報を手に入れた。
これも光を強く浴びたからなのだろうか、何かと鈍くなっている模様。

そしてサコツも『V』の言葉により喜びを噴かした。


「まじでかよ!ソングとトーフがあいつらに勝ったのか!」


『Q』と『N』といえば、城に侵入したときに真っ先に現れた闇たちである。
通せんぼをする邪魔な闇たちを抑えるためにソングとトーフがそこで足を止めた。そのためサコツたちはここまでやってくることができたのだ。

そうか、ソングとトーフは無事に勝利を収めることができたのか。
やはり闇より


「光の方が強いんだぜ…!」


そのことが嬉しくてサコツは得意気に胸を張った。
対して『V』はふつふつと体を震わせる。それはやがて笑い声に変換する。


「ぐふふふふふ…光の方が強いって?馬鹿なこと言うんじゃねえヨ」


『V』は笑った。仲間が倒されたというのに。


「あいつらも馬鹿だヨ、人間に負けるなんてアホじゃねえの?闇に恥をかかせんじゃねえヨ」

「な…」

「闇が一番なんだヨ…!負けなんか許されるかヨ……!」


奴の脳内には仲間という言葉はないのだろう。
己が一番だと自負して笑う『V』。しぼみかけた闇もぎゅるっと膨らませて唐突に放った。
今まで以上に速い闇だ。
確実にサコツの頭に狙いを定めて飛んでいく。

そしてサコツも避けきることができなかった


「…!」


身を屈めたけれど、低さが足りなかった。避けきれずに闇が当たり、抉れて行く赤色。
よって、束ねていた髪がぶつりと切れた。


「チッ…髪に当たったのかヨ」


束ねていた髪が溶けて足元の浅海の一部となり沈んでいく。
今までチャームポイントとして扱っていた髪形が一気に解かれた。

長い髪が短くなり、自然と髪は下りる。耳に髪が乗る。
暫くは何が起こったのか理解できなかったが、今までむき出しだった額に髪がのったことに気づいて、ようやく事を理解した。
そして悲鳴を上げるのだった。


「うえああ?!俺のチョンマゲがああ!!」


みんなから「チョンマゲ」として愛されていたというのに、そのチョンマゲがなくなってしまった。
髪が短くなった上に束ねていないなんて、これでは今までの自分とはまるで違うじゃないか。
チョンマゲが消えたことでショックを隠しきれない。


「そこまでショックを受けることかヨ?頭が吹っ飛ぶよりマシだと思うヨ」

「俺はチョンマゲを愛してたんだぜ!」

「んなこと知るかヨ!」

「あああチョンマゲええ!チョンマゲがない俺なんて俺じゃないぜ…!」

「それなら死ねヨ」


サコツがショックを受けているというのに『V』は容赦しなかった。
直ちに闇を撃ってサコツに攻撃する。
しかし、今のサコツは悪魔化している。危険を察して身を倒して避ける。
束ねられていない髪はサコツの動くさまにあわせて踊る。

頭には変に違和感を感じ、腰には変形した皮膚。
サコツは思った。今自分は追い詰められているんだな、と。


「うへー…チョンマゲも消えちまったし、もう最悪だぜぇ…」

「ぐふふ。相手が悪かったな。ぼくちゃんは闇魔術師の中でも上だヨ。お前如きが倒せる相手じゃないんだヨ」

「…………」

「だからお前はどのみち死ぬ運命なんだヨ」


また闇が放たれた。しかも連射だ。
サコツは倒した身を転がしていくことで回避する。
しかし浅海の中を転がっているため体が少しばかり黒に染まってしまうけれど。


「こいつ、邪悪すぎるぜ…」

「『邪悪』はぼくちゃん自身ヨ。だからVって呼ばれてるんだヨ」

「んなこと言われても俺にはわからないぜー!」


何か説明しているけれど理解する暇が無い。『V』が休まず闇を撃ち続けているからだ。
立ち上がる暇も無く転がりっぱなし。だけれどそれも妨げられてしまう。

しまった、ここには自分と『V』以外にいたんだった。
それは大量の悪魔たち。

転がっていた身を悪魔に踏まれて、ようやく動きが止まる。


「げ…!何すんだ!」

「くくくく、悪魔のくせにびびって逃げてるんじゃねえよ」


この場にいる悪魔はみな、『V』の下で動いている地獄1丁目の悪魔である。
悪魔はサコツの動きを封じて笑っている。
腹を強く踏んで、サコツを苦しませる。

踏まれたときに体内の空気を一気に吐き出した。
サコツは苦しみもがくが、腹の上の足が邪魔で動けない。


「やめろ、離れてくれぇ…!」

「このまま魔王の餌食になれ」

「待ってくれよ!これじゃお前も餌食になるんじゃねえのかよー?」

「いいんだ。魔王の手伝いができるのなら」

「…!」


魔王思いの悪魔を見て、驚いたけれどなんだか癒された。
ああ、悪魔は邪悪な塊じゃなかったんだなあ、と。

一人の者のために自分の身を犠牲にすることができるなんて、すばらしいことだと思うから。
サコツはここで強く誓う。


「よっしゃあ!俺がお前らを助けてやるぜ」


『V』の危険な遊びの玩具として利用されている悪魔たち、彼らを助けてやろう。
そう思ってサコツは腹に乗っている悪魔の足を引いて悪魔を転ばせた。
するとその瞬間に闇が頭上を飛んでいく。
闇がこちらを狙って飛んできていたのだ。しかしサコツの一つの行動により回避することができた。

気づけば助けられていた。
悪魔は寝転がったまま唖然とした。


「お前…」

「礼はいらないぜ」


悪魔が礼を述べてくるだろうと思ってサコツはかっこよく言葉をそらした。
そして身を起こして『V』と再び向き合う。
『V』は肩で息をしていた。闇の連射は光の中では厳しい行為だったようだ。


「…何だヨ…後からこの光の効果が表れるのかヨ……!」

「なーんだ。やっぱり光のせいで力が制限されてたんだな」

「うっせーヨ!黙れ!」


見れば『V』の額には汗が噴き出ていた。
しかしそれを誤魔化すようにすぐさま闇を放ってくる。
闇は真っ直ぐにサコツの元へ来るけれども、もう避けない。

忘れかけられていたしゃもじを構えて強く一振りする。
するとしゃもじから出た風によって闇は消えていった。


「チョンマゲもなくなっちゃったし、俺はお前を許さないぜ…!」


口に出た理由はともあれ、『V』を倒したいという気持ちは変わらない。
奴のせいで自分は悪魔になった。
奴のせいで地獄の悪魔たちが邪悪な道を突っ走るようになった。
奴のせいでチョンマゲがなくなった。
奴のせいで母さんが悲しんだ。



「僕らも加勢するよ」


炎が燃え盛るサコツ、その上空から強く風が吹いた。
羽ばたく音も聞こえる、それは複数の音であった。

上空から流れた優しい声の存在にサコツはすぐに勝ち誇った表情を作った。
心強い仲間たちの登場である。


「よっしゃー!久々に暴れちゃおうよドラちゃん!」

「おうよー!って俺はドラちゃんじゃねえっつーの!何度も言わせんな!」









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