世界は青一色で成り立っている。空海に広がる無限の彩。


67.青い地帯


「―― そういうわけで少年の心臓をある少年に預けたわけだ」

「「お前の話、無駄に長ぇよ?!」」


再び鎌に乗ってピンカース大陸に上陸したクモマと『O』は、メンバーと合流すると先ほどあったことを全て話した。
『O』がクモマの心臓の真実を話したのだが、無駄に長い説明だったため説明終了後は全員が勢いよく突っ込むという境遇に陥られた。
しかし『O』は何事も無かったかのようにサラリと聞き流す。


「さて、少年の心臓もあの少年に任せたことだし、自分らは自分らの仕事をしよう」


イエロスカイ大陸を旅していた旅人にクモマの心臓を託したわけだが、果たしてきちんと心臓の中身を満たしてくれるかそれは分からない。
だけれど奴に懸けるしかなかった。
メンバーはクモマの心臓の真実を知り、ほっと安心したけれど倍に不安でもあった。
少年を信じるしか他が無いのだがそれでも心配なのだ。
果たして少年はきちんとクモマの心臓を作り上げてくれるのだろうか。
今は、複雑に道が伸びた心の境の中に閉じ込められた気分である。

そんなメンバーに対してクモマはいい笑みを零していた。
少年はもう一人の自分。会って良かったと心底から思ったのだ。
自分の心臓のおかげで地上に立つことが出来た少年の笑顔を見て安心した。だから自分も笑うことができる。

『O』の言葉を聞いて、クモマが頷いた。


「そうだね。僕らも仕事をしなくちゃ」

「しっかしよー俺らに仕事って何かあるか?」


惚けた声を張るサコツはクモマの心臓のことで頭がいっぱいのようだ。自分らの真の目的を忘れている。
だからブチョウが教えてあげた。


「あるじゃないの。今は無いけど」

「無いのかよ?!勝手になくすなよ!!」


やはりブチョウはブチョウであった。
話が進まないと困るため、トーフが前に出た。


「ワイらの仕事は、ズバリ『世界を救うこと』や!」


トーフの言うとおり、この世界は今やエキセントリック一族の仕業で闇に支配されつつある。
人々の中にある"笑い"を吸い取る厄介な"ハナ"。奴は幾多に広がっている。
"ハナ"の増殖を止めるために、"ハナ"の製造者であるエキセントリック一族を止めなくてはならないのだ。

エキセントリック一族は非常に強い。強敵である。
しかし奴らを倒さない限り、世界に平和は訪れない。

自分らの究極な任務を思い出しメンバーは身震いを引き起こすが、この震えの正体は武者震いだと気づく。
クモマの心臓のことも気になるが、心臓は少年に任せるしか頼りがないので今はもう忘れた方がいいであろう。
今はとにかくこの任務を果たさなくては。

一人一人、この手に懸ける気持ちは違うけれど、進路は同じ。
メンバーで円を作り、互いに向き合う。これからに向けて気合を入れた。


「僕は苦しんでいる人をこれからもずっと癒していきたい。それとこの拳で一発でもいいからあいつの顔を殴るんだ。僕から全てを奪った自称神の顔を!」


円の中心に伸びる一つの志。


「今まで友達がいなかった私だけど今は違う。周りに友達がいるからもう泣かない。泣かないと決めたから私も皆についていくよ!よろしくね!」


細い手が、クモマの手の甲に重なる。


「この旅を通じて俺は世の中に怯えていた自分を克服することが出来た!俺は本当は天使だった、それを知ることが出来たんだし今度からは強く生きるぜ!」


チョコの手の甲に力強い魂が乗っかる。


「私は愚かだったあの頃の自分を排除するためにこの旅に参加した。だからこれから全てを取り返しにいくわ。自分の声を再びこの喉に入れて、そしてあいつに…ポメに聞かせてやるのよ」


サコツの手の甲の上に手を乗せ、ファサファサッと不愉快な指の動きをする。


「あのオレンジ髪と約束した。俺は世界を救ってメロディを生き返らせる。ただそれだけだ」


気持ちの悪い動きを見せるブチョウの手の上に手を重ねる。しかしブチョウの手の動きは止まなく、気持ち悪さを手のひらで味わうだけだった。


「みんな、ホンマおおきに」


そして、最後の一人が腕を伸ばす。
重なっている手たちの元に届かない手の平はあどけなく空を掴んでいる。
それに気づき全員が腰を落としてトーフの目線の高さに合わせた。


「ワイはラフメーカーやない、ただの化け猫や。中途半端な姿の人間やしよぉいじめられたけどな、今ワイは幸せやねん!あんたらと楽しい旅をすることができたんやからな!」


ラフメーカーの手の甲にトーフのもみじ型の手が重なる。
個性溢れる6つの手は、それぞれの気持ちが篭っている。
それを世界に放つために、トーフが声を張る。


「みんな!これからエキセンを倒して世界を救うで!」


全員の手に気持ちが燈り、その重さで重なった手が一斉に下に落ちる。
重たい想いを放つために全員がそこから手を引っ張り上げ、やがて気持ちを世界に放った。

気合を入れて全員そろって掛け声を出した。


「「ウンダバー!!」」


変な掛け声がその場に響き、クルーエル一族の二人は驚きのあまり後ずさりをしてメンバーから離れていった。
そしてソングも自分の過ちに気づいて「何故ウンダバなんだよ!」と突っ込んで恥を誤魔化した。

全員、エキセントリック一族には恨みを持っている。
奴らの魔術のせいで狂わされた人生。自分ら以上の苦しい思いを誰にもさせたくないこの深い気持ち。
だからこの重なった手たちで誓った。
奴らを倒して世界に平和を取り戻すと誓った。

目を合わせて全員が笑みを象った。
互いが個性を持った笑いを持っている。それぞれが世界を救える笑いを持っている。だからラフメーカーになれたのだ。
クルーエル一族も後ろからその笑みを拝見して、笑いの素晴らしさを実感する。
そして、『O』も同じだ。


「うむ。すごい。これがラフメーカーか」


仲間の『L』からラフメーカーについてはよく聞いていた。
世界を救うために旅をしている団体だということで密かに興味を抱いていたのだが、なるほどこれがラフメーカーか。
そう関心を見せる『O』の横顔を見て、クルーエルの智も目を細める。


「俺らクルーエルは髪色だけが唯一の光の部分で、実際には闇に一番近い人類だ。だけどラフメーカーは笑みに光を持っている。それぞれが美しい笑みを零せるんだな」

「兄上だけ笑っていないのが非常に気になるんだが」

「仕方ないだろ。お前の兄なんだから」


意地悪く笑う智を叱るオンプ。二人のクルーエルを横目で見て『O』が口をゆがめた。


「クルーエルの中でも光はいるようだ」


それから『O』は肩に乗っている鎌を担ぎなおして安堵をついた。


「ラフメーカーがエキセンを倒すと気合を入れてくれたようでよかった」


息を漏らす『O』の存在に気づき、メンバー全員が『O』に目線を集めた。
『O』に背中を見せていた者も振り返ることで正面を合わせ、全員が『O』と向き合う。

ふとトーフが訊ねた。


「あんた、いろいろと知っとるようやけど、一体何者なんや?」


前に一度『O』と会ったことがあるトーフは前々から『O』のことを気にしていた。
全員の生気が無くなった村で『O』と会ったときに『O』はエキセンのことを話した。
エキセンは笑いある光が苦手だと遠まわしに言っていた。
あのときに『O』は正体を告げなかった。ただ「死神」と名乗っただけだ。
なので奴の本当の正体を知らない。

『O』は半分まで降りたまぶたを完全に降ろした。


「自分の正体か?自分は大した者ではない」

「んじゃお前何だ?全身黒づくめだけどよーまさかエキセンじゃねえよな?」


悪ふざけで言うサコツに全員が「まさか〜」と笑いを込み上げる。
だけれど『O』は素直に頷いていた。


「うむ。そのまさかだ」


『O』はそのまま自分の正体を今ここで告げた。


「自分はエキセントリック一族の中で『O』と呼ばれている」

「「マジでー?!」」

「俗に言う闇の者だ」

「「マジでー?!」」

「さっき鎌で飛んでいたのを見ただろう?」

「「そういえばそうだー!鎌で空飛ぶのはエキセンだけだもんなー!」」

「好物はプリンだ」

「「んなこと誰も聞いてねえよ?!」」

「とくにプッチンが好きだ」

「「蛇足すんなー?!」」

「焼きプリンは邪道だと思う」

「「お前の好き嫌いなんかどうでもいいわー!」」


普通ならば『L』と『B』がエキセンと戦っていると言う話をした時点で『O』が奴らの仲間だと気づくものだがラフメーカーは何気に鈍い者が多かった。
結局は本人から正体を告げられるまで気づかずにいたのだ。

目の前にいる者が我らの敵エキセンということで唖然とするメンバー。
その表情を見て笑いを堪えるのはハッティこと帽子屋であった。


「安心しろ。死神はお前らが知ってるエキセンとは程遠い奴だから」

「え?」

「こいつ、魔法使わないんだ」


俺も鎌に乗っているところしか見たことがないと笑う帽子屋にまた唖然とするが、何となく納得できる気もした。
毎回会うエキセンは闇を操ることが出来る危険な奴らであった。
尤も、『L』は闇魔術を使えないため一般魔術を繰り出して自分らを守ってくれたのだが。
それでもエキセン全員が危険な匂いを漂わせていた。

比べて目の前のいる者はどうであろうか。


「「うわ、アホ面してるな…」」


思わず全員で口を揃えてしまうほどに『O』はエキセンには見えないオーラを持っていた。
失礼なことを言われたけれど『O』は気にしていないようである。
そんな『O』に向けて今度はチョコが訊ねた。


「ねーねー、そういえばさっきLさんたちがエキセンと戦ってるって言ってたけど、私のLさんは無事なの?」


『L』たちの話題を振られ、『O』はここでようやく表情を濁した。
眉を寄せて俯いた。


「実は、不吉を感じるんだ」


全員がえっと目を丸めた。
そんな中で『O』は目を細めて続ける。


「こんなに心が落ち着かないのは初めてだ。きっと予期ならぬことが起こっている。こんな自分でも感じるほどだ、イナゴたちが今危険だ」

「「…!」」

「おい死神!そう思うならさっさと助けに行けよ!」


冷静に言う『O』を叱る帽子屋、しかし首を振られる。


「無理だ。自分は戦えない」

「何故だ?」

「…」


『O』は答えない。
なので帽子屋は憤慨を起こした。


「イナゴも吸血鬼もお前と俺を助けるために犠牲になったんだろ?!なら助けに行け!」

「そんなことできない」

「どうしてそう言いきれる?!」

「自分は、イナゴ以上に臆病だからだ」

「…っ!」


帽子屋が言葉を失っている隙に『O』は車の元へ向かった。
全体的に木を組み立てて形が出来ているウミガメ号に手を預ける。
車に体を向けているためメンバーに背中を見せている『O』、そんな彼に智が声を掛ける。


「イナゴというのはオレンジ髪のLのことだろ?あいつは今どこにいるんだ?」


鈍感のメンバーは、智の言葉によってようやくイナゴと『L』が同一人物だと気づいた。クモマとトーフを除く。
訊ねられて『O』は背を向けたまま答えた。


「城だ」


メンバー全員が間抜けな顔になる。城ってどこだよ、と。
しかしクルーエルの二人は納得した表情を見せていた。


「なるほど、城か。奴らのアジトなら場所を知ってる」

「そこにいると分かれば助けにいけるな」


背中を見せていた『O』だけれど、オンプの声に正直に驚いていた。
まさか、「助け」という言葉を聞けるとは思ってもいなかったから。
するとメンバーも成り行きで同意の声を上げていた。


「Lがそこにいると分かれば助けに行こうぜー!」

「私のLさんを助けなきゃー!Lさん待っててねー!」

「城がエキセンのアジトならばいい機会だ。オレンジ髪とキバ女を助けつつエキセンを倒すことができる」

「私たちが向かうべき場所は村じゃなくて城のようね。もう村の"ハナ"を消さないで直接エキセンを倒そうじゃないの」

「僕の心臓を作るために身を犠牲にしたLさんとBさんを見逃すことなんか出来ないよ!絶対に救ってみせる!」

「エキセンの城に行こうでー!!」

「「ウンダバー!」」


話している内にやる気が湧き上がったメンバーはここで拳を振り上げて気合を入れた。
ここでソングは再び「何故ウンダバなんだよ!」と恥を誤魔化す。
しかしクルーエル一族の智も一緒になってウンダバをしていた。隣でオンプがソングと同じようにツッコミを入れている。

そんな光景が後ろで広がっている。
背を向けていた『O』も振り向いて顔をあわせた。しかしすぐに定位置に顔を戻し、それから車に体を預ける。
力が緩んだため体が傾いたのである。

全員の気持ちを聞いて、『O』は車に体をくっつけて心から安堵した。


「イナゴとBちゃんを助けてくれることと、エキセンを倒してくれること、どれに対しても感謝だ」


エキセンを倒すということに安堵を見せる『O』、つくづく不思議な奴だな、と思う。
自分らの一族が倒されるかもしれないのに、安心していいものなのか。
しかし『L』は言っていた。「闇の中にも世界を救いたいと願う闇もいるんだ」と。

そうか、こいつも自分らと同じ気持ちを持っているのか。
世界を救いたい闇なのか。


青空の下、全員が笑みを零した。空の色によって青く輝く笑顔。
今ここにいるメンバー6人とクルーエル2人と『O』と帽子屋。計10人になっているが、人数が多い方が心強い。


「あ、でも俺は闘わないからな!お願いだ!俺をブルンマインに帰してくれ!」


しかし、帽子屋は手を貸してくれないようであった。









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目指せエキセン城!!

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