ラフメーカーの旅に付き物である車、ウミガメ号。
それに体を預けている『O』の背中を全員が目に収め、彼の仲間を救おうと深く誓う。
全員が口を歪めて微笑んでいるとき、一人だけ喚く者がいた。


「大体俺は帽子屋なんだ!帽子屋が店を開けたままでこんなとこにいていいはずがない!」


孤島ブルンマイン出身の彼、帽子屋。
彼は心臓作りに強制的に参加するハメになり、そのときに犠牲を喰らったのである。
大量の闇魔術師から逃げるために『O』が『L』の命令で帽子屋を連れて店から出た。
そのため帽子屋は今回、強制的に店から離れる運命になったのである。
つくづく自分ってついてない男だな、と涙を呑む帽子屋にクモマが気遣った。


「心配することは無いよ。君たちの話によると君はエキセンにやられたんだろう?ならいい機会じゃないか。一緒に戦おう」

「だから俺は戦わねえって言ってるだろ!」

「何や、あんたってまさかソングより凡なんか?」

「何だその言い方?!」

「そうだ俺は凡人だ!」

「うわ!?自覚した?!」

「すげーぜ!ソングより素直だぜ!」

「素直な奴ほどハートがワンダフルと言うし、あんたなかなかの男のようね」

「何だそのワンダフルって?!」

「ってか俺を店に帰らせてくれー!!」


店を開けっ放しで来てしまったことを相当悔やんでいるようだ。帽子屋は喚き続けた。
口を開くたび不満を打ち明ける帽子屋を見てソングとオンプが鼻で笑っている後ろ、智がここであることに気づく。


「俺らはどっちにしろこの大陸から離れてブラッカイア大陸に渡らなければならない」


ここからもう少し南にいけば、ほら見えた。海だ。
智に誘導されて少しばかり車を移動させたメンバーは世界に広がる海の存在に気づいて感嘆する。
こんな近くに海があったのか、と目の色を海色に染めた。

猫のように円い目に海を映した智は、この場でさり気なく提案を出した。


「海を渡っている途中、ブルンマインに寄ればいい。ブラッカイア大陸との間にある小さな孤島だから見つけることが出来るか不安なところだけどな」


一言多かったが、とにかく海を渡ればブルンマインにもブラッカイア大陸にもいけるようだ。
ならばその方法を取るしかないであろう。
メンバー全員が賛成ーっと手を上げて盛り上がっている中で、帽子屋が正統的に意見を繰り出した。


「海を渡ることには賛成なんだが、どうやって渡るんだ?」

「「あ」」


思わぬ盲点!
メンバーとクルーエル一族それぞれに、今までに体験した恥ずかしい出来事の数だけ体力消耗。
よってソング死亡。


「勝手に人を殺すなよ?!ってかどれだけ俺は恥ずかしい出来事を体験してんだよ?!」

「己の心に聞きなさい」

「……クソ、笑えねえ」

「笑えないほど恥ずかしい体験してるの?!」


「お前らって奴は…」


メンバーが恥ずかしい体験の数だけ体力を失っているところを無視して帽子屋はその場に座り込んだ。
行儀悪く胡坐をかいて、シルクハットの中から頭をガシガシ掻く。機嫌が悪いようである。
それはそうであろう。
彼は全てにおいて巻き添えを喰らい、居たくも無いのにこの場に居座る運命に立たされてしまったのだから。


「海を渡るならそれなりに考えろよ。船を作るなりしてみろ」

「「……」」


このときメンバーは、どうして他所から来た人にこんなこと言われなければならないんだ?と思った。
しかし注目を浴びている帽子屋は今にもタバコを吹かしそうな顔して苛立ちを募らせている。

そのとき、声を上げたのは全ての元凶である『O』であった。
姿を返して正面をメンバーに向ける。
ポンッと手のひらを拳で打って、ひらめきを起こした。


「そうだ。船を作ろう」


欲しいのならば作ればいい。
お茶を作ろう、に似た言い方をする『O』を見て、無論全員がずっこける勢いで体勢を崩した。
そんな単純に言われると気がどっと抜ける。


「「んなもん作れるかー!!」」

「心配ご無用。材料はここにある」


船を作るにしろ一からのスタートだ。まずは材料をかき集めなければならなくなる。
しかし『O』はその作業は必要ないという。
トントンと何か固いものを叩く音が響き、全員がそちらに目を向けた。
そこには『O』が立っており、『O』は自分の背後にあるものを叩いて音を奏でていた。

『O』の背後にあるものは、先ほど彼が体を預けていた、車。
ウミガメ号の車体が叩かれることで音を出している。

今度はウミガメ号のシートの部分を突付いて『O』がのん気に物を言った。


「立派な材料だ。木もあるし布もある。これで十分船は作れる」

「ちょっと待ってー!ウミガメ号を壊しちゃうのー?!」

「ウミガメ号は僕が作ったんだよ!さすがに壊したくないよ!」

「おいこら!車はほぼ俺が作ったといっても同然だろ!ってか俺の努力の結晶を踏み躙る気か!」

「俺はウミガメ号を引いてたエリザベスが大好きなんだぜ!それの邪魔なんかさせねえぜ!」

「今までずっと旅してきた車やで?愛嬌あるし壊すことはできへんな」


メンバーが否定を湧き起こす中で、ブチョウだけが誤りの行動を起こしていた。
ハトの姿になった彼女は、勢いよくシートにチョップを繰り出したのだ。
前回の如く真二つにシートが破れてしまう。
このチョップのことを彼女は『恋する乙女のバカンスチョップ』だと言う。

シートが裂け、骨組みが丸出しになるウミガメ号。
哀れな姿になってしまい、全員が肩を落とした。


「う、ウミガメ号が…!」

「姐御ー!どうして車を壊しちゃうのー?!」


チョコが絶叫の渦を巻き起こし、それに乗って他のメンバーもブチョウを追い詰める。
しかしブチョウはハトの姿で不敵に目を細めるのであった。


「これも全て運命なのよ。そう、それはまるで私とクマさんが初めて交換日記をつけ始めるきっかけになったウサギさんの小さな気遣いのようだわ」

「まるで、で例えられても分からんわー?!」


己の道を突っ走るブチョウが動き出したからには誰にも止めることが出来ない。
ブチョウの恋する乙女のバカンスチョップが繰り出されるたびに車が破壊していく。
メンバーは愕然とその姿を眺めることしか出来なかった。
クルーエルの二人も、主従関係の複雑さに何も口を出さないでいた。

今まで共に旅をしてきた車が崩れる崩れる。
穴が開いたりひびが入ったりとこの車も酷な人生を送ってきていただろうに、最期はなんとも哀れである。
まさかブチョウのチョップに終止符を打たれるとは思ってもなかっただろう。
しかし、これは『車』としての終止符を打つだけである。
これからウミガメ号は『船』になるのである。

見事、木と布だけになったウミガメ号を惚けた顔で眺めるメンバーを気にしつつ、帽子屋が口を開いた。


「これで船を作るのか?」


彼の質問は、車に積んでいた荷物の山に腰をかけている『O』の元まで流れる。
『O』は「無論」と答えるのみ。

ウミガメ号を車から卒業させたのだ。次は船として誕生させなくては。
微妙な雰囲気が漂う中、真っ先に動いたのは智であった。


「ほんじゃ、作りますか」


腰をかけて木材を組み立て始める智を見て、急いでオンプも加わる。


「智さんは休んでいてください。私がしますから」

「いや、こういう力仕事は男がするもんだから。女は後ろで見てなよ」

「いいや、私もします」


クルーエル一族の二人が木材を手に入れ、あどけなく組み立てを開始する。
そもそも、木を打つ道具がこの場には無い。果たしてどうやって作ればいいのやら。

するとクモマが立ち上がった。


「トンカチと釘はここにあるよ」


何気にずっと腰につけていた道具。
クモマは大工の家系の中で育っているため、道具を持っていたのだ。
トンカチと釘を渡され、智が礼を告げて笑みを零す。

自分が作った車を壊されてショックを受けていたクモマも船作りに参加しだした。
これでは自分らも手伝わなければならない環境である。
愕然としていたメンバー全員もここでようやく木材に手を伸ばした。

今から船作りの開催だ。

まずトーフが糸を使って木を組み立てる。糸で仮縫いして次々と船の形を作り上げる。
トーフが作った土台を目安にトンカチと釘で本格的に組み立てていくのは手先が器用なソングと帽子屋。
帽子屋はさっさと店に戻りたいらしく、今回は自主的に参加している。

サコツとチョコは帆を作る作業に取り掛かっていた。
前までは骨組みに使われていた細い棒、それを組み合わせて帆を張れるように考える。
ブチョウは二人の邪魔をしているのか、帆になる布の上で仁王立ちをしていた。

不器用なクモマは、始めのうちは「大工だから」を前振りにトンカチを持っていたが、ソングに叱られて今は雑用をしている。
釘が足りないと言われてクモマは釘を取りに走った。
どこかの村で万引きしたときに手に入れた釘箱は荷物の山の中にある。
そういうことでクモマは荷物の山のところへいった。

荷物の山のところ、そこには『O』が腰をかけている。
この人、手伝わないのかよ。と思ったがあえて口にせずに荷物をあさって釘を探す。
しかし釘箱は見つからなかった。


「あれ、おかしいな…」


鼻の頭を掻いてクモマが呻くところを『O』は見逃さなかった。


「ん?どうしたんだい?」


『O』に訊ねられてクモマがそちらに顔を向けた。
黒い姿に黒い瞳。『O』の姿はまさに闇。
何だか身震いを感じてしまった。この人には何だか闇があるように感じたので。
『L』とは違って『O』には闇がある。いや、エキセン皆に闇はあるのだ。『L』が特別なのである。
『L』だけが光りある笑みを零せるのだ。

一瞬、強張った表情を取ったクモマだったが目を強く瞑ることで脳内を初期化にした。
そして『O』に対して失礼なことを思ってしまったと反省してから、質問に答えた。


「釘を探しているんだ。一緒に探してくれないかい?」


すると『O』はにこやかに笑っていた。


「断る」

「手伝ってよ?!」

「プリンが無いなら駄目だ」

「何その条件?!プリンがあれば手伝ってくれるってことかい?」

「いや」

「違うの?!平気な顔でウソつかないでよ!」


『O』は不思議な奴だ。闇を感じるのに怖くは無い。
きっと『B』や『J』もそのタイプなのだろう。闇にも種類があって彼らには恐怖が含まれていない闇を秘めているのであろう。

やれやれと口ずさんでからようやく『O』も手伝う気を起こした。
自分が腰をかけていた箱の蓋を開けて中身を覗く『O』の姿にクモマは感謝を込めて頭を下げ、そのまま一緒になって荷物をあさる。

崩れる車から荷物を避難させるときに適当に荷物を積んだようで、何がどこにあるのか分からなくなっていた。
荷物たちがごちゃ混ぜになってしまっているようだ。

荷物をあさりながら『O』がある点に気づく。


「どうしてこんなにも荷物が多いんだろう」


それは万引きをしているからです。
さすがに答えることが出来なかった。

苦笑しながら荷物をあさり、そこでクモマは釘箱を見つけることに成功した。
あった!と叫んで、一緒に探してくれてありがとうと『O』に礼を述べてから造船場へ戻るクモマ。
足跡が遠ざかっていくことでクモマが引き下がったことに気づいたけれど、『O』はまだあさり続けていた。


「本当にたくさん荷物がある…」


見慣れないものを見ることが出来て彼なりに楽しんでいるようだ。どんどんとあさって荷物を荒らしていく。
その中で変な置物を発見し、これは一体何に使うものなんだろう?と疑問を湧かす。
しかしその答えはメンバーも答えることが出来なかった。これはチョコの趣味でかき集められた物だから。
他の箱を開けると、そこからモジャモジャと毛が溢れ出た。
ブチョウの趣味で増殖していったアフロたちである。『O』は何もコメントせずに静かに蓋を閉めた。

箱を開けてあさって閉める。これの繰り返し。中には始めて見る物があり『O』は興味を示してそれをいじり、暫くしてまた仕舞う。
違う箱を開けてみよう、と積み重なって段になっている箱を下ろす。そのときに近くの山を崩してしまった。
小さな山だったため大きな惨事にはならなかったが、荷物が散らばり球体のものは少し遠くへ転がっていく。
面倒なことになったと頭を抱える『O』。しかしそこであるものの存在に気づき、頭から手を離した。


「…こ、これは……」


あるものの元まで近づいて、腰を落とす。そして手を伸ばした。
触れるとそれはとても柔らかかった。優しい繊維に包まれたそのものも動きはしないが懸命に手を伸ばしているようだ。
見つけてくれてありがとう、と悦びを『O』に伝えている。

『O』はライオンのぬいぐるみに向けて呟いた。


「こんなところにいたのか…。どこを探しても見つからないはずだよ」


尾の先端が焦げているのを見て、確信をついた『O』はぬいぐるみを腕に入れて深く安堵した。
そしてぬいぐるみの左頬の星模様に浮かぶ涙に気づく。


「ずっと迎えを待っていたのか。ごめん、彼の代わりにぼくが見つけてしまったよ」


ぬいぐるみは動かない。だから『O』が代わりに涙を拭ってあげた。


「君を失ってイナゴは悲しんでいたよ。だけどイナゴはあのときと比べてだいぶ強くなった。冷静に世の中を見て、世界を救いつつ君を救おうとしている。いい彼を持ったね」

………。

「今イナゴは捕まってしまっている。Bちゃんも一緒だ。ぼくは彼らを救わなければならない」

………。

「彼を救って一段落着いたとき、君に光を燈してあげるから、それまで我慢していてよ」


ぬいぐるみに語った後『O』はぬいぐるみを懐へしまった。
マントに覆われて消えたぬいぐるみは、一体どこへ行ったのか、彼がマントを払ったときも、懐から落ちることは無かった。

今ではぬいぐるみになっているタンポポ、『L』の彼女を見つけたと言う安堵感でどっと息を吐く『O』。
しかし、次の段階が待っていた。


「おい死神!てめえも手伝え!」

「全くだ!てめえだけサボるなクソ!」


主に造船に励んでいる帽子屋とソングに注意を受けて、『O』は腰を上げるのであった。









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