ずっと求めていた 真実へ繋がる扉、 今 開花と生る。


66.真実への扉


「お前たち、いつも食い逃げ万引きしてたのか?」


緑の中、白い線の上を歩く。
生い茂った草木に囲まれた道を歩いて、新鮮な空気を嗅ぐ。

ラフメーカーのメンバーに向けて笑い声を上げているのはクルーエル一族の智属長である。
前回、祭りをおこなっていた村でメンバーが素敵に食い逃げをしていたのを見て、面白おかしくて笑っているのだ。

属長ということで現金を大量に持っていた智のおかげで前回は村人に追われることはなかった。
そのためクモマは頭を下げるのであった。


「本当にすみません。僕たちのせいでお金を全額払うことになってしまって」

「いやいや、別に気にすることないって」


健気なクモマを宥めて智は車の前輪を見た。
その辺りには銀髪の二人、ソングとオンプがいる。
智はずっと兄に話しかけているオンプに向けて声を掛けた。


「おいオンプ。幸たちから連絡はあるか?」


するとオンプは後ろを返って智と目を合わせた。
後ろ向きになっているため後退する。よって進路は変わらない。

オンプは首を振った。


「いや、まだ何も連絡は来ていません」

「そっか」


懐に手を当ててオンプが申し訳なく目を下げる。
智も残念そうに眉を寄せた。
そんなクルーエルの者たちに疑問を吐いたのはソングだ。


「連絡だと?どうやって連絡を取っているんだ?」


まさかテレパシーで連絡を取り合っているのか、と変な予想をしていたがさすがに違っていた。
オンプは兄に不敵な笑みを見せて、懐に手を当てたまま答えた。


「連絡手段機があるんだ。これで幸さんや恩さんから連絡を受けるのだ」


彼女は尊敬する属長らにしか敬語を使わないようだ。
兄に向けて愛想の無い声を出してからオンプはずっと手を当てていた懐からあるものを取り出した。
それは意外にも小さなもの。
折りたたみ式らしく、パカッと開いてそのものの正体を告げた。


「ミソシルだ」


電話機である。
こいつらまで電話機のことをミソシルって呼んでいるのか、とソングだけではなくメンバー全員で間抜けな顔を作った。
それを見てオンプは不機嫌に目を細める。


「何だ、お前らまさか、ハイテクな機械を見たことないのか?」

「ミソシルは便利だよな。どこでも連絡がとれるし」


いや、それ電話だろ。
この様子から、ブラッカイア大陸では電話機のことをミソシルと呼んでいるようだ。
やはり少し風潮がずれている。

電話機を懐にしまったところでオンプは半身を返して正面を向いた。
それから豚たちの元へ行き、一緒に歩く。豚たちのことを何気に気に入ったようだ。
微笑ましい光景をソングは苦い表情で眺めていた。


「いつまであいつと一緒にいなければならないんだ」


いろいろとからかってくるオンプに対して愚痴を吐くソングに答えたのはチョコであった。


「いいじゃないの。何だかオンプちゃん楽しそうだし」

「それが困るんだ。あいつは俺をからかって遊んでいるんだ」

「さっすがソングだぜ!妹にもからかわれるなんてな!」

「黙れチョンマゲ!そのチョンマゲ引っこ抜くぞ!」

「ソングのツッコミがさらにグレートアップした?!」


車の後輪の近くを歩いていたメンバーもソングがいる前輪の元へ行き、横に並ぶ。
ここが広い道でよかったと息を漏らす。
今では8人になってしまったメンツ。だけれど増えた二人も世界を救いたいと願っている輩だ。とても心強い仲間である。

世界の敵、エキセントリック一族は強烈な力を秘めている団体だ。
闇で出来た者たちは無論闇をいとも簡単に生み出し操ることが出来る。
危険な魔術を放流し、世界に流布しようと今動き出している。
奴らを止めるために今8人で道を歩く。
しかし、敵の数は26と多い。

いや、26ではない。


「25のエキセンをどうやって倒すか、考えないといけないな」


智がぽつりと言った声を誰もが聞き漏らさなかった。
全員がえっと目を丸める。


「あれ?エキセンって26じゃないの?」


チョコが訊ねると智が苦く笑みを崩した。


「いや、今生きているエキセンは25なんだ」

「え、一人減ってるね」

「お?エキセンって死ねたのか?」

「詳しく説明しろ」

「兄上、智さんに向けて何たる無礼な言葉を…!物事を頼むなら頭を下げて綺麗な言葉で依頼しろ」


26だと聞いていた闇の数が今では25ということでメンバーは驚きを隠しきれないでいた。
ドサクサに紛れてソングが智に質問するが、妹に丁寧に物事を頼めと注意を受け、ソングは苛立ちを募らせて何も言わなくなった。
代わりにクモマが前に出る。


「智さん、そこのところを教えてください」


丁寧な言葉遣いを耳にしてオンプは満足したようで再び豚たちに目線を送った。豚が大好きのようである。
クモマに頼まれて、智は優しく頷く。


「エキセンが25になった理由、普通に考えても分かる答えだな」


目を据える。視線が走る先は、青い空。
その空に向けて、智が口を開いた。


「エキセンの一人が死んだんだ」

「「え?!」」


その中でトーフがより中身を探った。


「一体誰が死んだんや?」


智は一言で返すのみ。


「闇の生みの親だ」

「「生みの親?!」」


知らなかった。
エキセンに生みの親がいたとは。
それが一体誰なのか気になる。そもそもエキセンは死ねたのか?
訊ねる前に智が答えていた。


「エキセンを生んだ者は数百年前の人間だ」


もう、声が出ない。
まさか、人間が闇を生んだなんて。


「闇に憧れていた人間は、自分の力で闇を生み出した。これが全ての始まりだ」

「……!」

「俺も聞いた話だからよく知らないけど、人間は一人の闇…Pを生み出した後はPに全てを生ませていたようだ」

「…」


要するに、と言葉を切り出したのは珍しくブチョウであった。


「Pが他の闇を生んだワケね」

「そうだ」

「Lさんを作ったのもPって人なの?」

「そうだ」

「クモマをさらっためっちゃキモイ奴もPって奴が作ったのか?」

「そうだ」


チョコとサコツの問いにも智は頷いた。

ある人間は闇に憧れ最終的には『P』を生み出した。
人間の手によって生み出された闇の『P』は完全なる闇を持っている。
そのため他の闇を『P』は自らの闇の力で生み出した。
それで製造主らを合わせて26つの闇が出来た。
それがエキセントリック一族というわけだ。


「それにしても、人間が闇を作ったなんてね…」


衝撃的な言葉に心を揺さぶられたのはクモマであった。
人間は光を作れる光の生物なのに、闇を生み出すこともできた。
それが何とも悲しい。

智も頷いた。


「人間は賢いよな。やろうと思えば全て頭脳で解析することが出来るんだから。最も賢い生き物だよな」

「まあ最も賢いのはクマさんだけど」

「そいつはもう見逃してやれ」

「そやで。賢いのはワイやもん」

「欲張るな!ってかお前は人間じゃねえだろ!」

「違うよ!トーフちゃんはLさんの魔術で人間になったんだもん!うふふーLさん、今頃何してるかなー私のこと想ってくれてるのかなーうへへへ」

「どうしたのこの人?!」

「気にしてやらないで!」


一人軌道を外したことを言えばすぐにそちらへ傾いてしまう団体。それがラフメーカーである。
度々可笑しな団体だな、と思う智の隣にやってきたのはオンプ。豚を観察するのを飽きたのだろうか。
否、オンプは報告があるために引き下がってきたのだ。

オンプは背の高い智に耳打ちするために背を伸ばす。


「どうしたオンプ」

「智さん、今先ほど幸さんにミソシルしたところ」


クルーエル一族内の話をするため耳打ちをしているようだ。
耳打ちをする理由としては大抵が他に情報が漏洩しないように、とするものだが今回は違う意味でおこなっている。

智がエキセンについて語っている間に、国にいる幸たちに電話したらしく、オンプはそのことを話す。


「結構危険な状態らしいです」

「…なに?」


周りにいるメンバーが会話を弾ませているのを横目で流して、話を詳細した。


「智属に続いて幸属もラフメーカーの応援に賛成したそうです。だけれど恩属はなかなか立ち上がろうとしないようで」

「…そっか」

「しかも智属の人たちが皆逃亡してしまったようです」

「……」

「智属は智さんと私だけになりましたが、どうします?」


話を聞いて智は目を覆った。


「皆、俺のこと嫌いなのかな…」

「大丈夫ですよ。私だけは信じてますから」

「『私だけ』、か…」


クルーエル一族内でもいろいろと物事が起こっているようだ。

今回この二人が訪れた理由は、世界を救うラフメーカーのお供をすること。
クルーエル一族もエキセントリック一族には遺恨が残っているのでそれも兼ねている。
智属の他の善ある属、幸属と恩属もラフメーカーのお供をするようにと国にいる同属の者たちに呼びかけをおこなっていた。
幸属は全員賛成したらしいが、恩属は全ての者を愛しむ属であるため争いごとにが苦手なのである。
そのためお供することにも怯えているようだ。
そして、智属の者たちは何故が逃げ癖があるようで、この隙に逃げ出したらしい。

そんな属長を務めている智は悲しげに頭を下げていた。
しかしすぐに頭を上げ、気合を入れる。


「まあいいよ。幸属だけでも全員が賛成してくれたなら、ゼロより全然いい」


自分が所属している属長が元気を取り戻したことを知り、オンプは安堵した。
耳打ちをやめて智から離れる。


「智さん、大丈夫ですよ。我々よりもこの団体の方が強いでしょうから」


自分の兄をチラッと見てからオンプは無邪気に微笑む。


「早く平和になるといいですね」


世界を愛しむ笑顔を作るオンプを見て智も哂った。


「んだな。もしものときは俺らだけでも共につこう」


クルーエルの二人が世界のために笑顔を向ける。その笑顔はとても柔らかく優しい。
銀髪が仄かに揺れて風を浴びる。
二人が優しい時間に包まれているとも知らずにラフメーカーのメンバーは談笑していた。


クルーエル一族を狂わせたのはエキセントリック一族。
しかし逆を取れば、エキセントリック一族を狂わせたのはクルーエル一族なのである。
悪なるクルーエルが戦いばかり考えていて、エキセンを困らせていた。
戦争の元凶はクルーエル一族なのである。

智は思っていた。
自分らが、きちんとしていなかったからクルーエルもエキセンも狂った、と。
善が悪を抑えなかったから隣の国に漏洩してしまったのだ。エキセンを怒らせ戦争へと導かせたのだ。
これは全て愚かなクルーエルが悪い。
だから今回、エキセンに謝りたいのだ。

『智(ち)』が少なくてごめんなさい。と。



青い空が緑の草原の上に覆いかぶさる。
白い雲がときどき視界に流れ込む。自然は自然に逆らうことなく自然のままに動く。これが自然界の掟だから。
透明な風も自然と調和し道を歩く。風も自然現象の一部なのだ。

しかしそれを破る黒い風。


一瞬何の風かわからなかった。
しかし、瞬きをした瞬間に分かった。

目の前には、黒い者がいる。奴が風の動きを変えたのだ。
南から吹いていた風が進路を変えて北になる。
南風は北風になり、場に冷気を運んでくる。

黒い者の出現に全員は足を止めた。


「あ、あなたは…?」


黒い者と言えば大抵が不吉の訪れである。
エキセンの登場かと思い全員が身を引く。ゆっくりと地面を削って足跡を後ろに伸ばす。

クモマが「あなたは誰?」と訊ねる前に、叫ぶ者がいた。それはトーフだ。


「あー!!」


トーフは身を乗り出して黒い者に指を差していた。
そして黒い者も指を差した。


「あ、トラだ」

「死神やー!!」


二人の言葉が重なり、一瞬聞きそびれた。
しかしトーフの声の方が大きくて、後に全員が悲鳴を上げることになる。


「「死神ー?!」」


すると死神と呼ばれた黒い者は「うむ」と頷いた。


「尤も。自分は死神だ」


また一歩後退する。
しかしそれを気にせず死神と呼ばれた『O』が声を出した。


「頼みがある。助けてくれ」


突然の依頼。しかも助けを求めている。
全員が驚愕した。まさか『死神』からそんな依頼を受けるなんて、と。

代わりに声を出すのは智だった。


「お前、エキセンだよな?奴ら特有の闇を感じる」

「答える暇もないんだ。自分の話を聞いて欲しい」


智の声を聞かずに『O』は自分の後ろにいる者のことを言った。


「ハッティが危険なんだ」


『O』の声で全員がその者の存在に気づいた。
先ほどまで後退していたのにも拘らず全員が急いで『O』の背後に回る。
そこにはシルクハットを被っている燕尾服の者の姿があった。

その者は『O』の足元を借りてもたれているが、今にも滑って地面に背中をつけそうだ。
頭を打ったのか血が出ている。シルクハットの下から赤い液体が頬に幾つか伝っているので。

クモマがすぐに声を上げた。


「怪我…!これ、どうしたの?!」


『O』がすかさず答える。


「『この野郎』にぶっ飛ばされた上に『キモイの』の顔を直視してしまった」


こんな説明で分かるはずが無い。
しかし『キモイの』が誰なのか何となく分かった気がした。

クモマが「それって自称神のこと?」って訊ねようとしたが『O』の方が先だった。
『O』はクモマの目をじっと見て、頼み込む。


「君には癒しの力があるんだろう?ハッティを治してくれ」

「…!」

「頼む」


一瞬クモマは躊躇った。何故なら自分のことを見抜かれた気がしたから。
一目見ただけでクモマに癒しの力があると察したとは、こいつは徒者ではない。
そう思ったが本人自らそれを否定した。


「イナゴが君の事をよく言ってる。自分らには無い癒しの力が君にはあるからキモイのに目をつけられている、と」

「え…?」


イナゴ、と聞いて他の者は首を傾げるがクモマは目を見開いて声を上げていた。


「Lさんが?」


『O』も頷く。


「うむ。イナゴが自分に『君のところへ行け』って命令した。だから来た」

「…」


エキセンはある程度力があればテレパシーでモノを語れる。
闇魔術専門のエキセンが押しかけてきて店内がパニックに陥られたあの状況で、『L』は『O』の脳内に命令を下したのだ。
「怪我をしているハッティを治癒させるためにラフメーカーの元へ」
それと、


「真実を言いに来た」


クモマがハッティこと帽子屋を治癒するために両手から丸みを帯びた黄色い光を燈している。
それを瞳に映して黒が黄色を帯びた。
優しい光のため、『O』は一瞬だけ目を細めたが、すぐに魅入られた。

クモマが「真実?」と首をかしげているのを見て、魅入られた瞳のまま『O』は言った。


「君に謝らないといけない事があるんだ。それが君の真実への扉の鍵だ」


よく分からなくて首を捻ったがまずは帽子屋の治癒に励んだ。
クモマが放つ癒しの光を浴びて帽子屋の怪我は見る見るうちに回復していく。
それを目の当たりにして、『O』はどっと安堵を含んだ息を吐いた。







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