速さを上げる都度、風が空をかき混ぜる。
層のある雲を引き上げることが出来るほどの力強い風。
そんな風を生んでいるのが大鎌に乗った二つの影だ。

だけれど今、空の世界に平穏が戻った。
風を生み出している者たちが地上に降りたからだ。風が無くなり、静けさが広がる。
しかし、二つの影たちの近辺にはやはり平穏はやってこなかった。
元凶たちは今、5人の旅人の前に降り立っている。


「………」


空から降ってきたクモマは急いで鎌から降りて後ろに身を引いた。
対して『O』はゆっくりと鎌から降りるとそれを肩に担う。
大鎌を肩に担ぐその姿はまさに死神の文字が合うものであった。

突然空から登場したクモマたちに驚くのは無論5人の旅人である。
相当驚いたのか体に震えが帯びている。いや、違う。何かを堪えているのだ。
奴らは『O』に向けて指を差すと一斉に今の気持ちを打ち当てた。


「「またお前かー!!」」


『O』と5人の旅人は実のところ知り合い関係であった。
この人たちもエキセンのことを知っているのか、と逆に驚くのはクモマだ。
エキセンと会っている団体は自分らだけだと思っていたからこの驚きは大きい。
しかも今回自分らは初めて『O』と会ったのに、この団体はそんな彼を知っていた。
エキセンと関わっているということは、この団体も何か事件に巻き込まれていたのだろうか。

そんな微かな疑問も『O』の声で吹き飛ばされる。
クモマの前に立って背中を見せている『O』は5つの指を差されてものん気に挨拶を交わていた。


「やあ」

「やあ、じゃないよ!何だよお前!また来たの?!」


その中で一番興奮しているのは平凡な少年であった。
先ほどまでは座って空を仰いでいたのに突然非常識な奴らが舞い降りてきたものだから立ち上がって事を交わしている。
『O』は少年に向けて笑った。


「うむ。自分は神出鬼没だからな」

「そうだとしても程がある!」

「ふふふ」

「ふふふ、じゃない!」


少年が一人で興奮している隣りでは女性が呆れ果てた表情をして『O』を睨んでいた。


「馬鹿じゃないですか?私たちはあなたとはもう縁が切れました」

「まあまあそんなこと言わずに」

「脳天打ち破りますよ?」

「拳銃向けるなよ華蓮!」


美しい容姿をした女性なのに、心は非常に黒かった。
どこからか拳銃を取り出し『O』の脳を狙って銃口を向ける。そんな危険な彼女を抑えようと前に手を伸ばしたのは、タルを背負った男だ。
しかし女性に睨まれ、彼はすぐに引っ込んでいった。


「弱っ?!」


思わず声を上げたクモマ。
すると5人の旅人はようやくクモマの存在に気づいたようだ。
全員がえっと目を丸めている。


「あなたは誰ー?」


白を纏った小柄な女の子が首を傾げて訊ねてきた。
『O』と知り合いならば、クモマの存在が気になるのも当然であろう。
そのためクモマは恐る恐るであるが足を踏み出して『O』と並んだ。
そしてお辞儀をして名乗り出た。


「僕はクモマです」

「クモマあ?」

「おいしそうな名前だわー」

「おいしそうか?!」


白い女の子は食べることが大好きのようだ。常に食べることしか頭に入っていない。まるでトーフのような子である。
何だか憎めない団体だな、と思いながら5人を眺めていると、『O』が「早速だけど」と話を切り出した。


「自分らは君たちには用は無いんだ」


ずっこけるのは『O』以外の全員であった。


「ふざけんなてめー!」

「あなたは私たちをなめてるんですか?!」

「用が無いなら来ないで欲しいな…」

「おなかすいたわー」


個性溢れるメンツがわーわー喚いているのを背景に平凡な少年は『O』の元まで駆け寄った。
そのまま勢いよく『O』の胸倉を掴もうと手を伸ばす。しかしあっという間に立場が逆転していた。
伸ばされた手を掴み『O』は少年を捕まえた。
腕をとられて少年は正直に驚き声を上げた。


「はあ?!」

「君にだけ用がある」


そしてそのまま少年の腕を引いて『O』は歩き出した。
少年は抵抗しようと足を地面に突き出すがズルズルと踵で線を引くだけに終わる。
『O』は強引に少年を引いていき、空いた手にはクモマの腕を手に入れる。
クモマも先ほどの少年のように抵抗を見せるが結局は無駄な抵抗として表に表れるだけだった。
抵抗しても聞き入れてもらえず、クモマと少年は同音で絶叫することしかできなかった。


「「何なんだよー?!」」

「いいからいいから」


喚く二人の言葉を軽く流して『O』は近くの茂みに沈んでいった。
その場に残された4人は唖然とその光景を眺めていた。


「な、何だあ?」


『O』の行動が読めなくて暫くの間、4人は目を丸めたままだった。






緑が深い場所にやってきて、ようやく『O』が手を離した。
二人の少年は自由を取り戻し、すぐに文句を吐き出した。


「何だよ一体!僕が何をしたって言うんだ!」

「あなたは一体何がしたいんだい?」


憤慨する少年と冷静に怒るクモマ。
二人を見て『O』は笑い声を上げる。


「ふふふ、君たちはよく似てるね」


言われて動きを止めたのは、少年の方だった。
むき出していた怒りの表情を取り崩して、今では惚けた顔を作る。
それをそのままクモマに向け、クモマも同じ顔をして少年に顔を見合わせた。

『O』は笑い続けた。


「自分がわざわざここまで来たのにも理由がある」


同じ顔をした二人はまるで鏡越しに立っているかのようだ。
それほどまでに同じ表情を作っていた。
二人に向けて『O』は言った。


「自分は二人をあわせるためにここに来たんだ」

「「え…」」


驚きの拍子で声が漏れる。しかしその声も同音であった。
全く同じトーンを持った声を漏らして、二人はまた目を合わせた。

双子でもないのに、ふとした行動が似ている。これは一体、何?

不思議な感覚を味わっていると『O』がここでようやく笑いを止めて真剣さを顔に象った。


「自分は二人に謝らないといけないことがある。だから二人をあわせた」


二人が同時に『O』を見る。『O』も二人を見ている。


「二人は兄弟でもないし双子でもない。全くの赤の他人。だけれど違う」


矛盾した言葉を繰り出す『O』だけれど、目には真実が篭っていた。
目で真実を語られ、二人は言葉を失う。


「「……」」

「赤の他人だけど違うんだ。二人は兄弟以上の関係を持っている」


やがて『O』は言った。


「二人は、同じなんだ」

「「は?」」


『O』が言った言葉が上手く理解できなかった。
そのためクモマが詳しく訊ねた。


「同じってどういう意味?」


すると『O』は「説明するととっても長くなるけど」と前振りをつけて、二人の疑問に答えた。


「10年前に君はキモイのから心臓を取られた。しかしキモイのの魔術が胸に埋め込まれているから君は死なずに生き、そのまま6年という月日が経った。説明しなくても分かるだろうけど6年という月日は云わば義務教育最初の段階を終了し終えたぐらいの長さだ。そんな6年がたったある日のことだった。自分がプリンを求めた散歩をしていると空から何かが降ってきたんだ。それが心臓だった。その心臓はキモイのが捨てた君の心臓だったけど当時の自分は何も知らなかった。だから何も考えずに仲間の元へ心臓を持って帰ったんだ。すると怒られた。当然のことだろう。誰だって心臓を持って帰ってきたものの事に驚くし疑いたくもなる。自分は仲間から散々文句を言われて、終いには『戻してこい』と言われてしまう。Bちゃんを怒らすと数日の間は頭が言うこと聞かなくなるからね。Bちゃんの鉄拳を頭に喰らうと正直に痛い。実際に自分は鉄拳を喰らった数日間はガンガン鳴り響く自分の脳に悩まされていた。このままノイローゼになるかと思ったぐらいだ。ああ、それはいいとして、自分が心臓を元の場所に戻すために、キモイのが心臓を捨てた場所に戻ろうとした。しかしその途中で荒地を見つけた。どうしてその場所が荒れているのか知らなかったけれど、そんな枯れた荒地の中で一つ輝かしいものが見えたんだ。それが人間の形をした人形だった。人形は勿論のこと魂が入っていないし心臓も入っていない。しかしその人形には心が入っていた。心が何かを訴えていた。人間になりたいって訴えていた。だから自分はその願望に答えようと思ったんだ。拾った心臓が誰のかわからないのに目をつけ、自分は心臓を使って人形に命を吹きかけようとした。いろいろ気持ちを込めて、空っぽの人形の胸に心臓を埋め込む。すると驚いた。心臓と人形が上手い具合に一致したんだ。やがて人形は心臓に含まれた魂によって人間として命を芽吹かせた。その人間というのが君だったんだ」


「「本当に長ぇー?!」」


容赦なく言葉を並べた『O』に対して二人は容赦なく突っ込んだ。
そして容赦なく絶叫して真実に驚いた。


「ええええちょっとまてー!!」

「ちょ…!あまりにも長い文章で読むのが面倒だけどこれってまさか僕らのこと言ってるの?!」


このまま魂を口から吐き出しそうな二人を見て『O』が笑みを零した。


「尤も。自分は真実を語るためにここに二人を呼んできたんだから」

「だ、だけどあまりにも可笑しな話だよ!」


動揺しながら声を上げるのは少年の方であった。
心臓をとられた少年がクモマのことなので、少年は空っぽだった人形が本当の姿である。
しかしそれに対して動揺しているのではなく、違う意味で動揺してた。

人形の魂として入れたものに、正直に驚いたのだ。


「僕に魂を入れたときにお前は心臓を入れたのか?!」


無論、と『O』が頷く。
今度はクモマが首を突っ込んだ。


「その心臓というのが僕のものなんだよね?」


無論、と『O』が頷く。
真実を悟り、二人の顔色が青くなっていった。
まずはお互いのことに驚愕を募らす。


「君って人形だったの?!」

「君って人間なのに心臓がないの?ってかキモイのって何?!」

「キモイのはキモイのだよ!とにかくキモイんだよ!」

「そんなにキモイんだ?!でもそいつから心臓を取られても生きているの?」

「うん、キモイのが僕を人形にする魔術を掛けて僕を生かせているんだよ…」

「そ、そうなんだ…」

「君は人形だったって本当?」

「……最初のうちは知らなかったけど、そうみたいなんだ」

「そ、そうなんだ…」


何だかお互い悲しい過去を持っていて、ションボリになってしまう。
しかし今ここでションボリしている場合ではない。
目の前にいるこの寝ぼけた顔をした男にどうしても訴えたいことがある。

だから二人は叫んだのだった。


「お前は人の心臓を使って僕を人間にしたのかー?!」

「僕の心臓を勝手に人の心臓にしないでよー!」


クモマが喚く。


「僕の心臓はどうなっちゃうのー?!」


少年もそのことが気になっていたようだ。目を三角にして『O』を見ている。
すると『O』が思いもよらない行動に出た。


「すまなかった」


深々と頭を下げて懺悔をしだしたのだ。
想像上では『O』は責任感のない者かと思っていたためクモマは本気で驚いていた。
そして少年もギョッと目を見開いている。

『O』は頭を下げたまま、自分の過ちを言った。


「あの心臓が君のだと知っていればこんなことにならなかったのに、あのときの自分は本当に愚かだった」

「「……」」

「どうか、許して欲しい」


頭を下げ続け、自分という存在を低くしていく。
エキセンといえばプライドを持っている者ばかりだ。決して人間に向けて頭を下げることは無いであろう。
しかし『O』は気持ちを込めて懺悔に傾いている。握りこぶしも震えている。

自分の過ちを振り返り深く後悔する『O』を見て、二人の心も和らいだ。
やがてクモマが笑みを零す。


「頭を上げてよ。あなたは悪くないよ」


ゆっくりと頭を上げる『O』は何かに驚いているようだった。
大罪を犯した者に対して「悪くない」と言われたからであろう。
『O』が初めてこの大きな罪の真実を知ったときにも『L』が「悪くない」と言っていた。
しかしそれは仲間内の慰めであり、そこまで驚くものではなかった。

だけれど今、目の前にいる者たちは人間だ。
しかも自分のせいで運命が大きく傾いた被害者である。そんな彼から「悪くない」と慰められたから、驚いたのだ。

クモマは笑みを零し続けた。


「もし、僕の心臓がなければ、この人という存在は世に無かったんだもん。あなたはいいことをしたと思うよ」

「……」

「僕の心臓で他の人が生まれたんだから、それはそれでいい結果に結びついたと思うし、感心してる」


優しい言葉を聞いて、少年も声を漏らした。
それは嘆きであった。


「君は僕のせいで心臓を完全に失ってしまったんだよ?それでもいいと思うの?」


少年がクモマの心臓を使っているため、今クモマには心臓はない。
そのことに対して不安を抱いていた少年だけれど、クモマは頷いていた。


「いいよ、僕は僕なりに道を探すから、君はこれからもいつも通りに生活しなよ」

「…!」

「いや、君の道は自分が見つける」


今ここで完全に途切れたクモマの生の道。
クモマは自分で探そうと思ったけれど、それを『O』が妨げた。

『O』は懐に手を入れて、クモマに告げる。


「あのとき君たちにイナゴたちがエキセンと戦っていることを教えただろう?奴らはBちゃんとイナゴを懲らしめるために襲ってきたけど、本当は違うのかもしれない。奴らはこれの存在にもしかしたら気づいていたかもしれない」

「え?」


ある程度、事を言ってから『O』が懐の手を引いた。
そこから現れたのは黒いものであった。人の拳の大きさをしたものであり、モモの身に似た形をしたもの。

これは、一体、何?


「ぼくらが作った心臓だ」


実際には帽子屋が形を作り『L』が事理を詰めて作ったものであるが。

「心臓」と言われて二人が一気に身を引いた。


「「心臓ぉー?!」」

「うむ、心臓だ」

「し、心臓を作ったの?!」

「だけど動かないんだ」

「な、何で?!」


もう張り合った声しか出ない。
そんな一心同体の二人の質問に、『O』があのときの『L』の言葉を思い出しながら言った。


「心臓に中身が無いんだ。心臓にもいろんな感情が込められている。この心臓にはそれが無いから動かない。一応精気は入れたんだけどそれだけでも足りない」

「「…」」

「ごめん、まだ完成してないんだ」


完成していないから心臓をクモマに渡すことが出来ない。
この心臓を使えば、『L』の魔術でクモマはこの心臓で生きることが出来るのだが、まだ心臓が心臓ではない。ただの不気味な入物だ。

シンと静まる茂みの中。
『O』は心臓作りのときに何も手伝うことが出来なかったことに今更後悔し、
クモマは自分のために『O』と『L』と『B』と帽子屋が心臓作りに励んでいたことに申し訳なく思って、

そして、少年は


「…そしたら、こうしたらいいんじゃないかな」


提案を思いついていた。
少年は言う。


「僕が、これを完全な心臓にしてみせる」


少年の提案に驚いて言葉を失うクモマと『O』。
しかしそれを無視して少年は意見を貫き通した。


「僕のせいでこの人は心臓をなくしてしまったんだ。このぐらいの手伝い、命を懸けてでもできるよ」

「…!」


黒い心臓を持った『O』に少年が手を伸ばす。


「僕にその心臓を預からせてよ。空っぽの心臓を僕なりに埋めてみるから」

「しかし」

「何だよ、お前と僕は云わば『親子』だろ?子どものワガママぐらい聞いてよ」


『O』は差し伸ばされた手をずっと見ていたが、ここで目線をずらして少年の目を見た。
すると少年の真剣な眼差しを受けてしまった。

その目には躊躇いも偽りも篭っていなかった。

真剣な少年の目を見て、『O』はついに頷いて承諾する。


「わかった。ならば君に託すとしよう」


心臓を受け取り、少年は心臓の感触に冷や汗かいたがすぐに冷静心を取り戻した。
この心臓が何れかクモマのものになる。責任重大である。
しかしそれでも少年はこの任務を引き受けた。

そのことが嬉しくて、クモマは頭を下げた。


「僕のためにありがとう」


すると少年も頭を下げてきた。


「こちらこそ、勝手に心臓を使わせてもらってたよ。ごめん、そしてありがとう」


下がった二つの頭が同時に上がり、自然と目があった。よって何だか面白くて笑ってしまった。
クモマの心臓を使って生きている少年はやはりクモマと似た部分があった。
それは笑顔だ。
笑顔に癒しが篭っている。

この笑顔、どこかで見たことがあった。
それはクモマが12歳のころ、今から4年前だ。
エミの村で空を眺めていたときにクモマはある少年と出会っていた。
その少年は笑うことを知らなかった。だからクモマが教えてあげたのだ。
やがて見ることが出来た少年の笑顔。
無邪気に零れた少年の笑顔、それと今目の前で笑っている少年の笑顔が同じであった。


クモマは気づいた。
ああ、この少年は、あのときの小さな小さな旅人だったんだな。


クモマは訊ねた。
「君の名前は?」と。
すると少年が訊ねた。
「君の名前は?」と。

だから答えた。
「僕はクモマ」と。
そして少年も答えた。
「僕はあらし」と。


12歳の夏に出会った小さな旅人、あの時はクモマの心臓を貰って間もなかった。
だから笑うことも何も知らなかったのだ。

しかし4年後の今、彼は自然に笑っている。
人は成長するものなのだ。生きていれば自然と身につく何かがある。

少年はクモマによって笑う悦びを教わった。
そしてクモマも少年によって笑わせる悦びを教わった。


今回、再び小さな旅人と出会い、
今度はあらしがクモマに感謝を込めて、心臓を仕上げると言う。

だからクモマもあらしに感謝を込めて、世界を救うために身を引き締め
悪と戦うことを誓う。









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あの団体、書くのが非常に難しかったです。
一体どの団体だったのかな?と不思議に思った方は、相互リンクしているSOAを見てください!
うちのメンバーは出てないけど、似た雰囲気は漂っていますよ!

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