あれから『B』はマントの中に顔を埋めてこの場から消えた。
他から精気を貰うために何処かへと移動したのだ。
店の中には3つの体が無惨にも横たわっている。


「精気吸われたの…初めてだ…」

「首筋を狙うなんてBちゃんも大胆だなぁ、ゲッヘゲッヘ」

「久々に吸われたからちょっと痛い」


大量の精気を手に入れるために『B』はここにいる男たちからも精気を奪っていた。
初めて精気を吸われた帽子屋は力なくグッタリしている。
対して『L』は悦を満たした表情で首筋に手を当て、『O』は二人が倒れているから一緒になって倒れる。

危険な笑い声を漏らす『L』を無視して帽子屋は平然な顔の『O』に声を掛けた。


「吸血鬼はいつもあんな感じだったのか?」

「ん?」

「その、『マスター』って奴から精気を貰ってたのか?」


腕から精気を吸われた帽子屋はこの体験を味わい、牙が刺さる恐怖に押しつぶされていた。
『B』の話によるとマスターは毎日精気を吸われていたようだ。
それが信じられなかった帽子屋であったが、『O』は躊躇いなく頷くのであった。


「お父さんは長く生きる価値があったからね」

「お父さん?!」

「考えは異常だけど、ぼくらの生みの親だから」


今は亡き『E』のことを『O』だけが「お父さん」と呼んでいる。
エキセントリック一族の生みの親『E』は世界を闇に包みたいために闇を自らの知識で生んだ。
『O』は『E』のことを尊敬していた。
そして、彼も同じだ。


「マスターは凄いよ。頭脳一つで非現実だったものを現実へ変えたんだからな」


悦っていた『L』も『E』の話になると目の色を変えた。
倒していた身を起こして、地べたに座る。帽子屋もつられて座り、『O』はそのままだ。


「お前ら、そいつを敬ってるんだな」


帽子屋が意外そうに目を丸めているのを見て『L』は笑みを零す。


「マスターがオレに勇気を与えてくれたんだ」

「え?」

「魔術がヘタなオレはマスターを見習って自ら勉学に励んだ。勉強することで世界のつくりが見えた」


『L』は立ち上がり空を仰いだ。
ここからでは見えない空を、だけれどどこにでも必ずある同じ空を。

よく『E』がしていたこの形を今、作ってみた。
このポーズをしてみると全世界に渡って広がっている空を掴んでいるように感じる。
空を引っ張り上げればその上に立てる気がする。


「世界は全て論理で成り立っている。どれにも法則ってのがあるんだ。だからオレは強くなれた」


思考の法則的なつながりの意味を持つ「論理」。
『L』はその言葉が好きであった。論理により人は皆、強くなれるのだから。

座っている帽子屋と寝転んでいる『O』は黙って聞き入れていた。


「闇を作ると言う考えは確かに異常だし個人的にもあまり気に入っていない。だけどマスターは無力な手で闇を生み出そうとした、その努力の精神をオレは敬っている」


空から目を離し手も下げる。
『L』の主張が終わったところでようやく二人が声を出した。


「マスターって男は凄かったのか」

「イナゴの主張は面白みがあるから好きだ」

「お、面白かったか?」


主張を聞いて『E』のことに興味を示す帽子屋に対して『O』は『L』のことが面白いと感想を漏らす。
そのため『L』が詰まった笑いを吐き出した。


「オレは特に何もしてないよ。マスターを尊敬していたわりには全てに反抗していたし」

「反抗してたのか?」

「だって闇を作りたいって言うんだぞ?オレは闇を作ることに反対してたからな」

「ぼくはどっちでもいい」

「お前は何に関しても無縁な男なんだな?!」


プリンしか興味がないため他のものなんか目に入らないのか、『O』は闇に関しては何も思っていなかった。
しかし、これだけは言える。


「闇は嫌いだ。人の心も自分の心も全て締め付けてしまうから」


『O』に向かって笑うのは『L』であった。


「そうだな。あれは怖ろしいからな」


ソファの元まで歩み寄り腰をかける。『L』はテーブルの上で山になっている分厚い本に手を伸ばし整頓しだした。
パラパラと中身を見てから指を鳴らして本を自分の部屋に送る。

『L』が活発に動いているのにも関わらず帽子屋は座ったままだ。精気を吸われたのが相当効いたようだ。
そして『O』もまだ寝転んでいる。足をバタバタ動かしてつま先で床を叩く。どうしてバタ足をしだしたのか、謎の行動である。
いつも変なのでそこは気にしないことにしておいて、『L』は次々と本を整理しながら、彼女のことを口にした。


「マスターがいなくなってからBちゃんは本当に弱くなったよな」


視線が『L』に集まる。
本人は本をじっと見ながら、しかし視線はきっと彼女を見ている。
どこかで精気を吸っている彼女を見て、ため息を漏らす。


「精気を完全に吸わなくなったからすぐに発作が起こるし、見ていて本当にツライ。彼女を一人にさせられない」

「今はイチゴミルク飲んでるから無事なんだろ?」

「そうだけど、イチゴミルクは精気とは程遠いものだ。状態を柔らかくしてくれるだけだ」


『B』のことを思い出す都度『L』はため息ばかりつく。
それからバタ足中の『O』に向けて同意を求めた。


「イチゴミルクとの出会いの前が大変だった。毎日Bちゃんに精気を吸わせていたからオレらの体も結構ピンチだったよな」

「うん。最初のうちは痛かったし」

「だけど精気をあげないとBちゃんは生きていけないし、そのぐらいは我慢できた」

「うん。Bちゃんもその都度笑ってくれたから、よかったよ」


まさにその通りだったらしく『O』は素早く反応した。
二人は精気を吸われることに対して苦は決して言わない。
『B』のことを言って目を細めるだけだ。
そんな二人の存在に気づき帽子屋は自然と驚いた。


「お前ら、本当に仲がいいよな」


しょっちゅう店に訪れる3つの闇は常に楽しそうに互いに微笑んでいる。
闇から生まれた闇の者なのに、どうして奴らは笑っていられるのだろうか?

すると『L』がやはり笑ったまま答えてきた。


「同族の中で唯一できた『友達』だからな」


『L』がそういった刹那、場の空気が歪んだ。
3人の間に出来た空間に波が立ち、その拍子で透明の扉が出現する。
透明の扉を伝って黒い者が姿を現した。
その者を見て『L』が「Bちゃん」と呼んだ。


「おかえり」


笑顔で出迎えると『B』は腹を摩って満腹を表現した。
彼女は精気を貰う旅に出ていたので、帰ってきたということは無論彼女の体内には精気が溢れているのである。


「たくさん吸ってきたわよ」

「他の奴らからとってきたのか?」

「Bちゃん、大丈夫かい?」


『B』の満たされた顔を見て『O』は何故か心配した。そして『L』も笑顔ながらも視線は同じものを送っていた。
帽子屋には、何故二人が『B』のことを心配しているのか理解できなかった。
しかし『L』の言葉を聞いて、理解できた。


「あのときから精気を吸うのを恐れていたのに、無理したな」


心臓作りの真っ最中に、『B』がイチゴミルクと会うまでの過程を話していた。
そのときに彼女は、『E』がいたくなったことにより精気を貰う者がいなくなりまさに吸血鬼のようになった、と。
そして彼女はある日事件を殺めてしまい、それから精気を吸うのを恐れてしまった。

だけれど今彼女は精気を吸いに行っていた。
自分の過ちに恐れて精気を吸えなくなっていたはずのに…。
そのことが二人を心配させる道へと導かせたのである。

視線を浴びた『B』は不敵に笑みを漏らす。


「大丈夫よっ。私は人間から精気はとってないから」


精気は全ての者が持っている。これが命の源だから。
生ある者には精気がある。動物にもあるし草木にもある。

そして、闇にもある。


「だから心配しないでちょうだいっ」


心配を含んだ二つ分の視線が痛かったのか、『B』は背いて言葉を放つ。
しかし二人には謎が残っていた。人間から精気をとってないとすれば一体何からとってきたのだろうか、と。

二人が首を傾げあっているのを背景に、帽子屋に向けて『B』が声を出しながら手招きする。


「ほらっ、心臓を持ってきなさいっ」

「あ、ああ」


思わず心臓のことを忘れるところだった。
『B』に言われて帽子屋は急いで心臓を彼女の元へ持っていった。
しかし精気を取られてしまっているため少しあどけない動きになっている。
『B』から精気を取られた人間はきっと彼だけであろう。


「吸血鬼、どうやって心臓に精気を吹き込むんだ?」


疑問を吐きながら帽子屋は心臓を『B』に渡した。
動かない心臓を手に入れて『B』が口元を歪める。考えがあるようだ。


「直接精気を吹き込むのよ」


それは単純明快なものであった。
『L』と『O』も興味があるらしく、彼女に近づいてマジマジと観察している。
熱く見られてやり辛いようで眉を寄せている『B』であるが、早速実践に移した。

血液が流れていない黒い心臓の大動脈に唇を直接当てる。
目を閉じて、口先を尖らせ、空っぽの心臓に思いを込めて。
それからそっと息を吐いた。精気を吹き込んだ。


「あぁぁぁあぁぁたまんねぇえぇぇぇえへへへへうひひひ…!!」


『L』は心臓の気持ちを想像上で言ってみたりしている。
馬鹿は放っておいて、帽子屋と『O』は『B』が精気を吹き込んでいることに対して目を丸めていた。


「精気、入れてるのか…」

「Bちゃんが心臓にキスをするなんて、意外だった」

「もっと優しく吹き込んでよぉぉぉお…あ、で…でもこれもいいよぉぉ……うっ!!」


心臓の声をアテレコする『L』には『B』からの尻蹴り。よって『L』は撃沈した。
場がようやく静まったところで『B』は体内に溜めていた大量の精気を心臓に吹き込むのを続けた。


「これで心臓は動くのか?」


帽子屋が問いかけてきたので『L』は尻を押さえて痛みを堪えながら立ち上がる。


「いや、精気だけじゃ心臓は動かない。だけど精気は心臓の材料の一つと言うことには変わりない。これでゴールに近づいたわけだ」

「うむ。Bちゃんはよくやってくれたよ」

「だから次は死神が頑張れよ」

「うん無理」

「お前は昔から努力しない奴だよなー」


はっはっはと笑い声を上げる『L』、内心では精気を入れることにより心臓の中身がゼロじゃなくなったことに安心していた。
『B』が精気を吹き込むことにより心臓は重みを増す。質量的には変わらないが身がぎっしりと詰まる感覚が走る。

やがて心臓から『B』の唇が離れた。精気を入れ終えたようだ。
刹那、崩れ落ちる黒い者。


「Bちゃん!?」


『B』が倒れてしまったのだ。
心臓をしっかり握って、だけれど全身には力が無くて。
どうして彼女の足が崩れたのか分からなくて戸惑う帽子屋であるが『L』が解決した。


「自分の分の精気も入れたのか?」


すると『B』は何度も頷いていた。
心臓に精気を吹き込むときに、イチゴミルクで補っていた力も入れてしまったようだ。
そのため彼女を支えるものがなくなり崩れ落ちた。

そのことに気づき帽子屋が急いでキッチンへ向かってイチゴミルクを取りに走る。


「Bちゃん、無理はするなって言っただろ?」


力のない『B』を抱きかかえて『L』は眼差しを送った。『O』も隣で眉を寄せている。
『B』はバラ色の唇をゆっくりを動かし、言葉を放つ。


「…ドジるなんて、私も未熟ねぇ…」


しかし『L』が首を振った。


「大丈夫だよ。Bちゃんは強い子だからな」


精気が無いため弱体の彼女だけれど、心は強かった。
『L』がそのことを告げると『B』が軽く笑った。


「恥ずかしいこと言うんじゃないわよ馬鹿っ」

「呼んだ?」

「…しまったわ、馬鹿は二人いたんだったわっ」


『L』に向けて馬鹿と言ったのに返事したのは『O』だった。
自分の過ちに気づいて『B』がまた笑う。
そんな彼女に向けて『O』がさり気なく頭を下げる。


「ありがとうBちゃん」


心臓のために精気をとりにいってくれて。


「どういたしまして…」


主語が抜けていたけれど、『B』には通じた。
そもそもこの心臓作りのきっかけになったのは全て『O』であるのだ。
元凶が頭を下げるものだから、『B』も目を細めて返す。『L』はそれらを眺めるだけだった。


まだ脈を打たない心臓。
だけれど今は虚無ではない心臓。
精気が入った心臓。
4人の思いが篭った心臓。
それなのに、動いてくれない心臓。

あとは何が必要なのだ?


『B』が持っている心臓を『L』と『O』が眺めているときだった。
運命を変える鐘が鳴った。


ガシャァン…


空気が鋭く割れた。
それに続いて、響く騒音。
物がなぎ倒されて音が連なる。

そして瞬時であった。


キッチンへと繋がる扉がぶっ飛び、向居にある壁に叩きつけられる者。
今では物が壊れたときに巻き上がった埃により姿は見えないが、キッチンにいた者といえば彼しかいない。
帽子屋だ。


「「…?!」」


帽子屋が勢いよく飛ばされた。それは何故?
答えは目の前にあった。

3つの闇の前に立つ、一つの闇。
背の高い闇は、『B』を抱えている『L』を見下ろしている。
口先にある黒いタバコが黒い煙の線を空に引いた。


「お前は…」


突然の出現に『L』は驚きを隠せない。


「お前は、Q…!」


3人を見下ろしているのはエキセントリック一族の『Q』。奴は鋭い目を細め、不敵に口元を吊りあげる。
そして、その口先に二本の指を添えて立て、その指に向けて息を吹きかけるような仕草をした。


「死ねよこの野郎」


口から出てきたものは息ではなく、黒い炎。
ぼうっと口から出た黒い炎は3人をあっという間に包みこんだ。








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