胸が締め付けられた。
出来事が唐突過ぎてすぐに理解できない。
物の焼ける音と強烈な匂いが体内を駆け巡る。

先ほどの爆発によって家の中が燃えたようだ。
自分らがいた屋根が燃えていく。
そして、この家の中で戦っていた仲間たちも…。


「みんなー!」

「何よ?」


メンバーが魔物と戦っていた場所がこの様なので、ショックの勢いで叫ぶ。
しかし、応答が何事もなく返ってきたので、逆に驚いた。


「「ええ?!」」

「何や。話し合いは終わったんか?」

「喧嘩はなかったのねーよかったー!」

「ったく、お前ら帰ってくるのが遅ぇんだよ」

「あら、アフロまみれになってないじゃないの」


てっきり爆発に巻き込まれたのかと思っていた。しかし、当の本人たちは燃え盛る炎の中からさり気なく姿を現した。
紅い炎を背景にしたシルエットがこれまた美しい。
クモマとサコツに声を掛けながら近づくメンバーは、シルエットから色を抜き出してやがて表情をこちらに向けた。
だが、異様な光景が現れるだけだった。


「アフロボンバー?」

「「ああああ!?」」


炎から現れたメンバーの一部がアフロボンバーになっていたのだ。
衝撃的な現場に二人は同時にブチョウを指差し絶叫した。


「「アフロボンバー!?」」

「そうよ私が真のアフロよ」

「またお前はアフロかよ!?」

「最近アフロネタが多いわなぁ。ネタがつきたんやろか?」

「トーフちゃん、その台詞はカットにしようね」


爆発に巻き込まれて頭がアフロになったのはブチョウが主のようだ。
チョコは髪が乱れているだけど一梳りすればすぐに元通りに出来る。トーフも髪がチリチリになっていたがブチョウほどではない。
対してソングは髪が短いので見事モヒカンになっていた。


「んなはずねえだろ!爆発に巻き込まれてモヒカンになるってどんな爆風受けたんだ!」

「か、カミソリ爆風や…!」

「おいドラ猫!何ときめいてるんだ?!そんなハレンチな爆風じゃなかっただろ!」

「すげーぜソング!お前ついにニワトリになっちまったのかよ!」

「だからモヒカンになってないって言ってるだろ!それとモヒカンをニワトリと例えるな!」


全員は元気そうであるが、この通り爆発に少々被害を受けているようだ。
この爆発は一体何なのか、確認すべくクモマが立ち向かう。


「どうしてここが爆発したんだい?」


するとブチョウがスパッと答えてくれた。


「クマさんの『ほにゃららビーム』の威力の成果よ」

「ほにゃららビーム?!」


なんと、クマさんの技『ほにゃららビーム』がこの爆発を生んだらしい。
ちなみに『ほにゃららビーム』とは、たまご2個をかき混ぜた中に申し訳なくニンジンの欠片と己の心意気を入れると出来上がります。


「蛇足すんな!」

「ちゅうか蛇足でも何でもないわ!!変な料理が出来るだけやわ!」


己の心意気を入れることで敵の母性本能をくすぐるんですね。


「知らんわ!『くすぐるんですね』って解説されても納得できんわ!敵の母性本能くすぐってどないする!」

「トーフちゃん落ち着いて!ツッコミを取られてソングがしょげてるから!」

「しょげてねえよ!ただ草むしりがしたくなっただけだ!」

「しょげてるよ!それって俗に言う『ヘタレ行為』よ!」

「クソ!やってらんねー!」

「きゃーむしった草を投げつけないでよー!」


この通り、全員が無事のようだ。
クモマとサコツは深くため息をついて不安を吐き出す。
一瞬だけ不幸を感じ取ってしまったので、それを一緒にして吐き出す。

この場にはメンバーしか居なかった。
敵である魔物はクマさんの『ほにゃららビーム』により消えてしまったようだ。
ほっと安心するが、クモマは自分の使命をここで思い出した。


「ああ!村人を倒しちゃったの?!」


クモマの悲鳴を聞いて、安堵した表情を取っていたメンバー全員が呆れた表情を作り上げた。
「あのなぁ」とトーフが切り出す。


「ここの村人は今じゃ人間じゃなくて魔物なんや。みーんな魔物、人間じゃあらへん魔物や。魔物はワイらを倒そうと襲ってきた。せやからそれに答えただけや」

「だけど、もしかしたら僕らに助けを求めていたかもしれないよ」

「それはないよクモマ」


自分の意見を貫かせようとしたが、すぐにチョコが割り込んできた。
チョコは目の色を変えて、じっとクモマを見ている。信じてほしいから目で訴える。


「私、魔物の言葉も分かるから魔物の会話を聞いちゃったの」

「…」

「あれは人間の心を持っているような生物じゃなかったよ。私たちを倒そうとしか考えてなかった。あれが元は村人だなんて信じられないよぉ…」

「…ほ、本当かい?」

「うん」


チョコはふと溢れてきた涙を親指を拭って、涙を止める。


「だから私怖かったの。怖かったからずっと逃げてた…」

「チョコ…」

「だからさクモマ、ここはトーフちゃんの言うとおりにしようよ。そうじゃないと私たち、生きていけない……」

「……」


まだ辺りには魔物はいない。
しかし暫くしたらやってくるだろう。"ハナ"に"笑い"を取られすぎて魔物化した村人らが。

クモマは堪えた。この怒りと哀しみを。
自分の情けなさを、拳を握ることで解消する。
しかし、どうしても気持ちは抜けなかった。

はじめ家の中に隠れたときにトーフが言った言葉を思い出し、その都度拳を震わせて、クモマは自分の不満を打ち明けた。


「僕、嫌だったんだよ。この空気が」

「「……」」

「この村って"ハナ"によって変わり果てた姿になってしまったんだろう?」


全員の顔つきが変わった。クモマの言いたいことが大体掴めて、心が痛くなった。
ぐいっと眉を寄せる。
クモマは俯いて、歯を食い縛った。


「僕たちがすぐに"ハナ"を消してやらなかったからこの村の人たちは魔物になってしまったんだ…」

「「…」」

「僕ら以外の人たちは"ハナ"のことを知らないから、自分らの異変にも気づくことなく無惨にも魔物になってしまった…それが悲痛で仕方ないよ…」


哀しみの上に怒りが被さり、それを堪えるために地面を強く踏みつける。
じりじりと地面を削り、そこが濃い色に染まった。


「いつも"ハナ"のことを後回しにしてた…。"ハナ"のせいで村が狂っていたりしていたけれど僕らはそれよりも自分らのことしか考えてなかった。"ハナ"の恐ろしさを知らなかったからいつも後回しにして、ひどいときは皆して"ハナ"のことを忘れていたりした」


そんな自分らが、ひどく憎い。


「クモマ…」

「だから嫌なんだ。僕は魔物と戦いたくない…。僕たちのせいで魔物になってしまった村人を消したくない…」

「「………」」


クモマの気持ちを聞いて、全員が黙っていた。

チョコの言うとおり、魔物は狂気の中だ。物を壊すことしか考えていない。
今それのターゲットになっているのは自分ら。だからやられる前にこちらからやらなくちゃならない。
しかしこの村の場合、魔物は元人間だ。メンバーの"ハナ"処理の遅れがこのようにして表れた。
知らぬ間に"笑い"を取られ、終いには姿を失い魔物になった。
これは全て、"ハナ"を消す旅をしているラフメーカーの所為である。
のん気に旅をしているからこのような結果が生まれてしまったのだ。

自分らの過ちに、全員が俯き後悔した。


「…そっかー…私たち、大きな任務を背負ってたね…忘れてた…」

「あちこちの村人を救うために旅をしてたけど、この村は手遅れだぜ…。俺ら、何してたんだろな」

「……後の祭りか」

「悪いことしちゃったわね。クマさんは強いから手加減なしで魔物を消しちゃったわ」

「みんな、優しいんやな」


うなだれるメンバーに向けて、トーフは頭を上げて、顔を合わせた。
全員の瞳にトーフの笑顔が映る。


「ワイは、魔物を消すことに対して何も思ってへんかった。自分も人から傷つけられてた身やから、誰だって同じ目に遭ってええと思ってた。せやけどそれはあかんわな」


トーフは笑った。


「人を傷つけてええはずないもんな。ワイのようなつらい目に遭うんはワイだけで十分。八つ当たり加減に他んもんを傷つけて気持ちええはずない。ワイは間違ってた」

「…」

「せやけど」


ここで前言を不に置き換える接続詞をつけてトーフは自分の意見をまたひっくり返した。
笑顔もここで消し、今は目線をメンバーの背後にある建物に向けている。
顔つきを変えてトーフは言った。


「そんな考え持ってたら、ワイらはいつまでたっても世界を救えん。世界を不幸せにする者がおる限りワイらは戦わへんとあかんのや。気を緩めてたらあかん」


そして、裾から糸を取り出した。


「今も気ぃ緩めたらあかんで!」


糸は目線の先へ伸びる。
メンバーの背後へ、そこに立っている魔物へ。

魔物の悲鳴を聞いて全員が後ろを振り向いて身を引いた。


「魔物…!」

「しまったわ。話している隙を狙われたのね」

「ちょ…トーフ!」


魔物の体を縛り上げ、トーフは腕を引く。よって魔物に締め付けられている糸がギュッと狭まった。
苦しそうに悲鳴を上げる魔物を見て、クモマがトーフを抑えようとする。
しかしトーフは聞かない。
自分の意見を意地でも貫き通した。


「ここで気を緩めたら、世界を救う前にワイらがやられてしまうで」

「だけどここの村人たちは僕らの所為で…」

「今更追い詰めて何になるんや?今は今のことを考えぃ!」

「…!」

「村人はもう村人じゃあらへん!魔物や!手ぇ抜いたらあかんでぇ…!」


パンッと魔物が破裂した。
村人が破裂した。
自分らの遅れによって変わり果てた姿になった村人が…。

クモマは他のメンバーより身を引く。
現実から逃げようとする。


「嫌だ…どっちも嫌だよ…。世界を救えなくなるのも嫌だし、この魔物たちを倒すのも嫌だ…」

「クモマ、あんたは優しすぎや。何かを救うためには必ず犠牲が出るもんなんや。それをちゃんと理解しとき」

「…」


魔物が次々と現れる。
四方八方あらゆる場所から魔物が湧き出てくる。
鋭い手が伸びる。その手には何かが篭っていた。

そう、怒りだ。
よくもこの村を見捨てたな、と。

怯えるクモマを庇ったのはブチョウだ。


「はっきり言うけど、どっちの意見も正しいのよ。言い争うのはやめなさい」


あのときの爆発によりクマさんは力尽きてしまったようだ。なので今はこの場に居ない。
ブチョウはハリセンを武器に魔物の体を飛ばす。
しかしクモマが後ろから抑えてきた。


「やめてブチョウ!村人が」


しつこいクモマにブチョウはため息交じりの言葉を吐いた。


「たぬ〜。これは私たちの戦いなのよ。こんなものにも勝てないでどうする気なの?」

「でも」

「ここで立ち往生していたら私たちは変人一族を倒せないわよ?」


変人一族とはエキセントリック一族のことである。
ブチョウに説得されて、クモマは腕の力を抜いた。
その隣りではソングがハサミを操っていた。


「自分たちの戦いか。言えてるな」


スパッと魔物の胸を斬り、消滅させる。
ソングは内から溢れるクルーエルの血を抑えながら、口元をゆがめた。


「俺には約束がある。だから必ず世界を救わないといけない。ここで勝ってエキセンにも勝つ。今はまだ柔な戦いだ」


メロディを生き返らせるために世界を救いたいソングは今、遠慮も躊躇もない。
さすがクルーエル一族、動きが華麗だ。
その背中合わせに立っているのは、背中に翼を生やしたサコツだ。
赤髪のチョンマゲヘアーが、生じた風に煽られる。


「世界を救うために俺は悪魔の力を使えるように努力したんだ。今更怯えちゃいけねえぜ」

「…」

「そうだクモマ。言い忘れてたぜ」


黙り込んでいるクモマに向けてサコツは顔を向けた。
俯き震えているクモマを見て瞬時悲しくなったが、すぐに真剣な目を作る。


「ソラ師匠が、エキセンとの戦いのとき手伝いに来てくれるってよ」


ここでクモマの顔が上がった。兄の情報をもらったからだ。
クモマは強張った顔のままだが、その中には驚いた表情も秘めていた。


「ソラ兄ちゃんが?」

「ああ!仲間を連れて手伝いに来るって言ってたぜ」

「…ソラ兄ちゃんも世界を救ってくれるんだ…」


何だか気が和らいだ。クモマはやっと表情を崩した。
世界を救うためにエキセントリック一族の元へ行けば、そこで兄と会えると知ったから。
死んだと思っていた兄と会えるのだからそれは非常に嬉しい。

だけれど、クモマはこのハードルを越えられないでいた。
短足だから、全てに戸惑い躊躇ってしまう。
今の自分のままでは、ハードルに足を掛けたときにきっと転んでしまう。そう思っているからいつまでたっても越えられずにいた。
仲間たちは武器を持つことにより、楽にハードルを越えたというのに。

サコツに慰められてもクモマは戦いに出れない。
ずっと震えっぱなしだ。そのためサコツも困ったように眉を寄せた。


「クモマ…」

「……」

「いつも戦いから逃げていた俺だって克服できたんだぜ?頑張ろうぜ」

「……出来ないよ…だって村人が…」

「トーフもチョコも言ってたじゃねえかよー。今こいつらはただの魔物だろ?」

「でも元は人間だよ。僕らの所為で魔物になってしまった哀れな人たち…」

「大丈夫だから、頑張ろうぜ」

「何が大丈夫なんだい?無理だよ……そして怖いよ…」

「………」


こんなにも震えているクモマを始めて見た。
普段のクモマならば仲間のためにすぐに手や足を出すことが出来る。
仲間を救うためならどんな手段も選ばない。拳一発使って仲間に笑顔を見せるというのに。

戦いに怯えるクモマの肩をチョコがトンッと叩いた。


「クモマ、無理しなくていいのよ?確かにこの村は悲惨なことになっちゃった…。私も悲しい。クモマだけが悲しいんじゃないんだよ。みんな悲しんでるから」

「…う、うん」

「でも、ここでずっと悲しんでいても何もならないよ。哀れな姿になった村人のために成仏させるのも私たちの役目じゃない?」

「…役目?」

「そやでクモマ!言っとくけどな、ここん村の"ハナ"は"笑い"を吸い取りすぎて実体をなくしとる。代わりに魔物化した村人の中に住みついてるんや」


途中で割り込んできたトーフの言葉に全員が絶句した。
トーフは続ける。


「せやから嫌でも戦わへんとあかんのや!」

「そしたら魔物に向けてひょうたんの雫をかければいいだろう?」

「いや、無理や」


クモマの意見を一振りで掻き消した。


「ここの場合は異常や。大きくなりすぎた。一滴の雫だけじゃ鎮める事ができん」

「…!」

「数をある程度減らした上で雫や。それまではずっと減らし続けんとあかん」

「そんな…」


トーフは遠まわしに「魔物を倒せ」と言う。
だからクモマは何もいえなかった。

自分の肩を抱いて、怯える体を抑える。
魔物になった村人に向けて、心の中で「ごめんなさい」と謝るのだった。







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