危ないと思った刹那、全員は動くことを忘れていた。
突然変異を起こした赤髪の男の姿に唖然としてしまったのだ。

チョコの首筋を狙っていた魔物の腕を、サコツは握り止めている。
魔物とは違うオーラが強烈に漂う。


「手ぇ出すんじゃねえよ」


サコツが声を放つことにより、全員はやっと口を開くことを思い出した。
魔物を捕らえているサコツは今ではチョコの背後に背を合わせて立っている。かなり速い移動であった。
チョコはサコツが背後に立っていることに気づいて急いで後ろを向き、サコツの背中を見る。
黒いものが瞳に映った。


「サコツ…それ……!」


黒いものがバサッと空気を抉り、場の邪気が乱された。
他の魔物も全て、サコツの背中に目を奪われる。
チョコも場の空気に身震いを生じ、一歩後ろへ身を引いた。


「悪魔…っ」


全員が凝視している先には、サコツの背中から生えた黒い翼があった。
コウモリのような皮状の翼。柔らかみがなく、羽ばたく都度空気が固くなる翼。

サコツの突然の悪魔化に、全員は驚愕を隠せずにいた。
しかし何といえばいいのか分からない。チョコと同じように身を引くだけだった。

やがてサコツが、魔物の刃物をへし折ってから口を開いた。


「驚かなくてもいいぜ」


本人はそういうものの、驚かずにはいられなかった。
何故なら、サコツは自分が悪魔だというのに劣等感を持っていたのだから。
悪魔になりたくないから、戦闘時も自分から手を伸ばすことはなかった。
気を緩めてしまうと悪魔の力が漲り翼が生える。だからそうならないように常に堪えていたはず。
それが今、当然の如く披露されている上、本人はケロっとしている。
後ろを振り向いたサコツは、まず始めにチョコに目を向けた。

目は笑っていた。普段どおりに。


「俺さ、決めたんだ」

「…え?」


サコツの言葉にチョコは怯えながらも首を傾げる。
サコツのことが怖いというわけではないけれど、何だか足が震える。
これが悪魔の力というのか。悪魔の力が空気を伝って体を震わせる。

右手から魔物が襲ってきたが、サコツは難なく腕を払った。よって魔物がぶっ飛び、壁に穴を開けた。
メンバーも魔物に襲われないように武器を盾にして、しかし顔はサコツに向けた。


「決めたって何を決めたんや?」

「まさか女になることを決めたのかしら。いさぎよいわね」

「いさぎよすぎだろ!顔だけで人類を破滅できるほどのキモイ顔をこれ以上世間に広めようとするな!」

「サコツ、キミは…」


しょっちゅうクモマは言っていた。「サコツは天使だよ」と。
しかし今目の前にいるのは悪魔だ。黒い翼が立派に立っている悪魔。
クモマはサコツが悪魔だということを否定したかったが、本人に拒否された。

サコツは笑顔のまま言っていた。


「俺は悪魔だからこのまま生きていくぜ」

「「…!?」」

「せっかくもらった力なんだ。使わないともったいないぜ?」

「だ、だけど」

「大丈夫、ちょっと特訓して最低限に翼を使えるようになったからよ。安心してくれ」


直後、サコツは首を戻し魔物に向けて手をかざした。
そこから黒い光が溜まる。
普段のサコツは自分の手では気をねれない。だから常にしゃもじを使っていた。
しかし悪魔になれば物に頼らなくても自分の手で気を発動させることが出来る。
光の色も普段は赤だが今は黒。
まさに邪悪の一欠けらなのだが、それでもサコツは普段通りだった。

気を放って魔物を飛ばす。
急所から大分離れた場所を撃って、戦闘不能にさせた。
この様子からサコツは魔物を消滅させる気ではないようだ。
悪魔時のサコツは遠慮なんてなかった。しかし今はいつもの心を持ったままだ。
優しい心を持ったまま悪魔になっていることを知って全員が驚き且つ安堵した。

黒い気にやられた魔物を見て、仲間たちが一斉に暴れだした。
それを抑えるために再びメンバーは動き出す。
その中でクモマも魔物に襲われそうになった。


「…!」


攻撃を避けて魔物から逃げる。他の皆のように武器を向けはせず、背中を向けるだけ。
どうしてもクモマには攻撃することが出来なかった。
この魔物も元は人間なのだから。
それを痛めつけることがどうしても出来ない。
体が自然と拒否するのだ。

しかし魔物は関係なく手を伸ばしてくる。
何とか避けるのだけれど、複数の手がやってくる。避けきれない…!


「クモマ!危ないぜ!」


もう駄目かと思えば、仲間が助けてくれる。
悪魔の翼を背中に生やしたサコツが敵の前に立って攻撃を塞いだ。
しかしクモマはサコツの行動を否定した。


「サコツ!無理して戦わないでいいよ!」


戦闘が苦手なサコツが手のひらに光を溜めている。それが悲痛だった。
きっとサコツは無理して悪魔になったはず。
皆が魔物を倒す気だから恐怖心に怯え、さっきまで胸を押さえて身をかがめていた。悪魔になるのを抑えようとしていた。
勝手な解釈だが、クモマは自分らのせいでサコツが悪魔になってしまったのだと思った。

戦いをやめてもらいたいため必死にサコツの腕にしがみ付く。
するとサコツは、愉快に笑っていた。


「な〜っはっはっは!無理なんかしてないぜ?俺は自分から進んで戦いを選んだんだ」


予想外にサコツがクモマの考えを覆すので、クモマは「えっ」と声を漏らした。


「キミはさっきまで苦しそうに身を縮めていたじゃないか」

「あれは翼を生やす前触れだぜ。翼出すのって案外ツライんだぜ」

「…そ、そうなの?」

「ああ。夢の中では楽に生やすことが出来たんだけどなー。現実は難しいぜ」

「…夢の中?」


もしや、サコツは吹っ切れてしまったのだろうか。
悪魔だから悪魔として生きる。天使から生まれた悪魔が言う台詞なのか。
どう受け取ればいいのか分からない。

サコツが気になる言葉言ったのでクモマは眉を寄せた。
そしてサコツもある事を思い出して、目を見開かせる。
それから目の前の魔物をぶっ飛ばして気絶させたところで、しがみ付いているクモマをそのまま持ち上げた。

悪魔になるとこんなにも力が出るものなのか。人間を片手で宙に浮かすことが出来るなんて。
いや、違う。サコツが浮いているからクモマも浮いているのだ。


「クモマ!ちょっと話したいことがあるんだぜ!」

「ええ?」


その場にいるメンバー全員もそちらに目を向けた。仲間が宙に浮いているのだ。これには驚かないわけにはいかない。
黒い翼を羽ばたかせているサコツに向けてチョコがええ?!と目を丸めた。


「サコツ、空飛べるのー?!」

「お前、本当に悪魔になったのかよ」


続いてソングも目を丸めた。変わり果てたサコツの姿を全員が唖然と眺める。
注目の的のサコツはクモマを浮かせたまま、空を移動した。


「ちょっとサコツ?どうしたんだい?」

「他の皆には悪いけどよー、ちょっくらクモマを借りるぜー」

「えええ?!僕、何か悪いことした?!」


クモマを宙に浮かせたサコツは、クモマの悲鳴を聞かずに壁の穴から外へ抜け出していった。
狭い家に二人が抜けたということで少し空間が出来る。しかしすぐに魔物が埋めつけた。

舌打ちを鳴らしてソングが呻く。


「ったく、何だあいつ。身勝手だな」

「いいなー私も空飛んでみたいなー。クモマ羨ましいー」

「サコツが自分から進んで悪魔になったなんて、何かあったんやろか?そしてクモマをさらった理由は何やろか?」

「そうよねー。どうしちゃったのかなー?」

「次、ここに戻ってくるときに二人の頭がアフロになっていたらまさに本望ね」

「何があったんだよあいつらに!?」

「ちゅうか、サコツ一人だけ帰ってきたらどないしよ…」

「その逆でもどうしよー…」

「どっちかが返り血まみれやったらどないする?」

「まずは消えた方の死体を探しに行くよ」

「そしてその死体がアフロまみれになってたら最高ね」

「「うんうん」」

「って、ちょっと待て!どうして不吉なことしか考えないんだ?!別に何も無いだろあいつらなんだから!」

「全く、どうしてアフロな私を誘ってくれなかったのかしら」

「誰もアフロなお前を誘いたくねえよ!」


会話中とも関わらず、この村の住民は襲ってくる。
こんな物体に心なんて無い。自分らを倒すことしか考えていない。
だから奴らを倒すしかない。
倒して村から出なくては。


「クマさん、ほにゃららビームよ」

「「何その変なビーム?!」」

「非常に不愉快になるビームだな?!」


魔物化した人間を敵に、メンバーは遠慮しない。
生きるために戦う。欠けた二人の分も戦う。




外に出てすぐに羽を強く振り下げて、風圧によって飛び上がる。
空に向かって飛んだと思えば、すぐに家の屋根に着地する。
追っ手はやってこない。メンバーが抑えてくれているようだ。

やっと下ろしてもらえたところでクモマは早速サコツに問いかけた。


「一体何の用だい?」


サコツは翼を仕舞わない。
仕舞ってしまうと降りるときに再び翼を出さなくてはならなくなり、そのときにまた苦痛を味わうことになる。
だから翼を出したまま、悪魔の姿でいた。

サコツは辺りに誰もいないことを確認してから、そっと口を動かした。


「クモマってよー、今から5年ぐらい前に家族一家を殺されたことないか?」


クモマの質問は跳ね返され、強烈な質問として返ってくる。
しかもその内容は自分しか知らないものだったので、無論驚いた。
開いた口が塞がらないクモマ。対してサコツは核心ついた表情をつくっていた。
そして訊ねたいことを次々と口にしていく。その都度クモマも応答した。


「あのとき家族を殺したのは悪魔だったか?」

「…うん、キミの前では言いにくいけど黒い翼が生えてたよ」

「そっか。んじゃ、お前の父ちゃん母ちゃんはそいつによって殺されたんだな?」

「う、うん…葬式あげたから」

「んじゃお前の兄ちゃんは?」

「あ、実は分からないんだ。死体が見つからなかったから。…って、どうしてこんなこと聞いてくるの?そしてどうしてここまで詳しく知ってるの?」


成り行きで訊ねてみると、サコツはニマっと微笑んできた。


「実際にお前の兄ちゃんと会って話を聞いたからだぜ」


それは驚くべき告白であった。
拍子で後ろへ飛び上がる。


「えええ?!」

「お前の兄ちゃんってよーソラって名前だったか?」


クモマは勢いよく頷いた。


「うん!そうだよ」

「兄ちゃんはすっげー背が高いだろ?」

「うん、ソラ兄ちゃんは180センチはあったよ」

「クモマは?」

「僕は当時から…足が短かったから」

「ってか、兄ちゃんは足長いよな!」

「長い!長いのにソラ兄ちゃんは自分の足は短いと嘆いていたよ」

「そうなのか?」

「うん。きっと、僕を慰めようとしてくれたんだね」

「そっかー!やっぱりいい人なんだなソラ師匠は!」


リズムに乗って話していたがここで二人のリズムは途切れた。
少し時間を置いてクモマは恐る恐るサコツに訊ねた。


「あのさ、ソラ兄ちゃんは死んでいるんだよ?会えるはずないじゃないか」

「いや実は違うんだぜ。ちょっくら聞いてくれよクモマー」


不思議そうに眉を寄せていたクモマとは裏腹にサコツはやはり笑っていた。
綺麗に笑える悪魔なんてそう多くは無いだろう。

サコツは言った。


「ソラ師匠は俺に翼の使い方を教えてくれたんだぜ」

「え?」

「ソラ師匠も俺と同じような悪魔だったんだ」


一瞬、間があった。
しかしすぐに悲鳴が上がった。


「悪魔ぁ?!」


クモマの絶叫にサコツは普通に頷く。


「そうだぜ!俺の尊敬する悪魔だぜ!」

「待ってよ!意味が分からないよ!ちゃんと説明して」

「あー俺って頭悪いから上手く話すことができないんだけど…、ま、いいぜ説明するぜ」


頭を掻いて自分の頭の弱さを主張したサコツだが、頑張って頭を使おうとした。
生気が無い村で気を失ったとき、夢であった出来事を。
いや、あれは夢ではなかった。サコツのために作られた舞台だった。
そこでサコツは悪魔の翼を使えるように修行を積んだのだ。

下手な説明であったが、サコツは懸命に言葉を並べた。
地獄1丁目の魔王…エキセントリック一族の『V』の悪戯で、悪魔にクモマの家族を襲わせたこと。
そのときにソラをさらって悪魔にして生かせたこと。
そして自分は


「本当は天使だったんだぜ!悪魔じゃなくて天使だったんだ」


それを聞いてクモマは嬉しそうに微笑んでいた。


「やっぱりキミは天使だったんだね」

「ああ!今は悪魔だけど、本当は天使だったんだ。それだけでも嬉しいぜ!」

「うん。よかったね」


クモマは少しだけ、悲しい気持ちを抱えていた。
自分の実兄が悪魔にされたこととサコツが天使から悪魔にされたこと。
種族を突然変えられたのだから、それは悲しい。何だか心が締め付けられる。
しかし、その本人は常に笑っている。前は悪魔に劣等感を持っていたのに、今ではまるでウソのようだ。

サコツの笑みを見て、クモマも自然と笑みを零していた。


「それでキミはこれからどうする気なんだい?」


悪魔として生きるということに対してサコツはどう思っているのか。クモマが訊ねたところ、サコツは同じ調子で答えていた。


「ソラ師匠に悪魔のいいところとかいろいろ教わったんだ。だからもう悪魔を嫌わない。本当は天使になりたかったけど、これは運命だったんだぜ。俺はずっと黒い翼を背負っていくぜ」

「……」

「悪いなクモマ。お前はいつも俺のことを『天使だ』って言ってくれたけど、もう言わなくていいぜ。俺は悪魔なんだ。悪魔を誇りに持って生きるぜ」

「うん」

「あとさ」


またクモマの腕を掴んでサコツは跳んだ、飛んだ。
翼を羽ばたかせクモマを雲の近くまで連れて行く。

雲を間近に見て目を輝かせるクモマに向けてサコツは自分の気持ちを打ち明けた。


「世界を悪魔が救うってのも面白いよな」


クモマも頷いた。


「そうだね。正義の味方の悪魔もかっこいいと思う。うん、かっこいいよ!」


空を飛んだサコツに掴まったクモマは、サコツの笑顔を見れて良かったと思った。

故郷に戻ったときのサコツは見るのも悲惨なぐらい怯えていた。
悪魔だということに恐怖を抱いていた。身を縮めているサコツの背中を見るのがとてもつらかった。
だけれど今のサコツは笑っている。
翼を生やし悪魔の姿になっているのにサコツの笑みは無邪気な様。
平常心を維持したまま悪魔になる。これもソラとの修行の成果なのだろう。


「…そっかぁ。ソラ兄ちゃん、生きてたんだ……」


死んだと思っていた兄が生きている。
悪魔になってしまった兄だが、サコツをここまで成長させたということはソラはきっといい悪魔として生きているのだ。

心が天使の悪魔が二人、この世界で実現している。


「会いたいな、ソラ兄ちゃん」

「きっと会えるぜ。ってか俺もソラ師匠に会ってお礼を言いたいからよー一緒に探そうぜ!」

「うん。ありがとうサコツ」

「いやいや、どうってことないぜ!」


高度を低めて地上へ近づく。
言いたいことは言ったから、あとは皆の元へ帰り手伝うだけだ。
そしてクモマは、早く醜い争いを止めてこの村のハナを消さなくては、と思考をめぐらす。

しかしそのときに事件が起こった。
目の前が爆発したのだ。


「「?!」」


黒煙は、自分らがいた屋根の下から立ち上っている。
屋根の下といえば、そう、メンバーが居るところだ。


「えっ?!」

「マジでかよ?!」


爆発により全てがバラバラの屋内。メンバーの姿は……。







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サコツは平常心を保ったまま悪魔になれる。メンバーにとってはとても大きな戦力だ!

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