こんなにも美しい姿をしているのに、お前は必ず分散する運命なのか?
61.タンポポの花
青空を割るように、細長い物が建っている。
中央が空洞になっていて、そこから煙が出る仕組み。いわゆる煙突というやつか。
その上に人がいた。
中央の穴に落ちないように腰をかけ、ぶらっと足を垂らす。
本当に高い場所なので地上では風が吹いていなくてもここでは風が吹いてくる。煽られて羽織っている黒いマントが膨らみを帯びる。
被っているシルクハットも一瞬だけ浮いて、そのときに身に纏っている色とは対照的な色をした髪が靡く。
風がやみ、膨らんでいたマントも静かになる。シルクハットも飛ばされなくて一安心。
全てが静かになったところで、再び読書に励む。
「やっぱり女の子は、いいなぁ」
エキセントリック一族の『L』は高い高い煙突の上で一人、女の子の写真集を眺めていた。
悦った表情をして今を満喫する。
「女は性格や体じゃなくて顔だよなぁ顔」
何か言っているけれど無視してください。
『L』はギュッと目を細めて好みのタイプの女の子を写真集を見ることにより探す。
ペラペラとページを捲って、好みの顔を見つければ手を止め、凝視だ。
「目が大きい子はいいよなぁ…見つめられたらたまらないよ」
「へえ」
「顔がよければ何でも許せちゃうよこれ。どんなに性格がきつくても可愛い顔を見ちゃったら怒る気も失せるよな」
「ふむ。それならBちゃんのような子はどうだい?」
「Bちゃんは好きだよ。だってかなりの美人だもん。だけどあれはいくらなんでも凶暴かな。顔は最高だけど理想の子ではないな。あれは誣いに言う『女王様』だ」
「女王様、か。Bちゃんがそれを聞いたら怒るだろうなあ」
「大丈夫だって。もしものときは消えて逃げるから」
「ふふふ。君らしい」
「はっはっは。照れるなぁ…って、いたのか死神!」
あの『L』でも感づくことが出来ないほどの存在の無さなのか、『L』の背後には『O』が立っていた。
座っている『L』を見下ろす『O』は鎌を握っている。肩に担がず片手で柄を持つ。
その姿を見て、さっきの風はこいつの仕業か、と察した。
振り向いた『L』は迷惑そうに『O』を見上げてから、パンッと写真集を閉じた。
「お前から来るなんて珍しいな。一体どうしたんだよ?」
『O』はうんと頷いた。
「特に用はない」
「用がないのに来たのか?」
苦笑しながら自分と向き合う『L』を見て、今度はうーんと首を捻る。
「ここに来たということは何か用事があったはずだ。用事がなければ動くはずがない」
「そうだな。だからお前は何しに来たんだよ?」
「それは分からない。不思議だな」
「全くだ。お前は不思議の塊だよな」
それから今度はいつもの笑みを見せる『L』。
その笑みを見て『O』は「そういえば」と表情を柔らかく緩めた。
「イナゴが笑えるようになってくれてよかった」
『O』が目を細める。幸せを分けてもらったかのようだ。『L』のようにニッコリとは微笑まないけれどそれでも優しい目をして笑う。
今度は『L』が首を捻った。
「死神の話は全体的に唐突過ぎる。オレは常にこうやって笑ってるじゃないか?」
しかし『O』は首を振って返した。まぶたを少しだけ下げて過去の事を思い出す。
そして小さく口を開いた。
「君は泣いていた。ぼくは毎日それを見るのがつらかった」
「………」
「今はもう泣かないかい?」
突然の問いかけ。
『L』は『O』が何の話をしているのか分かり、頷いてみせる。
「泣かないさ。泣いて償える罪じゃないと分かってるから」
「罪?あれは罪じゃない。どちらかと言うとぼくの方が罪を受ける権利がある」
「何言ってるんだ。お前は何も悪くないよ。全てオレの責任さ」
「ぼくは君を助けることが出来なかった」
「いいや。お前はオレを救ってくれた」
二人で淡々と話を進める中、『L』が軽く首を振り場の空気を動かした。
そのときに風が吹き『L』のシルクハットが飛ばされる。しかし目の前に立っている『O』が、空の彼方へ吸い込まれる前に取ってくれた。
覆っていたものがなくなり、オレンジ色の髪が風に遊ばれる。
「ん」
「サンキュ」
シルクハットは帽子屋から暴言吐かれながら作ってもらったものだ。そう簡単に失くしたらいけない物だと知っている。
そのことを『O』も知っていたから丁寧にシルクハットを『L』に返した。
今度は風に飛ばされないように深く被ってから『L』はまた笑みを零す。
「まだあのときのことを覚えていたのか?」
笑う『L』だけれど瞳が黒く滲んでいる。
そのことを気づき、『L』の心がまだ深く傷ついていることを悟る。
だから『O』はうんと首を動かすだけで余計なことは言わないことにした。
『O』が何も言わないので『L』が言葉を放つ。
「そうだよな。このことは闇の皆も覚えているだろうな。忘れたくても忘れられない嫌な記憶のはず」
「さあ?どうだろう」
「きっとそうさ。だって元凶であるオレがこうやって12年間、苦しんでいるんだから」
「無理はしない方がいい」
「はっはっは。大丈夫。もう泣かないと決めたから」
「それならいい」
「ああ。あのときは本当に迷惑かけた。悪かったな」
「いや、ぼくの方こそ」
青空での出来事。嫌に脳に病みついている。
病みついているという言い方は可笑しいな。
オレは忘れたくないのさ。忘れてしまえば、彼女という存在が完全に消滅しかねないからだ。
今彼女は居場所を失っている。彼女を捜そうとしているが見つからない。
オレの元から消えてしまった彼女。
オレはそんな彼女のことを忘れないように胸を常に痛めている。それが彼女への償いだと思っている。
あの情景を思い出すたび心身が痛むけど、それでもいいんだ。
彼女のために痛むのならば、何でも許せる。
彼女はオレの光だったから。
空は常に同じ色を維持している。
太陽の光の角度加減により色が異なって見えるだけで、本当ならば全てが同じ空であり同じ空気だ。
オレらは空というフィルムの一欠けらの存在。
小さな小さな一枚の絵の中にいたオレらだけど、オレにとってはあの絵の中にいたころが一番の幸せだった。
本当に幸せだった、あの頃。
だけれど今は消えてしまった絵。
もう二度と取り返すことが出来ない絵であり、真実だ。
オレはこのとき大きな罪を背負った。
「彼女を見つけたら、また逃亡しようかな」
ポツリと冗談を言う『L』だけど、『O』には冗談には聞こえなかった。
一度前に『L』は失踪した時期があったのだ。
そのときは『O』も城に一度も帰らずふらふらしていた身だったが、『L』の場合はわけが違う。
『L』は彼女を誰にも奪われないように失踪を図ったのだ。
その彼女というのが、ぬいぐるみだったのだけれども。
+ + +
今も昔も全く変わらない。
エキセントリック一族は闇の塊の上、数百年間生きている者だから。
奴らにとっては1日が1秒のように感じ取れ、1年が1日と思えるほど、時間の間隔もまるでない。
「あんた、ピンカース大陸に行っていたようだけど、一体何してたわけぇ?」
「何ってそんなの決まってるだろ?空から女の子を眺めていたのさ」
「うむ。さすがL。女の子大好きだなあ」
これはまだ3人に名がないときの話であり3人が仮名で呼び合っていた頃の物語。
エキセントリック一族にとっては『E』が死に『P』が壊れた後という少し居心地悪い頃の物語。
しかし『L』にとってはこれから先が最も幸せだったという頃の物語。
『L』は、毎日が同じことの繰り返してつまらないと思っていた。
勉強することが好きだから、本を読んだり書いたりと暇を潰していたけれど、結局は暇に値するものであり、毎日あくびをして過ごしていた。
自分で魔術を生み出して、気づけばエキセントリック一族のトップに立っていて、しかしトップという地位が気に喰わなくて。
『R』にしょっちゅう呼び出しを喰らって、命令を受ける。
それがやはり闇に関することであるから、嫌々ながらのエリート生活。
毎日が、つまらない。
そして気に喰わない。
変化のない生活にいい加減飽きてきていた。
「いいじゃん。城に居てもやることないんだからさ、オレがどう動こうと勝手じゃないか」
そもそも、と話を繋げた。
「散歩行った後にここに寄ることが唯一の救いさ」
「そうねぇ。私も城に居るといろいろと嫌なことを思い出すからここで気を休めてるのよねぇ」
「ここならいつでもプリンを食べれるし、ここは最高だな」
『L』『B』『O』は、長いソファに深く腰をかけていた。
辺りを見渡せばレトロな風が香ってきて、幾多も飾ってある帽子が一つの風景になっている。
視界の真ん中には、カウンターに座っている一人の男の姿があった。
と言ってもその男は子どもなのだが。
「お前らなんでここにいるんだよ!」
カンカンになって怒鳴っているのは、この店に弟子入りしている子どもだ。
後に『帽子屋』と呼ばれる男だ。しかし当時は『薫(カオル)』と呼ばれているようである。
カオルの叫び声に『L』が笑い覆した。
「はっはっは。ここはサービスがきくからな。ついつい足が伸びちゃうんだよ」
「唯一の安らぎの場なんだからこのぐらい提供しなさいっ」
「プリンおかわり」
「少しは遠慮しろよお前ら!」
カウンターから身を乗り出して散々怒鳴った後に、深くため息をついて塞ぎこむ若き帽子屋。
3人にからかわれているところは今も昔も変わっていないようだ。
頭を抱えた姿でカオルは愚痴を零す。
「大体、どうしてお前らは"師匠"がいないときにやってくるんだ」
師匠とは、当時『帽子屋』と呼ばれている者のことである。
後にこの名前をカオルに託すのだが。
師匠という単語を聞いて3人が嫌そうに表情を顰めた。
「帽子屋は苦手なんだよ。何かと厳しいし」
「サービスもホントっ悪いわよねぇ」
「プリンを出さない帽子屋は嫌だ」
「それが普通なんだよ!」
「それに引き換えカオルはいつもオレたちに茶を出してくれるし」
「食べ物も持ってきてくれるわねぇ」
「プリンを出す帽子屋は好きだ」
「お前らは物でつられるタイプか?!」
やはり自分は扱き使われているんだと気づき、カオルが喚く。
そのとき、3人の目つきがガラっと変わった。
額には冷や汗を流している。
「ヤバイ。噂していたら帽子屋が帰ってきたか」
「あらぁ、それじゃあ城に帰らなくちゃならないわねぇ」
「やれやれ、せっかくプリンのおかわりを出してもらったのに」
「さっさと出ていけお前ら!」
カオルが叫んだ刹那、まずは『B』が黒マントに顔を沈めることにより姿を消す。
そして瞬きをした瞬間には『O』がプリンごと消えてしまう。
残るは『L』。奴はカオルをじっと見ている。
「んじゃ。いい茶ありがとな!」
「紅茶なら喜んで出す」
「まあオレは紅茶は嫌いじゃないけどさぁ」
「何だ!不満なのか!」
「何か物足りないんだよ。何だろう…愛かな」
「出て行け!」
「はっはっは。冷たいなお前は」
「女たらしなんか出て行け!師匠がもう帰ってくるぞ」
「わかってるって。それとオレは女たらしじゃない」
「ウソつくな!どうせこれからまた女を見に行くんだろ!」
「凄いな。お前にも見抜く術があったとは…」
「お前は毎日毎日同じことを繰り返してるから嫌でも分かる!」
カオルが言葉を言いきる前に『L』は指を鳴らすことによりその場から消えていた。
ぼんっと花吹雪を舞わせながら消えた『L』のことに気づき、カオルはまた深くため息をつく。
それからすぐに、師匠と呼ばれる帽子屋が帰ってきた。
再び『L』が世に姿を現したとき、視界は彩り豊かな地帯でいっぱいだった。
帽子屋があるブルンマインという島から出てきて今はイエロスカイ大陸に足をつけている。
「毎日毎日同じことの繰り返し、か」
最後に叫ばれた言葉が胸を締め付ける。
そうなのか、自分は必死に毎日を変えようとしていたのに、気づけば同じ事を繰り返していたのか。
今だってそう、毎日の繰り返しにふさわしい行動を起こしている。
毎日の一欠けら、"帽子屋から出た後は再びお散歩"。
「ここは始めてくる場所だ」
気分を変えて足を伸ばしてみたら、普段はピンカース大陸に着地するのに、今回は珍しいことにその隣大陸のイエロスカイ大陸に着地していた。
そのため見知らぬ光景が目一杯に広がる。
「それにしても綺麗な花畑だな」
辺りを見渡すと幾多の花が香り良い匂いを漂わせていた。
いい香りに誘われて思わず足を動かす。1、2、3歩と。その都度響く、小さな音。
あまりにも小さな音であり、感触も小さかったので気づくのに数秒かかった。
気づいたときはほぼ悲鳴に近い声を上げていた。
「やっば!踏んづけちゃった!」
自分の足を急いで上げた。するとそこから現れる平らな花。
歩く都度響いていた音は花を潰していた音だったのだ。
『L』が歩いた距離には少しばかり凹んだ道が出来ていた。
幾つか花を潰してしまい、『L』は急いで身をかがめて花を見やった。その目には焦りが生じている。
「ああしまったなぁ…こんなに潰れてしまっては治すことが出来ない」
うなだれた。
「辛うじて生きているけど、治す術を持っていない。助けてやれないか…」
実のところ、エキセントリック一族は癒し関係の魔術を使うことが出来ないのである。
だから自分らが怪我をしている時だって治すことが出来ない。時間をかけて治さなければならないのだ。
よってこのように苦しんでいる人を『L』は助けることが出来なかった。
ぐっと力強く歯を食い縛った。
「どうしよう…オレのせいでこいつは死んでしまうかもしれない」
怖かった。
つい数年前に『E』が死んでしまったから、死に関しては恐怖を持っていた。
全てのものを死なせたくなかった。
だからこの花も死なせたくない。けれども、助けてやれない。
魔術を使える一族なのに、自分はこういう方面に困っている人を助けてやれない。
なんて非力なんだ。
そう思って自分を追い詰めているときだった。
ぽうっと目の前に光が燈されたのだ。
それはとても優しい光だった。
自分の一族では決して放つことが出来ない光。
「…あ…!」
驚いた。目の前の光景に驚いた。
潰れていた花が見る見るうちに元気を取り戻していくのだから。
折れていた茎も千切れていた花びらも見る見るうちに元通りになっていく。
優しい光を浴びた花は光合成をするために背伸びをする。
やがて花は先ほどの美しい姿を取り戻したのであった。
黄色い光を放っていた手も、花が元気になったと同時に光を消した。
光の中から白い手が現れる。
「これでもう大丈夫でヤンス」
声が聞こえ、急いで目線を上げた。
白い手の持ち主は、全てが白かった。
「お前は…?」
困っていた『L』に助けの手を差し伸べた相手とは、黒髪を丸めている和風な女。
白い着物に白い肌。何よりも驚いたのは、自分と同じ顔模様をしていること。
『L』の場合は右頬に星模様があるが、彼女の場合は左頬に星模様があった。色も形も全く同じ。
人間には必ず顔に模様がある。
闇も一応人間の形をしているから模様がある。
しかしここ数百年生きていて同じ形をした模様を見たことがなかった。
それなのに、今ここで自分と同じ顔模様をしている者がいる。
『L』は彼女の顔に釘付けだった。
見つめられて彼女は首をかしげた。
「どうしたでヤンスか?アタイの顔に何かついてるでヤンス?」
面白い。非常に特徴的な口調だ。
顔はこんなにも可愛い顔をしているのに、ギャップがある。『L』は無意識に笑みを零していた。
「いや。ただ驚いただけさ」
「驚いたでヤンスか?」
「ああ、だって癒しの力が使えるなんて」
『L』がそう言うと彼女は目を優しく細めた。
その表情にドキッと胸が鳴った。なんて愛らしい表情なのだろう。
彼女は告げた。
「アタイは天使でヤンス。天にある浮き島の天使でヤンスよ」
珍しい。浮き島に居る天使は地上に降りてこないものなのだ。
だから『L』は今回初めて天使を見たのであった。
数百年間生きていて今までずっと光の存在を見ていなかった。いや、何となく怖ろしかったから見れなかったというか。
しかし実際にこの目で天使を見てみると…、何だか心が安らいだ気がした。
すごい、天使ってこんな生物なのか。光って素晴らしい。
「天使か。それなら癒しの力を使える意味も分かる」
「天使はそれが売りでヤンスから」
えへへと可愛らしく笑う天使の彼女。
『L』は自然と目を細めた。
そして花についての礼を述べた。
「花を治してくれてありがとう。花を潰してしまって正直困っていたんだ」
「アタイは困っている人を放っておけないでヤンスよ」
そのまま彼女は白い手を『L』に差し出した。
「アタイは『ダンデ・ライオン』でヤンス」
なんと彼女は握手を求めてきたのだ。
普段の『L』なら速攻握手を返すのだが、何だかできなかった。
手が震えて出すことが出来なかったのだ。何故だろう。
彼女の無駄に長ったらしい名前を聞いて、そしてある花の存在を思い出して目を丸める。
「ダンデ・ライオン?それって『タンポポ』って意味だよな」
「そうでヤンスよ。でもアタイの名前の正式名称はダンデ・ライオンでヤンス」
「そうか。名前を教えてくれてありがとう。ダンデ・ライオンちゃん」
『L』が舌を噛みそうになりながら彼女の名前を呼ぶものだから、彼女は笑っていた。
「無理して呼ばなくていいでヤンスよ。皆から『ダンちゃん』って呼ばれているからそっちで呼んでほしいでヤンス」
「ダンちゃん、か。よし分かった」
優しい天使の微笑みに心を奪われ、『L』はこの上ないほどいい笑みを零す。
相手の天使の名前はダンデ・ライオン。略称でタンポポ。
花畑の中で、黒い者と白い者が、向き合う。
これが『L』と彼女の出会いであった。
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ダンちゃんって言う響き、あの小説で聞いたことがあるような…?
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