「「………っ!」」


彼女が逃げ、『L』が頬を打たれ、二人抱き合い、それからまた彼女が逃げそのまま花畑に頭を突っ込んで。
そこまでは良かったのだけれど、その次の瞬間だった。
場が闇の海へと化したのは。
花畑上しか海にならなかったので、この木は無事だったけれど安心してはいられない。
天使の彼女が闇に連れ去られ『L』が叫んでいるから。


「ジェ…!これは一体何だジェイ?!」

「非常に強い闇だ」


木の後ろに隠れている『J』と『O』も唖然としていた。
美しい彩を象っていた風景が突然無惨な姿になってしまったからすぐには理解できない。
この場が何なのか分からなかった。
どうして闇が降りたのだ。天使の元に一体何が降臨したというのだ。
幸せな二人の間に何が起こったんだ?


「大変なことになっちゃったジェイ!」

「うむ。これはやばい」


本当に危険な状況だった。白が呑みこまれてしまったから。
そして『L』のオレンジ色の髪も呑みこまれそうなほどに高波が荒立っている。
全ての色を支配できる黒が全てを呑みこんでいく。
やがてその正体が明かされた。

闇の海のイスに足を組んで座っている、女神。
あいつの姿、久々に見た。ずっと部屋に篭っていたから。
『O』の場合は彼女が部屋に篭る原因と瞬間を見ていた。だから『P』の登場には必然的に固まってしまっていた。

どうして闇の『P』が天使の元に降りてきたのだ。
分からなくて、気づけば、ずっと身を乗り出してその光景を見ていた。


「お、オレっち、助けを呼んでくるジェイ…!」


危険を悟った『J』は木から離れると、走ってどこかへ行ってしまった。
『O』は「うん」と頷き『J』を一度も見ずに影で闇を見続けた。完璧にあの凄まじい光景に目を奪われてしまったのだ。
『J』が城へ足で帰っているのを背景に『O』はずっとずっと闇を見ていた。『L』の姿を見ていた。

『L』が『P』に何か叫んで指を鳴らそうとしている。しかし掠ったようだ。あの華麗な音が響かない。


「イナゴ…」


君は天才エリート魔術師と呼ばれているのに、どうしたんだ?
どうしていつもの動きを取り戻さない?君は彼女を護らなくていいのか?


違う。
自分が助けてやらなくては。
それなのに動けない。
闇の海に飛び込むことが出来なかった。
ただただ、哀しみに溺れている『L』を見続けることしか出来なかった。

心の中で強く願った。
早く誰か助けに来て、と。


このとき『O』は、自分の情けなさに目を瞑った。
足を踏み出せばすぐにでも助けにいけるのに、動けない。
とにかく『J』の帰りを待つ。帰りを待っている間、自分は何をすればいい?
祈るだけか?
無事をただ祈るだけなのだろうか。

ぼくは、何て酷い奴なのだろう。


無意識に手を組んでいた。目をうっすら開けて闇を眺める。
『L』が必死に手を伸ばして彼女を求めている。それを嘲笑う『P』。
胸が痛む光景だ。早くこれから逃れたい。
だから祈る。祈って助けを待つ。

すると異変が表れた。
海状の闇が見る見るうちに引いていっているのだ。
だから思わず、祈りが通じたと思った。
しかしそれは大変大きな間違いだった。
闇は一つの元へ集まっているのだ。『L』の憧れの彼女を包んでいる闇の元へ。
邪悪な光を放ちながら一つの闇は大きくなっていく。全ての闇を呑みこんで行く。
あの中の彼女はどうなっているのだ?

その後、破裂が起こった。闇を呑みこんでいたものが破裂したのだ。
破裂して、そこから闇色の光と風が分散される。すごい光度だ。黒いのに眩しい。
目を瞑って、だけれどうっすらと開いてみて、その場を眺めてみた。


怖ろしい光景に、何もいえない。

組んでいた手も気づけば垂れていた。
力が抜けた。愕然としてしまった。

あれはいくらなんでも…。
…ひどい結果ではないか。


醜い悪魔の彼女が邪悪な光を放って『L』に襲い掛かる。






「うっ…!」


邪悪な光は辺りを揺らしたが『L』を傷つけることはなかった。
しかしその後に繰り出された鋭い爪が腕を掠った。掠っただけなのに、血が溢れる。霧状の闇が空気に溶け込んでいく。
黒い血は闇となって飛び散り、『L』は苦い表情でタンポポに目を向ける。
彼女は今は醜い悪魔。あの可愛らしい姿は跡形もなく消えてしまった…。

ダンデライオンはタンポポ。
タンポポの花は全てが光の色。
黄色い花びらは後に白い綿毛になる。全てが優しい彩りだ。
こんな小さな小さな花だけれど、根は強く地面に張り、常に太陽に顔を向けている。
どんなところでも咲くことが出来る花。身近な花。
光の形をした花。
幸せを運ぶ花。
誰もが憧れる美しい花。

それが今では闇の塊。


我を忘れた彼女は何度も何度も『L』に刃を向けた。


「ダンちゃん…」


爪から避けて、『L』は訊ねた。


「オレのこと、忘れたの?」


しかし答えは爪で返ってくる。
何とか避けて、彼女から逃げる。


「今のダンちゃんは天使じゃないの?」


シューシューシューシュー

タンポポの声が漏れる。
これが声?そんなのありえない。これでは本当に化け物じゃないか。

今目の前にいるのは悪魔の化け物なのか?


「お願いだから、落ち着いて」

シューシューシュー

「オレのせいだ。本当にゴメン…」

シューシューシューシュー


真っ赤な目が睨んでいる。殺意のある目だ。
凄い形相で口を開き、牙を向けてくる。こんなこと悪魔もしない。

本当にお前は、タンポポなのか?


シューシューシュー


しかし、よく見てみると彼女の赤い目が潤んでいることに気づいた。
泣いている…。


「苦しいの?ダンちゃん」

シューシュー

「そ、そうだよな。苦しいよな。こんな姿にされちゃったんだもん。嫌だよな…」


タンポポの目から赤い涙が零れた。
しかしそれでも攻撃はやめない。内臓を抉るために掬う動作をやってくる。
よって腕がまたやられる。闇の霧血はこの美しい花々の彩を黒に染める前に空気となる。


「…………っ」


裂かれた腕が痛い。だけれどそれよりも胸が痛い。
心が痛かった。彼女をこんな姿にしてしまったから胸が破裂しそうに痛かった。
しかしそれでも『L』は必死になって彼女を包んだ。どろどろの化け物を抱いた。
すると、そのときだけタンポポの動きが一時的に止まった。


「……楽にしてあげるから」


『L』の声を聞いてタンポポが再び動き出した。抱きついている『L』の体を爪で抉ろうとする。
しかしその場には『L』は居なかった。
指を鳴らして、少し離れた場所へ移ったのだ。

魔術が今ここで使えるようになっていて驚いた。
しかし、本当に遅すぎる…。
今更魔術が発動できてどうなるんだ。
可愛らしい彼女の前では魔術が使えないのに、こんな醜い彼女の前だと魔術が使えるのか。
何て最悪な男なんだ。自分はタンポポの顔と光だけが好きだったなのか?

そんなはずない。

今までいろんな女の子見てきたけど、ここまで本気になったことがなかった。
顔を見るだけで悶え死にそうになったことなんてこの人生で初めての体験であった。
本気で好きなんだよ。彼女を手放したくないから震えながらも気持ちを打ち明けたんだ。

今ここで、彼女を助けてやらなくちゃ…。


無意識に鳴らしたので、移動した場所を予測していなかった。
だけれどこの場所なら分かる。ここは先ほどタンポポに顔を近づけた場所だ。
ライオンのぬいぐるみが置いてあるから。


シューシューシュー


彼女が近づいてくる。
何とかして彼女を助けてやらなくては、と思った。
ぬいぐるみを持ち上げる。胴体を手でしっかり握って、この体の震えを和らげる。

助けてやりたいけど、本当は怖くて怖くてたまらない…。
オレは臆病者だから…。


その間にタンポポが近づいてくる。
翼をはためかせて、風の刃を生み出す。しかしすぐに『L』が指を鳴らし、刃は音を立てて消滅する。

タンポポがどろどろの胴体をぼろぼろに崩しながらやってくる。
出来損ないの化け物風味の悪魔が身を崩すのを嫌がるように吼えている。

もう体が限界なんだ…。
あのままでは苦しみ死んでしまう。彼女が死んでしまう。
彼女の魂が本当に天に昇ってしまう。


「もう……」


ぬいぐるみをギュッと掴み、決意した。


「お前を苦しませない」


どろどろの彼女はひとりでに足を崩す。
もげた足は花畑を汚した。花が悲鳴を上げて泡になって沈んでいく。

天使は癒しの力が使えるのに、
今のお前は傷つけるしか脳が無いのか?

酷な話だ。


やがてタンポポが目の前にやってきた。
しかし苦しそうにしゅーしゅー言っている。闇色のどろどろの体からは泡が噴出している。
赤い目もこちらを見た。


「今、楽にさせるから」


赤い涙を流しながらも、タンポポは『P』から受けた命令を逆らうことはなかった。
千切れそうな腕を振るって爪を立てる。『L』もぬいぐるみにオレンジ色の光を溜める。

そして

光を燈したぬいぐるみが、タンポポの頭を突き抜けた。
『L』の腕は完璧にタンポポの額の中だ。
ぬいぐるみは額から入り頭を貫け、今は外に出ている。
穴を空けずに透きいれた。

額に刺さった腕の下には、赤い目があった。涙を流してこちらを見ている。
『L』はその目を見たくなくて、目を瞑った。

黒い霧が発生した。
それは『L』の血ではなく、タンポポの体だ。
醜い悪魔の体は蒸発していく。
シュワシュワと音を立てながら、空気に溶け込み、やがて雲となって、その場に雨を降らせた。



ぬいぐるみの中に、タンポポの魂を入れた。

生き物は頭の部分が一番重いから、そこを狙えば、一発で相手を倒すことが出来る。
額は最も手をつけやすく倒しやすい。
つまり、ある力を入れてそこを押せば魂を抜き取ることも可能なのだ。
そういうことで今先ほどそこにぬいぐるみを持った腕を入れた。
ぬいぐるみを額から入れて、体内の魂を抜き取った。
ぬいぐるみの小さな体に彼女を入れた。


彼女の魂がぬいぐるみの中に入ることにより、彼女はぬいぐるみになる。

その、はず、なのに…



「…………動かない……」



魂はこの中にあるはずだ。
しかし動かない。ピクリとも動かない。
これはただのぬいぐるみ?

あれ?

そしたら彼女はどこにいったんだ?
彼女は、タンポポは、ダンちゃんは……?
魂を入れるために額を貫かせたのに、魂は入っていない?
なれば自分は一体何のために額に手を入れた?ぬいぐるみを入れた?

ただ、彼女の急所を狙ってしまっただけだったのか?

そんな、まさか…!


胸の圧迫が、込みあがり、目の辺りが熱くなる。
涙腺が溶ける。よってそこから大量に何かが溢れ出た。


「う…あぁぁああ…ぁぁ…っ…」


初めてだ。
これを流すのは。

これが先ほどまで彼女が流し続けていた、涙、なのか。


目から黒い涙が溢れ出た。
止まらない。涙が馬鹿みたいにこぼれていく。
胸が痛くて声が押し出る。しゃっくりも出た。
ぬいぐるみに涙が降りかかる。黒い涙が当たったぬいぐるみの頬が一瞬だけ黒くなり、繊維によって吸い取られていく。
そしてその上に、醜い姿のタンポポが蒸発して出来た雨雲からの雫が落ちる。


「…ぁあっ…ああ……」


もう立ってもいられない。泣き崩れたい。
雨が強く打ち当たってくる。タンポポが怒っているんだ。
よくも殺したな、と。

あああ、自分が彼女を殺してしまったんだ。
助けようと思ったのに、
魂をこの中に入れて少しでも苦しみから解放させてあげようと思ったのに、
こんなときに自分は、魔術を失敗してしまった。

あのときの彼女の赤い目から流れる涙が、とても切なくて、
先ほどまで自分の胸に降りかかっていた彼女の涙の事を思い出して、
再び彼女を恋しく思って、

気が、抜けてしまったんだ。


「あああぁっ…あぁぁぁ……う…ぇええ…」


体がふらつく。
ぬいぐるみを胸の中に入れて、あのときの彼女の温もりを思い出す。
だけど、思い出せない。これはぬいぐるみだから。
自分は本物の彼女を殺してしまった。
だから彼女が怒って自分に雨を打ちつけているんだ。


「イナゴっ!」


体が倒れる刹那、黒い者が支えに来た。
それは『B』だ。あとに続いて『J』も駆けつけてくる。


「大丈夫かジェイ!」

「イナゴ!Pの奴に何かされたのっ?もう大丈夫、だから泣かないでっ!」

「…ぅ…ああぁぁ…」


『L』が声を上げて泣いているものだから『B』も戸惑っていた。
ボロボロに黒い涙を零して自分を追い詰めている『L』の姿があまりにも悲惨であって。

また『P』に襲われたらいけないと思い『B』は『L』を肩に担ぎその場を駆けた。
急いでいるため花畑を荒らしてしまうが、仕方ないことだ。許してくれ花たちよ。
『B』は自分の背中に涙を降らす『L』に声を掛けた。


「Jから話は聞いたわよっ!突然Pがやってきたんだってねぇ?あんた、彼女はどうしたのよ?」

「…っ…ひぃ…ぅ…」

「Bちゃん」


『L』を抱えながら駆ける『B』であったが、花畑を出た直後、声を掛けられた。
振り向いてみると、そこには木の後ろに立っている『O』の姿があった。


「…あんた…っ」

「ごめん」


『O』が平謝りするので、『B』も『J』も目を丸めた。
『B』の場合は、あんたずっとここにいたの?と言う意味で。『J』の場合は、助けてやらなかったのか、という意味で。

その場に鎌を取り出した『O』が『L』の代わりに今までの状況を説明し、急いで3人を城へ運んでいく。



城の近くで3人を下ろし『O』はその場にとどまった。
城には帰れないと言い、『B』は『L』を担いだまま歩いて城に岐路する。『J』も後ろから急いで追いかける。
3人の影がなくなったところで『O』は頭を抱え深くため息をついた。


「…ぼくは、何をしていたんだろう…」


ずっとずっとずっと、あの事件の始終を見ていたのに、結局は手を伸ばすことも出来ず、終末を迎えてしまっていた。
自分の大きな過ちに深く悔やむ。




泣きじゃくる『L』を担いで城に帰るとすぐ駆け込んできたのは『R』であった。


「やはりでアールか…!」


慌てた様子の『R』の姿に『B』が眉を寄せた。


「何よっ、あんた知ってたの?」

「知ってたも何も、ワガハイは警告を促したでアール」

「ジェ?警告って何だジェイ?」


二人は『R』が何のことを言っているのかわからず、首を傾げる。
しかしそれには答えずに『R』は慌てる一方だった。


「L は警告に背いて彼女の元へ行ったでアール。帰ってきたと思えば、やはりこのような結果が待っていたでアールか」

「あんた、ちゃんと説明しなさいっ!」

「あとで説明するでアール。とにかく今はすぐにLを部屋に寝かせるでアール」


『R』は慌てている理由を今ここで告げた。


「L が闇に戻るでアール」

「「?!」」


そんなことあるか、と思い『L』を見てみると
『L』は体をぐったりと倒し、涙で闇を生み出していた。
焦点が合っていない目を地面に向けて、泣いている。
黒の涙はこの場に重い闇を湧き噴かし、地面を蠢かす。
オレンジ色の髪色も、今では黒に染まりつつあった。


「…い、イナゴっ…!」


一族唯一の光の存在が今闇に還ろうとしている。
そのことに気づいて『B』は急いで『L』を部屋に寝かしに駆けた。
走るたび、地面から闇が湧き出てくる。
『B』が走った道が闇に染まっていき、その後を追っていた『J』は闇に呑まれそうになって身を引いた。


「…あ、R、…い、イナゴはどうなっちゃうんだジェイ?」


先ほど闇に呑まれそうになったのに対し怯えきる『J』、隣りで冷静に立っている『R』に向けて声を掛けた。
『R』も喉を詰まらせながら答える。


「わ、分からないでアール」






『L』の部屋の前に人だかりができる。
全員が『L』の現況を知って見にやってきたのだ。いわゆる野次馬ってやつだ。
そんな闇の者たちを『J』が必死になって止めている。


「や、やめてほしいジェイ!い、イナゴは今戦ってるんだジェイ!」

「んだとこの野郎。L が弱ってるって聞いたから駆けつけてきたんだぞこの野郎。今すぐあいつのツラを殴るんだこの野郎」

「んふ。今のうちにLを仕留めれば四天王の穴が空くわね」

「ぐふふ、Lを倒してそこにぼくちゃんが入るんだヨ!」

「ジェ!皆やめるんだジェイ!イナゴはそれどころじゃないんだジェイ!」


人だかりの大半は、力のない『L』を倒そうというやからだった。
『J』は必死にドアの前に立ち、道を塞ぐ。
しかし、闇の者たちは騒ぐ一方だ。


「ヒッヒッヒ!一度Lをぐちゃぐちゃに刻んでみたかったんだ!俺様のためにそこをあけてくれよ!」

「ぎゃっしゃっしゃっしゃ!今Lが闇になりつつあるって本当か?俺様にその闇を浴びさせてくれよ!うー苦しんだろうなー!」

「や、やめるジェイ!ドアを開けたら駄目だジェイ!」

「邪魔するのかJ?それならお前を斬っちゃおうか!ヒッヒッヒ!」

「ジェーイ!いやだジェイー!オレっち斬ってもきっと斬り味悪いジェイー!」

「あんたら邪魔なのよっ!」


騒ぐ『S』と『M』と『J』を見事『B』が腹打ちで沈めた。
『S』は殴られ慣れていないようで非常に苦しそうに身を屈めている。
対して『M』は殴られたことに至福を感じ、『J』は殴られ慣れているので悲鳴を上げるだけだった。

場を鎮めたところで、『B』が叫ぶ。


「イナゴはあんたらを相手にしている暇はないのよっ!」

「痛い……これ、本当に痛い……ツライ…俺様泣きそう………!」

「ぎゃっしゃっしゃっしゃ!最高に気持ちいいー!もっともっと殴って!」

「M!あんたキショイわね!?」

「ジェジェ?!Bちゃんが珍しく身を引いてるジェイ?!」


結局はまた騒がしくなる『L』の部屋前。
しかしそのとき、『R』がやってきた。パンパン手のひらを打って、自分に注目させる。よって場が一瞬にして静まった。
『R』の登場に『V』が眉を寄せた。


「おいR!Lが闇になっているって本当なのかヨ?」


無論。と『R』が答えた。
その顔は今から死に行くかのように、非常に引きつっていた。


「L は自分をコントロールできなくなっているでアール」

「「……」」

「お前らがこの部屋に入った刹那、お前らはLの闇に呑み込まれるでアール」

「え〜?Rおじちゃま、それ本当なの〜?」

「本当でアール。ちなみに少しでもドアを開けると闇が溢れて出るでアールよ」

「Rおじちゃんー!本当にL兄ちゃんがそんな状態になってるの?L兄ちゃんとのスカートめくりの旅はもう出来ないの?」

「今のLではスカートめくりどころか、動くことすら出来ないでアール」

「 L は T のような状態になってるのかヨ?」


『T』とは、ずっと部屋に篭っている闇の者のことである。
『T』は自分の闇を制御できないため常に放流させている状態に陥られている。そういうことで部屋に篭っているのだ。
ちなみに奴はかなりのネガティブ思考者だ。付き合うととことん愚痴ばかり零されるので、全員して無視している。

今の『L』は、部屋中に闇が駄々漏れしている『T』のような状態なのかと『V』が問うと、『R』は「まあ、それに近いようなものでアールな」と頷く。
しかし


「Lの場合は強烈な魔力を持っているでアール。その魔力を操る闇が今駄々漏れ状態でアール。うかつに近づけばまず本人も危険だし我々も危険でアール」

「「……!」」

「だから」


そこで『R』は大きく息を吐いて緊張を吐き出した。
しかし抜けないこの痛み。『L』を追い詰めたのは自分だと胸を痛めているのだ。
『R』は唇を食い縛って『J』が立ちはだかっているドアの奥を見る。
やがて苦い表情で歩みだした。


「ワガハイが今からLを説得するでアール」

「ジェ!?出来るのかジェイ!怖くないジェイ?」

「…わ、ワガハイだって怖いでアール。しかしこれは全て、Lへの忠告を失敗してしまったワガハイの責任でアール。L に一度話をしてみるでアール」

「おい、チョビヒゲ、無理すんじゃねえぞこの野郎」

「ぎゃっしゃっしゃっしゃ!闇に飲み込まれたときの感想教えてくれよ!」

「あんたは黙りなさいっ!」

「あーこの感触がたまらないーもっと殴ってー」

「Rさん、あの、えっと、気をつけてください…あ、でも…いや、いいです、頑張ってください…あ、いや、あの、でも…う……、も、もういいです」

「Rー!!」


『J』をすり抜け、ドアノブに手を伸ばす『R』であったが、後ろから『K』が突進してきて、ドアに頭をぶつけた。
『K』は必死に『R』を揺さぶり、『R』はそのたび頭をドアに叩きつけられていた。
そんなの関係なしに『K』は吼えた。


「ごるぁ!あんた、L様をこれ以上追い詰めたらぶっ殺すぞ!L様なしではあたし生きていけないんだからなー!分かったかこのチョビヒゲー!!」

「わ、分かったでアール。だから揺さぶるのはやめてほしいでアール。頭が痛いでアール」


ガンガンガンガン頭をぶつけていたので、『R』はふらつきながらドアノブに手を掛けた。
暴れる『K』を『B』が後ろから抑える。『R』はそのうちにドアを開けた。

まず、ドアを開けるのに苦労した。
部屋の中が密度に満たされていることがこの様子からして分かる。
しかし苦労しながらもドアを何とか開く。
すると、もわっと黒いものが溢れてきた。


「「………!」」


これは笑えない。
『L』が寝込んでいる部屋から溢れ出てきたものは、大層強烈な闇のモヤだったのだから。
魔力が詰まっている闇は、こちらに浸透して床を這っていく。
触れただけでも体力を奪われそうだ。それほどまでに危険なもの。
それが足に触れて、『R』はギョッと顔色を変えた。
ドアを閉めると、モヤが全て引っ込んでいった。モヤは千切れることはないようだ。団結しあっている様。

沈黙が降りたこの場で、『R』は汗を拭い先ほどの恐怖を息として吐く。


「今回は諦めた方がよさそうでアール」

「何ほざいてんのよっ!さっさ部屋に入りなさいこの根性なしがっ!」


『B』は、実行することを諦めた『R』の首根っこを掴むと勢いよく『L』の部屋の中に放り投げた。
それから暫くの間、『R』はこちらに帰ってこなかった。








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