毎日同じ時間に、花畑に足をつけると、黄色い光に包まれる。
天使のタンポポが回復魔法で、昨日暴れたときに被害を与えてしまった花たちに光を浴びさせているのだ。
それによって花は元気を取り戻し、笑顔を見せる。
タンポポも一緒になって笑い、そして『L』も笑う。


「ダンちゃん、偉いね」


一汗拭って手を休ませるタンポポに向けて『L』が声をかけた。
タンポポは『L』が来たということで屈めていた身を伸ばして『L』と向き合う。
やはり彼女は笑っていた。


「イナゴ、今日も来てくれたでヤンスか?」

「当たり前じゃん。毎日欠かさずきてるよ」


毎日ここに訪れると、タンポポが必ず花畑に腰をかけている。
普通ならば天使はよっぽど何かない限り地上には降りてこないのだがタンポポは必ず下に居る。
だけど別れるときはきちんと翼を伸ばして天の島に飛んでいく。だかられっきとした浮き島の天使なのだろう。
毎日毎日、彼女は何のために地上に降りているのだろうか。

しかし、『L』は彼女の存在が嬉しかった。
ここに来れば必ずあえる彼女。会いたいから訪れる。そして出迎えてくれる。


「この花畑には人は来ないでヤンスね」

「そうだな。ここは誰も知らない場所なのかな」

「いつも二人きりでヤンスね」


うわ。『L』はビクッと肩を上げた。
タンポポの言葉や表情、行動にはいつもときめきを起こすのだけれど、今回のは驚きに近い気持ちになった。
想いを寄せている彼女に「二人きり」と言われてしまったのだ。
『L』は少し身を引いて、座り込んだ。シルクハットのつばで耳を覆う。


「………」


彼女の前だと行動が可笑しくなる。
目を瞑って歯を食い縛り心臓音を抑えようとする。
この胸の鼓動が体をめちゃくちゃにするのだ。
もう苦しくて苦しくて、愛くるしくて、体が震える。
それを阻止しようと座って耳を覆った。

しかし『L』の行動が読めないタンポポは首を傾げていた。


「どうしたでヤンスか?」


タンポポが訊ねてきたので『L』はこの行動の意味を教えた。


「だって、二人きりとか………」


『L』が照れ隠しで座っていることを知るとタンポポの目が和らいだ。
それからまた響く笑い声。


「そんなに照れなくてもいいでヤンスよー」

「ちょ…近づいてこないでダンちゃん!」

「そんなこと言われたら近づきたくなるでヤンスよー」

「わ…あぁぁああぁ………!」


会ってかれこれ何日も何ヶ月も経っているのに『L』の怯えっぷりは変わらなかった。
恋に怯えて過ごしているけれど、それでも幸せなのだ。彼女の光が好きだからどうしても近づきたいのだ。
『L』はこの時間が最も好きなのである。

また花畑に頭を突っ込んで照れから逃げようとする『L』を見てタンポポは笑いながらからかう。
それから「魔法使ってでヤンス」と頼み込む。
『L』も今日こそは、と思い、彼女の意見に承諾して指を重ねる。


「いくぞ…!」


しかしいつも同じことの繰り返しだ。
パチンという音がこの時間だけ流れない。
指を掠るたび『L』は恥から逃げようと顔を覆ってタンポポから逃げる。
タンポポは「今日も魔術を失敗したでヤンスー」とからかって追いかける。


そんな微笑ましい光景を眺めているのは、黒い影3つであった。


「…み、見たぁ?あれ、誰?」

「イナゴだ」

「ジェジェ?!あれがイナゴジェイ?まるで別人だジェイ!」


『L』と同じエキセントリック一族の仲間、『B』『O』『J』だ。
4人は仲良しなのでよく一緒に話したりするのだが、今回は『L』の様子を見てみようとのことで、こっそりと後をついてきたのだ。
そしてこの場に広がっている光景に唖然としている。

『B』は騒がしい『J』の口に拳を突っ込んで、黙らせた。


「あれがイナゴだなんて信じられないわねぇ。正直、驚いたわっ」

「ジェ……」

「ぼくはジェイの口の中にBちゃんの拳が入っていることに驚いた」


3つの影は大きな木の下に収まっている。
分厚い幹に手をかけて、『L』に見つからないように頭を引っ込ませながらもチラチラと様子をうかがう。
『B』から解放された『J』が興奮を抑えて言った。


「それにしても二人とも楽しそうだジェイ」

「そうかしらぁ?イナゴは必死になって逃げているようだけどねぇ」

「うむ。だけどあの赤面を見ていると楽しい」

「微笑ましいジェイ」

「ん」


『B』と『J』が首を引っ込ませているのに対し、じっと『L』たちを見ている『O』はあることに気づいた。


「あの子、天使だ」


『O』に言われて二人とも木の幹から顔を出す。
必死な『L』を追いかけているタンポポを見て、『B』も目を丸めた。


「あらっ、本当だわ。天使だなんて珍しいじゃないのっ」

「ジェ?オレっちには天使には見えないジェイ!翼がないから分からないジェイ」

「あんた知らないのぉ?天使は翼を隠せるのよぉ?」

「ジェ?!そうだったのかジェイ?!オレっち知らなかったジェイ!」

「しっ。気づかれる」


垂直に立てた人差し指を『J』の口にあてて唇を動かさないようにした『O』は『L』に気づかれると察して少しばかり目を見開いた。
幹に身をベッタリつけて3人は木と一体化しようと行動を図る。
一族のトップに立つ『L』ならば少しの物音にも敏感に反応すると思ったからだ。
しかも"気"も感じ取れる奴だから、3人の強い存在の一部の"気"でも察すれば気づくはず。
だから隠れようと身を縮めた。
しかしそれは杞憂な行動であった。
『L』は全くこちらに気づいていないのだ。タンポポに捕まって顔を赤くして間抜けな悲鳴を上げているから。

それを知り、『J』が『O』の人差し指を払った。


「ジェ?気づいていないようだジェイ?」

「うむ。杞憂だったか」

「普段のイナゴならすぐに見つけそうなのに可笑しいわっ」

「イナゴは元から可笑しい人だ」

「あんたに言われたイナゴが可哀想だわっ」


全員が幹から離れ、そのまま木からも離れる。
花畑の境界線一歩手前に腰をかけて暫く『L』を傍観。
こんなにも堂々としているのに『L』は気づく様子も見せなかった。
『L』はタンポポと花と空しか見ていないのだ。
他の自然なんか見えていないようだった。


「すごい。あそこまで夢中になるとは」

「本当に幸せそうだジェイ」

「相手の子も可愛い子ねぇ。天使だから光があるわ」

「ん?イナゴと顔の模様が同じだ」

「あらっ。珍しいわねぇ」

「本当だジェイ!同じ顔模様の人始めて見たジェイ!」

「なるほどねぇ。確かにこれは"運命"だったかもしれないわね」

「ふふふ。あの子はイナゴを完全に"光"に変えてくれるかもしれないな」

「"運命"も"光"もいい響きだジェイ!」


黒と白が追いかけっこして遊んでいるのを、傍観しつつ、闇の3人は口元を広げて微笑みを満喫した。






「あんた、そんなに好きなら告白しちゃいなさいよぉ」


ある日の帽子屋で。
地べたでゴロゴロ転がっている『L』を足で止めた『B』は突然そんなことを言ってきた。
それを聞いて若き帽子屋カオルは紅茶を吹きだし、『O』は無言でプリンを喉に詰まらせる。
そして言われた本人もゴロゴロをより高めた。
『B』の足から避けて『L』はゴロゴロと転がっていく。


「そんなの無理だって。オレはダンちゃんに会えるだけで幸せだもん」

「うん。君は非常に幸せそうだった」

「え?何でお前が知ってるんだよ」


転がって『O』の元へ行き訊ねると、『O』はスプーンをくわえながら答えた。


「この目で見たから」

「は?!ちょっと待てよ。お前何で?」

「悪いわねぇ。こっそりと眺めさせてもらったわよぉ」

「ジェイも一緒だ」

「ほ、ホントか?!」


あの日の3人の存在をこの男はやはり気づいていなかったようだ。
彼女の前だと全く魔力が消えてしまうのかこの男は。
それほどまでにタンポポの前だと『L』は無力になっていた。
…このゴロゴロを見ていれば誰だって思うことであるが。


「お前、とことん恋に溺れてるよな!」

「溺れているつもりはないんだけどなぁ…」

「「いや、確実に溺れてるだろ!」」

「まず、帽子屋の中でゴロゴロするのはやめなさいっ!」

「だってこの気持ち抑えきれないんだもん」


店中をゴロゴロゴロゴロ転がる『L』を『B』は呆れた表情を見やった。
カオルも深くため息ついて、心の中から「師匠、早く帰ってきて」と祈る。
対して『O』は楽しそうに『L』を眺めていた。


「本当に好きなんだな」

「えー好きなのか分からないやぁ」

「ゴロゴロしている君をぼくは始めて見たよ」

「いいじゃん、何だか回りたい気分なんだからさぁ」

「ふむ。それならぼくも回ろうかな」


ゴロゴロゴロゴロ。回転している黒い者が増えた。
何故か飛び入り参加をした『O』の馬鹿な姿に『B』は急いで阻止しに走る。


「見苦しいからやめなさいっ!」

「「うっ」」


みぞおちを蹴られて、回っていた男二人は身を縮めて無言で苦しんだ。
さすが『B』、やることが怖ろしい。とカオルも密かに身を縮めていた。

『B』は最初に言った言葉をまたここで持ち出した。


「あの子に恋してもう半年以上は経つわよぉ?そろそろ気持ちを打ち明けたらいいんじゃない?」


ヒクヒク痛みを堪えながら『L』は首を振っていた。


「できないよ。そんなことできない」

「何でよっ?いつものように、花束出して『オレの気持ち』とか言えばいいじゃないのっ」


しかし『L』は頑固に首を振り続けた。
まるで止まる事を忘れたカラクリ人形のようだ。


「無理だ。そんな勇気がない」

「できるでしょ?いつものようにやってみなさいよっ」

「無理!絶対無理!オレ、皆から強いように見られてるかもしれないけど、本当は弱虫なんだよ…」


『L』は顔を覆った。
現実から逃げようとまた顔を覆って視界を閉ざす。
『O』も腹を押さえながら身を起こして、『B』の隣に立つ。


「君は弱虫じゃない。やれば出来るだろう?」

「無理…、告白だなんて死に行くのと同じだ…」

「…」

「告白するのが怖いわけっ?」


「…怖い………」


必死に抵抗する『L』の姿は今までにない姿でもあった。
周りの人のために機敏な動きで魔術を繰り出し、相手を幸せにすることが出来る魔術師なのに、自分のことになると何も出来なくなってしまう。
『L』は喚く「彼女の前で魔術が使えない男なんて告白できる責務はない」と。
なので『O』がかぶりを振った。


「君なら出来る」

「出来ないから今こうやってるんだよ…」

「何に怯えているんだい?」


『O』は顔を覆っている『L』に面と向かって言った。


「魔術が使えなくたって、君は一人の男だろう?」

「……」

「男として立ち向かうのも責務の一つだと思う」

「…………」


ついには無言になる『L』であったが、結構説得が効いているようだ。手を離して顔を見せているから。
怯えきった顔をして、地面に目線を落とす。
今度は『B』が言う。


「大丈夫よっ。あんたならきっと出来るから」

「どうしてそう言い切れるんだ?」


『L』は呻いた。


「今まで一度も彼女の前で指を鳴らしたことがないんだぞ。オレは無能だ…」

「無能?」


『B』が鼻で笑った。


「エリートがそんなこと言っちゃったらオシマイねぇ」

「…」

「私は"出来損ない"だから魔術を使えないし、馬鹿は闇魔術の専門。対してあんたは私たちと違って優しい光を持った魔術を使える。私たちはそれが羨ましいのよっ」


馬鹿、と言われた『O』も頷いていた。
それを見ていて『L』は頭を垂らす。


「バカいうなよ…。オレは闇魔術を使えない臆病者だぞ…。羨ましいのはこっちの方だ」

「「…」」


身を起こしても『L』の頭は低かった。
指を鳴らす体勢を作った手も何だか震えているように見えた。


「中途半端なんだよ。光が混ざった闇なんて、黒じゃなくて灰色じゃないか。朧月夜な闇なんて何も支配することが出来ない」

「イナゴ…っ」

「それだったら完全に闇になるか、光になりたいんだ」


だから、オレは…


「綺麗な光を放つことが出来るダンちゃんに憧れているんだ…」


そして『L』は震える指を鳴らして、その場から消えた。
『B』も『O』もカオルも『L』が溶けた空気を暫く見ていた。


「綺麗な光、ねぇ」

「イナゴも光を放つことができると思うんだけどなあ」

「エキセンもいろいろ大変なんだな」


この場を燈していた光の存在を羨ましく眺めて、やがてエキセンの二人はソファに腰をかけた。







城に戻り自分の部屋に入った『L』は自分の部屋の中央に黒い者が立っていること気づき悲鳴を上げた。


「うお?!」

「随分と待ったでアール」


部屋の中央に立っていたのは、『R』であった。
『R』が人の部屋に無断で入って待ちぼうけしていたとは珍しい。
おかげで、落ち込んでいた心も急激に震えた。


「ど、どうしたんだよ?」


『R』に近づきながら訊ねると、『R』の足元の影がくにゅっと蠢いた。
驚いて一歩身を引いて再び影を見る。そのときに影の正体に気づくことができた。
『L』が微笑を作って、相手を呼ぶ。


「ゾナーか。お前も来ていたのか?」


名前を呼ばれ、『R』の影が立体的に背伸びした。この影は『R』が作った影ではないのだ。
やがて『R』の横に影が立つ。黄色い目玉がくりくりと動いた。


『ゾナー!遊びに来たゾナー!』


それは可愛らしい影であった。
本当の影であり『L』たちのように実体がない黒いもの。
伸び縮み可能らしく背を伸ばしたり縮めたりして喜びを表せている。
小動物のように可愛らしい影に向けて、『R』が困ったように眉を寄せた。


「ゾナー、ワガハイたちは遊びに来たのではないでアールよ」


『R』に叱られるとゾナーという影は身を縮めて、シュンッとした。


『ごめんゾナー。 L に会えたのが嬉しかったんだゾナー』


このゾナーという影はエキセントリック一族の『Z』である。
完全なる"出来損ない"で、いつも影の中に居ないと生活できないので普段は『R』の影に隠れている。
そのため『Z』の存在を知っている者は数少ない。
知っている者を上げるとすれば『R』を始め、四天王である『C』『U』『L』『G』だけである。

"出来損ない"の『Z』だが、彼は他の闇より凄い力を持っていた。
それは頭脳である。
頭が非常に切れるので、『R』と一団となって世界の侵略を狙っている。
『Z』の得意分野は


『今日は L にとっては嬉しくない情報を持ってきたゾナー』


情報収集である。


「は?オレにとって嬉しくない情報?」


『Z』の言っている事の意味を知りたくて、首を傾げる『L』はそのまま『R』に目を向けた。
目があって『R』はより一層眉を寄せる。一体何故眉を寄せているのか、このときの『L』には理解できなかった。
再び『Z』に目を向けると、いつの間に取り出したのだろうか、小型のパソコンが置かれていた。
細い手をにゅーと伸ばしてキーを弾き、何かを入力操作しているようだ。


「良きならぬ情報を手に入れてしまったでアール」


パチっと強くキーが弾かれる。
『Z』はパソコンに出た結果を見てから、再びシュンッとする。それから残念そうに『L』を見る。
やがてパソコンで得た情報を『Z』が報告した。


『本当はこんなこと言いたくないゾナー。だけど今すぐ、彼女と別れた方がいいゾナー』


「…え?」


忠告を受け、『L』は声と一緒に哀しみも漏らした。








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『Z』はエキセントリック一族のマスコットキャラであり癒しキャラです。
『R』が持っていた情報は全て『Z』からもらっていたのですね。

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