青い空を背中で抱きとめ、腰を低くして3人は立つ。
三角を象る形で立っている3人の上にはトーフがやる気満々の顔を歪ませている。
先頭に立ちトーフを背に負っているのはクモマ、その補助役で一つ後ろの左右にサコツとソングが構えている。
4人はこのようにして騎馬戦に挑む勇姿を輝かせていた。


『この競技「騎馬戦」は全チームが一斉に戦います!上に乗っている人同士がハチマキを奪い合い、奪われた人はその場で退場!奪った人は遠慮なく次々と他の人のハチマキを奪っていってください。そして最後の一人になれば見事高得点を獲得できます!頑張ってくださいね!』


ルール説明を聞いてサコツはやっと競技内容を知ることが出来たようで、ゲエっと表情を濁した。


「ハチマキを奪い合うのかぁ?争いごとになっちまったら嫌だぜ?」

「そうだよね。喧嘩にならなければいいんだけれど…」

「面倒くせえな…」


騎馬戦体勢は完璧に整えている土台役の3人であったが、闘志を燃やす者は誰一人といなかった。
走力や腕っ節を競争しあうのは別に構わないけれど、この騎馬戦の場合は本当に"戦い"である。
争うことを苦手とするサコツはもちろんのこと、クモマも人を不幸にさせることが嫌いだ。
そういうことで冷や汗を握るのであった。
対してソングは深くため息をついて眉を寄せている。
先ほども競技に参加したのにまた出場かと思うと目を瞑りたくなる。
面倒だからやる気も起きない。ソングも違う意味であるが二人のように苦い表情を作っていた。


「大丈夫や。あんたらはワイの言うとおりに動いとればええんやから」


3人とは裏腹にトーフは不敵に笑っていた。金色の左目が照らされて輝く。
ふと悟れた。トーフのあの表情は、あくどいことをする前触れだ。


「トーフ、何をする気だい?」


クモマが恐る恐る訊ねるが、トーフは口端を吊り上げる行為しか起こさなかった。
土台の3人が怯えているころ、只今1位に立っている『THE☆鼻水』、略して鼻水も笑っていた。


「だから鼻水って呼ぶなよ!恥ずかしいだろ!」


鼻水もトーフと同じようにあくどいことを考えているようだ。その笑みが全てを表している。
ティッシュ対鼻水。果たしてどちらに女神が微笑むか。

いざ、勝負。


『では、今からスタートです!じゃんじゃん奪ってね!』


競技開始を告げられ青空が波打つ。
ピストル音に押され、騎馬が動き出した。
それぞれのハチマキが後方へ靡く。
希望溢れる色も大きく揺れた。


「よっしゃー!やったるでー!」

「うわーい。何する気だろう」

「全く楽しみじゃないぜー」

「嫌な予感がする」


トーフが張り切っているその下で、3人は苦い表情のまま戦いに挑んでいた。
先頭のクモマは足は遅いものの力はあるので走力が下がると言うことはなかった。
そのため他の騎馬よりは何気に早かったりする。
そういうことで、早速ある騎馬とぶつかった。
相手は紫のハチマキをまいているチームだ。

紫のチームは4人の登場に一瞬ビクついていたが、メンツを見て安堵の表情を見せた。


「何だ。弱そうなチームでよかった」


先頭に立っているクモマが外見からして優しいオーラを放っているせいか、第一印象はそのように感じ取れたようだ。
しかしこいつらは危険な奴らである。
いや、土台の男らは危険ではないのだが、上に乗っているトーフが最も危険なのだ。

今度はこちらがビクついていた。やばい襲われる、と思い表情を強張らせるクモマ。
相手の手が伸びてくる。トーフの希望溢れる色をしたハチマキを奪おうと。
しかしその一足早い行動が不幸を掴むことになる。

紫のチームが動きを止めた。違う。止められたのだ。
トーフが拳を作って、引いている。
遠くからでは見えない。これが特典であるトーフの武器、細い糸。
細い糸に腕を掴まれ、相手チームは動きを止めた。


「な…っ?」

「堪忍しぃや」


刹那、トーフは紫色のハチマキを手に取っていた。
相手の腕を引いて上半身を倒し、ハチマキを奪ったのだ。
そしてそのまま勢いよく引き倒して、相手を崩した。


「「…うわっ」」

「次行くでー!」


相手にも武器が見えないということで糸を使うトーフのあくどさに土台は声を押し出し、トーフは一人で突っ走っていた。
先頭のクモマが動くたび、トーフも動く。拳を動かして相手の動きを封じてその隙に奪う。
相手が近づいてくるとトーフは遠慮なく倒していく。他所から見ればその光景は摩訶不思議なものであろう。
クモマが歩く都度、周りの敵が大胆に転げあがり、トーフの手のひらには見る見るうちにハチマキが数を上げていく。
遠くからだと糸の存在なんて本当に見えないのだから、それが不思議な光景に見えるのも不思議ではない。


「もっと相手に近づくんやクモマ!」

「だって怖いよこれ!」


トーフが不敵な笑みを零しながら相手を倒すので、土台も震えていた。
気づけば早いもので、敵はほぼ全滅していた。
大勢いた騎馬が今では土ぼこりへ変わり、辺りに巻き上がっている。
その中央に鼻水がいることに気づく。
奴らが最後の相手らしい。
圧倒的な強さで勝ち残ったティッシュの存在に、鼻水も怯える。


「「お前ら何やったんだよ?!」」

「最後はあんたらやな鼻水!」

「だから鼻水って呼ぶなよ!」


鼻水4人組が気を乱しているときがチャンス。
トーフに頭を叩かれ動かされるクモマは、無論奴らの元へいく。ティッシュが鼻水を拭き取るために動き出す。


「来るなお前ら!」

「しゃあないやんか!ワイらはどうしても優勝したいんやから」


抵抗を見せる鼻水であるが、一度手を上げればこちらのもの。
見事鼻水を拭き取ることが出来、ティッシュは勝利をあげるのであった。


「全勝やー!!」

「うわーい。何だか居た堪れないよ」

「やべーぜ!あっという間に全てのチームを潰してしまったぜ」

「これじゃどっちが悪役かわからねえよ」


あくどいことをしながら勝利を上げた、そのことに関して土台の3人組は結局苦い表情のままこの場をやり過ごしたのであった。


『一体どんな仕組みで勝利を上げたのか分からなかったけど、見事「鼻水が滴り落ちるあなたの姿はまさにフローラルな愚民だわ。そんなあなたに向けて私は心身痛めつけながらもティッシュを差し上げますチーム」が全てを破壊しました!よって「鼻水が滴り落ちるあなたの姿はまさにフローラルな愚民だわ。そんなあなたに向けて私は心身痛めつけながらもティッシュを差し上げますチーム」に高得点を与えます』

「頑張って放送してるねーこの人」

「この長いチーム名を一つの文章に2回も読み上げるなんてなかなかやるじゃないの」


見事高得点を獲得したということで何とか1位との差を縮めたメンバー。
しかしまだ1位にはなれていない。次で勝たなければ絶対に優勝することが出来ない。

最後の決戦は『リレー』だ。


「お見事だったね4人ともー!ご苦労様!」

「僕たちは何もしなかったけどね」

「トーフが全てやってくれたんだぜ!」

「おかげで冷や汗をかいたが」

「あーすっきりしたわー!」


応援席へ戻る4人の勇者をチョコが称え、土台役はあのときの心境を語る。
対してトーフは非常に良い笑みを漏らし額の汗を拭っていた。
いい仕事をしたと言わんばかりの笑みである。
そんなトーフが言葉を続ける。


「ほな、最後は『リレー』に全てを懸けるか」

「リレーは全員参加だろう?あぁ、僕走るの苦手なんだよね…」

「クモマは極度の短足だから仕方ないことだぜ!」

「それよりも何も、あんたのことなんか誰も期待していないわよ」

「…そ、そっか」


首を垂らしたときに自分の足が見えたようでよりいっそうクモマは哀しみに深ける。
その隣りではいい仕事をしたトーフが、もらったプログラム表を見てからえっと目を丸めていた。


「最後のリレーは何やら普通のリレーとはちゃうみたいやで」

「「え?」」


トーフの言っている意味が分からなかった。
問いかけようとしたが、放送が妨げた。


『最後になりました!最終決戦は「リレー」です!』


よって位置につくことになる。
しかし放送がきちんとルールを説明してくれた。


『このリレーは普通に走ってはいけません。走る区域ごとに走り方を指定してあります。それにしたがって走ってください』

「な、何それ?!」


第一走者のクモマが喚く。
よく見てみると、自分が走るコース上に文字か書かれてあることに気づく。
第一走者が走る区域は、これで走らなければならないのか…?
周りを見てみると、第一走者全員が膝を地面につけて身を屈めている。

あ、やっぱりやるのか。


『最後の決戦!よーいスタート!』


鋭く心に響くピストル音。
伴って動き出す第一走者。第一走者は皆して転がっている。
そう、第一走者は「でんぐり返し」で走らなければならない区域であったのだ。
そういうことで全員がでんぐり返しをするという奇妙な光景に。


「あっはっはっは!クモマが転がってるー!」


第2走者のチョコが大胆に笑っているが、彼女は一体何をしながら走る区域に立っているのか。
チョコが腹を抱えている間にクモマは結構な速さで転がってくる。
というか、全員が転がっているのだからチョコが笑うのも無理はないか。
1位を転がっている鼻水が第2走者にバトンを渡したときにクモマも続いて止まりバトンを託す。


「世界が僕を中心に回っていたよ」

「大丈夫クモマ?」


予想以上にくらくらしているクモマを見てさすがに心配したが自分らが今2位だということに気づいて、チョコが急いで地面に手をつける。
第2走者が走る区域は、スカートをはいている女の子が走ってはいけないような区域だと気づき、くらくらのクモマも絶叫だ。
しかしチョコはやってしまっていた。
チョコは手に地面を突けたままひょいっと地面を蹴りあげた。よって足は空に向けられ、体を支えるのは手のみ。
第2走者の走る方法とは


「逆立ちするのかい?!」


逆立ちであった。
女の子が突然逆立ちをするのだから、会場はどよめきを起こす。
クモマは急いでチョコを止めようとしたが彼女は止まらない。素晴らしい速さで手を動かしていった。


「やめろアマ!その格好はさすがにヤバイだろ!」


第3走者のソングが目をギョッと開いて叫んだ。
誰だって、足を上げている女の子が自分の元に近づいてきたら悲鳴を上げたくなる。そして目を覆いたくなる。
ソングは目を覆い、チョコから目線を外す。
チョコが逆立ちをして走りながら言った。


「大丈夫!今ここに披露されているスカートの中身は下着じゃないから!」

「そういう問題じゃない!」

「チョコチョコ!生足見せ放題だぜ!」


第4者のサコツまでも悲鳴を上げていた。
ちなみにチョコがスカートの下にはいているものは下着に似たパンツ。ブルマのようなものだと思ってください。それも危険だと思うけど。

チョコの後ろを走っている走者が今にも鼻血を噴出しそうになり走りを緩めている頃、元凶である彼女は無事に第3走者へバトンを渡すことが出来た。
しかしソングは歯を食い縛って目を瞑っている。


「お前、早く向こう行け」

「ええ?何よ?私の生足が見れてそんなに嬉しかった?」

「ふざけんな!あんなはしたないものを公共の場で見せるなよ!クソ!」

「はしたないって失礼ね!ってか早く鼻水を追い越してよソング!」


逆立ちをしていたチョコでも1位の鼻水を越すことが出来なかった。普通に走れば余裕で越せる相手なのに、何とも歯がゆい場面である。
チョコに叱られ、ソングも競技の事を思い出し、地面に手をつける。
第3走者は果たしてどのような走りを見せてくれるのか。


「これは一体何の拷問なんだ…」


自分の今の走り方に涙を呑む第3走者のソングは、四つん這いになりながら走っていた。
いわゆる赤ん坊の「ヨチヨチ歩き」である。
手と膝を地面につけて、可愛らしく走っている。


「恥じだ恥じ…」


よちよちよちよち。
可愛らしいソングの姿に第4走者のサコツは爆笑だ。


「な〜っはっはっは!いい絵になってるぜソングー!」

「余計なお世話だクソ!こんなの恥じだ拷問だ…メロディ…俺の今の姿を見ないでくれ…」

「また呟きが始まったぜ?!」


よちよちよちよち。
やがてそんなソングも第4走者にバトンを渡す。
膝を上げて二足歩行に戻るソングはすぐさまサコツの腰辺りを蹴った。苛立っているようだ。


「さっさと走れ!」

「ひでえぜ!俺何もしてねえじゃねえかよー」

「いちいちうっせえんだよ!さっさと走って俺の目の前から消え失せろ!」

「ちぇー。メロディさんに赤ちゃん歩きを見られて恥ずかしいからってよー俺に当たるなんて最悪だぜ」

「黙れ!」


あんな走りを愛しの彼女に見られたとなると、本当に恥であり拷問だ。
ソングは顔を覆ってメロディの視線から逃げる。
その間にサコツは動き出していた。しかし動くことが出来なかった。


「ソングソング。俺、字ぃ読めないから代わりに読んでくれねえか?」

「どこまでお前は世話を焼かす奴なんだ!」


顔を覆っていた手を放して少しばかり赤くなっている顔を披露する。
それからすぐにサコツが走る第3区域を眺めて、底に書いてる文字を解読した。


「お前のところは『スキップ』だ」

「おースキップか!それなら得意だぜ!」


ソングに教えてもらいサコツは早速スキップをしだした。
しかしそれはスキップと呼べるようなスキップではなかった。


「お前マジメに走れ!スキップなんだからリズミカルに走れ!」

「何言ってんだーこれは俺流のスキップだぜ!」

「勝手にそんなスキップを生み出すな!って、何でそんなにへっぴり腰でスキップをするんだ!ケツ出すな!!」


ソングに注意を受けながらも確実に第5走者の元へ行くサコツ。
しかし俺流のスキップをしているサコツの姿は不気味そのものであった。


「キショイわー!!」

「な〜っはっはっは!待ってろよトーフ!」

「何やそのキショイ走り方は!こっち来んなぁ!」


トーフはサコツからバトンをもらう前にソングからツッコミというバトンを渡された。
ソングに代わってトーフが叫んでいるころ、鼻水も叫んでいた。


「うお!何だそのキショイ走り方は!」

「な〜っはっはっは!鼻水にも追いついてきたぜー!」


何気に速いスキップだったのか、サコツは1位を走っていた鼻水との差を縮めた。
けれども、サコツの気色の悪いスキップを見て鼻水はよりいっそう速さを早める。
そしてサコツと差をつけながら鼻水は第5走者にバトンを渡していた。
自分の隣にいた第5走者の鼻水が視界から消えたのに対し、トーフが悔しそうに舌打ちを鳴らす。


「あかん。キショイのに逃げるためにスピードをあげてしもうたか」

「ちぇー。どいつもこいつも俺の魅力を分かっていねぇぜ」


下唇を突き足して文句を言い放つサコツも、気色の悪いスキップを止めてトーフにバトンを渡す。
トーフはバトンを受け取り、第5走者として走り出す。
第5走者が走る区域は、「競歩」であった。


「微妙やー!!」

「だよな!微妙だよな!」


先に走っている鼻水も同じように叫んでいた。
早歩きで走る影二つ。1位と2位を争っているのである。
しかし競歩と言う微妙な対決をしているので、なかなか結果を得れない。
トーフは再び舌を打った。


「あとちょいやのに…」

「ふっふっふ。俺たちの勝ちだな」


トーフの足の回転数は速いのだが、やはり背の高さに問題があった。
不敵な笑みを零す第5走者の鼻水は、もう少し回転数を上げてトーフに差をつける。
差が生まれてしまい歯を食い縛る。


「あかん!差が…!」


見る見るうちに差をつけ鼻水は最終走者にバトンを渡した。
トーフも急いで競歩し、近づいたところでブチョウに向けてバトンを伸ばす。


「すまんブチョウ!あんたに任せるわ」

「全くどいつもこいつもフローラルな愚民だわ」


そしてブチョウはトーフからバトンを受け取った。
最終ステージだ。ここに全てが懸かっている。
ふと、最終走者の走る区域が何をするのか気になり、既にそこを走っている鼻水に目を向けてみる。
すると鼻水は何やら不思議な動きをしていた。
あれは一体何?


「なるほどね」


ブチョウがバトンをぎゅっと握って、口をゆがめた。
そして腹を地面につける。


「ここは「地上バタフライ」をする区域なのね」


あっという間の出来事だった。
最終走者の鼻水が悪戦苦闘しながら手を大きく回し腹を地面に打って前進いるその横をブチョウは素晴らしいバタフライを披露してそのままゴールしてしまったのだ。
さすがブチョウ、変なことに関しては天才的だ。
最後に回してよかったと心底から思った。


というか


「「勝った?!」」


ブチョウがゴールをきったのだ。
つまりそれは1位になったということで、高得点をもらえるのだ。
ということは…?

耳に放送の興奮した声が入ってきた。


『「鼻水が滴り落ちるあなたの姿はまさにフローラルな愚民だわ。そんなあなたに向けて私は心身痛めつけながらもティッシュを差し上げますチーム」が騎馬戦に続いてリレーにも1位になったので、見事1位を塗り替え優勝になりました!』


見事一位になった?
優勝?
あ、まさか…。


「「優勝しちゃった!」」


何気にいろいろと苦闘していたのに、優勝と言う二文字は何気にあっけなく手渡された。
ブチョウは表彰台に立って優勝カップを手にしている。
その現況を知り、メンバー全員が彼女の元へ走っていった。
それぞれが行った走り方で。


「いや、その走りはもういいだろ!ってかやめろアマ!逆立ちすんな!チョンマゲも気色悪いスキップをするな!不愉快になる!!」


興奮していたソングもヨチヨチ走りでやってきた。


「してねえよ!勝手にウソの情報を流すな!!」


『THE☆鼻水』も優勝を取られ、思わず鼻水フィーバーだ。


「「何だよ鼻水フィーバーって!汚い表現するな!!」」

「はい、ティッシュをどうぞ」

「「ありがとう。っていらねえよ!フローラルな愚民は下がってろ!」」

「そんな、ひどいなぁ」


そういうことで優勝を獲得することが出来たメンバーは、優勝賞品として大量の食料を得ることが出来た。
木箱一杯に詰められた食料を見るたびにやけるメンバーの姿はまるで無邪気な子どもである。
優勝したことを放送や観客から大いに称えられその場をやり過ごす。


そして車へ戻るのであった。



「優勝できてよかったね。これで暫くは食料に困らなさそう」

「ホントホントー!フルーツがたくさんあって嬉しいー!」

「キュウリもあるな。よし上出来だ」

「生肉はねえのかよー!」


木箱に引っ付いているトーフを気にせず、サコツは食料をあさった。
生肉を探しているようだが、生の物なんかあるはずがない。
しかし、そのときに今までの感触と違うものが走る。


「ん?何かあるぜ?」


柔らかい感触。もしかすると生肉かもしれない。
そう思いサコツはそれを手にして食料に埋もれている手を引っ張り上げた。
メンバーも一体何があるのか気になって目を向ける。

現れる、柔らかいもの。


「……これは…」


クモマが目を丸めた。それはメンバー全員にも伝染する。
予想もしてなかったものの登場に唖然とした。

クモマは首を傾げて訊ねた。


「ライオンのぬいぐるみ?」


サコツが食料の山から引っ張りあげたものは、ライオンのぬいぐるみであった。
胸に抱ける大きさのぬいぐるみで、頬には大胆な星模様がある。
タテガミがあるところからライオンと察し出来たが、尾が黒猫のような形と色をしている。
背中にはコウモリの羽根のようなものが生えていた。

不思議なライオンのぬいぐるみ。
体育祭の実行委員の人が誤って入れてしまったのだろうか。


「何でこんなとこにあるんやろうなぁ?」

「だけど可愛いぬいぐるみだぜ!」


何気に可愛いもの大好きなサコツはそのままぬいぐるみを抱き上げた。
しかしそんなサコツもぬいぐるみの背中に悪魔の羽根がついていることを気にしていた。

そしてトーフは見た。
ぬいぐるみの尾になにやら"焦げ目"があるのを。


「何や。尻尾が焦げとるがな」

「あ、ホントだー!火でもついちゃったのかな?」

「不思議なぬいぐるみね」


ブチョウも目を丸めてぬいぐるみを凝視していた。
ぬいぐるみだから動くはずがない。
しかしぬいぐるみの目は虚ろに何かを映し出している。
そのことに気づいてブチョウは眉を寄せる。

ぬいぐるみの目から、雫が零れる。
星模様を伝り、やがて雫は繊維に吸い取られる。
虚ろな瞳は確実に濡れている。


「まあ、気にしててもしゃあないわな。ほな、さっさと車を走らせて食い物食べようで!」


トーフの掛け声により、全員がぬいぐるみから目を離し、車がある門まで突っ走っていった。
そのとき、サコツに抱かれているぬいぐるみの瞳が風を受けることにより、また涙を零している気を感じた。



「おいお前ら!」


あと一歩で車に乗れる、と言うときに、ソングが大切なことを思い出して叫んでいた。


「"ハナ"のことすっかり忘れてるぞ!」

「「あっ」」


車へ一目散に走っていたメンバーであったが本来の目的を思い出し、再び"ハナ"があるグラウンドへ引き返すのであった。


ぬいぐるみの黒い尾が揺れる。
先が焦げている尾が揺れる。しかしそれは意思によって動かされているのではなく、サコツが歩く反動で動くという自然現象。

動かないぬいぐるみは、そのまま車の中に飾られる。








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このぬいぐるみに見覚えのある方、いらっしゃるのでは?

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