雪に覆われた銀色の世界が、瞬きをした瞬間に闇色に染まる。
唐突に襲ってきたエキセントリック一族が銀色を赤に染め、闇に変えているのだ。
そのことに気づいたクルーエル一族は発狂し武器を片手に立ち向かう。
クルーエル一族の7属の中でも4属は戦いに全てを懸ける人の塊なので、どちらかと言うとこの戦いを楽しんでいるように見える。
しかしエキセントリック一族は想像を絶する力の持ち主ら。
そんな野蛮な連中を見かけたら躊躇なく闇を放ち、雪と共に溶かした。

幾多の闇たちが同時に闇魔術を発動させるのであちこちで壮大なる爆発が起こる。
善なる3属に所属しているクルーエル一族が必死に逃げ回っているその中で、一人だけ黒いものが混じっていた。


「ふっざけてるわねっ!何で私たちがこんなことしないといけないのよっ!」


エキセントリック一族の一人、バラ色の唇の女『B』は悪態つきながらも何もせず走り回っていた。
彼女は魔力を全く持っていないのだ。
そのため近頃はエリート魔術師『L』から魔術を教わる日々を送っている。
魔力を持っていなくても自然の風と協和することが出来れば浮遊術を使えるようになるらしい。
そういうことで努力していた彼女だけど


「場違いだわっ!」


無論、このような戦いには浮遊術は使い物にならなかった。
『B』は逃げ回るクルーエル一族と一団となって逃げていた。


「ったく、LとJはまだこっちに来ないし、Oは行方不明だしっ!あいつら何考えてるのよ!何でこの私がこんなところで逃げ回らなきゃならないわけぇ!」


『B』は吼えた。


「見つけたら真っ先にあいつらを仕留めてやるわっ!」


両手に拳を作って勢いよく走る。
闇の近くと通ると近くにいた銀色が消えていく。
人が消えるという現場を目の前にして、改めて闇魔術に対して恐怖を抱いた。

 闇魔術なんて使えても、こんな風にしか使い道がないじゃないの…っ


「B、お前も戦うでアール」


走っているとそのような声が聞こえ、すぐに周りの人間らが消滅した。
驚いて足を止め、闇のある方を見ると、そこには『R』が肩の上で手を打った体勢のまま『B』を見据えていた。

こいつがこの辺りの人間を消していたのか…!
そのことを知り、『B』は勢いよく『R』の元へ突っ走った。


「なーに考えてるのよこのチョビヒゲ!!」

「これこれ、ワガハイには『チャーリー・ロビンソン』という名前があるでアール。そちらで呼んでほしいでアール」

「無駄に長ったらしいのよっ!」


『R』の元へ来た直後、すぐさま腹に向けて拳を放った。よって『R』は沈んだ。


「な…!何するでアールか…!」

「R!あんた、自分らが何してんのか分かってるのぉ?!」


身を屈めている『R』の胸倉を掴んで、彼を浮かす。
『R』は腹の痛みを押さえながら、また見据えた目を作った。


「何でアール?これはワガハイたちの任務でアールよ」

「任務ぅ?何よそれ!私知らないわよっ!」

「知らないとは無作法でアールな。ワガハイたちは闇を作るために生まれてきた者たちでアール」

「闇を作るぅ?!私ははなから闇を作る術を持ってませんけどぉ?」


道徳家の『R』に苛立った『B』は目の辺りを顰めて文句を言い放つ。
すると『R』は目を丸めて、しかし徐々に先ほどの見据えた表情に戻して、口を開いた。


「…そうでアールな。Bは"出来損ない"だから仕方ないことでアール」

「……っ!」

「お前はこの戦争には向いていないでアール。城に戻ってもいいでアール」


そんなことを言われて『B』が黙っているはずがなかった。
胸倉を掴んでいない方の手を『R』に向けるが、そのときには『R』は魔術により解放されていた。
『B』の背後に移った『R』は手を打つ体勢を作ってから彼女に告げる。


「無理をするのではないでアール。この場で精気がなくなってしまえばお前は消滅してしまうでアール」


『R』の声は優しかった。


「すぐにでも戻るでアール。いいでアールか?」

「………」

「お前の代わりにワガハイたちがここに立つでアールから」

「………………」


パンパンと手を打った直後、こちらにやってきていた人間が腹を押さえて屈みこんだ。
次々と人間を抑えていく『R』を見ていて背中に悪寒が走った『B』は急いで逃げ出していた。
小さくなっていく彼女の背中を見ながら『R』は眉を寄せる。


「城に戻る気はゼロでアールか。今ここで精気がなくなったらあいつはどうする気でアールか」

「クソ…っ邪魔なんだよチョビヒゲ!」

「しつこいでアール、クルーエル。ちなみにワガハイはチョビヒゲという名前ではなくチャーリー・ロビンソンでアール」


場は銀を呑み込み闇が膨らんでいく。




『R』に忠告を受けた『B』であるが彼女はやはり周りの人間らと一緒に逃げ回っていた。
黒づくめの『B』を見ても攻撃を仕掛けないところからするとこの人間らは善ある者たちだ。
そのことを悟り、『B』も無論手を出さずにただただ一緒になって走った。
人間らが消えたり進路変更したりと人数は減りつつあるが。


「次はどこのどいつが暴れまわってるのよぉ…!」


人間が目の前で消えたりするので『B』は苛立ちを押さえきれずにいた。
辺りを見渡しながら走っていくが、黒い者は自分しか見当たらない。泥状の闇は湧き出ているが。
そしてまた人間が消える。
気づけばこの辺りにはそのような闇と自分しかいなかった。


「…誰よっ?」


すると闇の上に立つ人影が現れた。
しかしその人影は闇に沈み、そのままゴボゴボと音を立てて埋もれていった。
そして聞こえる耳障りな悲鳴。


「ジェーイ!」


その悲鳴で、相手が誰なのかすぐに分かることが出来た。


「J!」

「ジェー…」


泥状の闇はまるで底なし沼だ。
その上に突如現れそのまま沈んでいった『J』は今では手だけを空気上に出している。
すぐに助けの手を伸ばした。


「何やってんのよこのクズっ!」

「ゴメンジェイー…」


片手で引っこ抜くと『J』は土の中にあった大根のように、真っ黒になっていた。
顔中闇まみれになった間抜けな顔の『J』を見て大きくため息を吐く。


「あんた、何でこんなとこに落ちてきたのよぉ」

「ジェジェ?本当だジェイ!何でオレっち闇に埋もれたジェイ?」

「私が知るかっ!」

「ジェーイ!一体これはどういうこと…ジェ!!」


騒ぐ『J』を腹を殴ることで静める『B』。
腹を押さえてうずくまる『J』はその間にここまでの経路を思い出す。
するとふと頭に記憶が過ぎった。


「ジェ!思い出したジェイ!オレっちはLと一緒にこっちに来たんだジェイ!」

「あらぁ、Lも一緒だったわけぇ?そのLはどこなのよっ?」

「それはオレっちも分からないジェイ!」


『J』は瞬間移動の術を持っていないので『L』に捕まってこちらにやってきたのだ。
しかしこの場に現れたのは『J』のみ。『L』はどこに行ったのか。


「それにしてもLもひどいジェイ!もう少し安全な場所においてくれてもよかったのにジェイ!」

「あんたにはこういうのがお似合いなのよっ」

「そんな、ひどいジェイ!こんなの格好悪いジェイ…ジェ!!」


騒ぐ『J』を静め沈めたとき、ある光景が目に入ってきた。
二つの銀が逃げている。いや、二つではない、四つだ。
二人の小さな赤ん坊を抱いた夫婦が必死に走っている。
それを見た『B』はそちらに釘付けになった。


「あらぁ、赤ん坊もこんな戦争に巻き込まれてしまったのねっ」


哀れだと思いながら見やっていると、予想もしてなかった光景が映し出された。
何と、赤ん坊の一人が夫婦の手から落ちてしまったのだ。
しかし目の前には、先ほど『J』を沈めた闇が迫っている。赤ん坊を拾いに行っているときにそいつらの餌食になってしまう。
だけれど見逃すわけにはいかなかった。


「Bちゃんジェイ?」

「…っ」


じっと向こうを凝視している『B』を不思議そうに見ていた『J』であったが、彼の声は彼女には届かなかった。
『B』は急いで目線を向けていた方へ走っていた。

そして次の瞬間、赤ん坊を胸に仕舞いこんだのだ。


「ったく!私はこういうのを見逃せないタイプなのよっ!」


戸惑っていた夫婦もその光景を見て驚いていた。
しかし『B』が赤ん坊を救い上げたと気づいてすぐにその場から去っていった。『B』に感謝の眼差しを送りながら。
夫婦がいた場は闇に埋もれ、『B』も埋もれる前に走って戻ってきた。


「Bちゃん大丈夫ジェイ?!」

「大丈夫よっ!それよりこの赤ん坊が…っ!」


急いでいたため赤ん坊の容態を見ていなかった。
胸に入れていた赤ん坊を剥がして、二人で赤ん坊を見やる。
まず目に入ってきたのは銀色の髪だった。


「大丈夫ジェイ?」

「怪我はなさそうね。よかったわぁ」


顔に傷一つなかった赤ん坊の様子を見て、二人で胸を撫で下ろした。
それからマントの中に赤ん坊を仕舞いこむとすぐに走ってここから離れていった。


「とにかく、逃げるわよっ!私たちはこの中で最も力がないんだから!」

「Bちゃんは腕力があるジェイ!」

「何よ?殴られたいわけぇ?」

「ジェーイ!ゴメンジェーイ!」

「とにかくどこか安全な場所に赤ん坊を逃がすわよ!」

「分かったジェイ!」


徐々に泥状の闇に支配されつつあるクルーエル一族の里。
きっと空を仰げば闇が空に幕を張っているのだろう。
そう思い空を仰いで見ると、ポツリと浮かぶ固体の闇があった。
それが自分らと同じ闇の者だと気づいた『B』はすぐさま足元の石を蹴り上げる。
石が空中で舞っているところをまた蹴り石の銃弾を放った。
見事石は空に浮かんでいた闇にぶつかる。


「うっ」


短く悲鳴をあげ空の闇は下の世界に落ちていった。
それを見て違う悲鳴を上げる『J』と苛立ちを募らせる『B』。二人はすぐに闇が落ちた場所へ行く。
やってくると、そこには頭を押さえてうずくまっている黒づくめの男がいた。足元には大きな鎌が転がっている。


「O!あんた何してんのよっ!」

「頭打ったジェイ?大丈夫かジェイ?!」


二人の大声を浴び、大鎌に乗って空に浮かんでいた『O』は今にも寝そうな目をして二人を見た。
先に視界に入ったのは、『B』が大切そうに抱えている赤ん坊。
そのため目がギョッと見開かれた。


「Bちゃん、いつの間に」

「いや、この子は私の子じゃないわよっ!」

「まさかLの」

「だから違うってっ!殴るわよ」

「そう言ってる傍から殴ってるジェイ!」


怒りが頂点に達したため顔がこの上ない赤さを帯びている『B』は『O』の首根っこを掴み無理矢理立たせる。
何気にこの中で一番背が高い『B』は二人を見下ろして言い放った。


「私たちはこの子を安全な場所に連れて行くわよっ」

「ジェイ!」

「よく分からないけど、わかった」


邪魔なものが増えてしまったが自分で増やしてしまったものだし、最後まで世話をしなくてはならない。
『B』は二人の男を率いて赤ん坊を抱いたまま走っていった。
銀の者が見る見るうちに倒れていく。
顔が真っ青になっている者もいる。血塗れになっている者もいる。姿が消える者もいる。
なんて怖ろしい戦場なのだ。
実際に現場を走っているため恐怖が直に伝わってくる。


「お、怖ろしいジェイ…!」

「この辺りの危険な闇どもはクソガキVの仕業かしらねぇ」

「うむ。そのようだ」


『O』が指差す先には、真っ黒の闇を海状に広げている『V』の姿があった。
自分の闇で消えていく人間を見て無邪気に笑う『V』を見て、『J』が肩を震わし、『B』は自分の胸元にいるクルーエル一族の赤ん坊と奴を見比べて深くため息をつく。
と、そんなときだった。
『V』がこちらの存在に気づいたのだ。


「おいおい、何やってんだヨお前ら?逃げてんのかヨ?」


闇の中に浮かぶ真っ赤な目が不気味さを増している。
そんな『V』に言われて、『B』が「悪いぃ?」と嫌味くさく言い放つと『V』は邪悪な笑みを零した。


「バッカじぇねえの?相手は芋虫並に弱っちぃクルーエルだヨ?それから逃げてるなんてバカしか言いようがねえヨ」

「私はエキセンから逃げてるんだけど?」

「は?お前、本当にバカだヨ。身内から逃げて……」


ここでこのメンツの共通点を見つけた。そのため大きく笑いに深けた。


「ぐふふふ!そっかそっか。お前ら全員落ち零れなのかヨ。なるほどな、だから逃げてんのか、弱っちぃなぁー」

「「…」」


何も言い返さない3人を眺めた後、『V』はあることに気づく。


「キャラメル頭はどこいんだヨ?」


それはこっちが聞きたい台詞であった。『B』が口先で言い返す。


「残念ねぇ。Lは今行方不明なのよぉ」

「ぐふふふ。Lもこの戦争が怖くなって逃げたのかヨ。まあ確かにこの世界は弱肉強食で成り立ってるからな。お前ら四人衆じゃ肉になっちゃう場所だろうけどヨ」

「うっさいわねぇ、このガキ…!」

「っていうか、そのガキ、どうしたんだヨ?」


ようやく気づいたらしく、『B』の胸元にいるクルーエル一族の赤ん坊を見て『V』が目を丸めた。
そのため『O』が答えてあげた。


「Lとの愛の子だ」

「違うって言ってるでしょっ!」

「な…!お前らそんな関係だったのかヨ!」

「ジェーイ!オレっちに内緒で二人は付き合ってたんだジェイ?!」

「黙れっ!!」


隣にいた『J』の腹を殴り、場を静めた。
そしてこの子のことを話す。


「闇に呑みこまれそうになってたから助けてあげたのよぉ」


それを聞いて、無論『V』が噛み付いてきた。


「はあ!お前本当にバカだヨ!超がつくほどのバカじゃんかヨ!何でクルーエルを救ってんだヨ」

「この子はまだ赤ん坊よ」

「ぼくちゃんだって赤ん坊だ!」

「お前のどこが赤ん坊だって言うのよっ!どう見たって憎たらしいガキでしょぉ!」

「うっせぇヨ!黙れ巨大女!」

「何よクソガキぃ」


エキセントリック一族の中でも上位に立つほどの"気の短さ"を誇る二人。その行方はやはり喧嘩に結ばれた。
ぎゃーぎゃー騒いだ先には闇が待っている。





>>


<<





------------------------------------------------

『B』が拾い上げた赤ん坊は『オンプ・C・ブラッド』です。ソングの双子の妹ですよ。

------------------------------------------------

inserted by FC2 system