手を伸ばせばいつでも霧状の闇を掴むことが出来る。そこはそんなところ。
幾多の闇が身を潜めているこの場は『エキセントリック城』。
闇に包まれ黒に染まった西洋風の城である。

その中で複数の笑い声が場を震わせている。


「わたしは全世界を闇に染めてみたい。君たちの力があれば必ずや世界を乗っ取ることが出来るであろう」


この中で唯一赤い血を流せる人間である『E』は両手を広げて空を仰いでいた。
『E』はこのポーズが好きのようだ。
このポーズは全世界に渡って広がっている空を掴んでいるように感じるから。
それから空を引っ張り上げて自分がその上に立てる気がするから。

『E』はなおも空を仰ぎ続けた。


「わたしは闇が好きだ。全てを吸収できるから。だからわたしは闇を使って全てを吸収したいのだ」

「「……」」


本物の闇たちは黙って聞き入れた。
彼の愛しの彼女である『P』も胸元で両手を組み耳を立てている。


「今わたしは不老不死に近いものだけれどやることがなければ生きていてもつまらない上、君たちも退屈だろう?一団となって世界に手を伸ばしてみようじゃないか」

「素敵ねあなた」

「P、君もそう思うだろう?さあこれから会議をしよう。世界を乗っ取る会議を!」


そういった直後、大きな窓が光った。突然雷が落ちたのだ。
しかし闇は消えることはない。むしろ雷までをも吸い取って全てを闇へと変える。
それを見て『E』も希望が膨らんだ。素晴らしい、闇はやはり光を乗っ取ることが出来るのだ。
やろう、やってみようじゃないか。
昔からずっと持っていた野望の一つ、『世界を闇に変える』。
できる、わたしたちならできる。

エキセントリック一族、一団となれば必ずや世界を闇へ塗り替えられる。

その後、『E』の笑い声が大きく響いた。



暫く月日が経ったある日。
『E』が『P』と出かけているようで、城内には幾多の闇しかない。
そのときでの出来事。


「世界を闇に変える?そんなのできるはずがないな」


一つの部屋から、ふとそのような否定の声が漏れた。
浅くかけていた腰を奥へ持って行き、ベッドに深く座りなおす。そのときにオレンジ色の髪が軽く靡いた。


「そもそも世界は光で出来ているようなものなんだ。それを闇に塗り替えようなんて無茶な話さ」

「ジェジェ!やっぱりそうジェイ?オレっちも前々からそう思ってたジェイ」

「変なことを考えるわねぇマスターも。だから周りから『エキセントリック』って呼ばれてたのよぉ」

「ふふふ。それを自分たちの一族の名前にするのもエキセントリックだな」


その部屋からは4つの声が漏れていた。
一つは部屋の持ち主者であるオレンジ髪の男『L』。
一つはこの中で一人だけ黒ローブにフードを被った容姿をしているひょうきんな男『J』。
一つはしなやかな黒い髪を持つ、バラ色の唇の女『B』。
最後は大鎌を大切そうに抱えている、モノトーンな男『O』。
前回話題に上っていた『世界を闇に変える』計画について全員で批判の声を上げている。

『L』はシルクハットをピンッと弾き、床で正座している『J』の頭に乗せた。


「何とかしてあの計画を止めなきゃな」

「そ、そうだジェイ!だからL頑張るジェイ!」

「待て待て、何故オレに絞るんだよ?」

「この中で一番力があるのがLだからに決まってるじゃないのっ」

「うむ。自分は立ち上がりたくない」


『J』の頭に乗っているシルクハットを取り上げて今度は『O』が自ら被りだす。
しかし元から頭にシルクハットが乗っている彼には被ることが出来ず、シルクハットがバランス悪く乗っかるだけだった。
それを隣にいた『B』が倒し、『L』のシルクハットは無惨にも床にたたきつけられた。
その始終を見ていた持ち主者『L』は悲しみ一杯の笑みを零していた。

『J』がシルクハットを持ち主者に返したところで、そのまま質問タイムに入った。


「ところで、どうやって計画を止めるのよぉ?」

「うむ、お父さんは何を考えているのか分からないから手出しできない気がする」

「って、あんたぐらいよねぇ。『マスター』のことを『お父さん』って呼んでるのはっ」

「皆は恥ずかしがり屋さんだなあ」

「いや、『お父さん』とか誰も呼びたくないって」

「それと、ぼくが記念すべき第一号であり、皆の『お兄ちゃん』だから、そんな皆の代わりに呼んであげているんだ」

「勝手にそんな使命感燃やすなよ!」

「それと、そんな誇らしく言われても誰もあんたのことを『お兄ちゃん』とは呼ばないわよっ」

「心外だな」

「ジェジェ?!呼んでほしかったジェイ?」

「ってか、話がそれてるぞ!」


気を取り直して。


「計画を止めるのはハッキリ言って無理だと思う。いや、無理だ」

「何断言してんのよっ!あんたから言い出しておいてその台詞はあんまりよキャラメル頭」

「待て待て!『キャラメル頭』とは呼ばないでくれよ!この髪色、気にしてるんだから…」

「一体どういう経路を辿ったらそんな髪色が出来るんだろうか。不思議パラダイスだ」

「オレはお前の脳内が不思議パラダイスだと思う」

「心外だな」

「だけどLは目立つから遠くからでも見つけやすいジェイ!だから心配することないジェイ」

「そうねぇ、あんたは見つけやすいから苛立ってるときはいつでもケツ蹴りにいけるのよねぇ」

「あーいたたた!そう言ってる傍から蹴らないで!」

「ジェーイ!L大丈夫ジェイ?」

「あんたの声はうっさいのよっ!黙りなさい!」

「ジェ…!」

「そしてあんたものんきにプリンなんか食ってるんじゃないわよっ!」

「ついこの前、プリンの素敵さについて知ったところだ」

「誰もそんなこと聞いてないわよ!」

「うわ!パコンっていい音なるなぁOの頭」

「プリンでビッシリ詰まってるからな」

「ジェ…!それはあんまりだジェイ!」


話がまたそれていることに気づいた『L』は指を鳴らすことにより、場を静める。
そして「話がそれるけど」と結局は『E』の計画を止める話をせずに別な話題に入っていった。


「隣国の様子が何だかおかしいよな」


『L』の話の出だしから、『B』は『L』が何の話をしたいのか悟ることが出来たようで、目を細めて対応した。


「隣国ってあいつらでしょぉ?クルーエル一族」


『B』の悟りは見事成功。『L』は顎を引いて奴らについて語りだす。


「そうだ。何だかあいらの動きが怪しいんだ」

「怪しいってどういう意味だジェイ?」

「クルーエル一族は四方に渡って戦争を起こしている一族のことだろう?彼らがどうしたんだい」


二人から質問を受けたが、どちらも『クルーエルがどうしたんだ』という質問だったので、一言で答えた。


「クルーエル一族がここを狙っている気がする」


それにはさすがに全員が目を見開いた。
しかしすぐに『O』は眠たそうな目に戻る。
対して『J』は見開いたまま訊ねていた。


「ど、どうしてクルーエルがオレっちたちを狙ってるジェイ?」


『L』は肩を竦めた。


「戦争大好き一族の考えていることだ。ただ単にターゲットにしたかっただけじゃないか?」

「それはひどいジェイ」

「ホントっ、迷惑ねぇ」

「暇人だなあ」

「オレたちが言う台詞じゃないけどな」


暫くの間、嫌な沈黙が続く。
自分らが世界を乗っ取る前に、もしかしたらクルーエル一族が押しかけてくるかもしれない。
そうするといろいろと厄介だ。
そのためまずはクルーエル一族を静めなくてはならない。
しかし、どうやって?クルーエル一族といえば惨酷且つ凶悪だ。
もしかするとクルーエル一族の方が強いかもしれない。

『L』がベッドの上から床を睨んでいるときだった。
突然、『B』が胸を押さえ始めたのだ。
その仕草を見て、すぐに全員が反応した。


「精気か?!」

「こ、困ったジェイ!Bちゃんが苦しんでるジェイ!」

「一刻も早くお父さんのところに連れて行かなくては」


全員の目に焦りが出ていたのを見て、苦しんでいる『B』が一人で立ち上がる。心配かけたくないという表れだ。
『B』は胸を押さえながらも部屋の出口へ向かう。


「Bちゃん、無理すんなって」


『L』が立ち上がろうとしたが『B』に尻を蹴られてベッドにめり込んでいった。
残りの二人もこの様子を見てから自分らも殴られると察することができ、動かずに座っていた。だけれどいつでも立ち上がれるような体勢で。
しかしそれは無駄な格好だったようで、『B』は震えながらもドアノブを捻って半身を部屋外へ出していた。


「…一人で……マスターのところへ行くわ…っ」

「「……」」


そして静かにドアが閉まった。
吸い取った体内の精気が燃焼したから『B』は苦しみを訴え始めたのだ。
これは生まれつき持っている一つの病気のようなもので、精気がないと者は生きていけない。
そういうことで『B』は『E』の精気を借りて今まで生きてきたのである。

『B』が出て行ったドアを暫く見やってから、やがて男3人は目線を合わせた。


「可哀想にBちゃん。1日に一回は必ずあの症状が出るし、そろそろ体が限界なんじゃないか?」

「ジェーイ!そんなの嫌だジェイ!Bちゃんを死なせたくないジェイ!」

「お父さんもそろそろキツイのではないかな。百十数年もの間、ずっと精気を取られている。Bちゃんのおかげで今までずっと不老不死でいられたけど、彼も一応人間だ」

「んー…だけどマスターには死んでもらいたくないな」

「うむ。ぼくたちのお父さんだからな」

「いや、そういう意味じゃないけどさ」


苦笑いをしてから『L』が言った。


「マスターは人間としてとてもいい人材だ。あんなにも美しい女性を蘇らせることができたんだから」

「あ、そういう意味だジェイ?」

「さすがL。見事な女好きだ」

「いやあーそんなに褒められると照れるなぁ」


褒められていない気がするが。
陽気に笑い声を上げてから『L』は話を続けた。


「でもさ、人を闇という形だけど蘇らせることが出来たというのは本当に凄いことだと思う。それほどまでに彼女のことが好きだったんだな」


拳を握る。


「いいなぁ。オレも素敵な彼女を見つけて、マスターたちみたいな関係になりたい…!」

「ジェ、やっぱりそっちの道に行くジェイ?!」

「さすがL。女の子大好きだなあ」

「はっはっは!オレは闇よりも女が好きだ」

「言い切っちゃったジェイ?!」


ベッドから腰を上げ、床に足をつける。
『L』は目を輝かせて、本当の気持ちを告げた。


「そういうことでオレは人を生き返らせる力を手に入れたい!」

「「え?」」

「人はさ、必ず人が死んだときに涙を流すんだ。オレはそんな涙は嫌い。哀悼なんか世の中で一番悲しいものだ。だからオレは世界を涙に埋め尽くさないように人を生き返らせる術を手に入れたい」


二人は黙って聞き入る。
やがて『L』は強く拳を引いて、気合を入れた。


「人を生き返らせて、人を笑いに埋めるんだ。そして世界を笑いに包む!これが一番素晴らしいことだと思う!闇なんかいらない!世界が闇に埋め尽くされる前に笑いを埋め尽くすんだ!」


『L』は言った。


「これがオレの野望だ!」

「笑い、か。君らしくていいと思うよ」


『L』の熱説に『O』は笑って肯定した。
この部屋だけは笑いに溢れる。つんと冷たい闇は溢れず、温かい光が漂うのみ。

幾多の闇の中でも4つだけは光を放つことが出来た。
しかし他の闇と比べたらその光も力のないものだ。だから闇に逆らうことが出来ずにいた。
嫌々ながらも全闇と同じように4人も一族のために動かなくてはならなかった。

クルーエル一族との争いのときも。



「今までクルーエル一族はわたしたちの元へ何度来たかな」

「かれこれ数十回は来てるかしら」

「…そうか、クルーエル一族も困った奴らだ。どうにかしてあの一族を静めなくてはならない」

「そうね。それじゃあこうするのが一番じゃないかしら?」

「ん?」


「R、全闇をここにつれて来てちょうだい。即急に話したいことがあるの」


エキセントリック一族とクルーエル一族が大きな戦争を起こすきっかけになったのは、『E』の不安の声に答えた『P』の一言であった。
全闇が二人の元へ来たところで『P』が早速本題を告げた。


「今からクルーエル一族を沈めに行くわよ」


全闇がどよめいた。
今までは相手にしていなかったクルーエル一族を今から始末すると言っているのだから。
それに反対するものはいなかった。
密かに全員がクルーエル一族に苛立ちを持っていたからだ。

『R』が先頭に立ち、全ての闇を動かす。


「我々はクルーエル一族の里に行って奴らを始末するでアール」

「え、それ本気か?」

「無論。Pがそう申し出たのだから逆らうわけにはいかないでアール」


今にも手を打ちそうな姿勢のまま、『R』は『L』に言い放つ。


「お前はこの中で最も力があるでアール。速攻で奴らを封じるでアール」

「身勝手なこと言うなぁ」

「文句は言わせないでアール」


そして『R』は手を打ち、その場から消えた。それから山火事のように周りの闇も続いて消える。
『J』は消える術を持っていないので『L』の後ろでオドオドしている。
その『L』も消えずに、目つきを鋭くしていた。

睨まれた『P』も目を細める。


「あなたたちは行かないの?」

「………」

「ジェ…」


『P』の声を聞いて怯える『J』を手で庇って、『L』はより目を細めた。


「無意味に戦争は起こさない方がいい」


すると『P』は口元で笑った。


「うふふ。あなたはおかしな子ね。私はクルーエルが邪魔だから消そうと思っただけよ」

「その考えがいけないと思うな」

「……私はあなたに動いてもらいたいの」

「オレは動きたくない。戦争は世の中に不必要なものだ」

「だけどね」


『P』は『E』をチラッと見やってからまた『L』を見直した。
そのときの目は世にも優しい目になっていた。


「あなたはあの人ととっても似ているの。素晴らしい頭脳に素晴らしい魔力。私にとってはあなたが一番の自慢作よ」

「じ、自慢作……!」


カチンときた。

優しい目で見ている『P』とは裏腹に『L』は強く目を瞑って、後ろを向いた。
後ろに隠れていた『J』の肩を掴み、今は背中越しにいる『P』に向けて強い口調で叫んだ。


「お前にとってはオレらはだたの『作品』か!」


実際にその大声を浴びることになったのは目の前にいる『J』だった。
『L』の気持ちを聞いた『J』は俯いてから同じように目を瞑る。


「Lジェイ…!」

「…L…」


『P』は驚いた表情を見せていた。目を丸めて『L』の背中を見ている。
ふっと笑ってから『L』は叫びを続けた。


「そうだよな、オレらは『作品』だから名前を与えなかったんだよな。この仮名もいわゆる商品番号と同じようなものか」

「……」

「はっはっは!オレらはお前らの気まぐれによって作られた闇か!愛の形って素晴らしいな」

「……」


ここまで『P』に文句を言っていた『L』だったが、ここで深くため息をついた。
その ため息には怒りよりも哀しみが入り混じっていた。

やがて本当の気持ちを告げた。



「…オレは闇になりたくなかった。オレは、本当は…」




   人間として生まれたかったんだ。




そう告げてから『L』は『J』を道連れにして消えた。
『L』の気持ちを聞いた『P』は暫くの間黙っていた。
しかしその後、深く笑い吹け、愛しの彼の元へ行った。


「Lは反抗期なのね。うふふ人間になりたかったですって?ふざけたことを言う子ね」


『E』は黙って聞き入れた。愛しの彼女の顔をじっと見ながら口を固く閉じる。
『P』も愛しの彼の顔を見ながら、やがて目を閉じた。


「人間はあなただけで十分だわ。私のエピローグ。ずっと私の側にいてね」

「もちろんだよプロローグ。わたしたちはずっと一緒だ」


幾多の闇が人間と戦っている間、二つの闇だけは今この場にある闇を抱き合い、静かに結果を待っていた。








>>


<<





------------------------------------------------

inserted by FC2 system