容姿の黒さは同じだけれども、心の色は全く違う。
54.黒勇者
先ほどまでクルーエルとメンバーを苦しませていたエキセントリック一族の老人が今、一人の若人によって動きを止められている。
相手は、エキセントリック一族のエリート魔術師『L』だ。親指と人差し指を重ね、いつでも魔術を繰り出せるように構えている。
ノロイこと『C』は『L』の魔術体勢に気づき、ゆっくりと口を開けた。
「勝手なマネをしおって、L」
「勝手なマネ?オレは苦しむ人を放っておくことができないだけだけど?」
「それが勝手なマネだと言っとるんじゃ」
『C』がすっと目を閉じた刹那、『L』の構えが解れた。
重ねていた指との空間が徐々に広がっていってるのだ。
意思に従わずに勝手に離れていく指同士に驚きを見せる『L』、すぐに理解でき、引きつった笑みを見せた。
「同じ魔術師をこうやって操ることが出来るなんて、本当に怖ろしい傀儡子だな」
完全に親指と人差し指が他の指たちと並ぶ。
ここまで指を操られてから、やがて指に生じていた重い感触は消えた。
同時に『C』の目が開かれた。
手を握ったり広げたりして自分の意思で指が動くのを確かめた後で、『L』が言い放つ。
「手加減なしだな」
「クク、当たり前じゃ。お前がワシの邪魔をするのが悪いんじゃ」
「オレは捻くれ者だからな。身内の邪魔をしたくなるんだよ」
「悪い癖じゃな」
血まみれのトーフの前に立っている『C』。その背後に立つ『L』はまさにメンバーの目の前に立っているに等しい。
そのため『L』の大ファンであるチョコは絶叫しそうになり、後ろからサコツに止められた。口を押さえ込まれモグモグと暴れている。
魔術を繰り出そうとしても『C』に止められると承知したので『L』は言葉だけで『C』を抑えようとした。
「クルーエルぐらいほっとけよ。今でも世間はクルーエルを敵視しているんだ。こいつらは大きく行動に出れないはずだ」
「だが、今回のように属長らが脱走する例は始めてじゃ。何やら良きならぬことを感じ取った」
クルーエル一族はずっと黒い大陸ブラッカイアに身を止めていた。
だから今回のようなピンカース大陸に渡ったクルーエルは初めてだったのである。
「そうだな。オレも驚いたよ。クルーエルの行動範囲は狭いものかと思ってたからな」
「最近はクルーエルに目を向けてなかったのじゃが、今回のような例があるとすれば、これから先、より重視しなければならないのう」
「厳重に監視するわけか?」
「否、呪いの威力を強めるだけで十分じゃ」
「………」
ずっと背を向けていた『C』であったが、ここでやっと後方に目を向けた。
魔術を制止されるということで戦うのを諦めた『L』は親指だけをジーパンのポケットに突っ込んで、それでも不敵な微笑みを零しながら立っている。
『C』もククッと笑って『L』を睨み、突然こんなことを言い出した。
「知っとるぞ。お前がワシの呪いについていろいろと研究しとることを」
「……」
自分のことを悟られたことに対し驚きを見せると思いきや『L』は冷静に『C』を眺めていた。
『C』は目を細めて悟り続ける。
「ワシが作った呪いを解除しようと思っとるのか?無駄な行為じゃ。経歴の少ないお前にはまだまだ未熟な部分がある」
一瞬、『L』の眉間にしわが寄ったが、それからすぐに元の形に戻った。
シルクハットの広いつばを抓み、ぐいっと目を覆う。
『L』は反論する。
「だから今勉強してるじゃないか」
「ワシから本を借りることは結構じゃ。しかし、どんなに勉強してもワシが作った呪いだけは絶対に解けない」
すぐに訊ねた。
「何故だ?」
「ワシは呪い専門の魔術師じゃ。呪いに関しては絶対に勝つ自信がある」
「…」
「対してお前は一つの分野に留まらず広い範囲の分野を浅く身に付けておる。それがワシとの大きな差じゃ」
自分の欠点を見抜かれ『L』は苦い表情をシルクハットにより隠した。
『C』は勝ち誇った顔を見せる。
「得意分野を持っておればそれで必ず逆転という形でも勝つことが出来る。もしお前じゃったらどの分野で勝てるんじゃ?」
「…」
「ないじゃろ?いっつもフラフラと顔を突っ込んだり引っ込ませたりしとるから得意分野を見つけることが出来ないんじゃ」
「…フラフラしてるつもりはないんだけどな」
指摘を受け『L』の表情は困りに近づく一方、『C』はまた深く笑った。
「クク…ククク…。まあ好きにすれがいい。ワシは別に止めようとはせん。呪いについて学びたいならまたワシの部屋に来い。みっちり指導してやるぞ」
「…いや、ノロイじいちゃんはいろいろと怖いから本借りるときに訪れるよ」
「クク、そうしろ。待っとるぞ」
途中、二人の内輪話になったがここで二人の話は終止符を迎えた。
『L』が来てから動きづらくなったのか『C』自らこの場から立ち去った。
すぅっと空気に溶け込み、場の邪悪な色が消え失せる。
やがて完全に黒が透明と混ざる。
『C』が消えたという表れに、タトゥの呪いに苦しみもがいていたクルーエルがピタッと動きを止め、右手首の痛みを訴えなくなった。
呪いを発動させていた者が消えたことによって呪いの力がここで止められたようだ。
身を起こしたクルーエルは、すぐさまこう口を開いてた。
「助かった。まさかノロイを追い払ってくれるなんて」
「恩にきるわ」
「あ、ありがと……」
銀の頭の者たちは体に付着した土などを落としながら近づく。
『C』を独自的な方法で追っ払った『L』は陽気に笑いながら礼を受け止めた。
「いや、オレは何もしてない。勝手にノロイじいちゃんが去っていっただけだ」
「でもあのノロイと会話を続けられるなんてすごいや!」
「ああ見えてもオレとノロイじいちゃんは仲良しだからな」
ノリオの感心した声に『L』はそう軽く流してから、目線を小さいものへと移した。
それはトーフであり、トーフは目から大量に血を流している。
『L』は一瞬、苦々しい表情を見せたがすぐに真剣な目を作る。
「ノロイじいちゃんと接触したことで軽く封印していた呪いが解けてしまったのか。お前には悪いことをしたな」
座り込んでトーフと目を合わせた『L』はその後すぐに親指と人差し指を重ね、眼帯をつけている右目に向けて指を鳴らした。
その刹那、トーフを赤く染めていた狂った呪いが見る見るうちに引いていったのだ。
気づけば血は完全に消え失せ、いつものトーフに戻っていた。
思わず感嘆の声を上げる。
「すごい…」
「やるじゃないのあんた」
クモマとブチョウが『L』を褒め称えると、大したことじゃないよ。と返された。
呪いを封印してもらい、トーフも感謝の言葉を述べる。
「ホンマおおきに。いつも世話になるわ」
すると『L』はかぶりを振った。
「何言ってんだ。オレらは数百年前からの仲じゃないか」
数百年前?
全員が同じように首をかしげた。
数百年前とは、トーフが黒猫として日々を暮らしていた頃のことだ。
黒猫は人々に殺されて、大量の血によって真っ赤な真っ赤な彼岸花と成す。
それから気づけば彼岸花は化け猫となっていた。
しかしそれは逆効果であり人々に余計嫌われるさまに。
そのため、黒づくめの老人によって呪いをかけられてしまったのだ。
「まさか、お前がドラ猫の呪いを封印していたのか」
まさかと思いソングが恐る恐る訊ねた。
『L』は一言で返す。
「そうだ」
「「………!」」
前にトーフがこんなことを言っていた。
「また"あん人"に呪いを封印してもらったんや」
「"あん人"は偉大なる魔術師や。ワイは"あん人"のおかげで今まで生きていけていたんや」
なるほど。
"あん人"というのは『L』のことを指していたのか。
確かに正義の塊である『L』ならやりかねない事である。
全員が納得の渦に巻き込まれているとき、ついにあの女が違う渦を巻き起こした。
「『L』さん素敵ーー!!!」
チョコだ。サコツから逃れチョコはついにこの感動を言葉や行動によって表していた。
チョコがこうならないように後ろから捕らえていたサコツも逃げられたことに対しひどく苦い表情を作った。
『L』が目を丸めているときチョコは顔を真っ赤にし瞳を潤しながらこの感動をぶつけた。
「ミャンマーの村ではずっと私を護ってくれてたし、自称神にクモマが攫われていたときもずっと私たちの味方についてくれた。そして今回ではトーフちゃんやクルーエルの皆を救ってくれた…!もーめっちゃカッコいいー!!キャアアアア!!」
そして勢いで顔を覆うチョコ。その仕草はまさにメンバーの方がしたいものであった。
恥ずかしいからチョコ、もう止めておくれ。
しかし『L』は微笑みを零すだけ。
「オレのこと覚えてくれてたのか。嬉しいな、ありがとう」
何と『L』から礼を述べられた。チョコはもう感激だ。今にも泣き出しそうに目が輝き、顔をこの上ないほど赤くしてついには背後にいるサコツを犠牲にするまで興奮していた。
チョコがサコツの肩を叩いて興奮を表している隙を狙って、クモマが『L』と向き合った。
「前日はお世話になりました。あなたのおかげで無事人間に戻れました」
自称神から自分を救い出してくれたことに深々と頭を下げるクモマを見て、『L』はちょっと困ったように笑っていた。
「いやいや、あのときも言ったように人形化はまだ解けてない。お礼を言うのは早いよ」
クモマにそう忠告してから、そのまま『L』はソングに目を向ける。
「お前、やはりクルーエル一族だったのか。ミャンマーの村のときは急いでいたからよくは見てなかったけど」
「…」
すると『L』は先ほどの笑みと違う、本当に優しい笑みを見せた。
それは親が子に見せる愛情の笑みと同じもの。
「そっか。あのときの赤ん坊か。大きくなったじゃないか」
「…は?」
「お前の両親は立派なことを成し遂げた。これならばクルーエルを救える日はそう遠くはないかもしれない」
「………」
クルーエル一族とエキセントリック一族が戦争を起こした日、赤ん坊のソングを救いたいと願っていた夫婦の元に一つの勇姿が現れた。
それはオレンジ色の髪をした男。エキセントリック一族だったのにもかかわらず男は赤ん坊を連れた夫婦を海まで誘導してくれた。
ソングを他の大陸に渡すきっかけとなったのは、つまり『L』だったというわけだ。
そのことに気づき、ソングは目を見開くだけであった。
そのまま『L』はオンプを見やって、何者なのか悟る。
「…お前は………ああ、そうだったのか。あの夫婦が落とした子でBちゃんが助けてくれたのか」
「Bちゃんとは何だ?」
聞きなれない言葉だったらしくオンプが首を捻ったので『L』が説明した。
「戦争中、ずっとお前を護ってくれていた女性のことだ。普段はめさんこ怖いけど勇敢なる心を持った優しい女性だよ」
「………」
さすが兄妹。同じような顔で驚きを見せる。オンプも目を見開いて絶句した。
自分らをこんな醜い姿に変えたエキセントリック一族の中にも『L』や『B』のように心優しい者もいることに、驚きを隠せなかったのだ。
その間に『L』は属長3人に挨拶した。
「どうもクルーエルの三属長さん。まさかここまで正気な奴がいるとは思わなかった」
「「……」」
「世界のために力を注ぐ。いい響きだな」
「…ども」
優しい笑みを見せる『L』であったが、3人の表情は非常に固い。
先ほど救ってもらったことに対しては感謝しているのだが、相手はエキセントリック一族だ。
隙を見せたら危険だと思ったらしい。
しかしそんな気持ちも『L』にとっては筒抜け状態。全て心で聞き取ることが出来る。
だから不安がっている三属長に言ったのであった。
「大丈夫。オレはお前らに何も手出ししないよ。むしろ助けたいと思ってる」
「…何ですって?」
まさか信じられない。と幸は口と目で訴えた。
自分らをボロボロにしたエキセントリック一族が今、自分らを救いたいといったのだ。
信じられないのは当然である。
『L』は続けた。
「確かにクルーエルは惨酷だしオレは苦手だ。だけどそんなクルーエルの中にもお前らのような正義もいる。オレは前々からそんな奴らの力になりたいと思っていたんだ」
「…それって、…えっとぉ…本当なの?」
「無論。オレは正義の味方だからな」
ここで朗らかに笑い出す『L』を見て、3人も「こいつは本物だな」と思った。
邪悪一つない綺麗な笑みを見せれる者は心が澄んでいる何よりの証拠であるから。
心が澄んでいるということはつまり信じれる心を持っているということでもある。
だからクルーエル一族三属長も、エキセントリック一族『L』を信じることが出来た。
しかし、このことは気になった。
「あんたはエキセンのはずだ。それなのに何故、敵である俺らの味方についてくれるんだ?」
エキセントリック一族は闇の一族で今世界を支配しようと動き出している。
昔から個人個人を甚振っていたエキセントリック一族。ラフメーカーのメンバーもその被害者の一人である。
そんな邪悪な闇が世界のために正義というもの見せていいものなのか。
クルーエルのほか、メンバーからも視線を浴び、やがて『L』は簡単にこう答えた。
「全部の闇が邪悪とは限らない」
つまり、一部には正義ある闇もいる、ということだ。
それが『L』や『B』、『J』に『O』。
奴らは自分らの一族のせいで滅びていく世界を見るのを苦痛に感じ取っていた。
だから、救いたい。世界と人々を。
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エキセンの中にも世界の味方がいる。
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