暫くの時が経ちました。
と言っても、数日という時です。
魔術師『L』は蘇った命のことがとても心配でした。
自分が未熟なせいで中途半端な姿で蘇ってしまった命を自分が汚してしまうのではないか
そんな不安が彼を押しつぶしていました。

空高く背を伸ばしている木の上に『L』が立っています。
目を閉じて、何かを見ている様子です。目の裏に映るある情景を見ているのです。


「………………しまった…」


やがて固く閉じられていた目が開かれました。
その目には焦りが生じています。


「不吉が重なった…!」


『L』は木から飛び下り、空の海へと包み込まれました。
指を鳴らして大きな鎌を取り出すと迷いもせずそれにまたがります。
風に乗ったその姿は、海波でサーフィンをしているかのようです。
大鎌のスピードをあげて目的地へ向かいます。



目的地に着きました。
細い路地に着地してから鎌を肩に担ぎます。
まだ目的の相手はいませんが、ここに立っていれば必ずやってきます。そう悟ったのです。


「…落ち着け、オレ…。落ち着くんだ…」


心を落ち着かせようと、バクバク言っている心臓を抑えますが、音は高まるばかりです。
先ほど目を閉じていたときに感じ取れた危険な情景、
それを思い出すたび、嫌な心臓音が鳴ります。


「どうして、助けてやらなかったんだ…。やっぱり村に行かせるんじゃなかった…」


『L』はシルクハットの両端のつばを下げて耳を覆います。


「何であんなところに『C』がいたんだ…。前もって知っていればああなる前に助けられたのに……」


自分を追い詰めているとき、場に危険な匂いが漂ってきました。
それは鉄のような匂いを持ったものです。血の匂いです。
緑の地帯に突然赤がやってきました。

間近でそれを見て『L』は一瞬、言葉を失いました。


「………お前…」


つばを戻し、『L』は悲しみ一杯の表情でそれを見やりました。


「…その目……」

「すまん。あんたにせっかく生き返らせてもらったのに、こんな姿で帰ってきてしもうた」


目の前にいた者、大量の血を流している者、
それはあのとき『L』が生き返らせた元黒猫の人間でした。
右目は大量の血を流し、金色を赤色へと変えています。
黒猫時代から維持してきた金色の目が今では血の色です。

『L』は目を強く瞑って首を振り、先ほど作ってしまった悲しみの表情を取り消しました。
目を開けて、いつもの表情を取り戻します。


「お前、呪いにかかってしまったのか」

「そや」

「そっか。ツライ思いさせてしまったな…」


元黒猫は醜い姿になっていました。
体中はあざだらけ、右目の血の他、体のいたるところが血まみれになっていました。
これはどういうことでしょうか。
目を細めることにより過去を見てみました。

やはりか、と呟いてから『L』は言いました。


「人間にまた虐められたのか?」


しかし首を振られてしまいました。


「ちゃう、人間はワイを虐めたわけじゃあらへん」


血を拭っても目から血は引きません。


「恐怖から逃げるためにこないなことをしただけや」

「…そっか」


目を細めたときに見えた情景、その中にいた人々が元黒猫に言った言葉、
それは悲しい一言でした。


「"化け猫"扱いされたんだな…」


『L』がそう言うと元黒猫は黙り込んでしまいました。
ですので『L』が言葉を続けました。


「化け猫か…確かにその通りだな。こんな中途半端な人間、世の中にいないもんな」


鎌を担ぎなおして、『L』はゆっくりと元黒猫に近づきます。
すると元黒猫は逃げ出してしまいました。フラフラの体で走っていきます。


「おい、逃げるなよ」

「やめい…!来るんやない!」


元黒猫は、血の道を作りながら、やがて木の後ろに身を隠します。
ゆっくりと歩み寄りながら『L』もその木の前に立ちます。

逃げる理由を訊ねました。


「どうした?怖いのか?」

「怖い…!」


元黒猫は即答してから血の涙を流し、そして叫びます。


「お願いやからこっちに来んで!」

「どうしてだ?」

「うつってしまうやろ?呪いが」

「………」


口からも血を吐き出して叫び続けます。


「ワイはな、死んじゃうんや!呪いかけられてしもうたから、何れは死んじゃうんや…!怖い…怖いんやぁ…」

「……お前…」


『L』が心配そうに突っ立っているのをチラッと覗いてから元黒猫は怖い理由を付け加えました。


「そんで、あんた、そん鎌でワイを殺す気なんやろ!」


それは『L』にとっては驚くべき訴えでした。
そのため「へ?」と間抜けた声が出ました。

対して元黒猫は大いに震え上がっています。
鎌を見るたび今の恐怖を訴えました。


「ワイの魂でも取るんか?でっかい鎌やもん、魂なんかヒョイって取れるやろ?」

「ちょ、待てよ」

「やめてぇな…ワイは死にたくないんや…!」

「ちょっと待てって」


元黒猫を落ち着かせてから、『L』はゆっくりと訊ねました。


「オレが"死神"にでも見えるのか?」

「…だって、そん鎌が……」

「はっはっは。悪い悪い。驚かせてしまったようだな!」


死神だと思われてしまって思わず笑ってしまいました。
『L』はこの場には合わない笑い声を何度も漏らします。


「死神、かぁ。悪いけどオレはそんな悪趣味持ってないよ。オレの力で魂なんか取れるはずないしな」

「…せやけど鎌が…」

「そんなに鎌が気になるのか?」


『L』が訊ねると元黒猫は大きく頷きました。
木の後ろにいるからその動きは見えるはずがありませんが
『L』はまるで透視しているように元黒猫の行動が見えています。

元黒猫から恐怖を抜き取るために、指を鳴らすことによって大きな鎌を掻き消しました。
鎌について語ります。


「身内の中で鎌が流行っていてな。よくこれでお空を飛んだりするんだ」

「…空を…?」

「そう。今だってお前の危険を察してここまで鎌で飛んできたんだ」


そして『L』は人差し指を突き出して、くるっと空をかき混ぜました。
するとかき混ぜられたことにより生まれた風が元黒猫の頬を撫でていきました。


「オレの一族は天気には嫌われるけど、風には好かれるようでな。風と上手い具合に仲良くなれば浮遊術とか使えるようになるんだ」

「…」

「いつの日か、鎌なしで空を飛んでみる、これがオレの可愛げな希望な」


『L』はそう言ってまた笑いました。
だけれど元黒猫は笑いませんでした。

何故なら、自分はあと少しで死ぬのですから。
相手が可愛げな希望を持っている魔術師であり、死神じゃないと分かっていても、
いつ自分の魂が抜けるかわかりません。それが怖ろしくて身が震えるのです。


「お願いやから、あんたは向こう行ってやぁ…」


黒猫がそう嘆くと『L』は首を振って否定しました。


「いや、オレが向こうに行ったらお前を助けられなくなる」

「もう無理や。ほっといてやぁ」

「大丈夫だから」


また頬に風を感じます。『L』の仕業だなと思った刹那、目の前には『L』が立っていました。
いかにもここまで風に乗ってきました、
と言わんばかりにマントを膨らませて、シルクハットのつばを抓んでいます。

突然『L』が目の前に飛び込んできましたので無論、元黒猫は驚き、そして泣き叫びました。


「あんたは向こういってや!呪いがうつってしまうやろ!」

「安心しろ。呪いに関してはオレも詳しいから」

「………え?」


『L』は元黒猫の小さな肩を掴み、じっと血の色の目を見ます。


「これは血の循環を狂わせる呪いだ。お前の血管に悪い魔術が入り込んで血の行く道を狂わしている。最も危険な呪い。そして高度な呪いだ」

「ホンマか…。って、そ、そなに覗いてこんでや…!うつるで…!」

「言っておくけど、呪いは伝染なんかしないもんなんだぞ。一人の者をじわじわと苦しめるためにかけるものなんだからさ」

「……!」


絶句する元黒猫に向けて『L』が言いました。


「今回はオレが未熟なばかりに生み出してしまった惨事だ。オレに呪いを解かせてくれよ」


微笑を見せる『L』を見ても、元黒猫は首を振りました。


「呪いは解かんでええ。こん呪いは人々の希望によってかけられたもんなんやから」


拒絶されたために目を丸くする『L』ですが、すぐに真剣さを取り戻します。
元黒猫は言いました。


「こん呪いをかけられたとき、人々がなワイに笑ってくれたんや。せやからワイはもう死んでもいいんや」

「……」

「確かにこん呪いはワイの血をめちゃくちゃにするし、気分悪いわ気色悪いわ最悪やで。せやけど人々のためなら死ねる」

「でも、死ぬのは怖いだろ?」


「…うん、怖いわぁ…。でも呪いは解かんほしい」



元黒猫がそう言うので『L』は決意しました。



「よし、そしたら呪いを解かずに封印しようか」



人々が笑ってくれたきっかけとなった呪い、
それを解くことに拒否する元黒猫のことを思って『L』は封印について語りました。


「と言うか、呪いをかけた相手が悪かったな。お前に呪いをかけた奴は最悪に強烈な魔術師でな、オレなんかハッキリ言って敵わない相手だ。だから今のオレじゃ解けない」

「…」

「代わりに呪いを封印して、長い間この苦しみを消してやろう」

「できるんか?」

「できる」


『L』は自信があるようで即答します。


「呪いを封印することによってお前は死なずにすむ。もっと長い間笑顔を見続けられるぞ」

「…ホンマに…!」

「オレは人を苦しませる魔術が苦手な代わり、人を幸せにする魔術が得意なんだ。"封印"もその一つ。封印は人々の苦しみを解除するために作られた術。まさにオレにぴったりの魔術だろ?」


『L』の説得を聞いて、元黒猫は心から湧き出る気持ちを抑えきることが出来ませんでした。
今度は元黒猫が『L』の肩を掴んで、大声で訊ねます。


「ワイ、まだ生きていけるんか!」


元黒猫がそういうので、『L』は笑顔で頷きました。


「ああ、生きていける。呪いが発動しない限り確実に生きていける。人間と同じように」

「……!」

「だけどな、条件があるんだ」


突然そう言って『L』は人差し指を突き刺しました。
それは元黒猫の額に当たります。
元黒猫の脳に行き渡るように『L』は確実に言葉を入れていきました。


「呪いを封印すると同時にお前も封印しなくてはならない」


それはそれは驚くべき条件でした。
『L』は続けます。


「血というものは体全体に行き渡っているものだ。血が無くなれば人は必ずや死ぬ。とすれば、お前に掛かっている呪いは最も危険なものだ。何せ血の循環を狂わせているんだからな」


人差し指を離し、そのまま自分の親指の上に乗せます。


「だから封印するときに最も時間がかかる上、封印される側の体力も使うんだ」

「…うん」


今にも指を鳴らしそうな体勢のまま『L』は言いました。


「お前は今、こんなにも血が出ている。だからその状態で封印してしまったらお前は死んでしまうかもしれない。だから少しでも長生きさせるために、お前ごと封印するのさ」

「…ワイが封印されれば無事に呪いの封印も出来るんか?」

「出来る」

「あんたを信じていいんやな?」

「信じてくれ。お前を深い眠りにつかせる代わりに必ず呪いを封印するから」

「………」


『L』がじっと目を見て言ってくるので、
元黒猫はご期待通りその熱い視線に答えることにしました。
つまり、承諾したのです。


「わかった。ほな、ワイを封印してぇな」


目を軽く閉じる元黒猫の勇姿に『L』は満足しました。


「いい度胸だ。力になってくれてありがとう」

「それはこっちの台詞や。ワイのためにそこまで思ってくれて、ホンマおおきに」



その後、血の色の目に向けて『L』は強く指を鳴らしました。





深い眠りについた元黒猫を抱きかかえて『L』はある場所へ行きました。
それはとても暗い場所でした。


「『C』の呪いは厄介だからな。かなりの時を経ないと完全に封印できないか」


独り言を言っているとき、背後から自分以外の声が聞こえてきました。


「何をしているんだい?『L』」


若い男の声が聞こえてきたので振り向いてみると、そこには自分と同じ黒に包まれた男がいました。
その男は大切そうに鎌を担いでいました。
相手が分かると『L』は表情を和らげます。


「ああ『O』か。何、今からちょっと禁忌行為を行うところさ」

「禁忌、か」

「そう。いろいろあって今ここに可哀想な目に遭ってしまった元黒猫がいるんだ」

「…ふむ、見るからに珍しいトラだな。君が作ったのかい?」

「トラに見えたのか?お前も珍しいこと言うなぁ。どっちかと言うと猫だろこれは」

「ふふふ。そうとも言うな。それにしても面白い魂の形をしているトラだ」

「だろ。って、まだトラって言うのか?学習しろよ!」


口先で笑い『L』は元黒猫を眺めます。
背後にいた『O』と呼ばれた男も今は『L』と並んで、元黒猫を覗き込んでいます。
興味津々に見ているので『L』は教えてあげました。


「こいつはオレが生き返らせてやったのさ。ご希望通りに」

「この姿もこの子が願っていた姿かい?」

「それはその、失敗したんだ」

「君らしい」

「お前に言われたくない」


本当に言われたくなかったようで苦い表情を作る『L』。
対して『O』は、はて、と眉を寄せて考えに沈みました。


「それにしても、こんな薄気味悪いところで何をするつもりなのか、禁忌行為の内容を想像できないな」


そしたらお前は何故ここにいるんだよ。と思いましたが『L』は答えました。


「今から封印するのさ。数百年の時を経て封印する」

「数百年とは立派な仕事をするなあ」

「だろ?ここまでしないと呪いを抑えきれないんだ」

「がんばれふぁいと」

「せめてもう少し感情込めて言ってくれよ」

「うむ。頑張る」


のん気な男を見て『L』は額に手を当てました。呆れた、といわんばかりの表情です。
それに比べて『O』はと言うと、担いでいた鎌をこの場の片隅に置きに行ってました。
また元の位置に戻ってくると『L』に向けて言いました。


「それならば、ぼくも手伝うとしよう」


思いもよらかなった手助けの言葉に『L』は本気で驚きました。


「はあ?!お前が自分から進んで手伝うのか?!信じられない!」

「御挨拶だな」


その後、二人で…と言ってもほぼ『L』がしましたが、
元黒猫の封印作業を執り行ないました。
暗かった場が一瞬だけ明るく光を放ちます。
光は幾多の色に変わり、場を膨らませます。
やがて、色は落ち着き元の闇色に戻りますと、ふたつの男も消えました。

封印作業が終了したのです。


これから数百年、元黒猫は封印され、伴って呪いの封印も行われました。




・   ・   ・  ・ ・ ・ ・・・‥…



元黒猫が目を覚ましたとき、眩しい光が真っ先に飛び込んできました。
手をかざして目を細めて場を見渡します。
しかし、ここがどこなのか分かりませんでした。


「よ、数百年ぶりだな」


明るい声が聞こえそちらに目を向けます。
するとそこにも明るい色がありました。相手の髪色が明るいのです。しかし他の色は真っ黒。
その姿、見たことがありました。
自分を生き返らせてくれた魔術師、そして呪いの封印をしてくれた魔術師
『L』です。


「……」

「やっぱり久々だし体が慣れないか。仕方ないことだな」


『L』はそう言って元黒猫の手を引きました。
固まっていた体を解すために一緒になって歩いていきます。


「ここはピンカース大陸だ。さっきまではブラッカイア大陸にいたんだけどあそこは今非常に物騒だからこっちに避難させたんだ」


言っている意味が分かりませんでしたが、頷いておきました。
柔らかい草原の上を歩いていきます。
ふと『L』が訊ねてきました。


「もう目は大丈夫だな?」


一瞬、何のことを言っているのか理解できませんでしたが、すぐに呪いのことだと分かりました。
咄嗟に右目に手を持っていきます。そこからは何も流れていませんでした。


「大丈夫…なんか?」

「たぶん、大丈夫」


たぶん、とは自信なさげだな、と思いましたが敢えて突っ込みませんでした。
すると自信がない理由を答えてくれました。


「完璧に封印できるんじゃないかと思っていたんだけど、予想以上に強烈な呪いでさ、十数年しか呪いを止めることが出来なかったんだ」


数百年間も封印してこの結果、
本当に強烈な呪いを目にかけられたんだな、と元黒猫はしょげ返りました。
そんな様子を見せられたので『L』は焦りだしました。


「本当に悪かった。右目の色も血の色のままだし、オレはやはり未熟だった…」

「いや、あんたはホンマ頑張ってくれた。感謝しとるで」


徐々に体が慣れてきたので『L』に掴まれていた手を放し、元黒猫は一人で歩いていきます。
『L』は立ち止まって様子を見ています。

元黒猫はある程度歩いていってから振り返り『L』と向き合うと、深くお辞儀をしました。


「ホンマ助かったで。十数年も呪いを封じてくれるなんて予想以上やったわ。ホンマおおきに」

「いやいや、できればずっと封印しておきたかったんだけどな」

「ホンマ、これだけで十分や」


頭を上げると、視界に『L』がいませんでした。
突然の失踪に驚き辺りを見渡していると、空から声が聞こえてきました。


「こっちこっち」


空を仰ぐと驚きました。
何と『L』が空を飛んでいるではありませんか。
雲というイスに座った『L』は強く微笑みを浮かべています。


「数百年の時を経て、オレは自分の希望を叶えることができた。そして強い魔術も使えるようになった」


数百年とは本当に永い月日です。
その間に『L』は成長したのです。自分の希望も叶えることが出来て満足している様子です。
そんな彼が言いました。


「最近は可愛い女の子とも会えるしオレは幸せさ。だから次はお前を幸せにしてやるよ」

「……」

「オレからのプレゼント、受け取ってくれ」


すると右目の視界が突然遮られました。
それが一体何なのか分からず、『L』に訊ねました。


「何やねん?」

「眼帯だ」

「…眼帯?」

「そう、その眼帯にはオレの力が込められている。これで少しは呪いを抑えることが出来ると思う。それからお前の血の色の右目を隠すということも兼ねている」


『L』は微笑みます。


「喜んでもらえたら嬉しいんだけど」


そんなこと言うので、無論答えました。


「おおきに!嬉しいで!」

「それはよかった。それじゃもう一つプレゼント」


またパチンという音が鳴りましたが、どこに魔術が発動したのか分かりませんでした。
いや、この魔術は目には見えない魔術なのです。
目を瞑ってみろ、といわれたので目を瞑りました。

視界が真っ暗の中、『L』の声が聞こえてきます。


「このプレゼントは、お前が今までずっとほしかったもののはずだ」

「?」


間を空けてから『L』が言いました。


「名前だよ。今日からお前は『トーフ』だ」


真っ暗だった視界に明るい日差しが差し込んできました。
伴って胸の高まりも上がります。
目を開けなくても場は十分明るく、その中で聞こえる『L』の声はとても優しいものでした。


「世の中に名前のないモノなんてないんだ。だからお前にその名前をあげるよ」

「…トーフ……?」

「そう、トーフ。お前はトーフ。これからずっと胸に仕舞い込んどけよ。名前ほどもらって嬉しいものはないんだからな」


そう言う『L』に、トーフと呼ばれた元黒猫は訊ねました。


「ほなら、あんたは名前もらったんか?」


すると『L』は首を振りました。
目を瞑っていても十分に分かる仕草でした。


「いや、オレはまださ。だけどきっといい名前をもらえる、そう信じている」

「…そか」

「ああ、素敵な名前をもらえることを望んでる。あ、将来オレのお嫁さんになる子がつけてくれたらとっても嬉しいなぁ」


その声が非常に悦っている声でしたので、見たい衝動に駆られたトーフはすぐに目を開け空を仰ぎました。
しかしその場には『L』はもういませんでした。

『L』は空に溶け込んでいました。


「…………トーフか、ええ名前やんか…」


広い草原の中、トーフが一人ぽつんと立っています。しかし寂しくなんかありません。
むしろ幸せに満たされていました。
ずっとほしかった名前をもらえたのですから。

再び目を瞑ると、『L』の声が聞こえてきます。


『お前と同じ"笑顔"を持つ仲間を作れるように「党」、そしていつまでも心が"笑顔"に満たされるように「富」。あわせて「党富」だ。あ、難しかったか?はっはっは、悪いな』

「……党富か。ええやん。ワイは満足やで」

『それはよかった。最後に…』

「ん?」


『幸せにな、トーフ』


「ホンマおおきに、『L』」



暫く目を瞑ったまま、トーフは草原を歩いていました。
地面は柔らかく、空気は澄んでいて暖かい、とても心地よい気持ちになります。

そしてトーフは誓いました。
『L』がくれた名前のように、この優しい自然のように

いい仲間と出会おう。
いい友達を見つけよう。
自分の居場所を見つけよう、と。


やがてその場にトーフの影は消えました。
トーフは旅に出ました。

笑顔を見る旅に出ました。










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眼帯をくれたのも『L』だったんです。たくさん仕事をしていますね『L』(笑

途中、お邪魔キャラとして出てきた『O』というキャラ。
あれ?どこかで見たことある?

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