「オンプを無事捕獲したことだし、国に帰ることにするよ」
脱走者オンプを捕獲すること。最後の要であるソングへ依頼を託すこと。
これらを無事に完了し終わったところでクルーエル一族の5人は自分らの国であるブラッカイアに戻るとメンバーに告げた。
クルーエル一族は単独行動をしない族である上、ここには3つの属長がいる。
自分らの属の様子が心配のようで、せっせと背を見せながら姿を消していった。
しかしその中で、躊躇っている一つの影。
「兄上、あの…」
それはソングの双子の妹であるオンプであった。
幸と恩とノリオがすでに見えなくなっているとも関わらず彼女はじっと自分の兄を見ている。
智も自分の属の一員であるオンプが心配のようで少し離れたところであるが見届けている。
「その、先ほどは本当にすまなかった」
昔の話をまた持ってこられたのでソングは深くため息をついた。
「まだ気にしていたのか。いい加減忘れろ」
「だって、兄上があんなにもクルーエルを救いたいって思っていたなんて思ってもいなかったから」
「…」
「確かにお前さえいなければ両親は死ななくてすんだかもしれない。だけれど兄上が生きていなければ私たち一族は一生救われない。…だから」
オンプの言葉を聞いて、智は心から安堵した。
兄にもう恨みを持っていないということが分かったから。
最後にソングの目を見て、オンプは言った。
「兄上、頑張って」
「……ああ」
その後オンプは背を向け智の元まで来ると、先に行ってしまったクルーエルのあとを急いで追っていった。
二つの銀が一つの銀から離れていく。
ソングが無言でクルーエルを見届けているその隣りではクモマがソングの代わりに言葉をついていた。
「無事でいてほしいね」
「…そうだな」
やがてクルーエルが完全に見えなくなった。
人数が大幅に減り、その場にはメンバーと『L』の計7名に。
メンバーしかいないということで、『L』が話を持ち出した。
「クルーエルか。あいつらの属はいいとして、残りの4属は嫌いだな」
『L』の言葉によりメンバーの目線は確実に『L』に向けられた。
クモマが恐る恐る訊ねる。
「クルーエル、嫌いなんですか?」
今までの様子からしても『L』は確実に心が広い者だと推理できた。
だから『L』の口からは絶対に「嫌い」という単語は出ないと思っていたのだ。
しかし、今現に彼は「嫌い」と言った。先ほどまでこの場にいた者たちの仲間のことを。
「悪なる4属は昔からしょっちゅうオレらの族に戦争を押しかけてくるんだ。それが気に喰わなくてな」
「クルーエルから戦争を?」
「そうだ。4属は戦争を愛していたからな」
「……」
「困ったものだよ。おかげでうちの一族がきれちゃってさ、最終的には大きな戦争を起こしたわけだ。それが今から15年前のこと」
つまり、クルーエル一族の4属が無駄に戦争を依頼してきたり攻撃を仕掛けてきたりしたため、今までクルーエルを相手にしていなかったエキセントリック一族も、我慢できなくなってしまった。
クルーエルが邪魔だったから始末した。それがあの戦争。
全員が無言で聞き入れているので『L』は続けた。
「戦争を起こすまではオレらだって静かにしていたんだ。まあ前々から世界の光を支配しようと計画は練っていたけど行動には出なかった」
「…」
「それなのにアレがきっかけでオレらの一族もめちゃくちゃさ。今では全エキセンが好き勝手に行動を起こしている。Gのように一人で隣国の支配を目指したり、Aのように合成獣作りに励んだり、Vのように悪魔の上に立ったり…エキセンももうおかしくなっている…」
クルーエル一族の悪なる4属さえ騒がなければ、エキセントリック一族も静かにしていたらしい。
しかし今の世界はこのありさま。これも全てクルーエルのせいだと言う。
確かに『L』の説明ではクルーエルが全くの敵のように見える。
しかしエキセントリック一族だって敵には変わりない。
前々から世界を支配するための計画を練っていた。
つまり、何れにしろ世界を支配する気でいたのだ。
それが戦争によって早まってしまった、それだけの話。
こいつらは範囲がでかすぎる。
クルーエル一族は影でこっそりと戦争を起こしていただけ。
比べてエキセントリック一族は世界全体を乗っ取ろうとしている。
ここが全く違う部分である。
それから力にも差が生じる。
クルーエル一族は『武』の族であるがエキセントリック一族は『魔』の族だ。
魔術は摩訶不思議なことを平気で行えるもの。だからこれに勝てるものなんて、あるものかどうか。
そんな危険なものを操ることができる魔術師らが今、世界を狙っている。
結局はエキセントリック一族が最も危険な者たちなのである。
クルーエル一族だって今では奴らの操り人形だ。
エキセントリック一族を倒さなければ彼らだって救うことが出来ない。
クルーエル一族の悪なる4属は恐怖の塊のようで怖ろしいが、クルーエル一族には世界の平和を願う3属がある。
それをどうにかして救いたかった。
今日だってわざわざ危険を犯してまでその三属長が依頼しに来たのだ。
叶えなくては、彼らの依頼を。
だから「悪いけど、クルーエル一族を助けるためにエキセントリック一族を倒すよ」と言おうとしたが、『L』の一言により、言葉は消え失せた。
「だけどクルーエルにも正気な者がいる。それが善なる3属だったから本当に助かったよ」
言葉を詰まらせるメンバーに向けて『L』は自分の気持ちを伝えた。
「あいつらには是非頑張ってほしいな。出来ればオレも手を貸したいほどだ」
「……」
「そしてお前らにも手を貸したい」
唐突に『L』はメンバーに笑顔を飛ばした。
それはエキセントリック一族の中でも最上級に優しい微笑みであろう。
目を丸くしたクモマが訊ねた。
「Lさんは、身内の手伝いをしないんですか?」
すると『L』は一言でこう返すのみ。
「オレは悪行は嫌いだ」
「「……!」」
「Lさん、素敵ぃ……」
ぽーっと悦な表情を燃やすチョコを無視してサコツが口を開いた。
「そしたらよーエキセンたちに言ってやってくれよー。世界を乗っ取ろうっつう計画を止めてくれって」
「それが無理なんだよ」
『L』はいつも即答だ。
今度は肩を竦めて苦そうに笑い出した。
「前々から計画していたことだ。今更逆らえないさ。それに」
「それに?」
「マスターの件もあるからな」
「「マスター?」」
気になる単語を全員で口にすると、『L』は「しまった」と無音で呟き、そのままシルクハットのつばで顔を覆うことにより話から逃げた。
「ああ、そうそう。お前の体についてだけど」
メンバーが訊ねようとした刹那、既に『L』が話題を変えていた。
下げていたシルクハットのつばをくいっとあげて、『L』はクモマと向き合った。
「悪いニュースがあるんだ」
前置きに下された不吉な言葉にクモマの気持ちは出だしから冷めてしまった。
『L』は眉を寄せた表情でクモマに告げる。
「お前の体、1年ももたないかもしれない」
「え?」
「ミャンマーの村のとき、キモUと接触しただろ。あれが結構悪い影響に伸びてしまったらしい」
「…あぁー…」
思わず納得しちゃったクモマ。
確かにミャンマーの村では自称神と接触した上、もう少しで二重に魔法をかけられるところだったのだ。
紫色の邪悪な光を頭から浴びそうになった。そのときの光が少しばかり影響に出てしまったようだ。
すぐには人形化は始まらないが、期間は大幅に短くなった。
10年から1年に。
この大幅な変化にクモマは頭を垂らした。
これから1年もすれば、自分は皆と一緒にいられなくなってしまう。
それが怖ろしかった。
「大丈夫。期間はだいぶ短くなってしまってるけど、その前に必ず解いてやるから」
「あ、はい…」
「気ぃ落とすなってクモマー」
首が折れたクモマの肩を叩いて慰める。そんなサコツを見てから『L』は違う方向に目線を変えた。
口を歪めてそちらに声をかける。
「もう、右目は無事か?」
それはトーフに対しての言葉であった。
仰いでトーフが笑顔で頷く。
「無事やで。毎度おおきに」
「そっか、それはよかった」
ニコッと『L』は微笑んだ。それは嬉しそうに。
「ノロイじいちゃんのかけた呪いって本気で解くことが出来ないんだ。だけど今が無事ならよかった」
しかしその後、その笑顔は徐々に崩れていった。
「トーフにかかった呪いは本当に強烈なものだ。今だってギリギリの境界で封印しているに等しい」
「え、そうなんだ?」
「またノロイじいちゃんと接触すれば、さっきのようにすぐに呪いが発動するはずだ」
言い終わった『L』の表情は先ほどの笑顔を翻すものであった。
悔しそうに地面を睨んでいる。
その視界にトーフが入ってきた。
「でも、ホンマ助かったで。あんたがおらんかったらワイは呪いのせいで死んでたかもしれへんし」
今度はトーフが微笑んだ。感謝の意味を込めて。
「ホンマおおきに」
「……」
礼を述べられ、『L』はシルクハットのつばを引くことで表情を隠した。
もしかしたらつばの奥では、礼を言われたことに対して喜んでいるのかもしれない。
そんな『L』に向けて、ふとサコツがあることに気づいた。
「そういえばよー、さっきトーフの名前呼ばなかったか?」
一瞬、サコツの言っている意味が分からなかった。
サコツは続ける。
「一応俺らってよー初対面じゃん?だから名前を知っているはずないじゃんかよー」
「…あ」
ようやくチョコが気づいたようで惚けた声を漏らす。
その横でブチョウが鋭く突っ込んだ。
「だけど相手はあのLよ。心を読み取って名前ぐらいは悟れるんじゃないの?」
「いや、せっかくの力説を覆すようで悪いけど、実のところオレは相手の名前を悟ることはできないんだ」
首を振る『L』を見てメンバーはえっと驚いた。
先ほどだってソングやオンプの過去を見抜いていたのに、名前を見抜くことが出来ないのか。
意外な一面を知り唖然とする。
メンバーがそんな様子なので『L』は微妙に居た堪れなかった。
だから顔をシルクハットのつばで覆ったままだった。
「名前を悟れないから少年の名前も知らなかった」
少年とはクモマの事を指している。
クモマが人形になりかけていたとき、『L』はそんなクモマの心の中にいた。
もし名前を見抜く力を持っていればすぐにでも名前を忘れてしまったクモマに教えることが出来たはずだ。
しかし『L』は教えることが出来なかった。名前を見抜けないのだから。
「あれ?そしたらどうしてトーフの名前を知っているんだろう?」
これは大きな疑問だ。
名前を見抜けない『L』がトーフの名前だけを知っている。
どういうことなのだ。
それはトーフが解決した。
「Lがワイの名付け親やねん」
生暖かい風が吹いた。
それはメンバーの頬を撫でることによって惚けた顔を作らせた。
隙をいれずに今度は『L』が言う。
「言っただろ。オレらは数百年前からの仲だって」
これは一体どういうことだ。
『L』がトーフの名付け親だなんて。
理解が出来なくて頭を徐々に傾げていくメンバー。それを見て『L』が笑いを堪えた。
「そんなに気にするなって。ちゃんと今から話すから」
親指と人差し指を重ねた『L』はそう言うと、指を華麗に鳴らして足元にイスを出した。
それに腰をかけてから、今度はメンバーに向けてもう一度指を鳴らす。
するとメンバー全員が腰をかけれるほどの長さを持ったソファが現れた。
「腰をかけて」と促され、言われた通りに座る。
全員の目線の高さが同じなったところで、『L』は風景に合わないギイ…というイスの悲鳴音を鳴らした。
「まあ、長い話じゃないけどな」
『L』はゆっくりと語りだした。
……―― それは、昔々のことです。
ある村の外れに嫌われ者の黒猫が
無惨な姿で死んでいました。――……
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トーフの名付け親は『L』?!
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