闇の塊、それがエキセントリック一族。

いつの間に現れたのだろうかこの老人。
気づけば泥状の闇の中央で闇を作っていた。
重々しい闇は地を這ってこちらまで手を伸ばしてくる。


「始めて見るエキセンね…」


黒づくめの老人を見て真っ先にそのような感想を述べたのはチョコ。しかし顔色は優れていない。
メンバー全員も邪悪な気に押しつぶされて、後退することにしか頭が廻らなくなっている。

ククっと短く笑う老人の目線は、分厚い本の上にあった。
片手に杖を、片手に本を。
闇を作りながら読書に励んでいる。
こちらに目を向けない老人に向けて叫ぶのはノリオだ。


「来るのが早ー!エキセンって一体どうやってここまでやってくるんだよ!?」


するとククっと笑う声が聞こえた。


「ワシらは完全なる闇の者じゃ。お前らと違って人間ではないから闇に紛れて移動することも可能じゃ」

「……ば、化け物め…!」

「びびってる暇があるならとっととこいつを始末しなさい!」


まさに化け物並のありえない行動を起こすエキセントリック一族の老人。
その存在に歯軋りを起こす智を叱るのは、懐から二丁めの拳銃を取り出す幸だった。
交互に二丁の拳銃を撃って老人に穴を開ける。

しかしその場には闇を貫いた穴だけが残り、老人は消えてきた。


「エキセンって消えるの大好きだよな!」


前にもこうやって逃げられたことがあったのだろうか、智が変な風にツッコミを咬ましているとき、身構えていたオンプが巨大化させたフォークをノリオの背後に向けた。

そこには、いつの間に移動したのか、老人が立っていた。


「ほう、なかなかの使い手じゃな」

「黙れ。てめえのせいで我が一族がめちゃくちゃになったんだ。ここで殺してやる…!」


このチャンスを逃さない。オンプは素早く老人を刺した。
しかし予期した結果。老人は再び姿を消す。
そしてその場に残った者といえば、そう、ノリオだ。


「ぎゃあ!」


すれすれで避け、オンプのフォークには結局何も刺さらなかった。
オンプの動きがここで止まったところで、次は智が動き出す。


「動きに隙があるぞノロイ!」


そう言って智は巨大ナイフを地面に勢いよく突き刺した。
するとそこから現れたのは黒い影。

黒だから老人かと思ったが、無念なことにそれはただの影であった。
真っ赤な目玉をつけた影が刃先で蠢いていた。


「……!」

「その言葉はそっくりそのまま返すぞクルーエル」


横たわる影人間を刺したナイフは地面に垂直になっている。よってすぐには動けない。
その背後に立つのはノロイと呼ばれた老人であった。


「動きどころか神経に隙がある。だから今のように相手を間違えるんじゃ」

「…黙れノロイ!」

「クク…何を動揺しておる?ワシが怖いのか?」


ノロイの杖が智の背中につんと当たる。
途端、智は頭を振り下げ、勢いよく地面に倒れこんだ。


「と、智くん…!」


メンバーと一緒になって震え上がっていた恩がすぐさま智の元へ行く。しかしやはりノロイが怖ろしくて、身を縮める。
その背後で幸が素早く引き金を引いた。
銃弾は、地面を這っていた闇が盛り上がったためにそいつに喰い止められた。

右手首を押さえて苦しみもがく智を見下ろしたノロイが、ゆっくりと口を開いた。


「お前はクルーエルにしては全ての力を平等に持っておるが、お前には一つ大きな欠点がある」

「…」

「それは優しさじゃ」

「………」

「何事にも少しばかり躊躇を持つ。それがこのような結果を生み出すんじゃ。愚かじゃな智属長」

「……!」

「黙りなさい!」


幸はノロイを黙らせるために、銃をすり替え、マシンガンを構えた。彼女の懐には一体どのぐらいの拳銃が収納されているのだろうか。
パラララとマシンガンをぶっ放し、智からノロイを離した。
ノロイが再び消えたところで、急いで智の元へ駆ける。


「全く、何ドジってるのよ」


身を屈めて幸は智の右腕を掬った。
しかし、すぐに智の声が彼女を抑えた。


「ダメだ…!離れろ!」


刹那、智は幸の首を掴み、立場を入れ替えた。
今では幸が倒れ込み、智が見下ろしている。

突然首を掴まれて、幸は全てを理解した。


「……私も不用心だったわ」


首を強く掴まれ、口端から一筋の血を流す。
これ以上首を掴まれていたら自分の身が危険だと悟り、すぐさま智の頬を打つ。よって智はぶっ飛んだ。
遠くにて倒れる智を見やりながら幸はゆっくりと身を起こした。


「殺血が狂うほど怖ろしいものはないわね」

「…あ、…み、幸さん…危ないよ!」


呪いのせいで動きが狂いだした智を引っ剥がした幸であったがその姿はがら空きだった。
背後にやってきたノロイに気づいて今度は恩が動き出す。

ずっと怯えていて、ぬいぐるみを抱きしめていた彼もクルーエル一族。
動きは十分に素晴らしかった。


「つ、捕まえた…」


素早くノロイの腕を捕らえた恩は次の瞬間、ノロイを背負い投げした。
地面に背中を打つ黒いもの。水が地面を打ち波紋を残すように、その黒いものも砕けて地面に波紋を残す。
恩の顔がすぐに強張った。


「…しまった…!」


地面に叩きつけられたことによって分散された黒いもの。それは確実にメンバーの元へ伸びている。
メンバーもすぐに危険を察した。


「来るっ!」


黒いものはメンバーの背後で地面に当たり、中に溶け込む。
背後を取られたと思って急いで振り返るのはサコツ。
しゃもじを巨大化させて、気を溜めたが、ノロイはすぐに姿を現さない。


「………?」

「後ろよチョンマゲ」


ノロイを探すために固まっているサコツの背後にすぐさま横入りしたブチョウは勢いに乗ってそのままハリセンで空中を打った。
野球選手がバットで手応えある球を捕らえたようにハリセンも空気を重く削る。
しかしまたまた無念なことにハリセンが捕らえたものは影人間であった。


「クク…驚いた。『武』の族ではない者もワシの気配を感じることが出来たのか?」


違う相手を捕らえたブチョウの背後には黒づくめの老人が立っている。
あたかも初めからその場にいたように自然と立っているノロイの姿。驚いたがメンバーは引き下がれなかった。

ブチョウが言い放った。


「私を誰だと思ってんのよ。ただの柔な女じゃないわよ」

「クク…ククク…そうじゃな。お前は鳥族の防衛隊を勤めておったのか。平和の象徴である白ハトが武器を持つとは何事かのう」

「…!」


昔からブチョウのことを知っているように枯れた声を流すノロイにブチョウは言葉を失った。
ノロイは目線を変えてサコツを見た。


「…ほお。悪魔か。大層な力を持っとる悪魔じゃな」

「……何?」

「こいつは邪悪な魂じゃ。…クク…なるほど、あいつの仕業か。あいつならやりかねん」

「ちょ…どういう意味だ?」


突然投げ飛ばされたその言葉。サコツは理解が出来なかった。
自分のことを悪魔だと見抜いたほか、自分も知らない何かをこいつは今知った。
何だ。ノロイは一体サコツの何を知ったのだ。

気になったのにノロイの動きはクモマによって止められていた。


「あなたは一体何者ですか?」


サコツの背後にはブチョウ、その背後にはノロイ、そしてその背後に立つクモマは真っ直ぐとノロイの背中に拳を向けている。
ノロイは背後のクモマの存在も始めから知っていたらしく特に驚いた様子を見せずに、むしろ笑って対処した。


「何を言っておる心臓のなき人間よ。さっきから自分らでエキセンエキセン言ってたじゃないか」

「あなたは何をしたエキセンなの?」


横から来るチョコの声。そちらに目線を動かしたノロイはチョコの正体も見向いたらしくより一層楽しそうに笑った。


「ククククク…そうじゃな、エキセンにもいろんな種類の闇がおるから、ワシのことも気になるのか?」

「…」

「それほどまでに驚く必要はない。ワシは弱き者の相手をするほど馬鹿じゃないからのう。クク…」


目線を動かして、今度はクルーエル一族の者を見やる。
呪いが発動した智を抑えようと幸や恩が動き、地面を這う闇から生まれる影人間を仕留めていくオンプやノリオを一通り見てから、やがてノロイは自分の正体を告げた。


「ワシは『C』。周りからは『ノロイ』と呼ばれとる」


しわだらけの顔が、口元をゆがめることにより、一層濃く彫られる。


「C…」

「クク、お前ら人間は怯えなくてもよい。ワシはクルーエルを仕置きするために来ただけじゃからな」


片手にある本をパタンと閉じ、もう片手にある杖をトンと地面に突く。
するとソングを除いたクルーエル全員が右腕を抑えて屈みこんだ。

ノロイは言った。


「ワシはクルーエル一族に呪いをかけ、奴らを傀儡にした」


地面に突いた杖を捻り、地面を抉る。
その度クルーエルが悲鳴を上げた。


「今ではこうやって楽に仕置きもできる」

「……!」

「お前がクルーエルを…!」


クルーエル一族に呪いをかけた者が今目の前にいる。
このことを知りソングはすぐにハサミを巨大化させる。
そしてノロイを刺すために動き出そうとしたのだが、ノロイは再び消えていた。


「また消えたか」

「クク…まさか驚いた。呪われていないクルーエルがいたとは」


消えたノロイの声が聞こえたとき、ソングの頭が急に下がった。違う、消えたノロイが押さえ込んだのだ。
ソングもそのことに気づいたが、元々力のないソングだ。ノロイの手から逃げることが出来なかった。

消えたままのノロイはソングの全てを悟ってから告げた。


「なるほど、お前はあのときピンカースに逃げておったのか。不覚じゃった」

「…残念だったな。お前の傀儡になっているクルーエルにも要がいるんだ」

「……クク…」

「俺が必ずやクルーエルを救ってみせる。てめえを倒すことによってな」

「…ククククク…非力なお前にそのようなことが出来るのかのう」


馬鹿にされて腹が立った。ソングは力を振り絞って押し込まれていた頭を振り上げる。
しかしそのときには既にノロイはいなかった。

また逃げられたと舌打ちを鳴らすソングであったが、その行動はクルーエル全員も行っていた。
ノロイの前では傀儡になってしまう彼ら。指一本触れることなく、いつも自分らが地面に頭をつける様。

ノロイが消えたので、自然と並んでいたメンバーも列を乱す。
一体どこに行った?と口々で言っているとき、先ほどから物事一つ言わなかった彼の様子が一変した。
それはトーフ。


「……あかん…」


ノロイが登場してから、今になってやっとトーフが口を開いた。
しかしそれは追い詰められた言葉であった。

全員がトーフを見やる。
そのときにメンバーはおろか、もがいているクルーエルも目を見開いた。

トーフの目から溢れる血を見て。


「やっぱりあんたやったんか……」


トーフは宙に語る。
目を血に染めさせ、ドクドクと流血しながらも、言葉を続ける。


「数百年前から一つも変わってへんやんか…」

「それはこっちの台詞じゃ。何故まだ生きとるんじゃ化け猫よ」


やがて話し相手が現れた。それはトーフの目の前。
ノロイは血を流すトーフを不思議そうに見ている。


「お前を殺すために血の循環を狂わす呪いをかけたはずじゃが…何故今も無事なんじゃ?」

「……」


暫くトーフを観察してからノロイはあることに気づく。


「…何てことじゃ。誰がこんな勝手なマネを…」


驚きを隠せない様子のノロイであったが、メンバーも同じように驚きを見せていた。
ノロイはやはりトーフに呪いをかけた者でもあったのだ。
こいつは必ず始末しなければならない。全員がそう思った。

それなのに動けない。
金縛りにはあっていない。それなのに体が動かない。

ノロイに恐怖を持ってしまったのだ。

強烈な呪いを操るノロイ、こいつに関われば自分らも狙われるのではないのか、と嫌な恐怖心を持ってしまった。
だから体が動かない。

トーフの右目の呪いを発動させたノロイは、もう暫くトーフを観察する。


「長い間、この呪いを封印しとったのか…。驚いた。まさかこんなことが出来るものがおったとは」


これは一体誰の仕業なのだ。
そうノロイが疑問を持った刹那だった。
それはさり気なく割り込んできた。


「誰の仕業だとか何も、こんなことするのはオレぐらいしかいないだろ?」


凛とした声が流れた。
高くもなく低くもない声。掠れたノロイの声とは全く違う、滑らかな声。

どこから流れた声なのか分からず全員が辺りを見渡した。
対してノロイだけが動かない。
口だけを動かした。


「…やはりか。ワシもまだまだ未熟じゃな。お前の恐ろしさをすっかり忘れておった」

「はっはっは。オレが怖ろしいって?その言葉はそのままノロイじいちゃんに返すよ。封印するのにも一苦労する呪いなんて普通作れないからな」


ノロイに向けて馴れ馴れしく声を掛けれるなんて普通は出来ない。
出来るとすれば、そう、身内の者。

ノロイの背後には透明から白、灰色、黒色へと本来の色を取り戻す一つの闇があった。
やがてその場に現れる。それは黒マントにシルクハット姿の若い男。
シルクハットの下に見えるオレンジ色の髪はメンバーは全員見覚えのあるものであった。

彼はノロイの背中に、親指と人差し指を重ねた手を向けていた。
風が吹いていないのにはためくマント。
空いている手は、シルクハットのつばを抓み、無い風に吹き飛ばされないようにしている。


「この場にいるクルーエルは世界のために動いていた奴らなのか。へえ、まだ正気な奴らもいたんだな」


地面でもがくクルーエルをチラッと見やってから彼は言った。


「まさしく『銀勇者』だな」


ノロイが何も反応しないところで、彼は続ける。


「んじゃ、オレはこの立場から行くと」


無い風が吹き止み、マントが静まる。
抓んでいたシルクハットのつばもここでくいっと持ち上げる。


「『黒勇者』か」


闇の善なる魔術師『L』は自分のことをそう名乗ると、場の空気を彼のものへと変えた。
地面を這う泥状の闇を霧へと変えて空に消す。
全てを相殺し、全てを元通りにしていく。


エキセントリック一族のトップに立つ『C』と『L』が今向き合う。







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エキセントリック一族『C』は強烈な呪いを操る危険人物。

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