ソングは目を見開いて眉を寄せていた。
まさか属長という偉い地位の奴らに頭を下げられるとは思ってもいなかったから。
銀色の頭がむき出しになった3属長はソングに向けて依頼を託した。
「お願いだ。俺らを救えるのはお前だけなんだ。前属長が残した最後の要なんだ。手を貸してくれ」
3つの銀色を見下ろしているソングは黙るのみ。
幸が後に続いた。
「クルーエルは見ての通り自由を奪われているわ。だからエキセンと向き合うことが出来ないのよ」
「だから、その…呪いを受けていないキミに救ってもらうしか…あの…他が無いんだよぉ…」
クルーエル一族といえば15年前のエキセントリック一族との戦争により滅びた。そう全国民には伝えられている。
だからクルーエルは存在しないものになっているのだ。
しかし現にこのようにクルーエルは存在している。
呪いのせいで誇りを忘れてしまい今ではただの傀儡であるが。
その真実を知っているのは智属の前属長であったソングの父親と会った人のみ。
それはメロディの両親である。
この二人だけが真実を知っており、それをソングへと託した。
クルーエル一族は世間にとっては怖ろしい存在。誰も復活を望んでいないのかもしれない。
だからそのような人たちに頼み込むことが出来ない。
出来るとすれば、そう、クルーエルの真実を知らされたソングのみ。クルーエルの最後の要として生かされたソングのみ。
そのため、わざわざソングの元へ来て頭を下げているのだ。
我々にもう一度だけチャンスを。
クルーエル一族をまともなものに変えるから、元に戻してほしいと。
「…なるほど。クルーエルが生きていると知っているのは俺しかいないということか」
「そうなんだよ。他の人たちは当てになれないんだ。だけど、お前の仲間さんもクルーエルについては知っているようだな」
頭を上げて智は、ソングより奥にいるメンバーを見やった。
メンバーもソングのように目を見開いたりして驚きを表現していた。クルーエル一族みんなが呪いを受けて狂っていると思っていたからだ。
しかしここにいるクルーエルは正気の姿である。
智と目が合ったのでクモマがこの疑問をぶつけた。
「クルーエル一族って呪いのせいで誇りを忘れてしまったってソングから教えてもらったんですけど」
「あ、敬語使わなくてもいいぞ。たぶんあんたらと同じぐらいの年齢だから」
「…いや、でも、使わないといけないような気がして…」
智は裏から「仲良くしようぜ」と言っていたが、彼の隣にいる幸の存在が怖かった。
ここは礼儀正しくいったほうが身のためだ。自然と口が美しく開く。
幸の機嫌をうかがいながら、クモマは質問の続きをした。
「あなたたちも同じ呪いを受けているんですよね?それなのに自分の考えを貫き通せるんですか?」
15年前にソング以外の全クルーエル一族が呪いを受けて、今クルーエルは狂気の中。
それなのにこの4人のクルーエルはまるで呪いを受けていないように元気な様。
軽く口元を張って智が困ったように笑った。
「ほとんどのクルーエルがエキセンの操り人形だ。戦争後に生まれてきた子どもだって親から受け継いで呪いを受けた姿で生まれてくるんだ」
「でも全部が全部、狂っているわけじゃないわよ」
幸が口をはさみ、そのまま彼女が結論を述べる。
「私たちの属に所属している人は自分らの誇りをきちんと持った正気の塊よ」
「悪の4属の人たちが…えっと、考えを持たない…操り人形……になっているんだよ」
それを聞いたとたん、全員の心に篭っていた不安な気持ちがすぅっと抜けていった。
安心したのだ。
全部がエキセントリック一族の手下になってしまったかと思っていたから。
それらを覆す3人の言葉に少しばかり心を解すことが出来た。
クルーエル一族の中でも正気の者はいるのだ。全部が狂っているわけではないのだ。
よかった、と安堵した刹那、智が首を振ってきた。
「だけど、あいつの前では正気な俺らだってダメになってしまう」
智の目がツラさと悲しみを混ぜた苦痛の色に募る。
その色を見て全員が眉を寄せた。
「あいつって?」
「クルーエルに呪いをかけた魔術師のことだ」
「「………」」
その者の存在を知ったとき体に恐怖の震えが戻ってきた。
前にエキセントリック一族の奴らが言っていた言葉を思い出した。
「私らは"闇の者"よ」「だから魔法が使えるんだジェイ」
「人を惑うことが出来る闇の力を利用して魔術は生まれた」「オレらは敵だ」
エキセントリック一族といえば魔術師の塊だ。
個人個人が強烈な力を秘めている。奴らは全部あわせて最凶なのだ。
その中には魔力の弱い者や使えない者もいるのだが、大抵は魔術が使える。
そして闇魔術…つまり邪悪専門の魔術師もいる。
ミャンマーの村で自分らに救いの手を差し伸べてくれたエキセントリック一族は皆、それらを不得意とする者たちだった。
しかし、他のエキセントリック一族らは………闇そのものだった。
「エキセンの中にもいろんな種類の魔術師がいるのね」
「前ぇに会った『L』とか『Bちゃん』とか『ジェイ』は悪い奴には見せなかったけどよー」
「Lさんは味方だって言っていたけど、他の魔術師はみんな敵だろうね」「
「"一族"っちゅうほどやから他にもぎょうさん魔術師がおるんやろうなー」
「エキセンは全部で26の闇で出来ているらしい」
メンバーがエキセントリック一族について話していたとき、ソングがメンバーに背を向けたまま、本で得たらしい情報を提供した。
「26の闇のうち大半が邪悪な魔術師だ。ごく稀にオレンジ頭のような善な魔術師がいるそうだが」
それを聞いて目を見開くのは智たちであった。
「何だ。あんたらいろいろと知ってるんだな」
「あら、ただの馬鹿かと思ったわ」
毒舌な幸の発言に首が折れそうになったが、トーフが答えた。
「ワイらもただのん気に旅をしてるだけじゃあらへんで。ある程度の知識は学んどる」
そう答えたトーフであったが、トーフとソングと…稀にブチョウ、それ以外のメンバーははっきり言って何も知らないに等しい馬鹿たちである。
しかしそんなそぶりを見せずにクモマが口を開いた。
闇は怖ろしい存在だけれど、今の気持ちを言った。
「僕たちはソングを要をして生かせた善なるクルーエルを救いたいために旅をしていると言っても過言じゃないんです」
「え?」
元々猫のような目をしている智の目がくるっと丸くなった。
まさかクルーエル以外の人間にそのようなことを言われるとは思ってもいなかったから。
だから唖然としてしまった。
続いてサコツたちも出る。
「そうだぜ!クルーエルを救いたいからいろんなことを学んでるんだぜ!」
「大丈夫よ!私たちはあなたたちの味方だから!」
「たまたま目的が同じになっただけだけど」
ブチョウはそう言って目線を少しずらし、3つの銀が並ぶその後ろに佇んでいるオンプを見た。
元気のない銀に向けて声を張る。
「あんたは一体何に戸惑っているわけ?」
ブチョウの声に気づいてオンプはゆっくりと頭を上げた。
顔を見てからも分かる。オンプは何かに悩んでいるようだった。
「まだ凡に恨みがあるの?」
「………」
一人で悩んでいる様子のオンプが気になったらしくブチョウは目線を外さずにいたが、ふと視界からオンプが消えた。
智が黙り込んでいるオンプの肩を叩いて慰めに入ったのだ。
背を向けた智を纏うマントが風を含んで膨らみ、ブチョウの視界を遮ったのである。
ポンポンと何度も肩を叩いてオンプに正気を持たせる。
「お前も聞いただろ?兄貴さんたちはクルーエルを救ってくれるって言ってるんだ。親父さんの要が動き出そうとしてるんだぞ。希望を持ってみようじゃないか」
「……」
「…困った子ね。せっかくのチャンスを水の泡にする気かしら」
「オンプちゃん…その…ね?お兄さんを信じようよ…エキセンに…ほら、立ち向かうことが出来る人って彼しかいないんだから……」
最終的には全員がオンプを取り囲み、その場は宥め会になっていた。
クルーエルがこの様子なので、メンバーもメンバーの会議を始める。
「クルーエルを助けたいのは山々だけど、一体どうやって助けるんだい?」
「全ての元凶であるエキセンを倒せばいいことだと思うが」
「呪いをかけた奴ってよー、トーフに関係しているのか?」
「そうやと思うけどなぁ。ワイが知っとる魔術師っちゅうのも全てエキセンのようやし」
「魔法を使える人って皆"魔方陣"を描いて発動させてるんだけどエキセンは違うみたいよね」
「私だってクマさん出すときに魔方陣を描いてるわよ。ハリセンに描いてある魔方陣で呼び出してるんだから」
「そう考えるとエキセンってめっちゃすげーよな?」
「すごいよね…。ミャンマーの村のときだってたった数分で村を支配しちゃったほどだし」
「…勝てるか?」
「さあ?」
「何や自信がなくなってきたわぁ…」
深く考えれば考えるほどエキセントリック一族が怖ろしいものに見えてくる。
いや、実際に怖ろしいものなのだ。村を数分で闇に変えるような奴ら。この目でしっかりと見た。
見るのも忌々しい光を放ったり、見えない壁を張ったり、影を操ったり……。
奴らが動くと闇が発動する。
奴らは闇なのだ。闇が者となり世界を滅ぼしていっている。
何と怖ろしいんだ…。
「まぁどないかしてエキセンと会って決着をつけようやないか」
トーフがそういって全てをまとめた。
エキセンと会うって言ってもどうやってだ。
奴らは闇。知らぬ間に現れて知らぬ間に消える。本当に不思議な奴ら。
メンバーがエキセントリック一族に震え、しかしクルーエルや世界のためにも奴らを倒そうと心に決めて、拳を固く握る。
誓おう、この手で世界を救うって。
そのとき、向こうも話がついたようでこちらに戻ってきた。
「話を途中で中断させて悪かったな。こっちもようやく話がついて」
そう言って智がオンプの肩を叩くと、オンプは深々と頭を下げた。
それは兄に向かって。
「先ほどは兄上に失礼なことをした。ここで深く詫びを申し上げる」
なんて礼儀の正しい子なのだろう…!
兄のソングといえば自分が悪いとも分かっていながらも、逆ギレする奴なのに。
妹は素直だ。
オンプの懺悔にソングは一言で返した。
「別に気にすることではない」
ソングは目線をあげて智と向き合った。
「お前らのことについては分かったのだが、気になる点が一つある」
突然話の向きを変えられて、全員は一瞬呆気に取られてしまったが、オンプだけは安堵の笑みを零していた。
許してもらえたことが嬉しかったようだ。
オンプが胸を撫で下ろしている姿を背景に、ソングは智に質問を飛ばした。
それはメンバー全員が最も気にしていた言葉。
「今、クルーエルはどうしているんだ?」
呪いを受けてからクルーエルは世の存在しないものになり、闇に紛れた。
エキセントリック一族の傀儡になった彼らであるが、そもそもこの15年間、どうやって姿を消し、どのような活動を起こしていたのか。
智が答える前に幸が答えた。
「ブラッカイアから出ずに、ずっとエキセンの護衛についてるわよ」
「それだけか?」
「他にはブラッカイアの邪魔な種族を滅ぼしたり、悪魔と手を組んだりもしてるわね」
「…悪魔?」
悪魔と聞いてビクッと怯えだすサコツの背中を摩って、クモマが問いかけた。
「悪魔って地獄にいる悪魔のことですか?」
「違う」
智が首振った。
しかし恩が答えた。
「あの…悪魔って地上にも…いるんだよ?……地上の悪魔は、ブラッカイアにいるんだ…」
「そもそも悪魔を動かしている邪悪な闇がエキセンの中にいるというのもあるわね」
悪魔を動かしている…魔王、つまり『V』か。
「ブラッカイアには小さな族がいくつもあるんだ。エキセンはそれが邪魔だったようで俺らを使ってやつらを消していたんだ」
「まあ、そんなことするのは元々邪悪に満ちていた悪の4属の連中だけど」
「僕たちの…属の人たちは…自分らの村に隠れて…その…怯えているだけだよ…」
「エキセンに立ち向かおうとしても、歯が立たないからな」
話に深く潜るたび言葉が重くなる3人。クルーエルも大変のようだ。
真実を知っていくにつれてメンバーは目の色を変えていく。
エキセントリック一族は世界にいたらいけない者たちだ。
一刻も早く鎮めて世界に平和をクルーエルに平和を戻してあげなくては。
そう思ったときだった。
「…そろそろ来るわね」
幸が突然辺りを見渡したのだ。
連なって属長2人も辺りを見渡す。
メンバーもつられて見渡した、刹那、
「そこっ!」
懐から細長い筒を取り出すと筒先を口に含み、ふっと空に目掛けて幸は何かを射た。
筒から噴き出たものは小さな矢であり、それは葉が群がっている木を貫く。
途端、そこから何かが降ってきた。
「いったーっ!何すんだよー幸!」
それは人間であった。しかも、射た者と同じように銀の髪を持った少し小柄な男。
空から地面に叩きつけられて、そのまま地面の上でもがく。
首を射られたらしく首を必死に押さえていた。
その者が苦しんでいる様子を見て、幸は何故かにこやかに微笑んだ。
「戻ってくるのが早かったじゃないの。ノリオ」
射られた者は首に刺さった矢を引き抜いて、幸に返す。
そのときに、怒りをぶつけた。
「幸たちのためを思って早く任務を済ませてきたのにどうして射るのさ!」
「吹き矢のトレーニングになるからよ」
「え?!たったそれだけの理由で!?」
そういって笑う幸の手には細長い筒…吹き矢が持たれていた。
なるほど、吹き矢を射たのか…って吹き矢が刺さったのにあの人は死なないのか?
メンバーから視線を浴びたその者は居た堪れなくなったのか自ら自己紹介を始めた。
「はじめまして!おれは『バリンビン・C・ブラッド』。名前長いから『ノリオ』って呼ばれてるんだ」
ノリオの由来が分からないと思いながらもメンバーは突っ込まないでおいた。
そんなノリオに幸は褒美としてバナナを差し上げる。
すると先ほどまで射られたことに対して怒っていたノリオもすっかり上機嫌になった。
幸が話す。
「ノリオは私の属…『幸』属の一員よ。サルみたいにすばしっこいからうちでは情報屋として働かせてるわ」
「幸はバナナをくれるから優しいよー」
「そ、そう…」
ノリオはバナナにつられているようだ。
更に幸は続ける。
「そしてノリオは打たれ強いからトレーニングにもってこいの道具だわ」
「道具…ってひどいなぁ。おれって幸にそんな風にしか見られてないの?」
「はい、バナナ」
「ありがとー」
なんて単純な情報屋なんだ。と思っているとき、智がノリオに尋ねていた。
「それで?今後の奴らの動きはどうなってるんだ?」
智の質問にノリオは頬張っていたバナナを急いで飲み込み、真剣な目を作った。
幸に頼まれ先ほどまで情報を拾ってきていた。その報告を今告げる。
「奴らは今、それぞれで行動を起こしてるよ」
聞いて、幸が眉を寄せる。
「やっぱりすぐには行動に出ないのね」
「あいつらは元々まとまりのない団体だからな。次の行動を起こすのに時間が掛かる」
「…で、でも、個人で動いているってことだよね……何か危険なことは把握できたの…?」
恩の質問にノリオの目が急に強張った。
それを見て、属長3人の目つきも変わる。
メンバーにも知らぬ間に身震いが伝わっていた。
ノリオは言った。
「把握できたも何も、危険を察したからこっちに急いで戻ってきたんだよ」
「…!」
震えが頂点に達する。
何だこの震えは。先ほどまで何とも無かったのに、どうして震えが生じた?
クルーエル3属長はノリオがまだ口を開いている最中とも関わらず、メンバーに向けて鋭い視線を飛ばす。
違う、メンバーの後ろにいる黒いものに向けて飛ばしているのだ。
こちらも危険を察することが出来た。急いで左右に分かれる。
刹那、智が腰にかけていた鞘からナイフを取り出し、巨大化させ、鋭く貫いた。
ノリオは叫んだ。
「ノロイが来た!」
黒いものを貫いた智の巨大ナイフ。しかし、それは霧状の闇を突き通しただけだった。
気づけばそこには紫やら邪悪な色をした闇が泥状になって泡を吹き出している。
いつの間にメンバーの背後までやってきていたのだろうか。
なるほど。この闇たちが徐々に迫りつつあったから突然震えが生じたのか。
次は幸が懐から拳銃を取り出して素早くそれらを撃った。
「ったく!馬鹿ノリオ!言うのが遅いわよ!」
「ごめん〜!」
銃弾は闇に穴を開けるだけ。
その穴も周りの闇の浸透により塞がれ元の姿を再現する。
邪悪な闇。これは強烈だ。魔王のときとはまた違う恐怖。
今ここに降臨。
「…クク…こんなところにおったのか、我が傀儡。随分勝手なマネをしおったようじゃな」
闇に紛れるローブを身に纏い、フードによって顔を深く隠している一人の老人。
長い杖を地面に突き立て、そこから闇を生み出している。
この危険な殺気。闇の量。
すぐにこいつが何者なのか分かった。
「エキセントリック一族!?」
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『バリンビン』とはフィリピンの民族楽器です。
脚本「我ら探偵部!!」にて登場した法男もついに登場!
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