握手を求められたため手を伸ばしたが、危険を察して素早く身を屈める。
その次の瞬間、体勢が低くなったソングの頭上に銀色のものが通った。


「…!?」


オンプとの距離をとるために身を起こしながら後ろへ下がる。
そのときにまた銀の塊がソングを襲う。

それは巨大化された果物フォークであった。


「…何のマネだ」


間隔を取り、フォークが届かないことを確認してからソングが訊ねる。
二またのフォークをソングに向けてオンプが邪悪な口元を開いた。


「これが私の用件だ」


オンプの瞳は見る見るうちに血に染まっていく。目の血液が瞳孔目掛けて巡らされているのだ。
これがクルーエル一族の一つの特徴。血模様が描かれた不気味な瞳。

この瞳を見たものは、死に陥られる。

メンバーはソングによってその瞳を見ていたが、ソングは今までに見たことがなかった。
自分の他、クルーエルに会っていなかったからだ。
だから無意識に身震いを起こしていた。
いや、この震えは恐怖に対してではなく、武者震いという類のものかもしれないが。

震える体を抑えるために腕を抱き、ソングは危険な気を放っているオンプを睨む。


「何だ。まさか俺を倒しに来た、と言いたいのか?」

「まさにその通り」

「…」

「ソング・C・ブラッド。私はお前を倒すために群れから外れ、お前を探していた」


危険なオーラが漂っている。近づくと危険だと思いメンバーは身を一歩後ろへ預ける。

ソングはクルーエル一族の中でも全く力を持っていない者だ。
何故なら殺血を作り出すタトゥに血を与えていなかったから。だから殺血が最も弱い地位にある。
比べて、目の前にいるオンプはどうであろうか。
この殺気。ソングのよりも遥かに危険なものを匂わしている。
全く戦いに関しては無縁であるチョコにでも危険なものだと分かるほどのもの。
周囲にいる者を恐怖に満たせる、そんな力がある。
オンプは完全なるクルーエル一族であるのだ。

誰もがわかる。こいつは危険だ。
ソングを倒そうとやってきたこの女。クルーエルの中のクルーエル。危険の中の危険。
特にソングを倒そうとしているのだから殺気の量はハンパなものではない。
殺気だけで相手を倒せるようにも感じ取れる。

自分の命が危ないと分かっていながらも、ソングは口元を歪めてみせた。


「なるほど、俺を倒したいのか。双子とかウソをほざいて俺に近づき、不意打ちをかけたということか」


その言葉に、オンプが首を振った。


「双子という説は本物だ。私とお前は血を分け合った兄妹であり、双子だ」

「何故そう言いきれるんだ。どう見ても俺とお前は似てないだろが」


いや、似ていますが。

どすっと地面にフォークの二またの刃先が刺さり、場の空気が喰い止められる。
今度はオンプが口元を歪めた。


「似てる似てない、そんなの関係ない。証拠がちゃんとここにあるんだから」


そしてオンプは懐からあるものを取り出した。
それは写真。
少々古びた写真は色あせていたりしているが、何が写っているのかはきちんと見える。

写真の世界にあるものは、家族4人の思い出。
ソングに渡して中身を確認させた。

思わずソングも無言だ。


「…………」

「人間というものには必ず顔に模様が描かれる。この写真に写っている二人の赤ん坊のうち目つきの悪い方の顔模様はまさにお前のものと同じ」

「……」

「そしてこっちの可愛い赤ん坊は私だ」

「…………………」


違う意味で無言になるソング。
それからすぐにチョコが駆け寄って来てソングが持っている写真を奪った。


「キャー!見てよーソングが赤ちゃんのときの写真だよー!」

「な〜っはっはっは!面白いなーこれ!」

「この赤ん坊の顔模様、確かにソングと同じものだね」

「隣にいる同じ顔の赤ん坊も、確実に妹さんやな」

「あら、この写真の背景にいる白ハト、私だわ」


チョコを取り囲んで全員で写真を眺める。
古びた写真の世界には確実にソングとオンプがいる。このことは赤の他人であるメンバーにも分かった。

この世界の人々の顔には必ず模様が描かれている。
それは変えることも出来ないし消すことも出来ない。そういうものなのだ。
この模様で人を判別できる。今のように、昔の写真からでもこの赤ん坊が誰なのか特定することが出来るのである。


「ソングと妹さんを抱き上げているのは両親よね?」

「何や。ソングは母親似なんか」

「なるほど。だから女装がバッチリ似合っているんだね」

「黙れ!もう見るな!恥ずかしい!」


全員がからかってくるのでソングは少しばかり顔を赤くして写真を奪い返した。
が、そのままオンプに取られる。

写真を眺めてオンプは目を少しばかり潤した。


「推測されたとおり。私たちを抱いているのは両親」

「…」

「だけど、両親は」


オンプは瞳孔目掛けてまた一層血の渦を巻かせた。


「ソング・C・ブラッド。お前によって殺されたと言っても等しい」

「…何?」


短く聞き返すソングに向けて低く声を返す。


「お前のせいで両親は殺されたんだ」


断言する。
そのためソングは眉を深く彫ることしかできなかった。
自分が知っている情報によれば、父親が海を渡ってメロディ一家に自分を預けたということのみ。
だから、ハサミを取り出して巨大化させる。刃先をオンプに向けて、聞き出した。


「それはどういう意味だ。そしてクルーエルとエキセントリックの戦いのときにお前は一体どこにいたんだ?」


ソングの質問を聞いて全員がハッと気づいた。
確かにそうだ。ソングはこの通り両親によって救出されたのだが妹のオンプは一体どうしていたのか。

地面に突き刺していたフォークを抜いて、素早くソングのハサミをどかす。
オンプはまず、戦争時の自分の居場所について語った。


「何せこの事件のときは赤ん坊の頃だ。私も覚えているはずがない。しかし後ほど仲間に教えてもらった。私はエキセントリック一族の……誰だったかな……あ、そうそう、背の高い女だ。あいつに捕まってたらしい」

「エキセントリック一族の背の高い女?」


今度はオンプがソングに刃先を向けた。
聞き返されたのでもう少し詳しく答える。


「バラ色の唇の女だ。牙が生えているらしい」


その二言によりメンバー全員の脳裏にピンっと光が燈された。
なるほど、オンプは15年前の戦争のとき、エキセントリック一族の吸血鬼こと『B』に捕まっていたのか。
しかし何故捕まっていたのだ。

オンプが答えた。


「その女に捕まった…という言い方は変だな。私は女に助けてもらったんだ」

「助けてもらった?」

「そう。マントで私をずっと庇い続けてくれていたそうだ」

「…」

「闇から逃げていた両親は私たちを抱きながら走っていた。しかし両親が手を滑らせて私を落としてしまったんだ。そのときに私は女に攫われた」


つまり、このとき『B』が落ちたオンプの危険を避けるために"さらう"という形で抱き上げていってしまったのか。
やはり『B』はエキセントリック一族の中でも善い類であろう。


「両親は私が連れさらわれたことに対し悲しんだそうだ。せめてもう一人の子どもを生かしてやりたいということで…このときにもエキセントリック一族の誰かに救ってもらったらしいが……誰だったか…オレンジ頭の奴か?まあそいつに道を開けてもらい、海まで出たそうだ」


オレンジ頭…『L』だ。
憧れの彼である『L』の活躍を知りチョコは静かに興奮していた。

オンプは休むことなく続ける。


「そこで両親は他の大陸にまで渡ってもう一人の子どもを逃がすため、海をバタフライで泳いでいった」

「いや、バタフライはおかしいだろ?!」

「そのため、すぐに疲れが生じた」

「そりゃそうだろ!」

「子どもを逃がし戻ってきたときには母はエキセントリック一族によって殺されていた。父が大胆にバタフライで泳ぎ水しぶきを散らしていたのが原因らしい」

「自分の居場所を知らせているようなものだからな」

「父は愛しの妻が殺されたことに対し怒ったが、バタフライのせいで疲れていた。そのためばててしまいそのままエキセントリック一族の餌食になった」

「自業自得だろ!」

「…と、こんなところだ」


以上、ソングとオンプのツライ過去の物語でした。
そこでソングが勢いで口を開いた。


「待て。お前はさっき、俺が両親を殺したようなものだと言ったがとんだ思い違いだろ!海をバタフライで横断する考えがまず間違いだ!」


ごもっともだ。
しかしオンプは刃先を確実にソングの喉元に狙いを定めて、言い返す。


「何言っている!お前さえいなければ両親は死なずにすんだのかもしれないんだ!全てお前が悪い!」

「ふざけんな!俺は何も関係ないだろ!全てはバタフライのせいじゃねえか!」

「私は仲間から情報を得たんだ!うちの父はバタフライが上手だった、と」

「無駄な情報を得るな!バタフライなんて世の中の何の役にも立たないだろ!」

「実際に立っただろ!バタフライでお前を救ったんじゃねえか!」

「バタフライさえしなければ両親だって救われたかもしれないだろ!」

「父はバタフライが上手だったのを誇りに思っていたんだ。馬鹿にするんじゃない!」

「俺の父親、ただの馬鹿じゃねえか!バタフライに誇りを持つな!」


「待って!話の趣旨がバタフライに変わってきてるよ!」


違うことでもめだした兄妹を抑えるためにクモマが首を突っ込み、何とか喧嘩を止めた。
それにしても二人とも同じような口調をしているので、どちらが声を出しているのか非常に区別しにくい。

ソングから目線を外し、オンプは割り込んできたクモマに目を向けた。
第三者の存在が気に食わなかったのだろう、瞳の血模様を深めながらクモマを睨む。
そのためクモマは口を噤んだ。
また目線をソングに戻し、構えているフォークも握り締めてオンプは再び口を開いた。


「とにかく、私は両親の仇をとるためにお前をずっと探していた」

「……」

「他の者には用はない。むしろ邪魔だ。消えてほしい」


勝手なこと言うなよ、と思ったメンバーであったが、オンプが既に行動に出ていたため口を出すことが出来なくなっていた。

まずソングの喉に狙いを定めていたフォークを勢いよく突く。
しかしその場にはソングは居らず、フォークは空を刺すだけだった。
この隙を逃さずに今度はソングが行動に出る。
身を屈めて攻撃を避けたところでハサミを構え、そこからハサミをオンプの足に刺そうと伸ばすが今度はオンプが避けた。

宙を踊り後ろへ出て間合いを取る。ソングもその場で身を構えた。
邪悪な気がこの短い取っ組み合いの間で撒き散らされたが、オンプの、クルーエルの気によって再び元の形に戻る。

先に唾を吐いたのはソングだった。


「……クソ、本当にヤル気か」


無論だ。とオンプは頷いた。


「仇を討つためだ。手加減はしない」

「俺を倒すことによってお前の気は晴れるのか?」

「晴れる。だからお前を倒す」


また気が撒き散らされた。ソングは避けようとするがオンプの瞳に身動きを奪われてしまった。
クルーエル一族の血模様が描かれている瞳を見たものは生きて帰れない。脳裏にそのような言葉が過ぎった。
不吉を察したが動けなかった。その隙にオンプのフォークの一つの刃先がソングの肩を掠めた。


「…!」

「兄上、これでもクルーエル?」


クスっと相手を小ばかにする笑い声が聞こえた直後にまた新しい血が生まれる。
今度は脇腹を貫かれ、そこからポタポタと血が滲み出る。
より深い黒色になってしまったソングの服。それを見てオンプは子どもの笑みを零した。


「血…」


オンプの声が耳に触れ、ぞわっと鳥肌が立った。
血を見て喜ぶオンプにソングはもちろんメンバー全員に震えが生じたのだ。
クルーエル一族といえば血を好む一族。だからこの喜びようも分かる気もするが、
しかし、人間が傷ついたときに流れる血を見て喜ぶとは、クルーエル一族も残酷な心を持っているものだ。

一度バランスを崩すと元に戻るのには時間が掛かる。
オンプはそのことを知っている。さすが武の族だ。暇を見せずにオンプはソングにフォークを向けた。

口は開いていなかったが、死ね。という一言が聞こえた気がした。
相手のペースに持っていかれてソングは立ち上がれない。身を屈めるだけだった。
オンプのフォークがソングをまた貫こうとする。
メンバーも急いで救いの手を伸ばそうとするが動きが鈍かった。

もうダメだ。そう思った刹那だった。



「…………あ……」


オンプの哀しんだ声が聞こえてきた。
構えていたフォークも弾き飛ばされている。空にいくつもの円を描き、やがて地面に突き刺さる。
先ほどまでソングがやられていたように、今度はオンプがやられている。追い詰められている。

喉に刃先を向けられ、オンプは言葉を失う。
目を見開いて、目の前の者を見やる。

ソングとオンプの間に割り込んできた者は全てを茶色の布で覆い被っている者であった。
メンバーから見てもソングから見ても布しか見えないが、その者と向き合っているオンプだけは相手を見ることが出来た。

やがてオンプが目の前の者に向けて言った。


「…智さん…」


風が吹き、茶色の布が舞った。風が正体を知らせてくれた。
茶色の布から現れたのは銀色。
美しい銀の髪が風によって靡かれ、太陽によって照らされる。


「危ないとこだった」


『智』と呼ばれた者が大きく安堵のため息をつくと、続いて背後から2つの影が現れた。
その者たちも布で姿を覆い隠していたが、自ら正体を明かす。

それらもやはり銀だった。


「全くよ。智くん、あんた危険な子を見逃すんじゃないわよ」

「そ、そうだよぉ…オンプちゃんは…その…前々からお兄さんを…その、倒すって言ってたじゃないかぁ……」


「…幸さん…恩さんまで……」


突然現れた3つの銀髪の姿にオンプは驚きを隠せない様だった。
しかし、その表情からは恐怖は表れていない。ただの"驚き"であった。

風が煽り、兄妹の銀髪と3つの銀髪が同じように踊る。





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