何故自分らが何人もの警官に追われているのか分からない。
だけれどこれだけは分かる。自分は今大ピンチだということは。


「殺されるぅうー!!」


別れて逃げようと言うことで全員がバラバラになって走っているのにもかかわらず、大半の警官がチョコを狙って走ってきているのである。
そのため臆病なチョコは泣くどころか絶叫の嵐を巻き散らしていた。
絶叫マシーンに乗った勢いで叫び、そしてその速さを貫き通す。

速いチョコに向けて警官はメガホンを使って止めようとする。


「"無駄に速い走り"の罪で逮捕する!」

「"今までに見たことのない髪色"の罪で逮捕する!」

「"露出しすぎ"の罪で逮捕する!」


「意味分からないよー!いいじゃん!どれもいいことじゃーん!特に最後のは最高にいいことじゃん!だ、ダメなの?」


ビュンビュン自分の耳を掠る風の音。
チョコは全力疾走で駆けて行った。こうしないと本当に捕まりかねないからだ。
どうしてこんなことしなければならないのか理解できていないのだが。


 …もしかして、これは"ハナ"が原因なのかな?


こういうときに心強い味方になるトーフ、しかし彼はここにはいない。だからこの考えは空に消えるだけだった。
とにかく、今は逃げようと思った。


風を切ってチョコは走っていく。



+ + +


「……あかん…!チョコが集中的に狙われてしもうたか…!」


走ることに夢中になっていた。
何だか音が遠くから聞こえるなーっと思って振り向いてみればこの様。
警官の大半がチョコのほうへ行っているのが見えたのである。 そして自分の背後には警官が一人二人三人と片手の指で数え切れるほどの少人数しかいない。
しまった、と心底から思った。


「みんな、力のない女から狙ったか…」


狙われているか弱いチョコを助けようと思ったトーフは早速行動に出た。
相手が少人数だと分かればこっちのもんだ。
トーフは走りを緩め、最終的には止まる。そして体を返して相手と向き合った。
少数の警官も止まってトーフを見やる。


「……」

「「……………」」


場に静かな空気が蠢いた。
警官は勝気な顔をし、トーフも同じ顔をする。
互いが勝ち誇った目をしていた。

先に口を開いたのは警官であった。


「諦めて立ち止まったか子猫ちゃん」

「腰抜けだな。逃亡を諦めるほど弱い者はいないぞ」


クククと笑う警官。
これではどっちが悪なのか分からない。
警官といえば正義の役職であろうに、この目は危険だと思う。

トーフも言い返した。


「ワイはあんたらの考えがよう分からん。何でワイらが追われとんのかサッパリやねん」

「お前らが罪な行為を行ったからだ」


警官が答えた。


「人間は法律の下で生きている。だからそれを背いた奴は逮捕するのみ」

「だからお前らを逮捕するのだ」

「…ワイら、何かしたか?」

「「した!特にお前がしまくった!」」


年上に向かって敬語を使わなかったからトーフは罪があるのだと言う。
しかしトーフは言いたいことがあった。


「ワイはあんたらより長く生きとんねん。せやから敬語なんか使わんでもええんや」

「お前のどこが年上なんだ!どう見ても5歳児より下じゃないか!」


トーフは数百年前の黒猫で、化けて…というわけではないが、人間に近い姿になって蘇った。
だから数百年前から生きている。トーフより年上の奴なんかいない。…エキセントリック一族を省く。

そんなトーフであるが、やはりその説は誰もが信じてくれず、トーフは不機嫌な顔をするだけに終わった。

その隙に警官が嫌みを溢す。


「さて子猫ちゃん。"人を騙した"罪も大きいよ。どうするね?」

「大人しく捕まった方がいいよ。でないとひどい目に遭わされるから」

「……」

「ほら、子猫ちゃん」


完全に相手に馬鹿にされたトーフ。警官はニヤニヤしながらムチを持って近づいてくる。
トーフは黙って下を睨んだ。地面を睨んだ。いや、違う。口は歪んでいる。何か悪企みを見つけた顔をして地面を見ている。

一歩一歩と近づいてくる警官は、やがてそんなトーフの前までやってきた。
そしてムチを振り落としてトーフを捕らえようとした、その刹那。


「ワイのこと、"子猫ちゃん"と言うたなぁ?」


トーフの邪悪な口元が吊り上った。
怒りに満ちた声に驚いて警官は動きを止めた。
手を逆側の裾に突っ込んで、トーフは続ける。


「猫って言われるの嫌いやねんで?それを平気で言うたな?」


警官は、これは危険だ、と察した。しかしもう遅い。

トーフの顔が上に上げられ、意地悪っ子の笑みが場に浮かんだ。
手を裾から引っ張り出して、そこから現れるのは透明なもの。違う、細くて相手には見えづらいもの。
それを両手に絡ませギュッと力強く引っ張って体勢を整える。
やがて、トーフは勢いよく叫んだ。


「"子猫ちゃん"と言うた罪で、あんたらを縛ったるでー!!」


刹那、一人の警官を捕まえた。手にムチを持った警官は見えないものに腕を掴まれ混乱している。
しかしよくよく見てみると自分の腕に巻かれているものが糸だと気づく。

警官は一瞬安堵するが、それは運の尽きであった。
トーフの糸は柔いものではない。むしろ危険なものである。


「舞姫(まいひめ)」


獣が敵を咥えて振り回すように、腕で捕らえた相手を大きく振り回し、躍らせる。
そして大きく飛び跳ねさせ地面に叩きつけるとまずは一人の警官を眠らせた。
仲間がやられたことに気づいて急いで他の警官もやってくるが結果は同じ。


「菖蒲(あやめ)」


見えない糸は剣の如し。
今まで一対一で戦ったことのないトーフであるが、彼も強かった。
相手に見えない武器を使えば、ほぼこっちのペースに持っていける。これを利用してトーフは今まで勝負に勝ってきているのだ。
例えば、そう、イカサマしたり…。


「…くそう。お前、相手を誰だと思ってんだ」


糸で縛り上げられた警官らは呻き声を発しながらトーフを睨んだ。
糸を掴んでいるトーフはニヤリと口元をまた歪める。


「正義の警官、には見えへんな」

「「…」」

「さて、こいつらをどないするかな」


警官の始末をどうしようか悩んでいるとき、脳内にビビっと不吉が過ぎった。
つうっと冷や汗が流れる。


「…あかんなぁ。結構な数の"笑い"吸い取ってるやんか」


主語を言わなかったが、何のことを言っているのか大体予想がつく。
そう、"ハナ"について言ったのだ。
トーフは独り言を吐いた。


「なるほどな。この異常な状態も全て"ハナ"のせいなんやな。そうでなきゃ警官のこの行動はおかしいからな」


チラッと警官を見るが、警官にはトーフが何のことを言っているのか分からなかった。
"ハナ"に侵された人も無事な人も、この異常な状態の原因が何なのか知らない。だから首を捻っているのである。
異常の元凶を生み出している"ハナ"の存在を知っているのはラフメーカーとエキセントリック一族のみ。


「…なかなか強い"笑い"を感じる…。今回は厄介な"ハナ"やなぁ」


"ハナ"自身は雫一滴で封印できるほどのもの。代わって"ハナ"が生み出す現象は強烈なものであった。
警官たちが意味不明な罪を作って騒いでいるのも"ハナ"が原因だとすれば、今回の"ハナ"は本当に強烈だ。
心を乱され平気で人を撃とうとしている。これは危険だ。
警官にやられる前に"ハナ"を消さなくてはならない。
そう判断したトーフは"ハナ"を消すためにせっせと走っていった。糸で縛った警官らを置いて。



やがてトーフが見えなくなったのを確認すると、今度は縛られた警官が口を開いた。そして強気な発言をしてみせる。


「"殺人未遂"の罪だ。猫を確実に始末しろ」


胸元にあるマイクに向かってトーフ始末を決断し、他のところにいる警官を決行させた。



+ + +



うるさい音が鳴り響く。


「やっぱりそれなりに追っ手が来るね」


ウミガメ号を引いているクモマはどこからでも目立つ存在。
そしてその隣にいる赤髪も銀髪も目立つ存在であった。
それぞれが荷物を抱えて走っていく。


「どうすんだよー!何だか増える一方だぜー!」

「走るたびどこからともなく警官が現れるな。ここの村の住民はやはり全員が警官なのか?」


冷静に判断するソングであるが、腕の中のカビの物体が騒がしい。


「ブビ」

「ブヒブヒ」

「ブビー」

「うわ!何か豚同士が会話してるよ!」


豚たちの会話している声が聞こえ、騒音を鳴らしているクモマが驚きの拍子に声を上げる。
しかし、それよりうるさい声を上げる者がいた。


「カビ豚めー!俺のエリザベスと話しするなんて許さねー!!」


サコツが嫉妬していた。


「騒々しい!黙れてめえ!」

「何だよー!お前もまさかエリザベスを狙ってるのか?エリザベスは俺のもんだぜ!」

「誰があんな豚いるか!俺にはメロディ一人で十分だ!…クソ、…メロディ……」

「また始まったぜ?!お前も少しは成長しろよ!」

「何言ってんだ!毎晩写真を眺めなくなっただけでも十分な成長だぞ!」

「だけど呻き声は前よりも増えてるぜ!」

「うるせえな!黙れ!」

「んだよー!しりとりかー!」

「いや、何を言いたいのかよくわからないよサコツ」


『しりとり』の意味がよくわからなくて思わず首を突っ込むクモマであったが、後ろから大きな衝撃を喰らってしまった。
ウミガメ号が撃たれたようだ。

一気に憤る3人。


「「ウミガメ号ぉー!!」」

「なんてことするんだい!この車は僕が懸命に作り上げたものなんだよ!壊したら許さないよ!」

「何ほざいてんだてめえ!車を修理したのは全て俺だろが!てめえは逆に壊してたじゃねえか!」

「俺は何もしなかったぜ!な〜っはっはっは!」


しかし、その気持ちはすぐに分散。なんてまとまりのない男たちなんだ。
その背後で聞こえてくる拡声器。


「そこ!"些細な喧嘩の繰り返し"の罪で逮捕する!」


喧嘩なんてしてない!と叫ぶ3人であるが、現に先ほどまで口喧嘩をしていた。言い返せない気もする。
警官はメンバーの罪をいくつにも重ねていく。


「黒髪の子、"短足"の罪で逮捕する!」

「チョンマゲの子、"マジうるさい"の罪で逮捕する!」

「銀髪の子、"凡"と"ヘタレ"の罪で逮捕する」


全員の首がガクンと同時に垂れた。


「短足って…短足って…好きで短足になったわけじゃないのに、それで逮捕だなんて…」

「マジうるさいってひでえぜ。元から声がでかいんだから仕方ねえぜ…」

「何故俺だけ二つの罪が被らされてるんだ?しかもどっちも非常に辛辣な評価だな…」


思わず足が緩みがちになる。
胸が引き締められ心痛む3人であったが、ここで鳴り響く豚たちの声によって勇気付けられた。


「しまった!エリザベスに落ち込んでいる姿見られてしまったぜ。恥ずかしいぜ!」

「落ち込んでいる場合じゃないね。とにかく逃げ切って、田吾作の怪我を治さなくちゃ」

「しかしどうやって逃げ切るか?ここは相手の領地だ。分が悪い」


後ろには警官。他の道と合流したと思えばそちらからも警官。あちこちに警官が湧き出てくる。文字の通りに湧き出てくる。

ここは警官の本拠地だ。向こうの思うがままだ。自分らは警官の手のひらで転がり回されているのである。
だから捕まるのも時間の問題。

もうそろそろしたら敵が手を伸ばしてくるかもしれない。
常に警戒心を燃やしておかなくては。

そう思って走りを速める。
ぐんぐんと走り、やがて警官からは見えない位置までやってきた…のだが。


「………そんな……」


何と言うことだ。
女神はこちらに微笑んではくれなかった。

3人の前に立ちはだかっているのは、大きな壁。
行き止まりに来てしまったのだ。


「ふざけてるな…」

「やべーぜ。どうするよー俺らこのまま捕まっちまうのか?」

「…嫌だよ。"短足"の罪で捕まりたくない…せめて"うわの空"の罪で捕まりたかった…」


目の前の壁。これ以上先には進められない。
村の構図を知っている警官らはきっとこのことも目に見えた結果であり、作戦の一つであっただろう。
行き止まりに辿りついた者は大抵、引き返す、または壁に沿って歩く。だからその隙を狙って捕らえる。きっとそれが警官の狙い。

少しでも動いてしまえば、確実に動きを悟られかねない。
どうするか悩んでいるときであった。


「「……………」」


何かの存在に気づいた。







「…!何?!この先には道が無いはずなのに…!」

「引き返してもこなかったし、壁を沿って走っている姿も見られなかった」

「消えたのか?奴らは消えてしまったのか?」


「「"ドロン"の罪で逮捕するー!」」


行き止まりの前でドロンと消えてしまった3人の男たちに対して警官は叫ぶと、今度はそちらが四方八方に散らばり、消えた男たちを探すのであった。





「……"ドロン"の罪ってネーミングセンス悪いな」


誰もが思っていたことを言い放つ声が行き止まり辺りから聞こえてくる。
しかし、姿は、ない。









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トーフの技名は古典を用いています。

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