ここはとある村。
「困りましたね。今月だけでこの被害数…急激に増えている……」
「この村とおさらばするのも潮時でしょうか」
数人の大人たちが井戸端会議のように小さな輪を作って小声で会話をする。
小さく飛び交う声々は現実に目を向けるのに苦痛を持ち、力がない。
そのため全員の顔が重力に伴い下に引っ張られている。
「小さなお子さんもたくさんいますし、ここはその子達の安全を確保しなければなりません。だから今すぐにでも村を出るべきかと」
「いやしかし、皆がこれまでずっと暮らしてきた村ですよ。この村で生まれ育った人々は意地でも村に残ると思いますが」
「だが、村人全員が危機に迫られています。一刻も早く処置しなくては」
「わかってますよ。だけど、この村を捨てることが出来ません」
「仕方ないことじゃないですか。村から出るしか対処法がないんですから!…確かに村を捨てるのは誰だって悲痛だと思います。しかしもうこの村は安全ではないのです。逃げるしかないのです」
「……村を守ることが出来ないとは、我々も愚かですな。村は私たちにとっては家でもあり家族でもあるのに、それを守れないなんて」
「「……」」
1人は言う。
空を仰ぎ、頬に伝う風の温かさを実感して。目に浮かぶ雲に向けて。
「ヒーローでも現れないかな」
呻く声は空に扇がれ、高く高く舞い上がる。
それを見るのはその場にいる村人全員。果敢無い希望を胸に掲げ、それでも空へ向けて。
村人の声は舞い上がる。子どもがシャボン玉を見るように、消えないで消えないで、と願う。
上がれ上がれ、天まで届け。
すると驚いた。声は消えずにずっと空に残るのだ。
それはまるで「期待に答えてあげるよ」と告げているかのようにずっとずっとこの空に留まり舞い上がっていく。
全員がわずかな希望を持った。もしかしたら自分らの元にヒーローが現れるのではないかと。
そして夢叶う。
ドシーン、と大きな音が響いた。地面を揺らし、この場にいる村人の足取りを崩させる。
全員が目を丸めた。
本当に大きな音で、一体何が起こったのかわからなかった。
音の原因が気になり無意識に現場へと向かう。
するとそこは土煙が激しく舞っている地帯であった。
空気が茶色くなっているため、目をかざして土から避ける。
そして現場を見た。
見る見るうちに現場は元の空気の色を取り戻してく。茶色が薄れ、全てが見える。
そして聞こえる、複数の声。
「いったーい…もういやぁ…」
「あーいたたた…腰打っちゃったよ」
「……ふう、エリザベスは守り通したぜ!」
「あかんわぁ、普通に落っこちてしもうたわぁ」
「崖から落ちるなんてふざけてる……って、どけよ白ハト!俺の背中の上で仁王立ちすんじゃねえ!」
「思わずここまで落ちるのに凡サーフィンしちゃったわ」
やがて場が晴れた。
すると驚いた。落ちてきたもの、それは複数の男女だったのだ。
あの大きな音は物が落ちたときに鳴るような音であった。しかし普通の高さから落ちたとすればあれほどまで地面を揺らす力はない。
だとすれば地面を揺らすほどの大きな音の原因は何なのか。
その答えはズバリ、空から降ってきた、であろう。
そうでなければそこまで大きな音が鳴るはずがない。空という高さであればあれほどの音が鳴るに違いない。
空から降ってくる人間だなんて。
これは何かの運命なのか。
……まさか、これは…
神が我々に与えてくれた最後の手段。
先ほど空高く舞い上がっていった自分らの希望がこの結果を生み出したのか。
希望が叶ったのか。
「結構な高さから落ちて来たね」
「せやのに負傷者が1人もおらんとはさすがやなぁ」
「エリザベスぅー怪我はなかったか?大丈夫か?」
「こらカビ豚!さり気なく俺の背中の上に乗るな!」
「あんたは下になる運命なのよ」
「ブビ」
「うるせえ白ハト!そしてブサイクな鳴き声上げるなカビ豚!」
「田吾作が『守ってくれてありがとう』って言ってるよ」
「俺はお前を守った記憶は更々ない!勝手に妄想膨らませるな!」
土ぼこりが消えるとそこには6人の男女がそれぞれの形で倒れていた。
ラフメーカーのメンバーである。実は先ほど崖から落ちてしまったのだ。そしてこのありさま。
全員して深く顔にしわを彫っている。
腰を強く打ったらしいクモマは腰を叩いて痛みを和らげながら立ち上がる。
「ここは一体どこだろうね」
「空から見たとき、村のように見えたで」
「じゃあここはどこかの村なの?」
うつ伏せで倒れていたトーフも顔を上げて、尻もちついたチョコも腰を上げる。
ソングもブチョウと田吾作から逃れて一人で身を起こす。
「ここが村なら"ハナ"があるというわけか?」
「じゃあよー、この村を探検しようぜ!それから、この村を救おうぜ!」
水を与えられた魚のように突然元気よく立ち起きてきたサコツの台詞、これはやけに響くものだった。
然程大きな声を出したわけでもないのに、どこかの空洞に響いたような感覚。
そう、この村の住民らの空いた心に響いたのだ。
全員が腰を上げて付着した土などを払い落としているとき、盛大なる拍手を向けられた。
「素晴らしい。あなた方は素晴らしい」
拍手と共に向けられた声に驚き、全員がそちらへ顔を向ける。
するとそこには複数の大人がいた。そいつらが全員して手を打っている。
拍手しながらこの村の住民は言った。
「自分らはあなた方のようなお方をずっと待っていました」
「願えば希望というものは叶うものですね。今回は本当に助かります」
村人が言っている言葉の意味が掴めずメンバーの頭には疑問符が飛び交う。
希望とは一体何だと顔だけで訴えると、気づくことが出来たのか1人が答えてくれた。
「あなた方は『村を救いたい』と願っていた私たちの希望を叶えに来てくれたんでしょう?」
「え?」
「ありがとうございます!助かります」
やはり事を掴めずマヌケ面するメンバーへ向けて、心貫く言葉を放たれる。
「どうかこの村を救ってください!ヒーロー!!」
「「…は?」」
心を貫かれ、その場に残ったものといえば、拍子抜けの顔のみ。
それも掻き消していく強い風。
風と共に村人はメンバーを近くにあった公民館へと連れて行った。
+ + +
「…踏み外して崖から落ちてきただけですか…」
公民館のテーブルを囲む複数の影。
その中の1人、湯飲みに茶を入れながら残念そうに呟く村人は先ほどメンバーに向けて『ヒーロー』と呼んだ者であった。
一人一人丁寧に茶を出すその村人に向けて、クモマが申し訳なく眉を寄せる。
「すみません。僕らはただの旅人なんです。ヒーローとかそんなカッコいいものじゃないんですよ」
「期待を裏切っちゃうようでゴメンねー」
茶を早速もらうチョコは村人を宥めるように笑ってみせる。
しかし村人の表情は重い。
気づいてブチョウが声を上げた。
「何か深刻な問題でもあったわけ?例えば『ま゜』を発音できないとか」
「それは誰にも出来ない問題だと思うが」
ブチョウの語尾を気にせず、村人は頷いてみせた。
「そうなんです。実は、今月は例月と比べて被害者が急増しているのです」
「被害者?」
聞き返すチョコに村人は目を向けて頷く。
「はい。この村では最近になって異常が発生してしまって」
「異常?」
「変な生物…魔物というのでしょうか、そんな奴らが村を襲うようになったんです」
魔物と聞いて全員がイスから腰を上げた。
身を乗り出して、トーフが確認した。
「魔物っちゅうんはホンマかいな」
「はい。最近ではうじゃうじゃと発生して村人を襲うんです」
「本当かい?それは厄介だね…」
「魔物がうじゃうじゃといるのか。それなら確かに神頼みをしたくなる理由が分かる」
「そうなんです。自分らの手じゃ負えなくて、何度逃げ出そうかと…」
「だけどそんなときにあなた達が舞い落ちてきました。あなたたちは自分らにとっては救世士なんです!」
「自分らの希望を叶えてくれる救世士、いわゆるヒーローなんですよ!」
今度は村人全員が身を乗り出してきた。
思わず元の位置に戻るメンバー。イスに座り小さくなったメンバーへ向けて村人は再度頼み込む。
「そういうわけでお願いです!どうか私たちを救ってください!」
「自分らにはどうすることもできません!あなたたちは旅をずっとしてきたのでしょう?それならば魔物から逃れる術を持っているかと」
「お願いです!この村を救ってください」
「ヒーロー!」
勢いに乗ってメンバーの手を掬う村人の目はこの上ない程に澄んだ瞳だった。
しかしその瞳には悲しみが溢れている。
「「…………」」
ここまで頼み込まれたら、断ることが出来ない。
むしろ断る気はない。人が困っているのだ。放っておくことなんか出来ない。
だからメンバーの首が縦に動いた。
「魔物を倒せばいいんですね。分かりました」
クモマがそう言うと、村人の瞳からは悲しみが消え失せた。代わりに喜びが浮かび上がる。
パアッと明るくなった村人は何度も何度もお礼を言い喜びを表した。
「本当に助かります!ありがとうございます!!…しかし困ったことに魔物がいつどこに出現するか分からないのです」
「大丈夫やで!ワイらは魔物特有の"殺気"を捉えるのは得意やで。せやからあんたらは安心して今日を過ごしてくれや」
「本当にありがとうございます…!」
ふと浮かんだ不安は容易に解消した。
やがて村人は心からほっと安堵のため息をつくのであった。
村人が部屋からいなくなってからメンバーはざっとトーフの元へ集まった。
「どうするよ?本気でやる気なのかよー」
「全くだ。俺ははなからやる気じゃねえぞ」
「この村の人たちを救いたいのは山々だけど、魔物って大勢なのよね?…抑えることが出来るの?」
「本当に大丈夫かなぁ…」
全員が不安でたまらなかった。自分らが村を救うヒーローだなんて出来るはずがない。
しかしトーフは目を輝かせて言ったのだ。
「不安がることはないで。いつものようにやってくれたええんやから。ワイらかて、いっつも大波小波さまざまな魔物を倒してきたやないか。怖いことなんて今更あらへんで」
「そ、そうだね…」
苦い表情を作るメンバーを宥めるトーフ。
クモマが確かに、と少しばかり晴れた表情を作るのだが、トーフはここで悪知恵が働いた。いや、悪知恵というか、妙な欲望というか。
トーフは懐から車の中で読んでいた絵本を取り出すとニカっと笑い、けれども周りからは不敵に見えるそんな笑いを見せていた。
やがてトーフは言いやがった。
「みんなで戦隊ヒーローになろう!ワイはレッドになりたいわぁ」
絵本を見た瞬間、全員が一気に苦い表情へと塗り替えられた。
不吉が的中したと言わんばかりに深く歯を食い縛っているソングが喚く。
「ふざけんな。誰がそんなのに乗るか。普段通りに戦うだけでいいじゃねえか」
「ホントホントー。私も戦隊とかしたくない!」
女の子のチョコも今回は珍しくソングの意見に賛成だ。
しかしまた多数決負けしてしまう。
この二人だけが否定の声をあげ、残りのメンバーはトーフに対して肯定していた。
「いいね。トーフがそういうなら今回だけちょっと面白く戦ってみようか。そう、戦隊風味に」
「へんしーんとかするのか?面白そうだぜ!」
「皆で『クマさん戦隊アフロレンジャー』になるわよ」
3人が自分の意見に賛成しているのでトーフは満足した笑みを溢した。
「えかったわぁ。ほな、正義のために戦うで!」
ソングとチョコが本当に嫌そうな表情を浮かべているのにもかかわらずトーフの無邪気さは治まらない。
懐から今度は紙とペンを取り出し、何かをメモしだす。
「正義のヒーローの決め言葉の案とかあげてみるで。あ、そいでそいでコードネームもつけような!ワイはレッドもええけどグリーンもええなぁ。皆は何がええか?」
「……ほ、本気かよ…!」
キャピキャピと声を上げるトーフは、いつもの真剣な表情なんか一つも見せずにただ純粋に心を躍らせる。
子どもが塗り絵をするように紙にペンを走らせるトーフの姿を見てクモマはまるで保護者になったかのような気持ちになった。
子どもの好きなようにさせるのが保護者が子どもへ向ける心遣い。
だからトーフの好きにさせておいた。
そのため、凄い結果が生み出される…。
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