クモマを先頭に、3人は村の探検を続けていた。
目を輝かせながら村を廻るクモマ。
相当冒険が好きなのだろう。
雲を眺めているときのような清清しい表情だ。
サコツもトーフもそんなクモマを微笑ましく眺めながら共に探索していた。

しかし、グルグル廻っているのにも関わらず、
村の様子は先ほどから全く変わらない。

村は、全て薄暗い色に包まれ、障害物などは全く見当たらない。
そんな状態だった。


「変な村だよねー」


クモマがポツリと呟く。
後ろにいたトーフが即応答した。


「やっぱ手遅れなんやろか…」


すぐ前にいるクモマにしか聞こえないぐらいの声だった。
トーフも自分の術が通用しない以上、不安のようだ。
先ほどから猫耳を下げ、クモマにくっついて歩いていた。


「大丈夫だよ…」


全く自信は無かったのだが、クモマはトーフに励ましの言葉を送ってあげた。
だけれどトーフはやはり心が落ち着かないらしい。
黙って、クモマの後をついてくるだけであった。


今まで見たことのないトーフの姿にクモマもさすがに戸惑った。
あんなに自分に自信のあるような態度をとっていたトーフが、今では別人。

きっと、責任を感じているのだろう。

"笑い"を見極める力が通用しない今、トーフは何もすることが出来ない。
自分らの敵の"ハナ"がどこにあるか分からない上に、村の状態もこの様。
もしかしたらトーフの言うとおりこの村はすでに手遅れなのかもしれない。

責任を感じてしまい元気のないトーフ。
自分の力が通用できなくて、心が不安定になっている。
役に立てないから、先ほどから黙って自分の後をついてくる。


だけど
自分の方が、トーフより役に立っていないではないか?

トーフより術を持っていないのに、何で自分の方がこんなに気を楽にしているのだろう。


トーフは自信を持っていいのに、
なのに、今はずっと自分の引っ付き虫の状態。


何か、申し訳ない。



すると、ここで、ふと気づいた。


「あれ?サコツは?」


なんと、自分らと一緒に行動していたはずのサコツの姿がなくなっていたのだ。
それにさすがのトーフも猫耳を上げて、驚いた。


「ホンマや?!一体どこへ行ってしもうたんや?サコツ」


四方八方に首を回し、辺りを見渡すが、赤髪の男の姿は見当たらない。
この場が暗いっていうのも不運だった。


「サコツー!!どこいるのー?」


クモマが叫ぶ。


「サーコーツー!!」


トーフが叫ぶ。
そして、閃いた。


「エリザベスがあんたのこと待っとるでー?」

「マジで?!」


反応があった。
しかし、声の主の姿は見えない。


「サコツー?どこにいるの?」


クモマが再度呼びかける。
暫くして、サコツの応答の声があったが、やはり姿は見えない。


「しもうたわ。暗くてよぉ見えへんわ」


猫目だから暗いところとか大丈夫なんだろうと思っていたのだが、この様子からしてトーフの視力は普通らしい。


「どうしよう…サコツが見えないよ…」


眉を下げてトーフに助けを求めるクモマ。
しかし、トーフもやはり元気がない状態のままだった。


「俺のエリザベスはどこだー!!」


微かにサコツの声が聞こえてきた。
辺りを見渡すがやはり姿は見えないままだ。
また聞こえてくる。


「エリザベスー!!」

「いや、僕たちの名前ぐらい呼んでくれたっていいのに…」


ごもっともだ。


「サコツー!!」


こちらからも声を張る。
向こうの声も届く。
だけど、どちらにも姿は見えない。


声を張り合う両者。


すると、そこでクモマが気づいた。


「あ、街?」

「え?」


辺りを見渡し、トーフも気づいた。
自分らの目の前にあるのは、暗くてよく見えなかったが、街のようだった。
少々家があり、教会があり…と。
全体的にレンガ造りのその街は、クモマたちの前に堂々とあった。


「街や…」


ないだろうと思われていたモノが今、目の前にあった。
街がある。
それなら、人はどうなのだろう?


「どうする?トーフ」


クモマに訊ねられ、応える。


「街ん中に入ってみるか」

「そうだね。人がいるか探してみようよ」

「あぁ…これでおらんかったら冗談抜きでヤバイんやけどな」


やはりトーフはまだ気にしていたらしい。
それを庇う形でクモマが笑顔を作る。


「大丈夫だよ。こんな綺麗な街があるんだから人もきっといるよ」

「…そやな」

「うん」


頷いて、クモマは両手を口の両端に置いて声の道を作ると、勢い良く叫んだ。


「サコツー!僕たちは街の中にいるからー!そこで待ち合わせようー!」


声の道を作ったため、声がよりよく聞こえたのだろう。
応答が早かった。


「もう街の中だぜー!」

「「早?!」」

「街の公園のすべり台の所で遊んでいるから捜してくれー」

「「何してるんだよ?!」」


サコツは街の中の公園で遊んでいたらしい。
お茶目なサコツにツッコミつつ、クモマとトーフは彼の元へ行くため
早足で街に歩み寄り、入っていった。

* *

街は、全てレンガ造りであった。
薄気味悪いこの場を少しでも明るくさせるような赤褐色。
しかし、それは逆に不気味さを増していた。


「公園ってどこなんだろう?」

「ってか、何で公園で遊んでるんやサコツは…」

「元気だよねーサコツって」

「見た目は悪人面なのにな」

「いや、それ失礼だよトーフ」

「事実を述べたまでや」

「…」

「ほな、さっさとサコツ見つけて、人捜すで」


少しの希望を持って、トーフが一歩前に出る。
それにクモマも頷いて後に続く。


赤褐色の世界。
それを包むように広がる闇。
その中を歩き回る少年と旅猫…じゃなくて旅虎。
辺りを見渡し、捜す。

しかし、サコツを見つけることが出来なかった。


+ + +


そのころ、二人に捜されているサコツは
公園のすべり台でのん気に遊んでいた。


「やっほーい!」


勢い良く滑り降りる。
馬鹿だ。


「あいつら遅ぇなー!やっほーい」


心配しつつも、滑るのは止めない。


「ったく、迷子になってんのか?あいつら。やっほーい」


いや、キミが迷子になってるんだよ。
ってか滑るのやめろよ?!


「何やってんだよったく、遅いぜあいつら。おかげで待ちくたびれちゃったぜ」


だったら捜せよ、お前も!


そうやって遊んでいる中、サコツの耳に話し声が入ってきた。
複数の声だ。
もしかしたら、逸れたクモマとトーフかもしれない。

遊ぶのを止めて、そちらの方を見るサコツ。


やっと来たか。あいつら


薄暗いこの場に浮かび上がった色は、白だった。
続いて桜色も浮かび上がる。
目を凝らしてみてみると、銀も浮かび上がっていた。


「ん?」


見たことある彩りにサコツは一度目を疑った。


「あら。チョンマゲじゃない」

「何でこんなところで一人でいるの〜?サ〜コツ〜」

「…何してんだよ。お前は」



それは、ブチョウとチョコとソングだった。
予想もしていなかった人物らの登場に、驚いた。


「何でお前ら…!仁王立ちしてたんじゃなかったのか?」

「ちゃんと仁王立ちしてたわよ」

「マジで?してたんだ?!」

「あ、だけどね。ちょっといろいろあって場所を移動することにしたの」

「いろいろあったって何だよ?気になるぜ?」

「……お前、自分の目の前、よく見てみろよ」


元気のないソングに言われ、目の前を見てみる。
しかし、何もない……いや、あった。

目の前には、髪の長い女が立っていた。

体が透き通っているのだが。


存在に気づくとサコツは悲鳴をあげた。


「ええ?!何だよ!お前……何で透き通っているんだ!?何食ったんだよ!」

「何ちゅう質問するんだてめーは!?」

「この人、幽霊なんだってさ〜」

「は?ユーレー?」

「知らねーのかよ?!」

「俺は"バカ"というのが自慢だ」

「やめろ、哀しい自慢はやめてくれ」

「ちょっと凡もチョンマゲも黙っててくれる?この子の意見を聞こうとしてるんだから」


ブチョウに注意され、何か深刻な状態になっていることに気づくサコツ。
あのブチョウが真面目なのだ。
きっと、何か凄いことでもあったのだろう。

気になったのでこの中で唯一の男のソングに訊ねてみた。


「一体どうなっているんだよ?何でユーレーと一緒にいるんだ?」

「知らん。俺は気絶していた」


そうですか。


「気づいたときには俺はブチョウに引きずられて移動していた」


そうですか。

役立たずのソングの代わりにチョコが割り込んできた。
そして、語ってくれた。


「あのね。この幽霊さん、自分が何故こんなところにいるかとか分からないんだって。それで訊きだそうとしたら泣き出しちゃったのよ。そしたらさ」


チョコのテンションは徐々に上がっていく。


「姐御がね!すっごいカッコよかったの!泣き止むまでずっと幽霊さんを慰めていたの!あーさすが姐御〜!!んでね、いつまでたっても泣き止まないからね、また姐御がさー」

「落ち着けよお前」

「気絶してた人は引っ込んでて」

「………」


俯くソング。
無視してチョコはテンションを上げながら続けた。


「姐御がね!こう言ったのよ!!『あんたの好きな場所ってどこ?』って!そしたら街の公園って言ったからね、私たちはそこへ向かうことにしたの!!幽霊さんのお気に入りのスポットに行って心を癒そうとしたんだろうねーさすが姐御!かっこいいー!」


以上でチョコの解説は終わります。


「もういい?落ち着いた?」

『…』


チョコが一人で盛り上がっている中、ブチョウは幽霊に優しく声をかけていた。
幽霊は声は出さなかったが、折れそうな細い首を小さく上下に動かして反応した。


『すみません…。迷惑かけちゃって…』

「ううん。私たちも無理言ってゴメンね」


チョコが応答した。
間を空けずにブチョウが言葉をつなげた。


「それで、いろいろ訊こうじゃないの。あんたのことや村のことを」

『…はい』


次は声を出して反応した。
返事を聞き、優しい表情でブチョウは早速訊ねた。


「あんたの名前は?」

『…お梅』

「お梅さんね」


チョコが確認を取った。
ブチョウは続ける。


「歳は?」

『死ぬ前は確か16だったと思います…』

「では、身長、体重、体脂肪率は?」

「どこまで訊きだす気だよてめーは!!」

『身長は154センチ、体重は…』

「答えちゃうのかよ!!」


ソングはツッコミをすることで回復した。


「あなたの死因は?」


ブチョウの単刀直入の質問に、全員が息を呑んだ。
幽霊のお梅は消えそうな声できちんと答えた。


『爆死です…』

「「…っ!?!」」

「爆死って…どういうこと?」


驚きを隠せないチョコの叫びにお梅は真面目に答える。




『……村が丸ごと…破壊されたんです』



「「!?!??」」


「村を破壊されたぁ?!」


表情を一気に強張らせ、チョコが叫ぶ。
異常な驚きようだ。

続けて黙っていたサコツも身を乗り出してきた。


「どういうことだよ?意味わからねーぜ?」

「全くだ。冗談言うのはよせ。現に今その村がここにあるだろが」

『いえ、この村は破壊された以後"墓場"になっていたんです。我々の』

「…っ!」


驚きの連続にメンバーは言葉を何度も詰まらせる。


『もうこの村はないものなんです。墓場だったんです。我々もきちんと成仏していました」


目を閉じ、お梅は続ける。


『しかし、気がついたときには我々はここに立っていました』


手を組み、祈る形で。


『成仏したはずなのに、また戻ってしまいました。この村も墓場だったのに、今は何故か村の形になっていました』


お梅は目を深く瞑って、祈りだした。


『お願いです。我々を助けてください。我々はもうこの世にいたらいけない存在なんです。それなのにこんなところにこんな姿でいても……苦しいだけなんです。お願いです』


お梅はポロポロ泣き出し、祈り続ける。


『私たちを元の場所に戻してください』



「………」


突然の助けの言葉に全員が呆然とした。
異常なこの出来事に誰もがうまく理解できていなかった。
そんな彼らの姿を見て、お梅は申し訳なく泪を拭った。


『あ…。すみません…。勝手なこと言ってしまって…。あなた方には関係のないことですのに…すみません』


お梅は深々と頭を下げ謝る。
しかしお梅の謝罪の言葉を誰一人聞いていなかった。
メンバーは握りこぶしを作って叫んでいたからだ。


「よっしゃ!助けてやろうじゃねーか!」


サコツが騒ぐ。


「…ま、仕方ねぇか。どっちみちこの村を救わないといけなかったしな」


ソングが肩を回して体をほぐす。


「うんうん。何となく原因もわかるような気がするしね!!」


チョコがこの事件の原因がわかり、はしゃぐ。
…原因はきっと"ハナ"だ。
サコツもソングも声に出さなかったが、同じ考えだった。

3人の意見を聞き、ブチョウが仁王立ちをして全てをまとめた。


「そういうことで、私の子分がやる気のようなので、あんたもこの村も助けてあげることにするわ」

『ほ、本当ですか…』


再び泣き出すお梅に頷くブチョウ。
ソングはブチョウがさり気なく言った「子分」にツッコミたかったが、タイミングを逃してしまった。


『有難うございます…皆さん…有難うございます…』


そして、お梅はそのまま感激の泪に埋もれこんだ。
嗚咽をあげるお梅を優しく見守るメンバー。



「…そういえば、クモマとトーフ…遅ぇなー」


思い出したかのようにポツリと出されたサコツの声は、お梅の嗚咽に掻き消されていった。








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