「鯱って何だよ!意味わかんねえだろが」


突然、意味不明な発言をしたブチョウに対しソングが怒鳴る。
しかし、それにブチョウは反応しない。
じっとその"鯱"を睨んでいるのだ。

反応の無いブチョウにチョコが訊ねる。


「まさか、本当に鯱が私らの背後にいるの?」


ありえないありえない。


「ったく、そうやってまた俺を騙して遊ぼうとしてるんだろ」


軽くブチョウを睨む。
ブチョウの目線はずっと自分らの背後。

態度を悪くしてソングは舌打ちを打つ。


「もう騙されねえぞ!」


いつまでも態度を変えないブチョウに一つ注意すると
大きく振り返り背後をギロリを睨みつけた。


「………っ!!」


すると、驚いたことに
先ほどまであんなに騒いでいたソングまでもが無言になったのだ。
不思議に思ってチョコが訊いた。


「え?どうしたの?ソングまで黙っちゃって」


しかし、ソングからもブチョウからも返事は無い。
やはりじっと睨んでいた。
自分の背後を。


悪寒を感じた。
その瞬間、全身の鳥肌が一気に逆立ち、冷たい空気がその肌に触れた。
自分の体の反応にチョコはゾッと目を見開く。


え?何??


背後を見たくなかった。
"何か"がいる気配を感じるのだ。
あの2人までもを黙らせる"何か"が今、後ろにいる。
見たくない。
だけど体は勝手に後ろを向こうとする。

見たくない。何かがいる。

え?まさか

鯱がいる?


いや、確かに鯱がいても怖いんだけど…
だけど、何か嫌な感がする。


一体…何が後ろにいるの?


そして、ついにチョコは後ろを振り返ってしまった。
そこには確かに"何か"がいた。


だけど、鯱ではなさそうだ。


人間


…だけど何か違う。



人間の形をしているモノ。
生気をまったく感じない。

そのモノは全体的に透き通っているもので。
こちらをさわやかな表情で微笑んでみているのだ。

それに微笑まれ、血の気が引いた。
目をより開き、口を広げると、チョコはそのまま声を絞り出していた。


「きゃあああああぁぁぁぁ!!!!」


チョコの悲鳴が村中に響き渡った。






















「な、何か悲鳴が聞こえなかった?」

「気のせいじゃねーか?ほら、きっとクモマが上の空していたから幻聴が聞こえてきたんだろ」

「そやで。上の空しとるからそんなモノまで聞こえてくるんやで」

「…何か、僕バカにされていない?」

「「気のせい気のせい」」

「そ、そうだよね〜」


悲鳴の現場から少し離れたところに
上の空のクモマと猫姿のトーフと赤髪チョンマゲのサコツがいた。

何故かいつまでも笑顔のサコツが前の2人に話しかけた。


「んで、"ハナ"はどこにあるんだ?」


応答したのは上の空のクモマ。
しかし、サコツの質問の答えではなく、同意の言葉であったが。


「本当だよね。全く"ハナ"らしき物体が見当たらないけれど…」

「ホンマやな。困ったもんや」

「おいおい、大丈夫かよラフメーカー」

「いや、僕たちもラフメーカーだから」

「う〜ん、"ハナ"の姿が分からないっていうのも問題やな」

「やっぱり"ハナ"なだけに花の形をしているの?」

「それとも鼻の方か?」

「いや、鼻の方やったらキモイやろ?!えっとな、"ハナ"は一般的に花の形をしとるんやけどな、たまに人間の姿をしとるやつや動くやつとかあるんや」

「に、人間の姿…」


冷や汗を流すクモマ。
対しサコツは


「可愛いかったらいいなー」


何かを期待していた。
トーフは2人の応答を無視して続けた。


「ま、そなことで"ハナ"を見つけるのははっきり言って難しいんや。前回の場合は村に"ハナ"が生えたばかりってな状態やったから簡単だったんやけど」

「この村の場合は?」


クモマの問いにトーフが眉を寄せて答えた。


「"ハナ"に完璧にやられているさかい、"ハナ"が難しいことになっとるわ。もしかしたら花の形をしてへんのやろう」

「そしたら、見つけるのが大変だね…」

「ったく、"ハナ"も厄介な奴だぜ」

「ホンマやな。どんどんと進化していくんやもん。困ったもんや」


頭をかくトーフ。
今回は"笑い"が全く感じないということでトーフもお手上げ状態らしい。


「どうする?探す術がないこの状態でウロウロしていても逆に危なくないかな?」


心配な眼差しを送るクモマにサコツが応える。


「じゃ、あいつらのとこへ戻れっていうのかお前は」

「だってさ…」

「ま、もう少しあちこち廻ってみてみようじゃないか。せっかくの機会やし」


機会と言われ、クモマがすばやく反応した。
いい笑みで。


「そっか!この村のことも気になるし…探検してみたいね!」


彼はこう見えても冒険とか大好きらしい。
輝いた目をしたクモマを見てサコツも同じ言葉を吐いた。


「俺も探検してみたいぜ。でさ、お化けがいたらあいつらに土産として持って帰ってやろうぜ」


おいおい。


「そやな」


同意しちゃうのかぃ?


「ソングが泣いちゃうかもね」

「あぁ。あいつの泣き顔見てみたいぜ」


何か目的が変わっていないでしょうか?


「ほな、村の探検に行くでー!」

「「おおー!」」


"ハナ"はどうするんだよ?!!
おいー!!

馬鹿3人組め…
…!あ、すみません、暴言吐いてすみません。
そんなに睨まないで!睨まないで!そこ!上の空にならないで!
え?雲が綺麗だって?……本当だ〜綺麗だなー雲…。

























チョコの悲鳴が止んでから、しばらくの間沈黙が続いていた。
固まった3人の目の前には、透き通った体を持った人間。
その人間はずっと微笑んでいて。


ずっと睨んでいるブチョウがそっと口を開いた。


「あんた、何よ?」


続いてチョコも目の前の人間に同じ事を訊く。


「そ、そうよ!あなたは…何…?」


声が非常に引きつっている。
ついでにソングは固まったままだ。

怯える3人に、透き通った人間が応えた。


『幽霊です』

「「…………っ!!」」


なんと、目の前にいる透き通った体の人間は幽霊だった。
"死に装束"を纏ったその幽霊は、3人の反応を見て
消えそうな声のまま言葉を続けた。


『脅かすつもりはなかったんです。すみません』

「ほ、本当に…幽霊なの?!」

『はい』

「ええ…ありえないよ」


チョコはどうも信じられないらしい。
そりゃ目の前の人間が幽霊だとほざいているから。

だけど、実際にその人間は体が透き通っているではないか。


「何で幽霊がいるわけよ」


ブチョウが無愛想に訊く。
ブチョウはそこまで幽霊の存在に動揺していないらしい。

訊かれ、幽霊は申し訳ないように眉を寄せた。


『それが…実は私にも分からないんです』

「は?」

「どういう意味?」


興味津々に訊ねてくるブチョウとチョコ。
対し、ソングは動かない。
もしかしてソングは気を失っているのかもしれない。
なんて情けないんだ…っ!!


『気がついたときにはここにいたんです』

「ちょっと待ってよ、自分でも分からないの?」


幽霊の存在に慣れてきたのか積極的に言葉を出すチョコ。
対し、ソングは固まったまま。
なんて情けない男!

チョコの言葉を聞き、
長い髪を持った幽霊の彼女は、その髪を弄り、黙り込む。
チョコの質問に答えないつもりらしい。

返事しない幽霊にチョコは再度訊こうとした。
しかし、幽霊の表情を見て、気づいた。

幽霊は、眉を異常に下げ、目から大量の泪を流して
泣いていたのだ。

シクシクと悲しい表情で泣く幽霊に、チョコは開いた口を閉じた。
あの状態じゃ、何も言ってくれないと解釈したからだ。

沈黙の状態に戻ったこの場。

異常なほどに泪を流して啜り泣く幽霊の彼女。
何とも気まずい。

聞きたいことは山ほどあるのに、チョコは聞くことが出来なかった。


どうして、あなたは泣いているの?
泪の理由は何なの?



「少し、休んでなさい」


突然、ブチョウが幽霊に言った。
幽霊は啜りながら顔を上げ、ブチョウを見る。

ブチョウは優しい目をして、再度言った。


「落ち着いたら私らにいろいろ教えてくれるかしら?訊きたいことが山ほどあるからさ」

「…姉御…」

『…はい。すみません……』


そして、幽霊の彼女は気が済むまで、思い切り泣いた。













>>


<<





------------------------------------------------

inserted by FC2 system