車のレースということは会場に自分らが使用する車を持ってこなければならない。
そういうことで今回はエリザベスと田吾作も連れて、車『ウミガメ号』を持ってきた。

この世界の車というものは、荷馬車やリヤカーのようにモノに頼って動く類。機械チックなものではない。
そのため周りの車も似たような物ばかりであった。
しかしウミガメ号ほどボロくて弱弱しいものはないであろう。
しかも今はシートもないため、ただの箱にも等しい。これで果たして勝つことができるのやら。


「たくさんの人が参加するんだね」

「皆ちゃんとした家族だね〜!」

「俺らぐらいだろ、わざわざ変装までしてレースに参加しているのは」


会場に着き、動かしていた車も止め、あとは開始の合図が鳴るのを待つだけ。
そこで辺りを見渡して他の参加者の様子をうかがう。
全員、年齢層様々な人たちだ。家族だから年齢がバラバラな理由が分かる。
メンバーのように年齢が近いものの団体はいないであろう。

キョロキョロ辺りを見渡すメンバーの近く佇んでいたのは1つの家族。優しそうなオーラが出ている。
そんな家族の大黒柱である父親が話しかけてきた。


「お父さん、お若いですね」


それはソングに向けられた質問であった。
確かに、父親を演じているソングは年齢を誤魔化すのはほぼ無理な話である。
しかし鋭い質問に答えなければならない。
眉間にしわを寄せて口を開く。


「まあな、長年エステに勤めていたからな」


うわ、無理な発言している。
しかしそんなソングの発言を覆してはならない。すぐさまサコツが助けに入った。


「そうよん。サコっちゃんたちはエステで出会った仲なのよん」


何を言い出すんだこいつは!と思ったが、乗らないといけない話であった。


「あ、ああ。そうだったな」

「うふん。サコっちゃん、あのときのことよく覚えているわよん。ソンちゃんはサコっちゃんにこう言ったわねん『君のハートにボンバイアー』」

「ええー!お父さん、そんなこと言ってたの?キャー!カッコいいー!」

「うふふん。サコっちゃん、すぐにメロリンドッキンしちゃったわよん。そして今ではこんなに愛を深め合った仲なの、ねーん?」


キモイ物体が腕にしがみついているためソングは今にも魂を吐き出しそうだ。
気の毒に、とクモマは思いながらも邪魔をしてはならないと判断したため何も行動に出さなかった。

仲がよいことで、と相手の家族に微笑ましく眺められた後、また父親から質問された。


「後ろにいるお方は…?」


指を並べて指す先には、神々しい光を放っているブチョウの姿が。


「あれはアフロ神ウンダバ様よ」


受付所でブチョウが言っていたことを思い出しながらチョコが教えると、家族全員がおおっと息を漏らした。


「これはこれは、あなた方がアフロ神なのですか」

「なんて素晴らしい光を放っているのでしょう」

「ねえねえ、拝ませてー!」

「「ウンダバーウンダバー」」


突然神々しいブチョウに拝みだした家族を見て、メンバーも負けてられないと一緒になって拝みだす。


「「ウンダバーウンダバー」」

「「ウンダバーウンダバー」」

「何なんだこれは?!」


ブチョウを中心に全員が拝み頭を下げだす。
その異様な光景にソングは思い切り絶叫のツッコミを繰り広げたのであった。



やがて、ウンダバーという拝み声は放送によって止められた。


『さぁーてあと少しでレースのはじまりだよーん。みんな自分の車に乗った乗ったー』


放送に煽られ会場にいた全家族は自分らの車である荷馬車に乗り出す。
やはりどの車を見ても屋根のいうものがある。しかしメンバーの車にはなかった。
アフロ神が繰り出した恋する乙女のバカンスチョップによって屋根の役割を果たしていたシートが壊れてしまったのだから。
そのためメンバーだけがむき出しになっていた。


「…何だか勝てる自信がないなぁ…」

「しかも見てみてよ!みんなの車を引くのって筋肉質抜群の動物たちよ!」


自分らは車からむき出しになっているため、周りの風景がよく見えるのだ。
それで分かったことは、自分らが勝てるような要素が1つもないということであった。
チョコが指差す先にあるものは馬であったり大型の犬であったり。

目線を前斜め下に向けて、見えるものはというとピンク色と緑色の豚二匹。
肥満度抜群の動物である。


「「………………」」

「が、頑張ろうぜ!…あ、違った。頑張るわよん」

「わざわざ言い直さなくてもいい!」

「あ、ソングパパ。田吾作が『あなたのために頑張るよ』って言ってたよ」

「俺限定かよ?!余計なお世話だクソ!!」


『さーもうはじまるよーん。みんな準備はいいかーい?』


放送の声により騒いでいたメンバーも口を閉じた。
車に乗っている家族も屋根から顔を出して放送に耳を傾ける。
なるほど屋根から頭を出せるのか、便利だな。とマジマジと車を観察。

そのときにとある家族と目が合ってしまった。


「おお、何だ。それは車か。てっきり豚小屋が走るのかと思ったぜ」


メンバーの車を見てすぐに暴言を吐いたその家族。見るからに凶悪そうな家族であった。
傷だらけの父親の顔は自分はヤクザだと告げているように見える。同乗している母親に似た類。
ということは、子どもも同じである。

ヤクザ一家にそんなことを言われたのでメンバーも黙ってはいられなかった。


「豚小屋とは失礼なこというね!…まあ本当に豚はいるけれども」

「きゃーん。サコっちゃんの麗しきソンちゃんー!怖いわ助けてーん!」

「お前の存在の方が怖い!ひっつくな離れろ!」


怪物並の顔が迫り寄ってくるため今にも自害しそうなソングに同情しつつも助けようとはせずにトーフは相手に反感する。


「今どきヤクザの家族か?見るからにバカそうな家族やな」

「うわーい。トーフそれは言いすぎだよ」


相手の反応が返ってくるのを恐れ思わず口を挟むクモマ。
しかしそれは裏目に出、相手の家族ににらまれてしまう。
相手はヤクザ一家だ。形相も相当なものである。


「お前ら、覚悟してろよ」

『はーい。みんなー今からレースの説明をするよーん。みんなよく聞いてねー』


ヤクザにぼろくそ言われるだろうと思った刹那、いいタイミングで放送が入ってきた。
そのため全員が放送に集中する。ヤクザ一家もメンバーに向けて恐怖を押してから目をスタートラインに向ける。
相手のことが気になる者もいたがメンバー全員も結局は放送を聞くことにした。

シンと静まる会場内。
真っ白く引かれた一本のスタートラインの先を全員が見る。
そして聞こえる、放送からの説明。


『それでは説明するよーん。スタートは皆がいる会場だよー。そしてゴールは1つ山の向こうだよー。遠いと思うだろうけど意外にも近いからねー。皆頑張ってねーん』


目線を少し上にしてみると、山があった。大きいようにも見えるが他の山と比べてみると小さいことに気づく。
だけれど木々ある山なため走るのが困難そうだ。大丈夫なのか。

しかし参加者はやる気だ。
ワーワーと上がる歓声は放送によって再び小さい存在になる。


『途中、いろんなトラップがあるけど何とかして避けてねー。手段はどんな手使っても構わないからねー。私は何も言わないからねー安心してねーん』

「ソンちゃんートラップって何よん?」

「罠のことだ。そしてキショイから離れろ」

『走っているときも何やっても構わないからねー。相手を潰そうとしても結構だよーん』


小声でトラップについて確認をとるサコツとソングを遮るように放送が割り込む。
それは驚くべき言葉であり、メンバーは唖然。
そして先ほど目をつけられたヤクザ一族はニヤリ。不敵な笑みが浮かんでいる。
他の家族もどちらかというとメンバーと近い表情をとっていた。初めて聞いた情報であったのだろうか。

どよっと湧き出るざわめきは躊躇や戸惑い、不安を表している。
その様子に気づいていないのか、あるいは気づいているのか、放送は遠慮ない言葉を繰り返す。


『私は止めないから安心してねー。好き勝手に暴れてよー。お客さんたちを楽しませてねーん』

「…無茶な話やな…」

『ちなみに、車が走れなくなった時点でその家族はアウトだよー。気をつけてねー』


つまり、どんなにやられようとも走れれば大丈夫のようだ。
…とにかく、やられないように頑張って走るしかない。

会場にいる全家族の心がひとつになった。
それは、とにかくレースに勝とう、という気持ち。
メンバーも傷つきたくないから先頭突っ走ろうと気合を入れる。

そのときに放送は忘れてはならない情報を持ってきた。


『優勝賞品もあるから頑張ってねー』


メンバーはその存在を知らなかったため大きく目を見開いた。
対して他の家族は賞品目当てに来たであろうから、一層目を輝かせた。
優勝して賞品を手にいれなくてはと心が燃える家族ら。


「賞品って何だろうね」

「食い物ならええなー」

「アフロよアフロ。偉大なるアフロよ」

「それ以上アフロは増えなくていいだろ」


敵の邪魔にならないように小声で会話をするメンバーは賞品という単語に心を躍らせていた。
賞品があるなら頑張れると思えたのだ。傷つきたくないから走るのではなくて賞品を手に入れるために走ろうと気持ちを入れ替える。

そんなメンバーに答えるように、放送は賞品が何なのかを確認してくれた。


『みんながほしがっている賞品、一体なんだったか覚えているかなー?』


放送に反応して、それぞれの車から顔を出している家族の顔が晴れる。
メンバーは一体賞品が何なのか期待で胸を高める。金目のものか、食料か、それとも…。

やがて放送は、驚くべき言葉を賞品として全家族に告げる。


『賞品は、みんなが追い求めていたあの生物』


…何?


『フェニックスだよー』





「………………え…」



会場にわっと歓声が広がる中、メンバーだけが固まっていた。
心配して車の後部に座っているブチョウに目を向ける。

ブチョウは


「…ポメ?」


やはりだ。彼のことを思い出していた。
それはそうだろう。フェニックスといえば彼しか思い当たらないのだから。


「ブチョウ…」

「本当にポメだというの…」

「それはわからへんけど」

「だけど姐御、これはチャンスじゃない?」


動揺を見せるブチョウを宥めたのはチョコであった。
震えるブチョウの肩を掴んで目を覗き込む。


「このレースに勝てばフェニックスがもらえるんでしょ?ならレースに勝って手に入れちゃおうよ」

「…」

「もしそれがポメ王だったらラッキーじゃない?」


ブチョウの最愛なる人、フェニックス。
それが本当に賞品なのならば是非手にいれなくては。

フェニックスは賞品として優勝者に与えるものではない。
フェニックスだって1人の人間だ。彼はものではない、人だ。賞品になったらいけないもの。
他の相手に渡してなんかやれない。
だって、ブチョウが今までずっと探していた者だから。
想いを伝えるためにずっとずっと心身傷つきながらも追い求めていたポメ王だから。
誰よりもフェニックスに逢いたいと思っている人が今ここにいるのだから。


だから、手にいれなくては。


チョコの輝く目を見て、ブチョウの心も晴れた。


「……そうね。本当にそれがポメなら……」


マントの中に入れていた手を出して、拳を広げる。
するとそこには小さな瓶があった。それは赤色、血の色をしている。
そう、実は今は無きミャンマーの村にてこっそりと盗んできていた『不死の薬』。
それの原材料になっているフェニックスの血をギュッと握り締めて、拳を震わせる。


「絶対に手に入れてやるわよ」


このままだと瓶が割れるのではないかとヒヤヒヤしたがそれは余計な心配であった。
再びマントの中に瓶をしまうとブチョウの目の色は先ほどとはまるで変わってた。

今のブチョウは、クマさんとイチャイチャしているときのように明るかった。


「よし愚民ども。私のために頑張りなさい!凡一人欠けてでも絶対に優勝するのよ!」

「何故俺を欠かすんだ?!俺は死ぬ運命なのかよ?!」


家族を守り抜くものといえば父親だ。だからどんなことがあっても父親が敵の攻撃を妨げなければ。
そういうことで頑張れソングパパ。と全員がソングの肩を叩く。

ブチョウにも火が燈り、全員が絶対に優勝しようとやる気になったところで鋭く響く音が鳴る。
予鈴だ。もう始まるのだ。レースが、フェニックスを賭けたレースが今から始まる。


『さーさーさー今からはじまるよーん!位置についてー』


静まる。


『よーい』


全家族、車の中に引っ込んで戦闘態勢を整える。
メンバーは車からむき出しになっているため引っ込む動作なんてしなくてもよい。
だけれど目の色を変えて、真っ直ぐとゴールを貫く。

そして


『ドーン!!』



再び鳴った音によりいっせいに車が走り出した。
様々な動物が車を引いて走っていく。
メンバーの車の場合は豚二匹が走って引いていく。


「エリザベスと田吾作、頑張って!」


チョコの声援に勇気付けられて、二匹の豚は筋肉質な動物を追い越して突っ走る。

さあ目指せ、山を越えゴールへと。
始めにそこに足を踏み入れることさえ出来れば、幸せになる者がここにいるのだから。







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