「なるほど。つまりあんたはクルーエル一族の生き残りっちゅうわけやな?」


ハサミを見ながら昔を懐かしむように語ったソングに向けてトーフが確認をとる。
座っているため目線はほぼ同じ。ソングは目の辺りを顰めてからトーフを見た。


「メロディの両親はそういっていたが、調べてみたところそれは違ってた」


前にも言ったが、と前ふりをつけて続けた。


「クルーエルは滅びていないんだ。しかし誇りを忘れてしまい正気を失っている」

「どういう意味だい?」

「"殺血"が乱されているようだ」


全員が目を丸くしたのを感じると、ソングは言葉をそのまま繋げる。


「クルーエルは殺血で動いているようなものだ。その殺血を作る原因となるものが実はこのタトゥ」


右裾を捲って再びこの場にタトゥを披露する。
生々しいタトゥからはいかにも危険な力を感じる。

そのタトゥを睨みながら口開く。


「このタトゥは血を浴びることによって活動性を高める。俺はこんなタトゥに血なんかくれてやらなかったから然程力が強くはない」

「さすが"凡"ね。あんたの力なんて、転がっているどんぐりを止めることもできないようなものだからね。相当の非力だわ」

「お願いかだらお前は引っ込んでいてくれ…」


からかうブチョウに頭を垂らすソング。
しかしそんなブチョウも表情には表せなかったがソングに少しばかりビクついていた。
先ほどの危険な殺気を感じたからだ。
血を与えなかったため殺血に活動性がなく然程力がない。と言うわりには、あの殺気の量…本当に危険であった。
殺気だけで相手を押しつぶすことが出来そうな力。
クルーエルはそれほどまでに怖ろしいものなのか。

…しかしソングはソングだ。
頭をたらしている様子から、今は普段と変わらない。
だから全員が安心して声を掛けることが出来た。

トーフに「話の続きをしてくれや」と煽られ、ソングは頭を元に戻す。
そして再び口を開いた。


「まあ、殺血がクルーエルの源であるわけだ。それが今、狂わされているようだ」

「何でそう言い切れるんだい?キミはメロディさんのお父さんからクルーエルが滅びたことを聞いたんだろう?」

「そうだが、あの本を読んだときに全てを知ることが出来た」

「あの本?」

「じいさんからもらった本だ」


このときにハッと思い出した。
あの本、と言えばこれしかない。
呪いで倒れたトーフをメンバーと一緒に看病してくれた心優しい老人が持っていた本。
あれは誰にも解読することが出来なかったのにソングだけが普通に読み上げることが出来た。
そしてソングはその本をもらったのだ。何気に世界の全てを書いてある本を。
それに一体何が書いてあったのだろうか。

ソングが口で説明してくれた。


「あの本はクルーエルが住んでいる大陸『ブラッカイア』独特の文字で書かれていた。だから他の奴らは読むことが出来なかったんだ」

「…あぁなるほどな。『インキー』で書かれてたんか」

「え?インキー?」

「ブラッカイアで用いられている語のことだ」


ちなみに全大陸で使われている言語…共通語は『マンダリン』。現にメンバーが使っている言葉がそれだ。

大陸は全部で3つあるが、そのうちの2国の陸はほぼ一体化するほどの近さであり、旅行とかで行き来することができる。
しかしブラッカイア1つだけははるか遠くに浮かんでいるため簡単に訪れることが出来ないのである。
そのためブラッカイアだけは他と何かが違う。
この通り言語が他にあったりするわけだ。

『インキー』で書かれていた本を読むことが出来たソングは、元はブラッカイアの人間であるため生まれつき解読する力が備わっていたようだ。
だからスラスラと本を読み上げることが出来たのだ。


「あの本は本当に世界のあらゆることが書かれていた。インキーで書かれているところからすると著者はブラッカイアの人間だろう」


軽く目を閉じてソングは本に書いてあった内容を思い出す。


「本にはクルーエルの今の現状も書かれていた。クルーエルは15年前に隣族と戦い、最終的には呪いをかけられ姿を消した。と」

「…呪い?」


気になる単語にすぐに首を突っ込んだのはクモマだった。
眉を寄せてサコツも口開く。


「呪いかけられて死んじゃったのかよ?」

「まだ続きがあるんだ」


最後まで人の話を聞けと目で睨み、また目を閉じてはソングは解説。


「クルーエルの大切な器官であるタトゥに呪いがかかり、クルーエルの殺血が狂ってしまった。そのときに呪いをかけた者が…きっと隣族の誰かだろうが、そいつが狂ったクルーエルにこう言ったらしい」


そっと目を細く開けて光を差し込む。
本の内容を口にした。


「『エキセントリック一族の護衛をしろ』と」

「?!」

「狂っているクルーエルはいわゆる脳内空っぽだ。だから簡単にその言葉を聞き入れた」

「…ということは、クルーエル一族は今エキセントリック一族の護衛についているって事?」

「本によればそうなるな」


次の言葉を悟って確認するクモマに頷いたソングは目を完全に開けるとすぐにトーフに向けた。
トーフは難しそうな顔して地面を睨んでいた。


「そういうことでクルーエルは滅びてなんかいない。しかし誇りを捨て、ただの操り人形になっている。それだけだ」

「なるほどな…難しいことになってたんやな」


クルーエルの今を知り、トーフがその表情のまま腕を組んだ。


「せやけどクルーエル一族が生きていることを知っとるのは、全国探しても誰一人していないとちゃうか?何せ全国に知らされた情報は滅びたという一言だけなんやからな」

「そうだ。だから俺はこの旅生活を送っていて誰にも疑われたことがないんだ。しかし今日、はじめて気づかれそうになって…」


 村人を殺そうとした。


ソングは下ろしていた身を起こし、やっと全員と向き合った。
そこで口先を尖らせたチョコが不機嫌な顔でやってくる。


「自分の正体がばれることが怖かったから村人を殺そうとしたの?サイテー!」

「全くだぜ!お前には血も涙もないのかよ!」

「うるせえな!動揺して思わず刃物向けてしまったんだ!」

「でも、まあその気持ちも分かるよね」


誰だって、恐れるものがある。それは自分の気にしている部分。それについて触れられると動揺してしまう。
いい例として短足を気にしているクモマのことが挙げられる。
彼だって魔物なんかに短足とバカにされたら怒りが頂点まで一気に上昇し、暴走しかねない。
だから先ほどのソングの行動にあえて突っ込まなかった。

それでも納得いかないチョコはまだ不機嫌にアヒル口を作る。
それとは裏腹にいい笑顔を作るのはトーフであった。


「せやけどあんたが村人を刺さなくてえかったわぁ。クルーエルの血を受け継いでいるのにちゃんとコントロールできとるんやから」


突然褒められて、ソングはちょっとばかり目の下を赤くした。


「当たり前だ。醜い血のせいでメロディを傷つけたくないからな。殺血ぐらい今は操れる」

「な、なるほど…」

「だけど」


ソングは接続詞を否に変えた。


「あまり殺血を使ったことがないから、もしあのまま暴れていたらどうなっていたか分からない」


このとき、サコツは思った。
もしかしたらソングは自分と似ているかも、と。
サコツは自分が悪魔だと言うことに恐れ、力を操れないでいた。そのため一度悪魔になってしまうと暴走を止められない。
比べてソングは力を操ることは出来るが一度暴走したらどこまで突っ走るか分からない。

どちらも自分の力に恐れている。
そこのところが似ていると感じた。


ソングって何気に大変だったのねぇ、という雰囲気が漂う中、クモマがふと疑問を浮かべた。


「今、クルーエルは殺血が狂ってしまってエキセントリック一族の護衛についているんだろう?ソングはどうなんだい?キミの殺血は?」


素朴な意見だったためソングは軽く返した。


「呪いは戦いの場に居たクルーエルにしかかかっていないようだ。クルーエルは単独で行動しない一族だから俺のように他の大陸に渡ったという者はいなかった。だから俺以外の全員はその場にいて呪いにかかってしまったわけだ」


つまりソングには呪いはかかっていない。
そのことを知って心底から安堵の息が出る。
全員が胸を撫で下ろしていたことに気づきソングは目の辺りを顰めた。


「失礼だな。俺以外のクルーエルは見苦しい扱いされてるんだぞ。安堵するな」

「だけどキミは無事なんだろう?よかったじゃないか」

「…………」


ソングは驚いた。
まさか自分の身に対して安心していたとは思ってもいなかったから。

目を細めたチョコが口を弾ませる。


「ホントホント!狂っているクルーエルの中でもソングが無事なら少しは希望が見えるじゃないの」

「そうね。あんたがクルーエルを助ければいい話。だから頑張りなさい」

「お前を生かせた父ちゃんと母ちゃんに恩返ししちゃえよ!」


続いてブチョウとサコツも口をはさみ、場に残っていた異様な殺気が今完全に消える。
トーフも割り込んだ。


「何ならワイらも手伝ってやるで。そん呪いをかけた奴を倒せばええ話やからな。"ハナ"を消しつつクルーエルを助けるんや!」


全員の意気込みを聞いて、何だかソングは不思議な気分になった。
大きい目をさらに丸くして、尋ねる。


「…お前ら、正気か?」

「何がやねん」

「俺はクルーエルだぞ。クルーエルは戦争を起こし無残に人を殺す一族、それを救おうとしているのか?」


風が吹く。
銀色の髪が靡いて、ソングの目の色も変わる。
それは疑問を幾多も重ねた色。


「あんなの救ったって元々世間では消えていた存在。それをまた復活させたら世間はまた奴らに恐れなければならない。ならばいっそこのままにしてしまった方がいいじゃねえか」

「何言ってんのよ」


そんな色を見せたソングに、きっぱりを物申すのは鋭い声のブチョウ。
確実に目の範囲をソングに定めて言い放った。


「あんたは自分の一族を見殺しにする気なの?」

「…」

「あんた言ってたじゃないの。戦争を好む属は4つで残りの3つの属は世界のために力を注ごうとしていたって。どうしてそいつらを救おうとしないわけ?あんたの両親もその中にいるんじゃないの」

「…だけど」

「何よ?」


鋭いブチョウの中に紛れるソングは、先ほどまで異様な殺気を放っていた者とは思えないほど小さな存在。


「もう15年も前の話だ。呪いは体内に溶け込んで解けないものになってるかもしれない」

「それはありえへんな」


覆すソングをそのまま覆すトーフがいた。


「ワイは呪いをかけられてかれこれ数百年この通り生きとる。せやから呪いが体内に溶け込むっちゅう考えはありえへん」

「…」

「ワイはこれに少し希望をかけてるんや。クルーエルに呪いをかけた奴とワイに呪いをかけた奴、それは同一人物じゃないかて」


トーフの意見にさらに目を丸くした。
なるほど。トーフの考えは一致するかもしれない。
どちらも血に関係する呪いでありそれを長年の間維持することが出来る、それはすごい力の持ち主だ。
もしかしたら同一人物の可能性がある。

ならば、より探究しなくては。


「それじゃあ探そうよ!その人物を。そしたら一挙両得じゃないか」

「そうね!その人にお願いして呪いを解いてもらえばトーフちゃんとクルーエルを救うことが出来るんだもん!」

「探そうぜ!俺らも手伝ってやるからな!」

「…ドラ猫はいいとして、別にクルーエルは…」

「あんたはクルーエルの要なんでしょ?それならちゃんと役目を果たしなさい」


「…………」



 俺は、クルーエルの要。

 そうだよな。俺だけが呪いにかからず無事で、他のクルーエルは皆ダメだからな。
 だから俺が動かなければならない。
 しかしエキセントリック一族と言えば、危険な魔術師の団体。

 ……………そうか。やっとわかった。
 エキセントリックはミャンマーの村を襲ったあの黒づくめの奴らだったのか。

 なるほど。
 エキセントリックは光に恐れているから闇を増やそうとしていた。
 ならば人間の闇であるクルーエルを手に入れていればその行動はより早く行える。

 クルーエルは暗殺も得意だ。もしかすると今でもこっそりと裏で暗殺を繰り広げているかもしれない。
 エキセントリックに操られて。

 世の中、ややこしくなったものだ。
 クソ。結局は闇を消さなければならないのか。
 闇が"ハナ"を生産しているのならばそいつらを倒さなければならないのだから。
 奴らを倒すと言うことは、その中にいる"呪いをかけた者"も倒すと言うことになる。


 しまった。はめられた。


「どっちにしろ俺は自動的にクルーエルを救わなければならないのか…」


ふと声に漏らしてから口元をゆがめる。


「わかった。ならば俺はエキセントリックを倒す。そして世界に光を取り戻す。だからお前らの出る幕はない」

「待て待て、お前1人だけで倒す気かよ?無理だぜ。ソングは非力なんだからよー」

「そうよ。凡は非凡でも凡には変わりないわ」

「私たちの力も頼ってよー!私たち友達じゃないー!」

「そうだよ。今まで一緒に旅をしてきた仲間じゃないか。"ハナ"を消せる仲間同士、最後まで力合わせて世界を救おうよ」

「目的はみんな一緒や。ワイらはエキセントリック一族を倒して、"ハナ"や呪いを消して"笑い"のある光を手に入れるんや!」


気づけば全員がソングの目を見ていた。
その目は希望に満ち溢れた眩いもの。
美しいものであった。

驚いた。
何故こいつらは、こんな自分を仲間だといいきれるんだ?
自分はクルーエルという怖ろしい一族なのに、何故一緒にいれる?

同じ力を持った仲間だからか?
同じ希望を持った仲間だからか?

……友達だからか?




「………分かった。それじゃ一緒に奴らを倒すぞ」


 俺も、実はクルーエルを救いたかった。
 クルーエルには3つも優しい属があったんだ。
 それを世間に知られないまま終わらせるのが悲痛だった。
 クルーエルは無意味に戦いをしない。クルーエルにも世界のために力を注ごうとしたのだ。
 知らせたい。世界にそれを知らせたいから。

 再びクルーエルを取り戻す。

 それがあの時代に生まれた俺に与えられた使命だから。


周りにいるメンバーを見て、ふと口元を歪める。
それは先ほどまでしていた歪みとはまた違う、今メンバーがしているものと同じもの。


「恩にきる」


正直、嬉しかった。
正直、心が温まった。

正直、笑えた。



今まで何とも思わなかった周りの人物らが今になって正直ありがたいものだと思えた。
仲間っていいものだと正直思った。


何度もメロディに見せていたあの無邪気な笑みを、ここで初めてソングは他の人物らに披露する。
それは子どもがしてみせる笑みと同じ。純粋な笑い。

メンバーもソングの笑顔を見て、いっそう笑みを深めた。



目的は同じだ。
世界を救う。
"ハナ"を製造している奴を倒す。
世界を闇に塗り替えようとしている奴を倒す。
呪いをかけた奴を倒す。

全てを狂わせたエキセントリック一族を倒し、笑いの光ある世界を取り戻す。


これが自分らの完全なる目的。


だから行こう、共に。

次なる大地へと。







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