「うさぎさん、ありえないぐらいに速えっ!!」
太陽の方向にある丘を目指して競争しているうさぎとかめさん。
気づけばうさぎさんはかめさんの視界から消えるか消えないかの瀬戸際のところまで走っていました。
それに追いつこうと頑張って走るかめさんですが、まるで馬の速さのうさぎさんに果たして勝てるのでしょうか?
そのころ、突っ走っているうさぎさんは余裕の笑みを漏らしています。
この様子から見ても分かりますね。うさぎさんはまだ本気を出していません。だから笑みを溢せるのです。
「やっぱりね。亀なんかに私が負けるはずないじゃないの」
かめさんが息を切らしているころ、うさぎさんは全く乱れた呼吸をみせません。
1人で丘の頂上目指して突っ走っていきます。
かめさんも頑張るのですがうさぎさんとの距離はどんどんと広がっていくだけです。
と、そのときでした。
先頭をぶっちぎるうさぎさんの視界に人影が入ったのは。
「……あ………!」
次の瞬間、うさぎさんは驚くべき行動に出ました。
何と、道を大幅にずらして走っていったのです。うさぎさんは人影に向かってしまいました。
そしてそんなうさぎさんに手を振るのはその人影です。影は3つあるように見えます。
勝手な行動に出たうさぎさんを背後から見ていたかめさんは、今のうちだと思いました。
うさぎさんがコースを外したということは、自分にもまだ勝てるチャンスがあるということです。
なのでかめさんは頑張りました。頑張って丘を登っていきます。
しかしその喜びもつかの間。
かめさんは足を滑らせてしまったのです。
驚きの拍子で首手足を甲羅の中に引っ込んだかめさんは、丘の緩やかな坂を転がっていきました。
くるくると転がっていき、やがてかめさんはどこか遠くまで行ってしまいました。
そんなことを知らずにうさぎさんは、人影と対面していました。
「よかったよー、会えてよかったー!!」
うさぎさんは小さな影に抱きついていました。
「何や、土ぼこりを舞わせるほどの勢いで走っとったのはチョコやったんか?」
「うん、私『うさぎとかめ』の世界に入ってしまって、かめさんと競争してたの」
「マジでかよ?かめさんも馬鹿だなー。チョコに勝てるはずないじゃんかよ!」
「でも、コースアウトしているからこのままだとかめさんの勝ちになってしまうかもね」
うさぎさんに抱きつかれている者は赤い頭巾が似合っている赤ずきんちゃん。
それからチョンマゲ姫と短足太郎もいますよ。
短足太郎の言葉に少し戸惑ってしまったうさぎさんでしたが、うさぎさんはこのメンツと会えたのが嬉しかったのでしょう。こちらの方を優先にしていました。
「競争とかもういいよ!私は皆と一緒にいる!もう離れないからね!」
「チョコも無事でいてくれてよかったよ。あ、そうだ。このきびだんご食べてくれないかい?僕ら今から鬼ヶ島にいくんだ」
そういうことでうさぎさんはかめさんとの競争を無視して、短足太郎から渡されたきびだんごを食べました。
そして彼らと一緒に鬼ヶ島に行くのでした。
かめさんが坂で転がっているとも知らずに…。
+ + +
「なるほどね!クモマが『桃太郎』でサコツが『かぐや姫』、そしてトーフちゃんが『赤ずきんちゃん』なのね!」
朝早くから道を歩いているのは『桃太郎』の世界で短足太郎になってしまったクモマと
『かぐや姫』の世界でチョンマゲ姫になってしまった、女装しているサコツと
『赤ずきんちゃん』の世界で赤ずきんちゃんになってしまったトーフと
『うさぎとかめ』の世界でうさぎになってしまったチョコ。
4人はそれぞれ愉快な容姿になっているが、それよりも何も、バラバラになってしまったメンバーと会えたことが嬉しかった。
「僕らは『桃太郎』の話に沿ってみようじゃないかということで今旅に出ているんだ」
「そうだぜ!チョコも仲間になってくれてよかったぜ!」
「ワイも旅をしてたあんたらと会えてよかったわ」
「私もー!残りはソングと姐御だね!」
チョコの言うとおりであとはソングとブチョウだけだ。
しかしこの広い地帯のどこにいるのか分からないし、何の物語の世界にいるのかも分からなかった。
とにかく、今は歩むのみ。
「2人とも無事だったらいいね」
二人の無事を祈りながら、メンバーは確実に鬼ヶ島へと向かっていく。
+ + +
同じ太陽の下でも先ほどのうさぎさんのように走っている者がいました。
「クソ、ふざけてる…!何で俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだよ」
それはある森を彷徨っていました。
走るたびにスカートの中に空気が入って膨らみます。ドレスを着ているところからどこかの国のお姫様のようです。
息を切らして走っているお姫様は、銀髪を靡かせながらも目的地はなくただただ走っていきます。
「そもそも『銀星姫』とは一体何のことだ…?っというか何で俺、ドレスを着てるんだ…!」
それの正体は銀星姫でした。星のように美しく輝く銀色の髪をしていましたので『銀星姫』と名づけられたのです。
「もういい、疲れた…。まあここまで走ってくれば『継母』って名乗っていた奴に狙われないですむだろう」
銀星姫は世の中で一番美しい女の子でした。そのことが気に喰わなかった継母は銀星姫を暗殺しようとしていました。
継母の手下である狩人が銀星姫を暗殺することになっていましたが、狩人は銀星姫を殺さずに、むしろ助けてくれました。
森の方へ逃げろと言われて、銀星姫は今までずっと走っていたのです。
「…これは一体どういうことだ?何故俺が『白雪姫』のような世界に入ってしまっているんだ?他の奴らも同じなのか?」
走りから歩きに変え、なおも前へ進みます。
「とにかくあいつらを探した方が良さそうだ。このままずっと物語に沿っていけば大変なことになる……誰かいねえかな…」
銀星姫は大きくため息をついて呼吸を整えました。
それから自然の色に紛れるようにゆっくりとゆっくりと歩いていきます。
しかし場の様子は変わらず緑色です。周りには人も建物もなく、木だけが立っています。
「ってか、さっきまで着てた服はどこにいったんだ?あの中にメロディの写真があったのに…。…はあ…メロディ…俺はまた女装をしてしまった……しかもおとぎ話の世界のお姫様だとよ。ふざけてるな…」
相当疲れているのでしょうか。
銀星姫は突然誰かの名前を呟き始めました。
「こんなことをしている俺を許してくれメロディ。…………はあ…何だか人生に疲れてきた…」
まだ若いのに大丈夫なんでしょうか銀星姫。
人生まだまだ長いでしょうに、世の中に疲れてきています。
しかしそんな彼女にも幸福が舞い降りてきました。
今まで木しかなかったこの地帯で家を見つけたのです。
喜びたかったけど銀星姫は人生いろいろ疲れているようで、無表情でその家へと向かっていきます。
「もしこれが『白雪姫』なら、この家は小人の家か?」
そう考えている銀星姫でしたが、おかしい点に気づきました。
この家、見るからに普通の家ではなかったのです。
全てがお菓子で組み立てられている"お菓子の家"だったのです。
「おい、ふざけんじゃねえよ…お菓子の家といったら『ヘンデルとグレーテル』だろ?何だこのミックスは……」
頭を垂らしながらも銀星姫はその家に近づきます。見つけたからには中の様子をうかがってみたいのでしょう。
お菓子の家の目の前までやってくると、甘いお菓子の匂いが漂ってきました。
甘いのが苦手なのでしょうか、銀星姫は目の辺りを顰めました。
「…ダメだ。こんなところに寄っていたら気分が悪そうになる」
しかし周りはやはり木々しかありません。家はここだけのようです。
家から逃げてきた銀星姫には戻る場所がありません。今から住む家を見つけなければならないのです。
ならばこれはいい機会です。この家に住めばいいじゃないでしょうか?
「しかし、文句は言ってられねえな。しばらくはこの中で身を潜めておくか」
美しい顔を崩しながらも銀星姫は匂いに負けませんでした。
自分の身のことも考え、この家の中に入ることにしました。
飴玉のドアノブに手を掛けて、恐る恐る家の中をのぞいてみました。
すると…
「がっはっはっはっはっは」
大きな鍋の中の液体をかき混ぜて笑っているおばあさんの姿がありました。
銀星姫は何事もなかったようにまたドアを閉めました。
「…………………………俺は、何も見ていない…」
お菓子の家の中にいたのは黒いローブを着たおばあさんでした。あれは魔女だったのでしょうか。
関わると危険だと察した銀星姫は何も見なかったことにしました。
しかし次の瞬間ドアが開けられ、中にいた魔女が出てきてしまいました。
「あら、凡じゃないの。あんた女装して何してるのよ?」
「…!うるせえよ!俺だって好きでこんな格好してるんじゃない!ってかお前もお前で、何していたんだ白ハト!」
魔女は銀星姫の肩を掴むと、強引に家の中に押し入れてしまいました。
「こら!何しやがる!」
「まあ、中に入りなさい」
勢いで家の中で身を倒してしまった銀星姫は舌打ちを鳴らしながら立ち上がりました。
中もやはりお菓子まみれです。
しかしここまでお菓子に囲まれていると匂いがわからなくなってしまいます。
なので中は無臭に近いものでした。
強引な魔女に対して銀星姫は睨みつけました。
「もう一度問う。お前は一体何をしてるんだ?」
「何をって、見れば分かるでしょ。墨汁を作っていたのよ」
「意味わからねえよ!作る意味が全くわからねえよ!!」
気が動転しているのでしょうか、銀星姫は怒鳴りだしました。
対して魔女はマイペースです。
「次はこっちの質問よ。あんたはそんな格好で何してたのよ?希望でも探していたの?」
「んなはずねえだろ!まずこの格好と希望の関係が全くわからねえよ!…俺は継母から逃げてきたんだ」
「あんた何したわけ?希望でも捨てたの?」
「お前、"希望"から離れろ!!全く話が進まないじゃねえか!」
一言多い魔女を静めてから銀星姫は話します。
深呼吸をして気持ちを入れ替えます。
「俺は恐らく『白雪姫』の世界に入ってしまっているようだ。まあ俺は銀星姫ってやつなんだが」
「あら、何で銀星姫っていう勇気溢れる名前をつけたのかしら?こいつには凡っていうのが一番にあってるのに」
「お前はいつもいつも一言多いんだよ!ってか銀星姫のどこが勇気溢れるんだ!」
「それで、何なわけ?」
「ああ、それで継母から逃げるために森の中を彷徨っていたんだ。そしたらこの家を見つけた」
銀星姫から話を聞いて、今度は魔女が語りだします。
「私は気づけば墨汁を作っていたわ」
「最初から墨汁を作っていたのか?!」
「そうよ、勇気溢れる墨汁を作っていたの」
「今度は"勇気"から離れろ!勇気なんか溢れなくていい!!」
お菓子の家の中にいた魔女はおかしな魔女でした。
先ほど作っていた鍋の中の墨汁に蓋をすると、部屋の隅に寄せて保存し、それからイスに腰をかけて2人は談話します。
「他の皆はどこにいるのかあんた知らないの?」
「ああ、ずっと森の中を彷徨っていたから知らないな」
「やはり凡は凡ね。役に立たない奴なのよ」
「お前は本当に一言二言多いな!?」
「そんなに興奮するんじゃないわよ凡。少しは落ち着きなさい」
宥められてしまい銀星姫はまた舌打ちを打ちました。
「とにかく残りの奴らを見つけておとぎの世界から抜けるか」
「そうね。私も『3匹のこぶた』の世界からいい加減抜け出したいしね」
「待て、お前のはどう見ても『3匹のこぶた』には見えねえぞ!言うならば『ヘンデルとグレーテル』だろ」
「そうとも言うわ」
「言わねえよ?!」
意見が一致する2人でしたが、行動にまで出ようとはしませんでした。
まずこの外が森だということもあり危険であるので
話し合った結果、銀星姫と魔女はもう暫く談話することにしました。
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クモマが『桃太郎』で、サコツが『かぐや姫』、トーフが『赤ずきんちゃん』で、チョコが『うさぎとかめ』
そしてソングが『白雪姫』で、ブチョウが『ヘンデルとグレーテル』です!
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