シュルシュルと激しく空気を抉る音は、チョコを傷つける前に綺麗に掻き消されていた。
チョコの背後にいたメンバーは突然チョコが闇に包まれたことにあっと驚く。
チョコを包んでいる闇の様子は他の闇とは明らかに違う点があるのだ。
闇色のマントはチョコの身を護るように覆い包んでいる。
目の前で影を操り自分らを消そうとしている闇とは全く違う、それは優しい行為だ。


「?」


自分がマントに包まれていることに気づいたチョコは不審に思って顔を見上げる。
するとすぐそこに顔があった。
闇の格好をしているけれど、先ほどの光が消滅したときに生じた少し熱い風により、オレンジ色の髪の毛が靡いている。頬に大胆な星模様がある、若い男だ。
そいつがチョコをマントの中に包み入れ、邪悪な光から護ってくれたようだ。


「おい『G』。可愛い女の子を虐めるのはやめろよ」


凛とした高くもなく低くもない声はどこかで聞いたことのある声だ。
そう、クモマが自称神にさらわれたときに、ジャックの電話(奴はミソシルと呼んでいたが)から聞こえてきた声と同じものだ。
優しい声を真上から聞くことが出来、チョコは目を大きく見開かせた。


「っくくく、まさか貴様も邪魔をするとは」

「悪いな。オレはこういう悪趣味には興味がないんだ」

「あ…悪趣味だとおお!」


フードを目深に被った『G』は拳に漆黒の光を作りながら、闇の中に隠れているオレンジ色を睨んだ。
怒りに満ちて低い声になっている『G』とは裏腹にオレンジ色の髪の男は陽気に笑い返す。


「はっはっは。怒るなって。ん?まさかオレに光が砕かれたことに対して怒っているのか?」

「だ、黙れ!貴様如き、一発で片付けてやる!」

「おっと、危ないよお嬢さん」


『G』が吼えた直後、邪悪な光が放たれた。
それは大きい光だった。オレンジ髪の男もチョコもすっぽりと覆われてしまうだろう。
危険を察した男はマントの中にいるチョコを強く抱き、チョコは思わず「キャア」と語尾にハートがつきそうな悲鳴を上げた。
それから男が右手を素早く前に突き出すと親指と人差し指を強く掠り合わせ音を奏でる。パチン。
すると大きな光がパンと黄色の光となって破裂した。
光が消え、先ほどと同じ風が吹く。オレンジ色の髪が靡いた。


「いきなり撃ってくるなよ。危ないだろ」

「当たり前だ!自分は貴様を消そうとしとるんだ!」


また掻き消されてしまい『G』は悔しそうに悪態をついた。
そして男に対する吼え声は続く。


「またそっちの味方につくのか!どうなっても知らないぞ『L』!」



……『L』…!

このとき、チョコの胸の高鳴りはピークを達した。

やっぱりそうだ。オレンジ色の髪、優しい声、そして指を鳴らして繰り出す魔術。
この人は『L』なんだ。天才エリート魔術師『L』が今私を抱いてくれている。
私に花束をくれた『L』の顔がこんなにも間近に…!!
『L』が私を護ってくれたんだ…!!!
私のために…わきゃああああああああああああ!!

言葉にならぬ悲鳴を上げるとチョコは頭が破裂したように頭を突き上げ、そのまま気を失った。
護るために肩を抱いていたのにチョコが突然変な声を上げて気を失ったため真っ先に驚いたのはもちろん『L』だ。


「ええ?!どうした?何で気を失ったんだ?」

「……………っくくく、実は先ほどの光の中には莫大なる力を入れておったのだ。そのためこの女は力に押し負けたのだろう。…たぶんな」

「ほ、本当か?!お前がそんなことしていたとは気づかなかった…不覚だった…!」


違いますよ。チョコは憧れの『L』を間近で見れて興奮のあまり気を失っただけですよ。
まじめな顔して人を騙すのはやめましょう。

しかし『L』も純粋な奴なのか、『G』の言葉を信じ込んでいる。
苦い表情を作って、気を失ってしまったチョコを抱き上げて、ゴメンなと謝っていた。

『L』は『G』と向き合っているのでメンバーと同じ方向に体が向いてある。そのため顔を見ることができない。
だけれど『L』の動きは分かる。奴の魔術は必ず"音"が鳴るので。
またパチンと鋭く空気が振動すると彼の魔術は吸血鬼こと『B』の元に現れた。


「Bちゃん、遅れてごめん」

「……まったく…ホント遅すぎるわよぉ…」


ぜえぜえ呼吸を乱す『B』の手のひらにはイチゴミルクがあった。
全力疾走をした後に酸素ボンベで体内に空気を取り込むように、
ストローを差しこみ勢いよく中の物をズゴーと飲み干した『B』はすぐに先ほどの元気を取り戻すことができた。


「あんたがもっと早く来てくれたら私はキモ『U』を始末しなくてすんだのにっ」

「はっはっは!あのキモイのを蹴散らすことが出来るなんてさすがBちゃん!勇気あるよ」

「しまった!復活しおったか!」


胸を押さえて苦しんでいた者とは思えないほどの急回復をした『B』に対して『L』は安堵し、『G』は悔しがる。


「さて、私はこの貪欲バカにお仕置きしておくからっあんたはこの子らをどっかに逃がしてやって」

「分かった。恩にきるよBちゃん」

「こら待て!貴様何と言ったか!?貪欲バカだと?ぐおおおお!」


『G』が再び悔しそうに吼えているとき、二つの闇は大きく分かれる。
イチゴミルクのパックを捻り潰して弾丸のように丸めた『B』は、すぐさま『G』に向けて放り投げ仕留めようとする。
脳天に向けて放たれた剛速球の弾丸を『G』は映画のワンシーンのように体を反らせて避ける。
見事この場をやりこした『G』であるが安心してはいられない。『B』の鉄拳が腹へ向けて発砲され、こちらの餌食となった。


「ぐおおおおおお!」


奴が腹を押さえてもがき苦しんでいる隙に『L』は大きく前に出る。


「俺の後をついてきてくれ。安全な場所に連れてってやるから」


倒れ込む『G』の横を通る『L』の腕の中には気を失っているチョコ。
それを追いかけるように後をついてくるのはメンバーだ。
しかし『G』も狙った獲物は逃がさない。腹がひりひりするが拳を振り上げ、存在が忘れ去られそうになっていた影人間を操った。


「こら!待たんかぐおおおお!」

「うっさいよ!鈴木!」


しつこい『G』には『L』からの魔術。
パチンと指を鳴らし、出てくるものは電球並の小さな光。それはメンバーに襲い掛かろうとしていた影人間を溶かしていく。
影は光に弱い。だから小さな光でも影人間を懲らしめることが出来るのだ。

『G』はまた悔しそうに吼えていた。自分が作った影が壊されたということに対してでもあるが、もう一つ理由がある。


「鈴木と呼ぶなぐおおおおお!」

「鈴木のことは頼んだよBちゃん」

「だから鈴木とは……ぐおっ!」


鈴木こと『G』の呻き声が暫くの間聞こえていたが、走っていくにつれて薄くなっていき、最終的には何も聞こえてこなくなった。


+ 


背後から何も聞こえなくなり、何も追ってこないことを確認してからクモマが口を開いた。


「あの…『L』さん」


突然の村の変化についてこれないメンバーは先頭を走る『L』に向けて質問の連続だ。
こちらからは広いマントがはためいているところしか見えないが『L』は目の前にいる。顔は見えなかったが確実にいま目の前を走っているのだ。
彼は絶体絶命の現場から自分らを救ってくれた。


「一体これは何の騒ぎなんですか?」


また助けてもらい感謝の二文字しか表面に出せないクモマであるが、今はそれどころではない。
村の異常、そして黒づくめの大量発生、アルファベットらの正体。全てが謎だ。それを解かなくては。
そのために訊ね、『L』は笑って答える。


「今日が"雲ひとつない晴天の日"だからさ。闇は光を消したいためにこの日を狙ったんだ」


いまいち理解できなかった。トーフがさらに問う。


「闇っちゅうんはあんたらのことか?」

「ああ、そうだ。見りゃ分かるだろ?」


楽しそうに笑っている『L』は侵略されつつある地面の闇を蹴散らしながら前へ進んでく。
全員が理解できていないようなので、言葉を幾つも補充する。


「まあ、見ての通りオレみたいな闇の奴らは全員が魔術師なんだ。人を惑うことが出来る闇の力を利用して魔術は生まれた」


何でこの人、言っている言葉がこんなにも難しいのだろうか。


「闇は光があると姿を失ってしまう。だからそれを恐れていたんだ。光が怖い、こいつの存在があるから闇は自由に動けない。それならば消してしまおう。光を消せば闇はどんどんと侵略を深めることができる。そういうことで闇は光を消すためにこの日を選び、この村を選んだ」


雲ひとつない晴天の日の太陽は晴れ晴れしく顔を照らし、一番美しい姿を世に披露する。
確かにこの日を狙えば光を奪うのに一番適するだろう。

ミャンマーの村は、この大陸…ピンカースで一番栄えている大都市だ。流行は全てこの村からやってくるほどだ。いい例として挨拶の言葉「ミャンマー」が挙げられる。
この通りこの村は大陸にとってみれば失いたくない貴重価値がある。
だからこの村を狙えばまず大陸がダメになるであろう。それを狙ったのだ、この闇たちは。


「…ということは、お前らは俺らの敵なのか?」


事を理解したうえでソングが闇の者『L』に訊ねた。
暫く嫌な空気の間があったが、やがて答えてくれた。


「そうだな。オレらは敵だ」

「……」

「だけどな」


ここで『L』は念を押した。


「少なくともオレは敵ではない」


それに驚いたのはメンバーだった。先ほど「敵だ」と言っていたのにお前だけが敵ではなく味方なのか。


「んーまあ信じる信じないはお前らで判断しろよ。だけどこれだけは知っていてほしい」


たんっと強く地面を蹴って『L』は高く宙を浮いた。
空高く飛び上がって、かろうじて生き残っていた建物の欠片の上に片足で乗っかる。
派手な行動をした割には顔は見せてくれない。彼はずっと自分の前だけを向いている。

『L』は言葉の続きを言った。


「闇の中にも世界を救いたいと願っている闇もいるんだ」


それがオレだ。と続きそうな口調だった。


「今回のオレの仕事は"出入り口を封じる"と"村人を始末する"だけど、後者の方は興味がない。人を始末するなんてそれほどまでに最悪な行為はないと思うんだ。だからオレは逆の仕事をしたんだ。"村人を助ける"ってのを」


浮いていた片足を空に向けて突き出し、見えない階段を見つけて大股で降り下りる。
『L』が地面に足をつけたときにメンバーも彼のところまで追いついた。


「んじゃよー『L』は村人を助けてくれたのか?」

「オレの見える範囲にいた村人は助けた。さっきのおっさん『G』と先に出遭った村人はあいつの爆発で吹っ飛んでしまったかもな」


命令なんか無視して出入り口も閉めなければ良かったと『L』は後悔の色を見せた。と言ってもメンバーには『L』の顔色は見えないのだが。
今度はトーフが口を開く。


「ほな、確認させてえな。あんたと同じ闇の者っちゅう奴らは皆アルファベットで呼び合ってるんか?」


それに『L』は正直に頷いた。


「そうだ。…と言ってもそう呼び合っているだけできちんと名前のある奴らはいるんだけどな」


その言葉からすると、名前のない奴らもいるのだろうか。
『L』は続ける。


「お前らが今までに会ってきたアルファベットの奴らは『J』『B』『U』『G』『H』『A』『V』『C』『F』そしてオレ『L』。なるほど10人か」


え、こんなにも会っていたのか。半分は知ってる気もするが残りの半分は知らない。
いつ会ったのだろうか。ふとしたときに会ったのか、もしくは大分前に会ったのか。

…というか、何で『L』がメンバーのことを知っているのか、そちらも気になることだった。
いや、そんな事気にしなくても分かることだ。相手は『L』だ。メンバーの心の奥底まで見抜き解読したのかもしれない。

それから『L』は閉めようとしていた口をまた開けた。


「そして今から11人に増えるな」


不吉な言葉が過ぎった直後、メンバーは再び影に囲まれていた。
パンパンと手のひらを打つ音がどこからか聞こえて来ると、影は人間の形を象る。
今回の場合は『G』が作ったできそこないの影とは全く違う、美しいラインを保った影人間だった。

迫り寄る影人間に向けて重ねた親指と人差し指を差し出した『L』は、額に一筋の汗を流す。


「……最悪な奴と会ってしまったな」


直後、重なっていた指は掠られ、いくつもの影が消滅した。
しかし増える影人間。崩されては元の形に戻り、再生していく。


「"支配者"自らの登場か?」


『L』の目線の先には、先ほど『L』が片足で乗っていた建物の破片があった。
そこにある黒い者の姿は、すぅっと『L』だけを見据えていた。










>>


<<





------------------------------------------------

『L』も登場しちゃいましたー!

------------------------------------------------

inserted by FC2 system