大自然を巨大な犬が駆けてゆく。
鉛の色をした犬は狼。
すらりと美しいラインを象る狼が今、このジャングルを踏み荒らす。
この狼、狐色の瞳をあちらこちらに動かし、辺りを用心深く眺めていた。
何かを探しているようにも思えるこの姿。果たして何を目的に走っているのか。
やがて、長い鼻先をピクンと動かし、あるものを察知することが出来たようだ。
狐色の瞳がほのかに柔い色を見せる。
「この辺りっスか」
何と狼は大きな口を開けると、独特な口調で呟いていた。
また鼻を動かし、獲物をより深く追求する。
「あいつより先にうちが捕まえるんス」
柔い色になっていた瞳はやがてまた初めの色を戻すと、闇を貫くことができるほどの鋭い目つきを作り、獲物の捕獲を目指して力強く地面を蹴って消えていった。
+ + +
ヘビから無事に逃げることが出来た。
メンバーは"ハナ"を目指して再び歩き出し、ワイワイといつものように賑わっていた。
「もう動物に会いたくないわなぁ」
巨大ヘビのターゲットにされていたトーフが大きなため息をつくと、すぐ隣にいたチョコがにこやかと笑顔を溢す。
「大丈夫よ。また動物が出たら私が説得してあげるから」
「便利だね、その力」
動物と会話が出来るチョコにできるその技。動物を説得して事件を解決するなんて、どんな強豪でも出来ないものだ。
それをチョコは何事もなく出来る。
まるで自分は動物だといわんばかりに。
クモマに褒められるとチョコは大胆に手を振って照れを誤魔化した。
「そんなことないって。私はただ昔から動物と一緒だったからできるだけだし!」
「でもいいじゃないか。羨ましいよ本当に」
「全くだぜ!動物って何気にいろいろとすげーからな!俺も動物と会話してみたいぜ!」
サコツも加わり、その場はまたチョコの動物会話術について盛り上がる。
「どうやってそんな力を身に付けたんだぁ?」
「うん。僕も気になる。どうやったら動物と会話することが出来るんだい?」
「勉強でもしたんとちゃう?」
「アフロの偉大なる力よ」
「そういいながら俺の頭にアフロを乗せるな!気持ち悪いだろ!!」
後者の2人のことは無視してチョコは前者の3人の疑問に答えた。
苦笑しながら。
「実は私にも分からないのよ。何で自分が動物と会話できるようになったのか、全くわからないの」
それに驚きを見せるのはもちろんその3人だった。
「え?自分でも分からないってどういうことだい?」
「自然と動物の言葉がわかるようになったのか?すげーぜチョコ!」
「元動物のワイにも動物の言葉は分からんのに、不思議やな」
黒猫から今の姿になったトーフだけれど、実は動物の言葉は全く分からない。
もしかすると猫の言葉は分かるかもしれないが、実際に試したことがないため不明。
そうすると、チョコのその力は本当に不思議なものだった。
動物の言葉なんて自然に身につくものなのだろうか。
チョコは苦笑のまま続けた。
「ホント不思議よね。私ったら普通の人間なのにどうして動物の言葉がわかるのかなぁ?自分でもさっぱりだよ〜」
本当に不思議。
動物と会話することも出来るのに、
私には、動物の気持ちも分かる。
心が分かる。動物の心が分かる。
実は私の足は、動物と追いかけっこしていたから速くなったものではない。
元からこの速さだった。
昔から私は人間の並の速さをはるかに越していた。
何故だろう。分からない。
まず、自分自身のことが分からない。
私って一体何なのかなぁ。
「あ、そろそろ"ハナ"んとこやで」
トーフの一声によりチョコの目は裏から表へと戻った。
心の闇から引っ張り出されたため、一瞬戸惑ってしまった。
そんなチョコの様子に気づかずクモマがトーフに目をあわせた。
「今回は楽に"ハナ"を消せそうだね」
クモマの顔はいつものように微笑んでいた。汚れ一つない美の笑み。
なるほど。これなら確かに自称神がクモマをほしがる意味も分かる。
そんなことを思っているチョコは、村を滅ぼしたことのある罪人。
全てを汚してしまったこの姿で果たして美しい笑みを溢すことが出来るのか。
「そやな。邪魔するもんがいなければ今回はホンマ楽やな」
「"ハナ"を消すことさえ出来ればすぐに帰れるんだな」
「うーん。僕はもっと冒険したかったんだけどなぁ」
「…ワイはもうあんな恐怖の体験味わいたくないわ…さっさとワイも帰りたい」
珍しいことにトーフが泣き言を吐いていた。
巨大ヘビに追われたことが相当怖かったのであろう。一つのトラウマになってしまっている。
するとブチョウが懐からあるものを取り出した。
それはモジャモジャと黒いもの。そう、今彼女が既に着用しているアフロだ。
「胸毛よ」
「やめろ。はしたないだろ!」
「これを着用すればもう動物に追われることはないわよ」
「ホンマか。おおきに」
「使うなよ!」
なぜか巨大ヘビはアフロを見てひるんでいた。
そのためブチョウはアフロを使えという。そして素直に従うメンバー。
「従うなよ?!」
「ほら、あんたもアフロを使いなさい」
「使うか!ってかこのアマが動物を説得してくれるならアフロなくてもいいじゃねえか!」
今まさにブチョウがソングの頭にアフロを乗せようとしているとき、事件が起こった。
チョコの様子が一変したのだ。頭を抱えて座り込んでいる。
すぐに飛び掛るのはアフロを着用しているトーフだ。
「どないした?」
「おいおいおいー大丈夫かよチョコ」
チョコと目線を合わせるために腰を曲げるのはアフロを着用しているサコツ。
アフロを着用しているクモマも同じく。
「気分が悪くなったのかい?」
「あんまり無理しちゃいけないわよ。ほら、アフロを使いなさい」
「待て。何気に俺とアマ以外の全員がアフロになっていないか?」
初めからアフロだったブチョウもチョコの小さな肩に手を乗せ、心配の顔色を見せる。
しかしチョコはずっと俯いたままだ。
頭に乗せていた手も顔に持っていき、まるで泣き顔を隠すようにうずくまる。
「マジで大丈夫かぁ?何食ったんだよ?」
食あたりだったら押さえるものは腹だろう?と隣のクモマに指摘されるサコツであるが、顔色はブチョウと同じ。
それは誰もが同じであった。心配で仕方ない。
何故ならあのチョコが元気をなくしたからだ。
私は一体何?
私は何?
私は、どうして動物の言葉が分かるの?
私はどうしてこんなにも人間離れしているの?
私は………
私はもしかして……。
悲しくて切なくて苦しくて、小さな口から漏れるのは喘ぎの息。
チョコは自分で自分を追い詰めてしまったのだ。
考えれば考えるほど人間でない自分の存在。
「どうしたんだいチョコ?」
突然苦しみだすチョコをメンバーはただ心配することしか出来なかった。
何故こんな姿を見せたのか把握できないから。
どうして顔を覆うの?
メンバーは把握できない。
私は笑えない。
笑うことの出来ない。
私の姿はほら、こんなにも汚れているのよ。
だから笑えないの。クモマみたいな笑顔は溢せない。
私がいつも見せている笑顔は微笑みじゃなくてただの馬鹿笑い。
微笑みなんて作れない。
作ったとしても、それは傍から見たら美しくないもの。
教えて。
私は一体何?何者なの?
どうして私はこんなにも不幸なの?
誰か教えてよ。
私を誰か解放して………。
「キキー!!」
チョコを解放することが出来るものが、空から降ってきた。
突然空から降りてきた者にメンバーは無言の絶叫を上げる。
ざざっと天井の木々の葉を揺らながら大胆に地面に着地したその者は、片膝を地面につけたまま、こちらを見ている。
それは人間だった。
「…あ、キミ…足大丈夫?」
人間はまだ子どものようだった。自分らより年下。
だから気になる。高い位置から降りてきたのだから足が骨折していないかと。
しかし子どもはニッと笑みを溢す。
「キキ」
「え?」
何か言ったのだろうが、よく聞き取れなかった。いや、聞き取ろうとしても無理だ。
相手の言葉が言葉でないから。
「キキ…キキー」
「ちょ…何やこいつ。サルか?」
「でも姿は普通の男の子だよ」
「待て。こいつまさか魔物じゃねえよな?」
高所から降って来たのにもかかわらず平然としているうえ、言葉が通じない。
もしかしたら人間の皮を被っている魔物かもしれない。
しかしブチョウが首を振っていた。
「魔物が持っている"殺気"というものをこいつから感じないわ。こいつは本当にただの人間よ」
「だけど言葉が通じないぜ?」
まるでサルじゃんか。
「キキー」
サルのような子どもは鳴き声のような言葉を発すると、真っ先にある所へ駆けていった。四足歩行で。
その動きはまさしくサルだ。
「キキーキキ、キキー」
子どもは何かを話している。俯いているチョコに何かを話している。懸命に、だけれど不敵な笑みを溢して。
すると今までずっと顔を覆っていたチョコの手がするりと解かれた。チョコにやっと反応が見られたのだ。
しかしそこから現れたチョコの顔は非常に強張っていた。
「…え?…今何ていったの……?」
チョコは声のあるものの言葉は全て解読することが出来る。
だからこの子どもの言葉も分かった。それが分かったからこそ強張った。
恐る恐る訊ね、子どもが出す答えを待つチョコ。
メンバーはワケが分からず、呆然とその光景を眺めている。
子どもが口を開いた。キキーと。
そしてすぐの事だった。チョコの体が浮いたのは。
「きゃあ?!」
子どもは自分より背の高いチョコを肩に担いで空高く飛んでいったのだ。
それがほんの一瞬のことだったので、メンバーは行動に出ることが出来なかった。
だけれど場の状況を把握することが出来たものから絶叫に近いものを上げていた。
「えええ!チョコ!!」
「ちょい待ちぃガキー!チョコをさらう気か?!」
突然担がれたチョコも絶叫だ。
見る見るうちに足元のメンバーがアリのように小さくなっていくから。
「何よこれー!!ちょっと何してくれるんのよ!!」
「キキー」
「そんなの許さない!信じない!私はそんなんじゃない!!」
チョコは必死に対抗した。
しかし子どもはチョコを放そうとしない。
としても、ここで放してしまったらチョコは地面にまっ逆さまだ。
だけれどチョコはもがいた。信じたくないことがあるから。
子どもの口から出された言葉を信じたくないから。
この目で自分の正体を見たくないから。
だから必死に対抗する。
「そんなのいやー!私は私は…!!」
しかしチョコを担ぐ子どもは躊躇なく、チョコをある場所へ連れて行った。
子どもは木々の枝を飛び移りながら空まで飛んでいき、やがてチョコを連れたまま消えてしまった。
本当に一瞬のことで追うことも出来なかった。立ち往生してしまった。
チョコが連れ去られてしまった。
もう意味が変わらなくて慌て叫ぶことしか出来ないメンバーは、とにかく空を仰ぎながらチョコの名前を呼びまくる。
するとチョコではない違うものが返事をした。
「チョコはどこにいるっスか?」
声の聞こえてきた方を振り向くと、そこにいたものは鉛色の狼だった。目は狐色だ。
狼の登場に思わず絶句のメンバーに狼は自分の今の姿を思い出し「ゴメンゴメン」と笑う。
「驚かせてしまったっスね。悪いことをしたっス」
この独特な口調。どこかで聞いたことがある。
そう、前に一度聞いたことがある。こんな口調のものと出会ったことがある。
そう思い出していると、狼は正体を教えてくれた。
「うちのこと覚えているっスか?うちはバニラっス」
そして狼はクルリと1回転すると、人間の姿…真の姿を現した。
狐色の髪色をした女、バニラだ。
「お久しぶりっスね。やっと会うことが出来たっス」
この女、実はキツネと合成された者なのである。
様々なものに化けることが出来る彼女の正体、印象が強くてもちろんメンバー全員が覚えている。
「ホンマ久々やな。もうちょいであんたの存在完全に消えるとこやったわ」
「………………………………………………………………………………うん、覚えているよ。合成獣の人だったね」
「知らん。忘れた」
「私は覚えているわよ。鼻息コンテストの入賞者でしょ?」
「俺も覚えているぜ!鼻息の恨みはいつになっても忘れられないぜ」
「思い切り忘れているっスよ皆さん!!うちはそんな鼻息コンテスト出たことないっスよ!ってか何で皆アフロなんスか?!」
思い切り突っ込んだところで、バニラは本題に入る。
視界のほぼ大半がアフロであることを気にしつつも。
「うちはチョコを探しているっス。チョコはどこにいるっスか?」
彼女はチョコをずっと探していたらしい。
前会ったときもチョコを捕まえようとしていた。だからメンバーはチョコを守るためにバニラから逃げたのだ。
こいつの考えていることが分からないため、今回も逃げた方が良かったのかもしれないが、肝心のチョコがいない。
だからトーフが今の状況を教えてあげた。
「チョコが変な奴にさらわれたんや。そんちょい前もチョコの様子がおかしかったし。ワイさっぱりや」
「…変な奴…それってまさか『キキー』てしか喋らない奴っスか?」
何とバニラはそいつのことを知っているようだ。
メンバーは頷いた。
「そうっスか。『ミント』の方が先だったっスか。しまったっス。一足遅かったっス」
サルのような子どもの名前はミントのようだ。
バニラは悔しそうに舌打ちを鳴らし、続けた。
「今から必死こいて追いかけるしかないっスね。あのままではきっとチョコは処分されてしまうっス」
バニラの口から出されたものは酷なものだった。
何だって?チョコが処分される?
「絶句している暇もないっスよ。あんたらにも来てほしいっス。『研究所』はこの村の一番奥にあるっス」
「待って待って。意味が分からないよ。ちゃんと説明してよ」
「そしたら走りながら話すっス。だからうちのあとをついて来てほしいっス」
「……唐突過ぎるぞ」
「チョコを助けたいなら来てほしいっス!あんたらはチョコの仲間っス!仲間を助けるのは当然っスよね!」
最初はバニラのことを疑っていたが、バニラの目を見ていたら、疑いの気持ちは綺麗に消えてしまっていた。
バニラの目は澄んでいて全く悪のものに見えなかったから。
「分かった。よぉわからんけど何やらチョコとあんたは親密な関係のようやな。ほな話を聞いたるわ」
「ありがとうっス」
「その前にちょい"ハナ"を消すわ」
メンバー全員の表情が険しい疑いのものから優しさを帯びていくのを見て、バニラは心から感謝の気持ちをこみ上げていた。
そして連れ去られたチョコを助けに、メンバーとバニラはジャングルを駆けるのであった。
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