歩いているだけなのに、ゾゾッと鳥肌が全身を駆け巡る。
寒いというわけではないのだが、ヒヤリと空気が鋭く冷たい。そのうえ怖い。
ここが地獄というものなのか…。
「もう少しで地獄観光地の一つにつくからな!」
団体の先頭を切って歩いているのはこの地獄の住民ら。
背中にご自慢の黒い翼を生やしている、こいつらは紛れもなく悪魔だ。
「お、ついたついた!ここが地獄名物『針の森』だ!」
先ほどからのびのびと歩きながら後ろにいるラフメーカーのメンバーに声を掛けているのは悪魔のドラゴン。赤色のオールバックの髪が特徴的だ。
ドラゴンの指差す向こうには森のような地帯があった。
しかし森の色…緑は見当たらない。錆色の地帯。
よく見てみると、ドラゴンの言うとおりでこの森は針だった。
「……これ全部が針なのかい?」
地面から巨大な針が生えている。森のようにいくつにも渡って生えている。
しかし普通の森のように中に入れるような場所はない。ただの針の密集地帯。
「ここは悪いことをした人専用の場所なんだぞー」
ドラゴンの隣りを陣取っているトラが何故か偉そうに胸を張る。
「地上で生きている間に悪いことした悪人は地獄に落ちたときにここへ叩きつけられるんだ」
「ま、マジぃ?」
目の前の錆色の森の存在にチョコは目の色を変えた。恐怖という色に。
だが、悪魔とは言えないほど礼儀正しいトンビがそれを覆した。
「安心してください。最近ではこちらには落ちる者はいませんので」
「あ、そうなの〜?よかった…」
「ってか俺ら善い子だからこんなとこに落ちねえぜ!」
「……まさかメロディはここに落ちてなんかいねえだろうな…!」
「あそこに座ったらケツの痒みもすぐに引くわね」
「あんなのでケツの痒みを抑えようとするな!」
「ハッハッハッハッハ!お前ら愉快だなー!俺らより個性溢れてるな!」
どっと安堵の表情を作るメンバーを見てドラゴンが楽しそうに笑っていた。
それにつられて笑う隣りのトラ。
「お前らどこの漫才グループ?今度チケットちょうだいよ」
「いや、漫才グループじゃないので」
「ワイらはラフメーカーっちゅうグループや」
「ああ。ラフメーカーって言う漫才グループだな!今度公演するとき誘ってくれよ」
だから違うって言いたかったが、先頭を立っている悪魔2人が大声で笑うので口を出すことが出来なかった。
それにしても悪魔ってこんなにも楽しそうに笑うものなのか。
悪魔といえば悪いことばかりしているようだし外見もオーラも怖ろしいものがある。だから第一印象は怖かった。こいつらも最初はそうだった。
しかし実際にここまで誘ってくれたのは向こうだった。
悪魔という生物は思ったより気のいい人柄なのかもしれない。
いや、この悪魔たちがたまたまそんな人柄だったのかもしれないが。
「次はマグマ温泉に連れてってやるよ!あそこの風呂は気持ちいいぞ」
ドラゴンがまた先頭を切ってその場へ連れて行こうとする。
メンバーも言われたとおりについていく。実際にその場を見てみたいという気持ちもある。だからついていく。
しかし頭にバンダナを巻いている悪魔、ウルフに止められた。
「……ちょっと待て。さっきからずっと引っかかっていたんだが」
そういうとウルフはメンバーの元まで歩み寄ってきた。
ある人物を目の前にして、ウルフは相手を見下ろした。
「お前、向こう側の悪魔か?」
相手はサコツだった。
サコツは目線を反らすが、ウルフの威圧に負けてしまい自然に元に戻す。
「……何故そういい切れるんだ?」
サコツが訊ねた。応答は早かった。
「匂いで分かる。悪魔は鼻がいいんだ」
「…!」
「お前からは悪魔の匂いがする。闇と一体になれるつんと冷たい匂いが」
ウルフの声は重いが鋭かった。
「もう一度聞く。お前は悪魔だな」
ここまで言われたからには頷くことしかできない。サコツは頷いた。
「そうだぜ。俺は悪魔だ」
「ふん、やはりか」
鼻で笑うウルフに対しサコツは非常に汗をかいていた。
今までずっと人々に自分が悪魔だと気づかれないように生きていたため、一発で見抜かれることはショックに近い衝撃を与えられたのである。
そのため怖ろしいほどに強張った表情になる。
背後には心配そうに見つめるメンバーの姿があった。
しかし口出しすることは出来ない。
「悪魔なのに何故怯えている?悪魔なんだから胸を張って生きろ」
ウルフのほぼ命令口調な発言にサコツも黙っていられなかった。
相手を睨みつけるように下から目線を上にあげる。
ウルフは上から視線を下にさげる。
「俺は悪魔ではいけない存在なんだぜ。だから今までずっと身分を隠していた」
「理由はともあれ、背中の翼を失くすという行動はいただけねえな」
「…!」
「翼がない悪魔なんて人間に等しいじゃねえか」
「それでいいんだよ。俺は悪魔だけど悪魔じゃいけねえんだから」
「意味が分からんな」
サコツは早口になり、ウルフは声が重くなっている。
このままだと本当に喧嘩になりそうだ。なので止めようと手を伸ばす、が他の悪魔たちの方が行動が早かった。
「やめてくださいウルフさん!大人気ないですよ!」
「喧嘩はしちゃいけないってー!相手は珍しい地上の悪魔なんだぞ。仲良くしちゃえってー!」
「ウルフはカルシウムが足りないな!いらいらはお肌の天敵だぞ」
「黙れ」
仲間たちに抑えられ、ようやくウルフがサコツから目を離した。
おかげでサコツも解放されるが動くことは出来なくなっていた。
メンバーがやってきてサコツの背中を摩ってあげる。
「…やべーぜ……俺も他の人から見たらあんな風な恐怖の存在なんだろな……マジで怖えじゃねえかよ…」
ウルフの目から放たれる威圧が相当怖ろしいものだったようでサコツは動くことを忘れさられている。
そんなサコツにクモマが元気を与える。
「大丈夫だよ。キミは悪魔じゃないもの。天使だから」
だけどサコツはその言葉に何も答えなかった。
+ +
「ここが今地獄内で最も親しまれている公共の場、『マグマ温泉』です。マグマ温泉はご覧の通りジュクジュクと湯が沸騰しています。湯が赤色に見えるのは鉄の成分が混ざっているせいです。決して本物のマグマではないので」
この辺りにはたくさんの悪魔がいた。
全部がそのマグマ温泉で疲れを癒えようとやって来た者のようだ。それほど人気のある場。
しかしこんな熱そうな温泉。入れるものなのか…?
「なあドラちゃん!温泉入ってこないか?」
「おーいいぜ!だけどドラちゃんって言うのはやめろよ」
メンバーが素朴な疑問を抱いているとき、トラとドラゴンは温泉に入ろうと盛り上がっていた。
トンビが微笑みを返す。
「入ってきたらどうですか?観光ツアーは僕とウルフさんだけでも十分大丈夫ですので」
「よっしゃ!なら入ろうドラちゃんー!」
「今日は背泳ぎで勝負だ!ってかドラちゃんって言うのはやめろよ」
トンビの許可をもらうと二人は仲良く温泉地へ突っ走っていった。
「あの温泉、沸騰しているのに入れるの?」
心の中で舞っていたこの質問をクモマは今思い切りぶつけてみた。
するとトンビが優しく微笑み返してきた。この笑み…悪魔がしていいものなのか、本当に優しい笑み。
「悪魔は頑丈な体つきなので大丈夫ですよ。だけど1分以上つかっていると体が燃えるのですぐに出ないといけませんけど」
「それってほぼ我慢大会みたいなものじゃん!?」
「そのスリルがたまらないんですよ。僕も好きですよ」
トンビの優しい笑みから出される少しおバカな発言には思わずメンバーも笑っていた。
しかしサコツだけがその中で笑っていない。
サコツは怖いのだ。
悪魔の自慢とするもの…黒い翼をもぎ取った自分は悪魔の裏切り者ではないかと思うと。
サコツは天使から生まれた子であるが悪魔だ。悪魔だから悪魔のように生きなければならなかった。
それなのに心は天使だ。そこが難しいところなのだ。
やはり本物の悪魔といると心も怯え、手を出せなくなる。
自分の存在がとても難しいものだった。
身は悪魔なのに心は天使。
全てがあべこべなので、今のサコツは天使にも怯え悪魔にも怯えてしまう。
自分の人種にサコツは怯えなければならなかった。
そして思う。何て自分は弱い者なのだろう。
「おい、笑ってないで次に行くぞ」
暫く続いた笑い声の中、ウルフの声が混ざり、すぐに雑音は治まった。
ウルフの威圧は、本物の悪魔の威圧というものなのか。
「すみませんウルフさん。それでは次はどこに行きましょうか」
対してトンビは優しい声を掛けることが出来る。
同じ悪魔同士なのに何故こんなにも違うのだろう。
性格の問題なのか。
ウルフは次の観光所をどこにしようか考えているようで顎を摩っている。
「そうだな。何気に地獄は広いし観光地も多い」
「それにまだドラゴンさんとトラさんが温泉の行列に並んでいますし」
「それは別に気にすることではない」
目線を少し横に向けるとそこはマグマ温泉の行列があった。
その後尾にはドラゴンとトラがウキウキ気分で並んでいる。
ウルフが呆れたとバカを見る目をして、顎を摩っていた手を額に持っていった。
「俺はあの温泉のどこがいいのか未だに分からん」
「そうですか?悪魔が最も苦手とする熱を対応することが出来るしあの温泉は僕たちの体にいいと思いますけど」
「俺は死ぬ思いをしたくない」
「確かに10秒入っただけで気を失ってしまいそうですけどね」
そこまでするなら入らなければいいものの。
何気に悪魔は熱を嫌うようだ。
地獄がこのように冷たい場所。そのためそれと対比する暑い場所は悪魔の恐れるものにもなるのだ。
悪魔であるサコツは地上の、しかも天使が住んでいた暖かい場所に数年間住んでいたので、対応できるようになっている。
「あ、いい場所思いつきましたよ」
ここでトンビが閃いた。
いい案でも思いついたのか、目が輝いているトンビ。
「あそこにしましょうよウルフさん。最近僕たちが遊んでいるところ」
「……まさか、あそこか?」
頷き、トンビはメンバーのほうを振り向いた。
その顔はやはりにこやかだ。
「次は僕たちがよく通っている場所……お花畑を参りましょう」
温泉の行列に並んでいる二人を放っておいて、トンビとウルフ、そしてメンバーはその花畑へと向かった。
そしてまた思う素朴な疑問。
地獄にも花って咲いているんだ、と。
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