涙なんていらないよ。


世の中、涙なんてなくてもいいと思うんだ。






人に必要な感情は、


「笑顔」


それだけで十分。







だから、僕は涙を流さない。







今、あいつに涙を止められているけれど、
もし手に入れたことが出来ても僕はきっと泣かない。



これからもずっとずっと泣かないから。
















だから







心臓を返して…









僕から、音を返してよ……















38.悪夢












ドブン・・・・・





海の中を飛び込んだような感覚を全身で感じ、すぐに目を開けた。
目の前は大小問わずたくさんの泡が群れている。


ここは海の中…?
だけれど海にしてはちょっと黒…。

いや、ちょっとどころではない。闇だ。


僕は闇の海に飛び込んでしまったのだ。




光はどこかにないだろうか、僕は探す。
闇色の水を掻いて前へ進む。

しかしどこまで行っても闇には変わらない。
果たしてここはどこなんだ?



水の中にいるようだけど、僕は息が出来ている。
何だろう?
これって一体何なのだろう?






暫く呆然としていると、
僕の耳元で何かがかすった気を感じた。

振り向いてみるけれど、そこには何もない。闇色だけ。




――――  ?



何もないこの場所は海の中のように感じれるけど、
実は水圧も何も感じない。

目の前には泡はあるのに、どんどんと下へ下っているのに、何も感じないなんて、ありえない。


そういえば、初めのうちは水の感触を感じ取れたのに、ここまできたら何もない、空気の中と同じ感触を感じる。


無感。





何だ?これは何?


どうして何も感じ取れないの?





そういえば、耳に掠ったあれは何?

もう掠らないの?




もしかして、




それは現在も僕の耳を掠っているけど、
僕はそれを感じ取ることが出来なくなっているの?

















「……その通りだぞよ」












耳元で声が聞こえた。


驚いて、だけど怖くてゆっくりとその場を回転して見てみる。
すると、いた。





「久しぶりだぞよ。お主」



クスリッと笑う闇があった。

そしてそこから凄い量の泡が発生し、その場に現れる。





奴だ。




僕が最も憎むべき人物…








「………神…」

「くすくす…名を覚えてくれていたのか?嬉しいぞよ」




シルクハットを被り、黒いマントで身を纏っている
怪しい人物。


10年ほど前に、僕の前に突如現れて、
自分のことを「神」と名乗って僕の大切なものを奪おうとした奴。

そしてそれを必死に守った僕の心臓を取った奴。



僕を死なせなくした奴。




僕から



涙を奪った奴。









「……何で…ここに…?」



僕の問いに目の前の闇の男…神……違う、
自分のことを「神」と名乗っただけでありこんなの神のはずがない。


自称神。


そいつが口元をくいっと歪めて、楽しそうに笑ってから答える。




「我はお主を迎えに来たのだぞよ」





ブルっと体が震えた。
怖かった。



目の前のこいつの存在が怖かった。




「…僕の迎え…?」

「そうだ。我はお主を手に入れにきたのだぞよ」


「僕を…?」


「お主は我のものだぞよ」









「…何を……」




言っている意味が本当に分からなかった。





「お主、いま感じるか?お主の周りで激しく発生している泡の存在を」



自称神に言われて、僕は始めて気づいた。
僕の周りでは泡が激しくたっている。




それなのに僕は今まで本当に気づかなかった。


何故?




「それはなお主」



自称神は僕の心を悟ったように、またクスリッと笑って答えた。



「我が、お主の全てを操れるからだぞよ」





それはとても信じられない言葉であった。



「え…」


「我はお主の心臓を奪った。そのことはもちろん覚えておるだろう?」


僕は無言で頷く。


「しかし不審に思ったことはないのか?心臓がなくなっているならば果たしてそこには何があるのか、ということを」



「…っ!!」



不覚だった。



「くすくす…やはり、か。哀れだなお主」

「…それじゃ…僕の心臓のあった場所には今何があるの?」



クスリッ




「我の魔術だぞよ」



背中にゾゾッと何かが走った。
僕の心臓があった場所に、そんなものが埋め込まれているなんて。


そしてまた自称神は楽しそうに笑う。




「あのときから我はお主の優しい心を気に入っていた。この手でお主を手に入れたかったのだぞよ」

「…」

「だからお主を手に入れるために、魔術を入れた」


「なんの…?」


「我が作り上げた魔術だぞよ」






クスクス…




「者を物に変える魔術……つまり人間の場合ならば」






 人間 を 人形 に変える魔術







「…!」



「お主は今、『痛み』『癒し』『力』『触覚』そして『涙』がない」



こいつ…



「それらは全て我の手元にあるぞよ」

「返して!」

「クスクス……あと少しで我の"人形"の完成だぞよ」


「返してよ!!」




お前は僕から

心臓と涙を奪った上に



全てを奪う気か?





許せなかった。




だけど今の僕には力はない。殴ることが出来ない。




非力な僕…。








「あのころはもっと優しく声を掛けてくれたのに、今ではこんな声を出すのか?」

「当たり前じゃないか!あなたのせいで僕は…」




「さあ、次は"声"を奪おうか?」







いくらなんでも唐突だ…。




自称神の指がつんと僕の喉仏に当たる。
すると驚いた。


喉が言うことを聞かなくなったのだ。





――――― !!




声が出ない




「……さあ、お主よ。我の元へくるのだ。そして我の人形となるのだ」









































最悪な夢だった。












「ミャンマー!」


ふと記憶がこちら側に戻ってきたとき、最初に聞いた声はチョコの元気のよい挨拶であった。
しかし僕はそれを返すことが出来なかった。




―― ミャンマー。




―― ………






―― ごめんね、みんな






―― 僕は









―― もう、人間じゃないんだよ……











声が出ない。何も感じない。


まるであの男が今の僕を操っているような感覚だ。




僕は操り人形。






手足は動くけど、全身で何かを感じ取ることは出来ない。






―― ゴメンね。ゴメンね。






―― 僕は、非力な操り人形……。












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やっときました!クモマのお話に突入です!

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