+ + +


「…っ!おのれ…何をした……?」


見入るように『L』がじっとクモマの頭を凝視しているので自称神は危険を察しそのような言葉を発した。
しかし『L』は返事を返さない。ニイっと意地悪く笑っているだけだ。


「まさか"お主"の心と会っておるのか?」


自称神が問うと『L』の表情がまた緩くなる。
その表情はいかにも「その通りだ」と告げているように見える。


「…勝手なマネを…」


見る見るうちに自称神の手のひらにはあの邪悪な色が集まっていた。奴の魔法だ。
奴は隙のある『L』に魔法をぶつけようとしているのだ。


「隙があるぞよ『L』よ。クスクス、今のうちに始末しようか。我には"仲間"とかそういうのは関係ないぞよ。我の邪魔をするもの全て、排除するのみだ」


そして自称神は邪悪な光を『L』に向けて放った。
空気を抉りながら進む光。しかしそれは突然現れた手のひらによって消滅された。
『L』の手だ。


「………残念だったな」


『L』には"隙"というものがなかった。
自称神は悔しそうに目を細める。


「何だ、こちら側にもきちんと意識はあったのか?クスクス、驚いたぞよ。ここまでそちの魔力が強いとは」


小ばかにする笑いを溢しながら、一応褒めているようだ。
そんな自称神に『L』はまた意地悪い表情を見せる。しかし眉を寄せていて少し疲れているようにも見えた。
邪悪な光を止めた手のひらも少し赤くなって痺れているようで、もう片方の手で震えを止めていた。


「…ったく、お前には遠慮ってもんはないのか?」

「クスクス。疲れているようだな?それはそうだろう。半分の意識を"お主"の中に、半分の意識をこちら側に置いておるのだからな。無理はしてはならんぞ?クスクス」

「…!」


訊ねられた質問にも答えず自称神は『L』のことを推理した。
そして図星だったらしく『L』も目を見開いて、額に汗をかいていた。


「へえ。わかってんじゃん?」

「そちよ。どこまで"お主"を戻したのだ?そちの力ならばもしかすると…」

「"記憶"までは取り返した」

「……ほう。驚いたぞよ。短期間でここまでしてしまうとは」

「あとは細かな部分だな」

「…まあいい」


"記憶"まで取り返せばほぼ人間と言っても過言ではない。
だからもう少しでクモマは人間に戻り、この眠りから目を覚ますことが出来るのだ。

しかし自称神はクスリッと笑って『L』の気持ちを覆した。


「"お主"の心臓が入っていた部分に掛けられている魔術が解かれない以上、"お主"は幾らでも人形化を再生するぞよ」


勝ち誇った表情をとる自称神に対し、『L』は一瞬目を見開き、それからゆっくりと苦い表情を作る。


「…やはりか。その厄介な魔術を解かないと何度もこんな状態を繰り返すのか」

「クスクス。我の方が一枚上手だったようだな。クスクス」

「…だからお前の魔術は嫌いなんだ…!何ていうか、ねっとりとしていてしつこい」

「面白い表現だぞよ」

「ああ、お前の全てを言い表したつもりだが」


『L』曰く自称神は「何ていうか、ねっとりしていてしつこい」そうだ。…最悪だ…!


「さて、そちは我の魔術を解くことが出来るか?楽しみにしているぞよ」


自信ありげな発言に『L』は鼻を鳴らした。


「解いてみせるさ。…だけど」


ここですっと目線を反らした。だけど意識の半分はクモマの中。
意識が半分なため力も半減してしまうのだ。



「"涙"を完全に取り返すことは出来なかった」



『L』の泣き言に自称神はもちろん笑う。


「クスクスクスクス。当然だぞよ。"涙"は心臓と共に奪ったものだからな。そう簡単に取り返すことが出来るはずがないぞよ」

「……」

「でもその様子から一応取り返すことは出来たみたいだな?だけど数日もしないうちにまた"お主"の涙は止まる。そして幾年かけてまたこの状態を蘇らせることが出来るであろう」

「…ねっとりとしつこいな…」





+ + +




「ゴメンな。あいつの魔力、やっぱり強烈過ぎる。俺の手には負えない…」


自称神にねっとりしつこく黒くされてしまった心の中では黒い男がそういって申し訳なく頭を下げていた。

僕は慌てて胸前で手を振る。


「いや、ここまで取り返してくれるなんて、助かった…」

「だけど魔術が解かれない限り、何度でもお前は人形化を繰り返してしまう」

「…そ、そう……そんなに強烈な魔術がこの胸の中に埋め込まれているの?」


そして僕はここだけが空っぽである左胸に手を当てる。そこからは何も反応が無い。
僕からはあのとき以来、音は無い。音は消えた。生物が生きているという証拠になるこの音が、僕には無い。


「ああ、『U』は一応オレと並ぶ…いやオレより上かもしれない。強い魔術師だ」

「『U』って自称神のこと?」

「あ、ゴメンな。そっちの名前で呼んでもわかんないよな」

「……?」


男はシルクハットの前つばをキュッと下に下げ、顔を隠した。


「オレたちは普通の人間じゃないから、最初に名前ってもんがないんだ。だからそれは仮の名…」


小さくそう口を動かしたあと、男はまた顔を見せ、何事も無かったように接してきた。
気になる発言だったけど綺麗に流されてしまった。


「とにかくゴメンな。オレもっと勉強してもっと凄い魔術師になって、お前に掛かっている魔術を必ず解いてやるから。それまで待ってくれないか?」

「ほ、本当に…?」

「本当に、だ。まだオレも勉強中で、ちっぽけな魔術しか使えないし」


あれでちっぽけな魔術?
よくも見え見えのウソをつくものだ。


「本当にありがとうございます」

「いいって。ってかまだ完全に魔法を解いていないけどな」

「だけどありがとう」

「ああ。うん」


満足そうに笑みを溢す目の前の派手な魔術師はそれから僕にこう教えてくれた。


「『U』こと自称神は"邪悪"専門の魔術師なんだ。オレああいうのは苦手でな。だから邪悪な魔術を掛けられている者をすぐに助けてやることが出来ないんだ」

「…そ、そうなんですか…」


そして僕は思った。
どうしてこの人は自称神のことを知っているのだろう。と。
何か関係でもあるのだろうか。


「しかもお前の胸に埋め込まれている魔術は相当強烈なモノだ。…あいつが今から10年ぐらい前に開発したらしい"者を物に変える魔術"いわゆる"物理的変換術"」


む、むずかしい…


「それを解くには論理を追求…」

「すみません。ちんぷんかんぷんです」

「はっはっは!ゴメンゴメン。まあ、とにかく魔法も論理に基づいて構成されているんだよ」

「?」

「あー何ていえばいいかな…」


僕は幼い頃から力仕事をしていて勉強はしていない。だから難しいことはサッパリ。
僕に分かりやすく説明しようとしている男に対してとても申し訳なく思えた。


「まあ、魔術の勉強すればいつの日か戻すことが出来る。まあ最も短いルートといえば自称神に解いてもらうって方法だけどな」

「無理そう…」

「オレもそう思う。しかも奴は今のオレの力じゃその魔術が解けないって事に気づいて強気になっている…」

「厄介なのにかかってすみません」

「いや、お前が謝ることはない」


はっはっはと陽気に笑って、男はもう一つ教えてくれた。


「とにかくお前に掛かっている魔法は実のところきちんと解かれていない。オレがリミットをゼロに戻してあげただけなんだ。だから時間が来ればまたこの状態になってしまう」

「え?」


もっと早く言ってよ?!


「まあ、そう慌てるなって。お前もこの魔術を掛けられて約10年は何事も無かっただろ?だから今日からまた10年程は平穏な生活を送れる」


ただし、と口調を強くして男は言った。


「10年たったら今日みたいにじわじわと部分部分を失っていき、最終的には人形になってしまう」

「……!」

「だからそれが訪れる前にオレが必ず解いてやるから。…絶対にあいつの手に渡さない」

「…ありがとう…」

「いいって。全てはあいつが悪いんだから」


苦笑する男に僕は再度お礼を言う。


「いや、だって、あなたがいなかったら僕は本当に人形になっていた…まだ人形になるまで期間が伸びてくれただけでもよかったよ。本当にありがとうございました」


そして僕は脳裏にこのような言葉を浮かべていた。


 これでまた皆と旅が出来る。
 癒しをあげることが出来る。
 笑って生きていける。
 世界を救う旅を続けられる。

 皆に謝ることが出来、お礼も言うことも出来る。


 いつも力になれなくてごめんね。だけどこんな僕と一緒にいてくれてありがとう。って。


 こんな僕と……


 僕と………




ここで僕は、ハッと一番大切なことを思い出した。
背の高い男と目を合わせるため、顔を上げ、僕はシルクハットの中を覗き込んで、男に事の大変さを告げた。




「名前、覚えてない」




男も大口開けてあんぐりとしていた。


「ほ、本当か?」

「うん…」

「これっぽっちも覚えてないのか?」

「ごめんなさい…」

「…マジでかよ………!」


"記憶"は戻ったのに僕は名前を思い出すことが出来なかった。
仲間の名前は思い出すことが出来るのに、どうしても自分の名前だけが思い浮かばない。
何から始まる言葉だったのかさえも、忘れてしまった。

せっかくいい雰囲気だったのに僕がこんな言葉を持ち出したから黒づくめの男は大げさに頭を抱えてしまってた。


「それじゃあダメじゃんかよ…。名前は大切なものなのに…名前がないモノなんてこの世になんだ……」


それはまるで自らを叱っているように男は小声で自分の情けに目を覆っていた。




+ +



「静まったぜ?」


自称神と『L』がいる山から数キロ離れたところにメンバーはいた。
ピタリと音が消えたためその場に残ったものは疑問と不安だけ。


「何でイキナリ戦いが治まっちゃったんだろう?」

「終わったのか?」

「でも何だか様子がおかしいわね」

「向こうでは一体何が起こっているんや?」


先ほどまでは爆発音も酷かった。それなのに突然の静けさ。そしてそれに対しての多くの疑問。


「ど、どうしちゃったんだジェイ?」

「あらっ?まさか2人とも死んだ?」


黒マントを身に纏っているBちゃんの横には激しく反応している黒ローブ着用のジャックがいた。


「『L』は強いんだジェイ!こんなのありえないジェイ!」

「なに、私はキモ『U』さえ消えてくれれば幸せよ」

「…それは同感だジェイ…」

「まっ無事でしょぉ。ってか連絡して確認してみればどうよっ?」


ジャックの胸元辺りを指差してそう意見を言うBちゃんにジャックは「それはいい案だジェイ」と頷き、その場所から黒い塊を取り出した。
受話器のようだ。電話の子機みたいだけど…。


「ジェ?これは『ミソシル』って言う連絡機だジェイ」


ジャックは興味津々に身を乗り出していたメンバーにこの受話器の存在を教えてあげた。
え?味噌汁?


「説明はどうでもいいから、さっさと早くかけちゃいなさいよぉ」


目の辺りを顰めたBちゃんがジャックを急かす。


「分かってるジェイ……って、そんなに身を乗り出されるとやりづらいジェイ…」

「まあまあ気にするなってよー」

「うんうん」

「電話か……メロディのことを思い出す…」



自分を取り囲むように集まっているメンバーのことが気になるジャックであったが、Bちゃんに腹を殴られるのが怖かったためさっさと電話…失礼、ミソシルをかけようと人差し指を伸ばした。


そのときだった。




ジェジェジェジェジェジェジェーイ


ジェジェジェジェジェジェジェジェジェーイ




「………何だこの奇妙な音は?」

「これはまるでクマさんの鼻息のような音ね」

「重症だろ?!病院に連れて行け!ってか鼻息で音が鳴るか!」


突然の奇妙な音に緊張が解ける。
うるさく鳴り出すミソシルを奇妙そうに眺め、持っているジャックが「あ」と口を開いた。


「…オレっちのミソシルの音だジェイ。かける前に連絡を受信しちゃったみたいだジェイ」

「「それ着信音かよ?!」」


ありえない着信の音に思わず全員が突っ込んでいた。
その中でやはりBちゃんは落ち着いている…というかこの着信音を当然の如く捉えている。


「それで誰からの連絡なの?」


うるさく鳴り響くこの騒音を早く消してしまいたいため、Bちゃんはジャックをまた急かす。
するとジャックがむーむむむと目を瞑り難しそうに唸りだしてから答えた。


「…『L』のようだジェイ」

「あらぁ?向こうからかけてきたのね?」


何とジャックは"念"なのか知らないけど相手が誰なのかを推測していた。
そして相手が今から連絡を取ろうとしていた『L』だと分かると、ミソシルをBちゃんが取っていた。


「ミャンマー」

「あ、ひどいジェイ?!」

「うっさい、黙りなさいっ」


後ろで喚くジャックを黙らせて、Bちゃんは電話の相手…『L』と会話をしだした。


「どうしたのよ?あんたからかけてくるなんて」


電波が悪いようで、ブブブっと嫌な雑音が耳に入ってくる。
音から避けるために受話器に距離を置いているBちゃんの問いに、やがて相手が答えてた。


『………Bちゃん…?…』


驚いたことに『L』の声は綺麗に流れていた。
そのため、全員にその声が聞こえていた。
チョコは相手が天才エリート魔術師だと言うことでちょっと興奮気味だ。しかもいい声なため、少し悦ってしまっている。

Bちゃんが応答する。


「そうよ。それでどうしたのよぉ?キモイの殺した?」

『いや、キモイとはまだもめている最中だ』

「あら?それなのにミソシルするわけ?」


ミソシルとは電話のことです。
皆さん、『ミソシル』という単語が出てきたら『電話』と脳内変換をしてお読みください。


『あぁ。今オレがかけている場所には「U」はいないからな』


ここに全員が眉を寄せた。矛盾している答えだったからだ。


「どういうこと?」

『オレは今、少年の心の中からミソシルしてんだよ』

「は?」

『気にしないでくれ。まあとにかく今はそこにいる少年の仲間たちにお願いしたいことがあるんだ』


突然そう話を振られ、ドキッと反応するのはもちろんメンバーだ。
少年というのはきっとクモマの事を指しているに違いない。


「…何やねん?」


Bちゃんに受話器を向けられ、トーフはそこへ向けて声を上げる。
『L』の返事は早かった。


『少年は今一大事なんだ。自分の名前を思い出せないらしい』


それに唖然となってしまった。
『L』は続ける。


『オレはもちろん名前を知らないし、もしオレが名前を知っていて少年に教えたとしても、きっと少年は違和感を感じると思う。何故ならオレらは初対面なんだからだ。初めて会った人に名前を呼ばれたってしっくりくるはずがない』

「「…」」

『それを兼ねて、今からお前たちに少年の名前を呼んでほしい』

「……名前を?」

『ああ。お前たちはずっと少年と旅をしてきてたんだろ?ならば成功する可能性は高い。いつもの通りに少年の名前を呼んであげればいい』

「「……」」

『お願いだ。名前を思い出さない限り少年は目を覚まさない」

「「…!!」」

『協力してくれ。あとは名前だけなんだ。なくなっていた"痛み"も"癒し"も"力"も"声"も全て取り返した。あとは生きていくうえで必要な"名前"。これさえ手に入れれば少年の目は開く』


腺を抜かれた水槽のように勢いよく言葉を流していく『L』にメンバーはただただ驚くしか出来なかった。



この魔術師は自分らの仲間を助けようと必死なのだ。
偉大だろう魔術師が自分らに頭を下げているようにお願いしてきているのだ。



『手を貸してくれ。少年を光の道に導いてやってくれ』



『L』のお願い。

そして沈黙。




そして




「…………」



目の色を変えるラフメーカーの姿があった。












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皆さん。ラフメーカーのみんなと一緒になって彼の名前を呼んであげてください。

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