自然に恵まれた者たちは自然と共に育んでいく。
36.ファームの村
「今年もいい大根がとれただぁ」
とある村の入り口のすぐ左手にある大きな畑には、1人の男がいた。
肥料の混じった土がついているため少々茶色を帯びているシャツを身に纏い、天候のいい今日なので日差しを遮るために麦藁帽子を丁寧に被る。首には手ぬぐいをかけている。
そんな男の手には太くて白い野菜…大根が持たれていた。
頬に大根を擦り、この豊作に喜ぶ。
「これはいい大根だぁ。隣りのハルカにも分けてあげるだぁ」
実がびっしり詰まった大根に大変喜んだ男は、まだ表に美しい姿を見せていない大根の葉を掴み土から引っこ抜く。
土から姿を現す大根はまるで水から姿を現す人魚のようだ。
いや、この大根は人魚なのだ。
人魚のように美しい大根はまさに人魚姫と言っても過言ではない。
そう男が自負して、作業に汗を流しているときだった。
ガラゴロと地面を激しく弾く音が耳に入ってきて、
「だーれーかー止ーめーてー!!!」
少年の悲鳴が聞こえてきた。
しかし男はそれどころではない。
美しい土の人魚であるこの大根を全て収穫しなくては。そのため手を休めない。
だけれど、音と声は徐々にこちらに近づいてくる。
「お願いだから止めてー!」
「あかん、畑ん中突っ込むでー?!」
「それならあの素敵な男性をさらいなさいエリ公」
複数の声が聞こえてくる。
うるさいと注意をしようと男が手を止め、顔を上げる。すると目の前に驚くべき光景が飛び込んできた。
自分の畑を荒らす謎の荷馬車。
いや、荷豚車。
ピンク色の豚に引かれた車が大胆に弧を描いて男の畑を荒らしていたのだ。
「…お?まさかぁ」
のんびりとした口調で男は口を開く。
その荷豚車に向けて、いやピンク色の豚に向けて男は言葉を出していた。
「お前は…エリザベスかぁ?」
「ブヒー!!」
そう言った男の胸にはピンク色の豚が飛び込んでいた。
それに伴い後ろの車が飛び跳ね、大胆に横へ傾き倒れる。
車の中で悲鳴を上げていた3人は中から弾き飛ばされ、畑に頭から突っ込んだ。
ただし美形の女だけは無駄に回転をかけながら手から着地し、アクロバティックを披露していた。
「エリザベス、元気だったかぁ?おらは元気だぁ」
「ブヒー」
「そうかぁ。戻ってきてくれたんだなぁ」
「え?エリザベスのこと、知っているのですか?」
胸に飛び込んできたピンク色の豚…エリザベスと男は慣れ親しんで話していることに気づき、少年は不意に訊ねてみたが、それには答えず、男はエリザベスと話す。
「エリザベス、おらの家に来るだぁ。あんたらも来るかぁ?」
そして畑の土まみれになっている3人を起こしてあげて男はエリザベスを抱いたまま、3人を家へと招待したのであった。
+ + +
「あーもうーどうしよー…何で私たちがこんな目に遭わなきゃならなかったの?」
「まあまあ気ぃ落とすなよチョコ!何とかして車のとこに戻ろうぜ!」
「…そこまで行ける手掛かりがあるかの問題だがな」
「「………」」
そのころ、チョコとサコツとソング、そしてそれらの足元にいる緑色の豚の田吾作は水路から上がり、縁を歩いていた。
水の中に落ちてしまったのだが本日は本当にいい天気。そのため服の乾きも早い。
こちらの3人は暴走したエリザベスによって車から投げ出されたメンバーだった。
そのため機嫌がいい奴らはほぼいない。
あのサコツでさえも困った表情を見せていた。
「それにしてもエリザベス、どうして暴れてしまったんだ?…は!そっか、最近俺と遊んでいなくてムラムラしてたのか?」
「それはねえだろ」
エリザベスが暴れた原因をサコツが探ってはみるがすぐにソングに突っ込まれてしまう。
その度サコツは口先を尖らせた。
「んじゃ一体何が原因だっていうんだ?あーエリザベス俺のせいですまんなエリザベスぅー」
「うっせーよお前!お前とピンクの豚は何の関係もないだろが!」
「何言ってんだよ、俺とエリザベスは……ゲヘヘヘヘヘヘ」
「やめろ!不気味な笑い声漏らすな?!」
「あ、あのね…」
自分とエリザベスとの関係について語ろうとサコツが不気味に笑みを溢しているとき、チョコが口を開いた。
そのチョコは珍しく挙動不審だった。
そんな様子のチョコを二人は見逃さない。どうした?と返し、チョコの言葉を待つ。
「実はね、エリザベスからこんなこと言われたの」
次は目を丸くしてチョコを見る男二人。その二人の視線を浴び、チョコは目元を下げる。
言葉を期待されていると分かり、口が開いた。
「あのね、あのときエリザベス…『この辺りに自分の故郷がある』て言ったの」
それは驚くべき言葉だった。
エリザベスといったらエミの村の手前の道にさり気なくいた豚だ。
まさかこんな遠い場所に故郷があるとは思ってもいなかった。
なるほど。自分の故郷の近くだったのでエリザベスは興奮して村へと向かったのか。
しかしチョコの目があちこち泳いでいる理由が分からない。
チョコは続けた。
「それからエリザベスはこう言ったの『どうしてもラフメーカーの皆を自分の村に連れて行きたい。そして私を救って欲しい』って」
「え?!」
「!」
チョコの表情は見る見るうちに強張っていく。
「『自分の村では毎年限られた時に被害者が出る。それを止めて欲しい。もう苦しい思いはしたくない』」
「…っ」
「……」
「『お願い、私の村を助けて』…って…」
最後のチョコの声は完全に沈んでいた。思わず沈黙になる。
まさかエリザベスがそんなことを言っていたとは。
男たちも口を閉ざし黙る、と思いきやその沈黙がイヤだったサコツが何とか破っていた。
「そ、そっか!それじゃー俺のエリザベスを助けてやろうぜ!」
「いや、"俺の"は余計だろ?!」
そして自然にソングも言葉を出し、何とか嫌な空気をその場から抜いた。
「愛しいエリザベスが俺に助けを求めてるんだ!助けてやんなくっちゃよ」
「だからいろいろ余計な言葉が混じっているぞ!」
「ああーくっそー!俺のエリザが今大変だというのに何やってんだ俺はー!エーリザー!!」
「こら!勝手に突っ走るなチョンマゲ!!」
「ちょっと待ってよサコツー!」
エリザベスが言ったという言葉をチョコが2人に伝え、おかげでサコツの目には火がついていた。
エリザベスのことが大好きな彼はどうしてもエリザベスを助けたかった、会いたかった。
そのため今までにない走りをしていくのであった。
「待て!そっちは絶対違う道だぞ!」
「サコツったら方向音痴なんだから私たちの後をついてきてよー」
「エーリーザーベースー!!待ってろよー!」
「だからそっちはドブだぞ…って、はまった?!」
「キャーサコツー!」
3人は逃亡した車を追うために今はとにかく道を迷わないように水路の縁を走るのみ。
+ + +
麦藁帽子を被った男に「大根を運んでくれだぁ」と頼まれ大量の大根を持って男の家へ向かうクモマとトーフ。
ブチョウはエリザベスを抱いている男と話していた。
「あなたなかなか男前ね。気に入ったわ。だから体脂肪率を教えなさい」
「おらの体脂肪率はトマトだぁ」
「あら、素敵ね。それはまるで小指と中指の関係のようね」
「トマトはあと少しで獲れそうだぁ」
会話が可笑しいが、大根を抱えているクモマたちには突っ込むことが出来なかった。
だけどクモマは足元にいるトーフに言葉をかける。
「あの人、エリザベスの何だろうね?」
「何やろな?感動の再会しとったみたいやけど」
自分らの前を歩いている麦藁帽子の男を見やっていると、やがてある一軒家へとたどり着いた。
そこが男の家らしい。
風車があり、牧場があり、畑があり…。見る限り田舎の風景。
ここはそんな自然が売りの村。
そしてそれに親しんでいるクモマ。
「やっぱり…自然はいいなぁ……」
「ほら、雲眺めてないでさっさと家ん中入ろうで」
ふと空を見て動きが止まってしまったクモマにトーフが軽く注意して、先に家の中にお邪魔する。
クモマは暫く雲を眺めてからお邪魔した。
「ほな、早速質問なんやけど、あんたとエリザベスは何の関係があるんや?」
家に入って早々口を開くトーフは、まだエリザベスを抱いている男に向けて言っていた。
しかし何てマイペースな男なのだ。また言葉を返さなかった。
代わりに違う言葉を出す。
「このミルクはうちの花子のミルクだぁ。天下一品だぁ、飲んでけろ」
「あ、どうも」
イスに腰掛けろと促され、座っているメンバーに男はコップを渡す。
白色に染まっているこの液体は牛のミルクだ。
絞りたてだと男は言う。
1つ口を付けてみると、口の中にフワっと人肌程度の温もりを感じた。それは優しい味で、飲むと喉も胃もスカっとし気も安らぐ。
何と言うミルクなのだ。こんな心温まるミルクを飲むのは始めてだ。
まさしくこれは母の味だ。と勢いで思ってしまった。
「美味しいですね」
「ホンマやな。こりゃ何杯でもいけるで」
「私もいつかこんなミルク出してみたいわ、頭から」
「頭から出すのはあかんでブチョウ!何の液体や?!」
メンバーから褒められ、男も嬉しそうにしている。
「それはよかっただぁ。花子もきっと喜ぶだぁ」
ちなみに花子とは牛の名前のようだ。牛も飼育しているらしい。
「そうですか。ところで訊ねたいことがあるんですけど」
そしてクモマはタイミングを見計らって、今度こそ、と男にエリザベスとの関係を聞き出そうとした。
しかしこれもまた失敗に終わった。
何故なら仲間であるブチョウが邪魔したからだ。
「今度デートしない?芋レースとかしてみたいわ」
「おらぁ花子の手入れで急がしいだぁ」
「芋レースはハードよ。これで命を落とした人も数知れないわ」
「花子はべっぴんだぁ。だからいいミルクを出すだぁ」
「芋レースをやると肩こりに効くらしいから私は是非参加してみたいわね。芋役で」
「花子の手入れの時間だぁ。花子ぉ〜」
話がかみ合っていない事にはあえて誰もツッコミを入れなかった。
いや、世界が違ったから首を突っ込むことが出来なかったというか。
そして男は言った通りに牛の手入れをするとのことで、抱いていたエリザベスを下ろして、ドアに近づく。
自由になったがエリザベスであったが、メンバーの元へと行かずに何と男の足元へとまた擦り寄っていた。
男はそれを気にせず、ドアを開けようと手を伸ばしたのだが、ドアの方が先に開いていた。
そこから隙も見せずに現れる影は先ほどのエリザベスのように男の胸に飛び込んだ。
「タロウ様、いつお帰りになっていたのですか?わたくし心配したのですわよ」
お嬢様口調で喋るその女とは裏腹に男は田舎喋りで返す。
「おぉ。すまんかったなぁ。おらの頭の中には花子とエリザベスのことしかなかっただぁ。許してくれだぁハルカ。あぁそうだった。この大根あげるだぁ」
「キャア!タロウ様ありがとうございます!!嬉しいですわ。この大根は記念にうちの玄関に飾っておきますわね」
「いや!食べなよ?!」
いろいろ可笑しいこの人たちにクモマはツッコミをいれずにはいられなかった。
そしてハルカと呼ばれた女はタロウと呼ばれた男の胸元に顔をつけながら、訊ねる。
「あなたたち、どなたですか?」
「エリザベスの仲間やねん」
トーフの返答にタロウもハルカも目を丸くしていたが、すぐにその目は和らいだ。目を細めて2人は同じように微笑む。
「そうかぁ、"仲間"かぁ。それはよかっただぁエリザベス」
タロウは麦藁帽子を脱ぐと深くお辞儀をして感謝の言葉をぶつけていた。
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登場したタロウとハルカは私が書いた脚本「私の王子様」にて出演。
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