このとき、謎の団体ことラフメーカーの一員のクモマは思った。
まさかエリザベスを車引きに使っているとは言えまい。と。
「んだぁエリザベスとは本当に久々の再会だぁ。エリザベスもより逞しくなっておら嬉しいだぁ」
そりゃあ6人も乗っているうえたくさんの荷物も積んでいる車をたった2匹の豚が引いているのだ。
嫌でも力がつくであろう。
そしてもう一つ、思った。
この豚、サコツが勝手に『エリザベス』て名づけたんだけど、実際には本当に『エリザベス』という名前だったのか。すごい偶然だなぁ。
「エリザベスも嬉しそうですわね」
「おらも嬉しいだぁ。お前がいなくなっておら寂しかっただぁ」
タロウがエリザベスを胸の中にいれる。本当にエリザベスのことを心配していたのだろう、抱き方が優しかった。
「それで、さっきエリザベスは何を言ってたんですか?」
クモマが再度問うて確認し、ハルカが答える。
「はい。今日はしもやけ盗賊団が最初に約束した日『太陽が月に隠れる日』なのですわ。エリザベスがそうおっしゃっていましたの」
「…ってことは今日しもやけが来るんやな」
「そうですわ。しもやけが来ます」
「あら、幸運ね。しもやけがやってくる、その貴重な日に私たちは来たのね」
「しもやけがやってくるんだね…。どうしよう…」
「んだぁ。しもやけは恐ろしいだぁ。何を考えているのかわからんだぁ」
彼らはしもやけ盗賊団のことを「しもやけ」と呼んで話をしているのだが、こちら側としては何とも可笑しい会話をしている風にしか見えなかった。
実はエリザベス、ただ単に車を引いているわけではなかった。
何度か太陽の様子を窺ってみては、その日が来る日を汗をかきながら待っていた。
しもやけ盗賊団が『太陽が月に隠れる日』に来ると分かっていたから、エリザベスは太陽を見ていた。
そして本日、太陽に変化が見られた。
太陽が少しだけ欠けているように見えたのだ。
もしかしたら幻覚だったかもしれないが、不吉な予感がした。
エリザベスがそう思っている中、ブチョウもハッと気づいた。
勘の鋭いブチョウはドア元でエリザベスを抱いているタロウを退かして外に出て、太陽を見る。上を見上げる。
すると
「……眩しいわね」
当たり前の結果である。
しかしブチョウにも見えた。太陽の一部が欠けているのを。
何故太陽が月に隠れる現象が起こるのか、分からない。
太陽の前に月が重なり太陽を消しているようであるで、この世界では年に一度はそういう時期がある。
本当に一瞬だけなのだが、世界が暗くなるのだ。世界に太陽が存在しなくなってしまうから。
そして今はその太陽がほんの一部欠けている。これはきっと前触れなのだ。後に世界は黒くなるだろう。
「どうだいブチョウ?」
背後からクモマの問いかけがきたが、ブチョウが答える前にクモマもその現場を見て、口を開いていた。
「あ…太陽が……」
「何や。今日がそん日なんやな」
「どうしましょう…!しもやけが来てしまいますわ」
「しもやけの奴はその『太陽が月に隠れる日』に一番暴れるだぁ。毎年それの被害に遭うだぁ」
「食料だけを奪うんじゃないの?」
いつの間にか全員がブチョウの周りを囲んでいた。
みんなして空を仰ぎ、太陽を見ている。直接太陽を見たら目に悪いのだが、ほんの一瞬しか見ないためそこまで害はないであろう。
太陽が月に隠れる今日が、しもやけ盗賊団の一番暴れる日であるらしい。
食料だけを奪うのだと思っていたけど、とブチョウが問いかけるとハルカが答えた。
「元々しもやけは凶悪なグループですわ。食料だけを奪う、この行為だけで血の気が治まるはずがありません。何故か盗賊の人たちは"何かの日"になると今まで抑えていた気持ちをその日に発散させてしまう習慣があるそうですわ」
「…つまり、しもやけの場合はその"何かの日"を『太陽が月に隠れる日』と決めて、その日に今まで抑えていた分を発散する、ということですか?」
「そうですの。……あぁ、どうしましょう…絶対に村を荒らすに違いありませんわ」
「んだぁ。おらの畑も何度かあいつらにやられてしまっただぁ」
ハルカとタロウがしもやけ盗賊団が最も暴れる日、今日に怯えている。
今日は一体何をされるのだろうと体を震わせるハルカ。
タロウは、この大根を奴らに差し上げないといけないその悲しみに涙を呑んでいる。
対し、メンバーは
「それじゃ、その盗賊団を抑えなくちゃならないね」
「そやな。今日そいつらを倒せばええ話や」
「しもやけの奴らにお尻ぺんぺんしてやるわ」
しもやけ盗賊団を倒そうと決意してた。
それに驚きを隠せないのはもちろんタロウとハルカ、そしてエリザベスだった。
「え?あなた方、それ本気ですの?無理ですわよ、しもやけ盗賊団は凶悪ですのよ」
「人数も多いだぁ。人数に圧倒されるだぁ」
「ブヒブヒー!」
懸命にメンバーを止めようとするハルカたちであるが、メンバーは聞かない。
むしろそんな心配しなくていいと、宥めて
「言うとくけどなー。こん子らは強いで。とてつもなく」
クモマとブチョウを指差して、ニヤリと笑うトーフの姿があった。
+ + +
「見てみてー!すっごいよー」
ずっと歩いているため風景は度々変わるのだが目的地に着けずにいるこちらの3人。
その中で1人はしゃいでいる影があった。
「お?どうしたんだよチョコ?」
「見てよ、本当にビックリするよ〜」
チョコがサコツの裾を掴んでそう促してくるので、サコツは首を傾げる。
そのころソングは田吾作にチヤホヤされていた。
「邪魔だカビ豚!」
「ブビ」
「ビックリするって何にだ?」
「空見てみてよ」
チョコに言われたとおり空を仰ぐが、空に何があるのか分からずサコツは眉を寄せた。
「何かあるか?誰も飛んでいないぜ?」
「いや人が飛んでいるから見てーって言ってたわけじゃないよ!空…というか太陽見てよ太陽!」
「太陽…?」
ぐいっと頭を上げて太陽を見るサコツ。
その間にチョコはチヤホヤされているソングにも手を伸ばした。
「ソングも見てよ。太陽を!」
「カビ豚それ以上近づくな!カビが移るだろ!!……ん?何の用だ?」
「太陽!」
「は?太陽」
そしてソングもチョコに指を指されている太陽を見に顔を上げた。
しかし太陽の眩しさに思わず目を瞑る。
「…っ…は?何だよ意味わからね。眩しいだけじゃねえか…!」
「ちょっと我慢して。ほんの一瞬でいいから太陽を直視してよ」
「これは一体何の拷問だ?!」
喚くソングをチョコが押さえつける。
とにかく太陽を見せたい彼女はソングの顔を掴むとぐっと上に固定させる。
そのためソングは眩しい苦しさを浴びることになった。
「やめろ!目が開けられねえ!」
「頑張ってよソング」
「全くだぜ。俺なんか直で見れるのによー」
「俺は視力が5.0のてめえとは違うんだよ!」
「って、サコツったら直視しすぎよ!どんだけ瞳孔狭いの?!」
目が開けられないと苦しむソングとは裏腹にサコツは顔色一つ変えずに太陽を直視している。
あまりにも差がある2人の姿にチョコは笑いを漏らす。
しかしそれをソングに注意される。
「とにかく離れろこのアマ!」
「ちょ…!アマだなんて失礼よ!私にはチョコという名前があるんだから」
「誰がてめえみたいなアマを名前で呼ぶか!俺は今までにメロディ1人しか名前で呼んだことねえよ!」
「「何だこのラブ男?!」」
変な告白をしているソングであるが、ついには2人に押さえ込まれ太陽と無理矢理対面させられるはめになった。
しかしソングも踏ん張る。太陽を直視したら目が焼けてしまうと喚く。
だけれど2人の力は強かった。チョコに顔を上げられ、サコツにまぶたを掴まれて。
そして
「いてえええええええ!!!」
ソングの大げさな悲鳴がその場に響いた。
見事サコツはソングのまぶたを開かせることに成功し、ソングに太陽を直視してもらったのだ。
しかしそのソングは悶えている。あの様子からきっと太陽の形を見ずに眩しさにやられただけであろう。
チョコは一応全員に太陽を見せることが出来て満足そうである。そして口を開く。
「で、ちゃんと太陽見た?」
「見たぜ!バッチリ見たぜ」
「…もう見たくない…目が焼ける…いてぇ…」
「うん。よかった。実はね、太陽の形が変だから皆に見てもらいたかったの」
「太陽の形が変?そうだったかぁ?」
太陽の形を確かめるためにサコツは再度太陽と対面した。
先ほどのソングとは裏腹にサコツは平然と太陽を見ている。
「あ、今もちょっと変になったかも」
チョコもサコツと並んで太陽を見る。だけど少し目を開けるのが苦しそう。
そのころソングは目を覆って突っ伏していた。
「ほら、また形が変になったよ」
「えー俺わかんないぜ?」
「太陽の端の方よ。何か欠けてない?」
ずっと太陽を直視していてこいつら目大丈夫なのか?と思っていたソングであるが、チョコのその言葉を聞いて、思わず立ち上がっていた。
突然ソングが立ち上がり驚くチョコたちであるが、ソングは気にせず、チョコに問い詰める。
「太陽の端が欠けているって言ったな?」
「あ、うん…」
「それじゃ今日は『太陽が月に隠れる日』なのか」
「は?何だその『アマガエルと毛のナイスな冒険』って」
「お前何て言ったか?!ありえない聞き間違いしていたぞ!」
ボケるサコツに突っ込んでから、ソングは『太陽が月に隠れる日』について語る。
「お前ら何も知らないんだな…。年に一度ぐらいのペースで太陽が月と重なって光が遮られる日があるんだ。もしかしたら今日はその日なのかもしれない」
「へー、俺何も知らないから初めて知ったぜ」
「うんうん。ソングって微妙に物知りだよね」
「あぁ。ソングって幼き頃は本が友達だったんだぜ」
「ええマジで?引きこもり?」
「絶対にそうだぜ」
「うっせーてめえら!!」
刹那の出来事だった。何とソングはうるさい2人を蹴り上げて水路に突き飛ばしたのだ。
ジャポンと水の中にうつ伏せで入るサコツと、尻餅をつくチョコ。
そして正気に戻ったソングも、少し悪いことしてしまったと表情を緩めたがすぐにまた先ほどのしかめっ面に戻す。
「ったく、さっきからごちゃごちゃとうっせえんだよ!」
「もーひっどいよソング!水路に突き飛ばさなくたっていいじゃないの!しかも蹴るなんて…サイテー!!」
「全くだぜ!最低な男だぜソング!俺みたいに広い心を持てよ」
「てめえらがさっきから俺を穢すようなことしかしていねえからだろが!」
そうやって水路の上からソングが2人を見下ろしていると、ふと耳に自分ら以外の声が聞こえることに気づいた。
しかも激しい音も立てている。
何かが走っている音だ。たくさんの土を巻き上げながら走ってくる何かの塊…。ジープだ。
態勢を低くして、ソングはジープを見た。
ジープに乗っている者に気づかれないようにとその態勢のまま近くの木の陰に隠れる。
するとやがてジープはここより数十メートル離れている場所で止まった。
中から人が出てきた。結構な人の数だ。
しかもまた数台同じ型のジープが続いており、先頭のジープの尻に揃えて止まる。
そしてまた同じ数だけ人が出てくる。
何だこいつら…。
「おい、どうしたんだよソング。イキナリ変な行動してよー何かあったのか?」
「誰かいるの?」
「ちょっと黙ってろ」
下から聞こえてくるサコツとチョコにソングは小声で注意し、2人を黙らせた。
顔を見合わせて首を傾げあうサコツとチョコであるが、ソングの様子がおかしいことには気づいているためソングの言うとおりに口を噤む。
ソングは木陰からジープの団体を横目で見る。
すると声がまた聞こえてきた。
「ガハハハ!今日は俺らの日だ!ガハハハハ」
豪快に笑う声は遠くから聞こえていたものと同じだった。
それを今は間近で聞いているため、その声はうるさいに等しい騒音であった。
しかし黙って会話を聞く。
次は別の声が聞こえてくる。
「この日を待っていた!さあ暴れまわるぞ!」
「ああ!農場を荒らすぞ!」
「村を壊すぞ!」
その声々はイヤでも耳に入るほど大きな声である。
そのため下にいたサコツにもチョコにも聞こえていた。
「…ねえ、今"村を壊す"って言ってたよね?」
「言っていたぜ。俺、耳もいいからバッチリ聞こえたぜ」
「ウソつくな。さっき大胆に聞き間違えていたじゃねえか」
数十メートル離れた先にいる団体は大声で笑いあっているため、メンバーの声はきっと聞こえないだろう。
そういうことで先ほどより大きめの声で、会話しあう。
「どうするの?何かあの人たち危ないよ?」
「全くだぜ。どうにかして止めないと」
「はあ?何言ってんだてめえら。そんなことしている暇あるならさっさと車の後を追った方がいいじゃねえか」
「それだったらこの時間ももったいないじゃんかよー。…まあ、いいじゃねーか。少しぐらいは」
「うんうん。だからあの人たちを止めようよ」
「…どうやってだ」
「「ソング、行って来い」」
「待てよ」
こうしてソングは、実に危険そうなジープの軍団を止めるために木陰から姿を現したのであった。
>>
<<
▽
------------------------------------------------