「エリザベスはこの村で生まれ育ったのですのよ」


こんな田舎くさい村では何とも似合わない口調を使うハルカは、頭を下げるタロウに対して目を丸めているメンバーにそう言って教えてくれた。
そしてより一層目を丸くするメンバー。


「え?エリザベスってこの村の豚だったんですか?」

「何や。エリザベスっちゅうたら『エミの村』の手前の道にさり気なくいた豚やったで?」

「この大根、ヘチマのような味がするわ」


大根を丸々かじっているブチョウにはタロウがついて、クモマとトーフにはハルカがつく。
ハルカは本当にお嬢様のような美しい顔立ちをしている。そのためよりこんな田舎くさい村には似合わない人物だ。
だけど彼女は幸せそう。何故なら先ほどからチラチラとタロウの姿を拝見しているからだ。
この様子からタロウのことが好きなのだろう。

ハルカは頷いて答えた。


「エリザベスは数ヶ月前から行方不明になっていたのですの」

「え?!行方不明?!」


驚くクモマにハルカは口元を吊り上げて微笑んでいた。


「だけれどまた戻ってきてくれてよかったですわ。わたくしも嬉しゅう限りですわ」


そして足元に擦り寄ってきたエリザベスをハルカが抱き上げる。
綺麗なお姉さんが豚を抱きかかえるなんてめったに見られない光景だ。そのためクモマは、ふっと笑っていた。


「それはよかったですね。エリザベスも故郷に帰ってくることが出来て何だか嬉しそう…」

「そやな。ワイは動物の言葉聞き分けることはできんけど何となく喜んでいる気するわ」

「あらタマったら、動物の言葉ぐらい聞き分けなさいよ。私だってできるのよ?」

「ホンマかいな?!あんた動物の言葉わかるんか?」

「エリ公が何か言っているわ。なになに……『豚肉サイコー!』だって?」

「それ共食いじゃないかい?!」

「あかん!その台詞はあかんで!!」

「ん?しかも何?『ブチョウさんは乙女チックで本当に可愛らしいですたい。その出っ歯のラインがこりゃまたたまんねぇばってん』だって?」

「何か言葉が可笑しいよ!」

「あんた出っ歯あらへんやんか!!」

「うふふ。愉快ですねあなた方」


ブチョウがこちらの話に入ってきていつもの如くボケてくるので思わず2人で突っ込んでいたらハルカが楽しそうに笑いかけてきた。
その反応にトーフが喜ぶ。


「そやろー?ワイもこん子らの"笑い"好きなんや。おもろいやろ」

「そうですわね。うふふ。タロウ様聞きました?この子達の会話」

「おらはトマトも大根も好きだぁ」

「タロウ様も面白いっておっしゃっていますわ」

「ホンマかいな?!全く違う話しとったで!」


あまりにものんびりしているタロウにトーフは驚いた。
ハルカよ、こんなタロウを愛していいのか。
しかし彼女は満足そうだ。頬を赤くしている時点でそれは分かる。


「そういえばタロウ様。花子の手入れに行くのではないのですか?」

「んだぁ。おら花子んとこ行ってくるだぁ」


タロウは自分の仕事を思い出し、ハルカの言うとおりに花子の手入れをするために外に出て行った。
パタンとドアを閉められ、外の空気が中に入ってきて混じる。
ふわりと田舎の匂い…肥料の匂いなどが香った。

タロウの姿がなくなり、ハルカの赤かった顔色も何とか引いた。
顔色が白に近い肌色に戻るとハルカはタロウの家だろうにも関わらず勝手にイスに座り込んだ。
座り方もお嬢様らしく、丁寧に腰掛けている。

そんなハルカにクモマが話しかける。


「あの。エリザベスについて尋ねたいことがあるんですけど」

「タロウ様のことなら何でも訊いてもいいですわよ」

「いや、エリザベスのことを…」

「タロウ様はわたくしの麗しき人ですの」

「いや?!語りださないで?!」


1人突っ走るハルカをクモマが止めようとするが、ハルカは両手の指と指を編みこんで目を閉じている。
これは恋する乙女が大好きな男の子を想っている時の基本的仕草だ。
あぁ、ダメだ。もう彼女は自分の世界に突っ走っている。


「タロウ様とわたくしが出会ったのは今から1年前だったかしら。あれはもう夢のような出会いでしたわ。大都市から来たとおっしゃっていたのに最初からあの素敵なファッション。もうわたくしメリリンコでしたわ」

「誰かこの人止めて!」

「無理や!恋する乙女を止めることが出来んのはそん好きな相手しかおらん!」

「仕方ないわね。私が止めてあげるわよ」


目を閉じてそのときの風景を思い出しているハルカはこのままだと延々と語ってしまいそうだ。
そんなハルカを止めようと動き出したのはブチョウ。
ハルカの目の前まで歩み寄ると


「私もね。ある人に恋しているのよ。それは、そう…クマさん」


何かを語り始めちゃったよ。


「あら、あなたも恋をしているのですか?恋とはいいものですわね」

「そうね。まあ私はあんたと違って恋が実っているんだけどね。クマさんはいつも私をナンパしてくれるわよ」


ブチョウ、それ自慢ですか?
しかしその挑発にハルカも乗ってしまう。


「わ、わたくしだってタロウ様と一緒に芋レースに参加したことあるのですのよ」

「…!な、何だって?!あの芋レースに参加したの?」

「はい。それは話せば長くなりますが今から半年前のことでしたわ」

「もういいよ!もう話さなくてもいいから!だからお願いだからもうやめて!!」


我が道を行く女二人を懸命に止めようとするクモマの姿がそこにはあった。



+ + +



水路の縁側を歩いているのだが、先ほどから暴走した車を見かけることはできなかった。
そのためしおれ気味のメンバー3人。


「…あぁー…どこ行っちゃったのかなぁ…」

「うへーエリザベス。俺のエリザベス…早く会いたいぜ、エリザベスー」

「やめろ!そう喚きながら俺に擦り寄ってくるな!キショイ!」


エリザベスがラフメーカーに助けを求めている以上、自分らはエリザベスの元へ行かなければならない。
それなのに未だに道を歩いている。田舎道のためきちんと舗道されていなくて、ときどきチョコが転びそうになりその度何度も踏ん張っている。
転んでしまったら坂の関係でまた水路に落ちかねないからだ。あと男たちに自分のマヌケな姿なんて見せられない。


「クソ!いつまで歩けばいいんだ」


いい加減疲れてきて、ついには悪態つくソング。
そんなソングの足元に近寄る影。田吾作だ。
実は田吾作も道を踏み外してこの3人のメンバーの元へ来てしまったのだ。

緑色の豚が自分の足元にいることに気づきソングはより深く表情を顰めた。


「何でこの豚まで俺に擦り寄ってくるんだ?」

「きゃーソングったらモテモテ〜」


背中にサコツが擦り寄り、足元には田吾作が擦り寄っている、そんなソングにチョコはもちろん冷やかしていた。
おかげでソングはまた表情が鋭くなる。


「うっせーな。何で俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ。離れろてめえら」

「あーエリザベス…俺のエリザー…エーリーザーぁああ」

「俺の耳元で囁くな!キショイ!!」

「ブビー」

「そしてお前は相変わらずブッサイクな鳴き声だな!」


濁っている田吾作の声に敏感に反応したのはソングのほか、もう1人いた。
それはチョコ。


「…ん?今、田吾作何ていった?」


田吾作は先ほどの一声で何かを言っていたらしいがチョコは聞き取ることが出来なかった。もう一度訊ねる。
田吾作は期待に答え、再度鳴く。
するとチョコはあぁーと納得の声を上げた。


「なるほどね。その方法があるね!」

「ん?何だ?田吾作の奴なんか言ったのか?」


サコツはエリザベスと仲のよい田吾作のことがあまり好きではない。
そのため田吾作に向けた目は信頼という文字が篭っていなかった。

サコツに問われたのでチョコは頷いて答える。


「田吾作がね、『お互いラフメーカーなんだから独特な"笑い"を追っていけばいいじゃないか』って」


その案にサコツは悔しけれど納得していた。


「そうだな、俺らラフメーカーなんだから"笑い"は独特だぜ」

「うん、だよねー!"笑い"を追っちゃえば迷わずエリザベスのところへ行くことが出来るね!」


素晴らしい案だと喜び合う2人だが、その間にソングがズバっと毒を入れる。


「しかしお前ら、その"独特な笑い"を見極めることが出来るのか?」

「「…………」」





3人と1匹は首を垂らしながら、水路の縁に沿って歩いていく。
果たして、村に着くことが出来るのか、不安なところである。



+ + +



牛の花子の手入れを済まして、タロウは我が家のドアを開けて中に入る。
するとすぐに飛び込んでくるのはハルカとエリザベス。
2人はタロウのことが大好きなのだ。


「タロウ様!会いたかったですわ!」


いや、たった数分間会ってなかっただけじゃないか。


「おらの花子はやっぱべっぴんさんだぁ」


やはりタロウは相手の話に合わせようとしない。
しかしそんなこと関係ないらしく、ハルカはハルカの道を貫く。


「タロウ様ー!ハルカあなたと会えて嬉しゅうございますわ」

「大根うまいだぁ。だけど花子はべっぴんだぁ」


この様子からタロウは牛の花子のことを相当気に入っているようだ。
しかしそんなこと関係ないらしく、ハルカはハルカだった。


「わたくし、タロウ様のそういうところがお好きですわ」

「おらの大根の素晴らしいところは実の引き締まり方と味の甘味だぁ」


話がかみ合っていないよと教えてあげたいが、この二人の世界には入れないオーラが漂っている。
そのため3人は黙っている。
クモマも諦めたらしくコップに口をつけていた。

タロウがハルカに抱きしめられているとき、エリザベスはタロウの足元にいた。
そして何かを言っている。ブヒーと何かを訴えている。


すると、ハルカが突然その場を退いた。
目を見開いて、手で口を覆っている。それはまさに怯えている様子。

エリザベスはまた叫ぶ。可愛い声で叫んでいる。
メンバーはエリザベスの様子がおかしいことに気づいた。
そしてタロウも気づいた。


「そうかぁ。それは大変なことになっただぁ」


しかしタロウはマイペース。その場から退こうとはしていなかった。
足元にいるエリザベスともっと会話をしたいのか、しゃがんでエリザベスと同じ目線に持っていく。
エリザベスもタロウを見上げて、二人は見つめ合う。

静かな中、響く声はエリザベスの鳴き声だった。
それは懸命に何かを伝えているように聞こえる。

それに頷くのはタロウ。まさかエリザベスの言葉が分かるのか。何度も頷いている。
動物と共に育むと自然と言葉が通じるようになるのだろうか。
そうするとチョコはそのため動物の言葉がわかるようになったのだろうか。


やがてその場には鳴き声以外の声が響くようになった。
タロウが口を開いたのだ。


「もうそんな時期なんだなぁ」

「タロウ様、どうしましょう!今年は何を差し上げるのですか?」


差し上げる?


「んだぁ。残念だけどこの大根をやるとするだぁ」

「え?!タロウ様があんなに気に入っていらしていたのにですか?」

「仕方ないだぁ。この野菜らだって全ては奴らに差し出すために作ってるんだぁ」

「タロウ様…」


奴らに差し上げる、とは一体何のことだろうか?
それを知りたく、興味深く首を突っ込んでくるのはメンバーだった。

目の色を変えてクモマが問うた。


「申し訳ないんですが、あなたたちの言っている内容、詳しく教えてくれないでしょうか?」


すると先ほどまであんなに話を聞かなかった二人が、ようやく答えてくれた。


「んだぁ。おらたちの村は毎年限られた時に…………」











あれはいつのことだろうか

突然村を襲ってきたあいつらが
貪欲にいろいろと強請ってくるようになったのは














ふと部屋の隅に飾ってある花瓶、そこには花がある。
しかし違うオーラが漂っていた。


―― ………"ハナ"か…?


トーフは横目でその花瓶を見、そう思ったがタロウとハルカの話を聞くために今は行動を控えた。














前までこの村に不足しているものはなかった。
自然もあるし、綺麗な空気もあるし、人々も、動物も、農作物もある。


しかし、今は、とあるものが不足している。




笑顔が、今この村には ない。








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何を考えたのか今回はエリザが中心の話です。

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