些細な噂ごとでも、信じることは大切ではないだろうか。


33.ビリーヴの村


胸の中にいる熱いトーフ。ずっと自分の服を掴んで苦しそうに息をしていた。
残念なことに今は雨の中。不運は次々と重なってしまう。
トーフを助けてあげたいのに、雨は容赦なく打ち付けてきて、メンバーを冷たくしていく。

服が髪が水分を含んで重くなる。
しかし歩くのはやめない。
メンバーは助けを求め、歩くのだった。


「誰か、お願いします!」

「俺らの仲間が今ひどく病気なんだぜ!」

「熱がひどいの!誰か助けて!」

「おい、誰かいないのか?」

「家から出てくれたっていいじゃないの。ケチンボね」


雨の中メンバーは必死に呼びかけた。
ずっと「助けてください」と叫ぶのだが、誰も出てこない。
家はポツリポツリとあるのだが、中には人はいないのか?
…もしかしたら雨の音で自分らの声が掻き消されているのかもしれない。
そう思ったため、クモマはより声を張った。


「お願いします!仲間を助けてください!!」


連なってメンバーも声を張るが、やはり雨の音は強い。
そのため空振りになるメンバーの声。


「…トーフ…」


トーフの病気が悪化しないようにクモマは身を屈めトーフを打ちつける雨を妨げてあげた。
これで少しは雨の冷たさを浴びずに済むだろう。


「誰かお願い〜!病人がいるの〜ひどく熱があって苦しそうなのよ〜!」

「おいおいおいー!誰か出てくれたっていいじゃねーかよー!誰もいないのか?」


チョコとサコツが声を張るのだが雨の音の方がより強くなる。
よってその場は雨の音に密集されてしまった。


「…クソ!ふざけてる…」

「雨のバカ〜!もう雨なんか大嫌い!!」

「この雨、強すぎだぜ…。どっかで俺らも休もうぜ」

「そうね。このままだととろけちゃうわ」

「ここは人間としてとろけるな!!」

「…トーフ、大丈夫?」


全員が喚いている中、クモマはそっとトーフに問いかけていた。
しかしトーフは答えない。空気を体内に取り込むことに忙しいらしく、先ほどからゼエゼエと荒い息をしている。
その呼吸音を聞いてクモマはまた歩き出した。
こんなに苦しそうにしているんだ。早く寝かしてあげなくちゃ。暖めてあげなくちゃ。
だからとにかく人を見つけよう。
そうでなければ、トーフの病状が悪化してしまう。


「急ごう!もっと村の奥に行ってみて人を見つけよう」


クモマの声に全員が頷いた。
そして呼びかけを続けながら早歩きでその場を去っていった。

暗雲がこの地域を覆っているため、場は暗い。
家の中にいるとしたら電気をつけないと過ごしていけないだろう。
しかし周りにある家からは光は見えない。

だが、そんな家の窓の隅に影が映った。
モソモソと動きながら影は一部を見せる。人間のようだ。
人間が頭を出して窓から外の様子を窺っているみたいだ。
メンバーがこの辺りから去って行くのを見て影は急いで家の奥へと引っ込んでいった。



+ + +


暫く声を張りながら歩いていたのだが、メンバーの前に村人は現れなかった。
不運にも雨が邪魔をしてくる。
おかげでメンバーも徐々に元気がなくなる。


「……大丈夫か?トーフ」

「何でどの家にも電気がついていないの?こっちは本当に困っているのに…」

「村人全員で鬼ごっこでもしているのかしら」

「子供心持ちすぎだろその村!」


オチャメな発言をするブチョウに突っ込んでからソングはトーフを覗きこむ。
珍しい、ソングが仲間を心配しているとは。
そのため思わずクモマはソングに声を掛けた。


「トーフ、苦しそうだろう」

「そうだな。…しかしこの苦しみようは異常じゃねえか?」

「え?どういう意味?」


クモマが訊ね、ソングが答える。


「風邪だとしたらクシャミもするだろうしセキもするはずだ。しかしこいつの場合は熱だけだ。しかも風邪になる原因がよくわからん。気温が急激に下がったわけでもないし、特にこいつは水が苦手だ、水の中にも入っていない。とすると、ただの風邪じゃなさそうだ」


何度か風邪を引いたことがあると言わんばかりの発言をするソング。
しかし他のメンバーは風邪を引いたことがないため、「へーそうなんだ」と関心するだけだった。
ダメだこいつら、と一瞬だけ眉を寄せ、ソングは言葉を続けた。


「医者のところを訪ねたほうがいい。そっちの方がちゃんとした病名もわかるし薬ももらえると思うしな」

「医者って何?」

「え?風邪以外に病気ってあるの?」

「薬ってうまいのか?」

「アメリカンブルーはドジョウ色」

「おい?!お前ら何も知らねえのかよ?!ってか白ハト!アメリカンブルーの存在もドジョウ色の存在もわからねえよ!何だドジョウ色って!!テカってるのか?!」


ソングは常識知らずなメンバーに頭を抱えた。
そして「こんなところで突っ立っても仕方ないし、呼びかけを続けよう」ということで再び声を張りだした。
「医者はいないか」という言葉も付け加えながら。
だが、雨はメンバーを楽にさせてくれない。
嘲笑うように雨は音をうるさくするのだ。
雨が強くなるたび、髪が重くなって自然に頭が垂れる。
トーフは相変わらず苦しそうだ。クモマがトーフを覆っているためトーフには然程雨は掛からなかったがそれでも心配だ。


「誰か、お願いします!!」

「お医者さんいませんか?何の病気なのかも分からないの」

「お願いだから誰か出てきてくれよ」


しかし誰も出てこない。
家はあるのにどこからも光は燈っていない。
見える限り、影もない。

ここには人はいないのか?


「何故誰もいないんだ?」

「変ね。誰一人いないのはおかしいわ。やっぱり鬼ごっこをしているのかしら?」

「もう子供心は捨てちまえ!!」

「何処の家も留守なの?いくらなんでもそれはありえないよ〜」

「だよなー…。なあ、ためしにどっかの家に押しかけてみようぜ?」


誰もいない村に不審を感じたメンバーはサコツの言葉に賛成し、早速近くの家に近づいた。
この家にももちろん光は燈っていない。
家に誰もいないことを承知の上でトーフを抱いているクモマが一歩前に出た。
そして、軽くノックした。


「すみません」


トントンと音を鳴らしてクモマは家の中に響かせるように呼びかけ始めた。


「仲間が今病気で苦しんでいるんです。もし家の中にいたら助けてください。お願いします」


しかしそこから返ってきた言葉は一切なしで無音だった。
シンと静まったため、ここには人がいないという訳で次の家に当たってみた。

先ほどの家の作りと全く違う家。そこの庭に入ってドア前に立って


「すみません」


ノックをして呼びかけて…。しかし結果は全く同じ。
また別の家に当たってみるが同じだった。


「やっぱり人がいないの〜?信じられない…」

「おいおいおいー!お願いだから誰か出てきてくれよー」


どこも結果が同じなため、ついにメンバーは行動に出ることにした。
全員がドアを叩いて、叫びだした。


「隠れてるのか?だったらさっさと出て来い」

「ケツアタックぶちかますわよ」

「本当にお願いします!僕らの仲間を助けてください」


トーフをより一層強く抱いて、クモマはドアに向けて深く頭を下げた。
すると、奇跡が起こった。
何とメンバーが叩きまくったドアが開いたのだ。

それに気づくとメンバーの顔色は雨の中ではあるが晴れだした。


「すみません、お願いします」


この場所からドアを開いた人の姿は見えないがメンバーはそこを凝視し、お願いした。
ドアはゆっくりと開いて、ついに中にいた人の姿を見ることができたのだが、メンバーは一瞬目を疑ってしまった。
目の前にある光景が信じられないものだったから。


「…………っ!!」


メンバーの目線の先にいる人は非常に強張った表情をして、それでもこちらを睨んでいる。
その人の手には、光る凶器、包丁が握られていた。
包丁の先はクモマが抱いているトーフに向けられているように感じる。


「…ここから出てって…!」


包丁をギュッと強く握り締めて、その人はメンバーに再度忠告した。


「ここから出てって!ここはあんたの来る場所じゃない!!」


あんた?
何故単数形だ?
ここにいるのは6人なのに。


「ちょっと待ってください!仲間が病気なんです!助けてください!」

「うるせえよガキ!この罰当たりが!何故そんな不吉なもん連れてきやがった!!」


どんどんと言葉遣いが強くなる村人に全員が唖然とした。
そんなメンバーに村人は握っていた包丁を突然振り回しだした。
刃が肌に触れそうになってメンバーは絶叫だ。


「きゃー!何するのよー!危ないじゃん!」

「おいおいおいー!どうしたんだ?何でそんなことすんだよ?俺たち何もしてねえぜ?」

「してる!この罰当たり!!とっととそいつを連れて出ていけぇ!!」


最後はほぼ悲鳴に近い声だった。
村人に包丁で脅されメンバーは無意識にその場から駆けて離れていた。


「クソ!意味分からね!!何ださっきの奴!」

「感じ悪かったねー…あそこまで言わなくてもいいじゃないの…」

「そうだよね。だけど僕たちも人の家の前で騒いだしそれが原因の可能性もあるよ?…とにかく次当たろうか」


そういいながら次の家のドア前に立つ。
すると驚いたことに、ノックをする前にドアが開いたのだ。
だが、またメンバーは絶叫することになる。


「こんの罰当たり!!」


この家の主も何故か怒り頂点だった。
手に持っていたホウキを振り回してメンバーを散らす。
なぜそんなことされるのかわけ分からないためメンバーはここから引き下がらず尋ねる。


「一体どうして」

「いいからここから出ていけ!そいつを連れてどっか行け!むしろそいつを捨てろ!!」


ついには手元にあったホウキをメンバーに向けて飛ばし、更に身近にあったものを投げ出す村人。
メンバーはわけ分からずその場から離れるハメになった。


それからもいくつかの家を訪問したのだが、同じ目に遭うだけだった。
幸いにも怪我人は出ていないのだが、何だか心が痛んだ。

村人全員が言う言葉、それは全てトーフに向けられた言葉に聞こえたのだ。

  トーフを連れてくるな、罰当たりだ。

そういわれている気がしてならなかった。


村人に物を投げられ、どんどんと村の端まで追い出されたメンバーは完全に途方に暮れていた。
雨はまだ降っている。
服も濡れ、動きが鈍くなっているが動くのはやめない。
クモマの場合はトーフに雨が当たらないように腰を曲げトーフを包んでいる態勢のため、さすがにつらそうだ。


暗雲が降りていたから陽が落ちていることに気づかなかった。
今は既に夜だった。


どこかでトーフを寝かせてあげたい。
どこかで身を心を休めたい。


そう思いながら足を運んでいると、また家が見えてきた。
この家もメンバーに気づかれないように電気を消しているかと思ったが、この家だけは違った。
家の中から優しい光が燈っていたのだ。


ドアの前に立って、クモマは最後の挑みだ、とノックをする。
するとドアはすぐに開いた。
黄色い光は闇の中に長く伸びる。
家の中から現れたのは、男の老人だった。


「すみません…お願いがあるんです」


村人の姿を見るのに悲痛を感じたクモマは目をあわさず目の前の人に声を掛けた。
するとまた驚くべき光景を目にすることになる。
それは先ほどまでの悲惨なものではなく、とても身にしみるもの。


「これは大変じゃ!今すぐ寝床を用意するから皆家の中に入っておくれ」


長時間雨に濡れたメンバーの姿を見て、そしてクモマの胸の中にいるトーフを見て、老人はそう声を掛けると、メンバーを家の中に入れて急いでドアを閉めた。


家の中に入ると温かいものを感じた。
人に助けてもらうって、こんなに嬉しいものなのだな、と。


そして濡れたトーフの体を拭いてからベッドに寝かすと、メンバーもタオルを借りて濡れた体と頭を急いで拭き取った。







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