・・・

  ・・・・・・



グッタリとしているトーフ。首なんかまるで折れているように安定感が無い。
クモマの肩に頭を預けている。

クモマはそんなトーフをガッシリと抱いていた。
感じ取っているのだ。体温と心臓の音を。


体温は、ある。むしろ熱い。雨の中トーフを抱えていたときの体温よりも高くなっている。
よかった。冷たくない。

次にクモマは耳をトーフの背中につけて聴いた。心臓の音が鳴っているかを確認する。


  ・・・・・・・


心臓は…


  ・・・・・ト・クン・・・・



本当にゆっくりだけど、鳴っている。
心臓が鳴っている。


生きている…!



「トーフ。大丈夫かい?意識はある?」


トーフの体に響かないように、優しく囁いてみる。
しかしトーフは期待に答えてくれない。動かない。そのためクモマの思うがままに動かされる。

ポンポンっと軽く背中に手を弾ませて再度トーフの反応を見た。



「帰ろう。ヒジキじいさんの家に」


「大丈夫だから。キミはきっと治るから、ね?」


「ほら、行こうよ」


「皆キミのこと心配しているよ。早く帰ろうか?」


「ね?トーフ…お願いだから…」


「……動いてよ…」



トーフの頭が肩に乗っているのに、あまりにも力の無いトーフ、こんなにも軽いものなのか。
心臓は微かに動いていた。
それなのに彼は動いてくれない。


「…帰ろう………」


そう言っているもののクモマは帰らなかった。
膝を地面につけたまま、自分の半身はトーフを包んで。

こんなトーフ、他の皆に見せたくなかった。
回復魔法なんか呪いに勝てるはずがない。クモマの回復魔法は怪我にしか通用しない。
だからクモマはそれがイヤだった。
内心が傷ついている人を彼は救ってあげることが出来ないのだから。



そんなふうにクモマが悲しんでいるときだった。
肩に感触が走ったのだ。
肩に乗っているものがほんのり動いている。つまりトーフの頭が動いたのだ。
ゆっくりとゆっくりとクモマの肩にトーフの頬がなぞっていく。そのときに血を浴びてしまった。しかしそんなのことどうでもいい。クモマは嬉しかった。
トーフがやっと反応してくれたのだ。


嬉しくて嬉しくて。


「トーフ…!」

「………………………ク…モマ………ぁ…?」


ほぼ息と一体化した声だったがトーフは声を出してくれたのだ。

トーフは生きている。
それだけでも、嬉しかった。


「よかったトーフ…僕キミが動かないから…」


クモマがこの喜びをぶつけようとした途中、トーフが全てをひっくり返した。



「…何で……ワ…イの…あと…追ってきた…ん?」



「え?」



背中にゾゾっと悪寒が走った。
思いもよらかなった言葉に心が一気に冷めた。

トーフはこんなにも熱いのにクモマの心は冷たくなっていた。
ショックだった。トーフにそんなこと言われたのが。
胸が窮屈になる。心が冷え切って胸にまで影響する。
心臓があるはずの場所が、とても痛かった。

そしてトーフは息をするたび言葉を作る。


「ワイ…は…もう…死ぬんや……ほっといて…や…………」

「な…っ!」

「もう無理や…血が止まらん……ワイを放して」

「イヤだよ!トーフこんなにもボロボロじゃないか!」

「だ…から…言うてるんや……あんたを…血に…呪いの…かかった…血に…」

「キミの血自体には呪いはかかっていないよ!だから」


クモマは懸命に反論するがトーフは聞かない。


「…ワイは…呪われし…化け猫や……もう…あんたらと…旅……なんか…できん………」


この台詞、前に聞いたことがある。
そうだ。昨夜、眠ろうと目を閉じたときに脳裏に浮かんだトーフが言っていた言葉だ。
こんなにも弱弱しくは言っていなかったが、だけど状況は似ている。

血まみれのトーフがこの台詞を言っている、というところが。



「これ以上ワイに…拘ると…あんたらに…まで…呪…い……移って…しまうかも……し…れん」

「心配ないよ…」


しかしクモマの声は空振りするばかり。
トーフは続ける。昨夜の通りに。


「すまんな…」

「……トーフ…」

「だけ…ど……ワイも…この…呪い…を……解こう…とは……思わん…」



そしてトーフは締めを言った。



「…せやからな…ここで…………」


  おさらばや。




そんなこと、言わせない。



「いや、僕らがキミの呪いを解いてみせるよ。キミを死なせない」


クモマがそう言うとトーフの態度はガラっと変わってしまった。


「ふ、ふざけんじゃないで…!」


クモマの腕から何かが抜けた。
大切なものが抜けた。そう、トーフ。

トーフはクモマの腕からすり抜けるとそのまま逃げ出していた。
しかし元々高熱でふらついている足。そしてその場はトーフが作った血が塗れている。
そのためトーフは滑って転倒していた。

べちょっと嫌な音が鳴り、血飛沫ができ血の模様は地面に広がる。


「トーフ!」


気づけばここはこんなにも血まみれだったのか。
トーフがいる場所全てが血の地帯になってしまう。
クモマはそんな血の海を駆け、倒れているトーフを捕まえようとする。
だけれどトーフは倒れたまま逃げる。地を這って手足を動かして、血を掻いていく。

血の海を泳いでいくトーフを見て、クモマはまた胸が痛くなった。


「何で逃げるんだい?」


何故か自分から逃げようとするトーフ。クモマは諦めない。トーフを捕まえようと手を伸ばす。
だがトーフの声に妨げられてしまった。


「ワイは死にたいんや!ワイに構うな!」


トーフは血を浴びて元気を取り戻したといった感じで叫び続ける。


「ワイはな、元は死んでいるもんなんや!せやから生きていてもしょうがないんや!」

「な…」

「どうせ呪いは解けん!あの本読んだんなら知っとるやろ?!あの男にしか解くことができないんや!ワイは死ななければあかんのや!だから邪魔すんな!!」


トーフが叫ぶたび地を這っている血の面積が増えていく。叫ぶと同時に口から血が出ているのだろう。
両目も本当に真っ赤で、同じ色が地面を塗らしていっている。


何ていう姿なのだろう…。


思わずクモマも手を止めていた。



「……トーフ……」


しかしクモマは諦めなかった。
震える拳を握り締め、自分の足元でもがいているトーフを見やった。
トーフはまだ逃げようと手足を動かしている。

もし、泪というものがあったのなら、泣きたいところだった。
しかしこんなことで泣いてどうするんだ。

クモマは思った。

僕は泣いたらいけない。
泪は人に見せるものじゃない。

人に見せる感情は


笑顔だよ…。




「僕から逃げないでよ…」


しかし今は笑顔は見せられなかった。
だって本当に悲しかったのだから。



「どうして、死にたいって言っちゃうの?そう簡単に死んだらダメだよ…」


クモマの声は悲しみに満ち溢れていた。
それなのにトーフは聞かない。前へ前へ這うばかり。



「ダメだよ。何処に行くんだい。キミはこんなにも血が出ているじゃないか」

「…邪魔すんなや。ワイを1人にさせてえな」

「させないよ。一緒に帰ろう?」

「さっきからじゃかあしいんじゃ!!」


最後の大胆な叫び声が悪かったのか、トーフはこの後大量に血を吐いた。
最初ヒジキの家で見た血よりはるかに赤い。原色の赤。
辺り一面が赤く染まり、クモマの足元にまた一層多い血ができる。


「ごめんね?ごめんねトーフ」


もうつらかった。
呪いで血の循環の狂っているトーフを見るのがつらかった。

無意識だった。
クモマは地を這っていたトーフを捕らえて胸の中に包み込んでいた。
窮屈だった胸がこのとき和らいだのがわかる。
しかし胸に広がる血の感触。


「うるさくてごめんね?邪魔してごめんね?勝手に抱いてごめんね?」


クモマの胸の中に入れられトーフは身動きが取れなくなっていた。
だけど逃げたい。だからクモマを引っ叩くのだ。
その姿は人に慣れていない猫がする動作と同じだった。


「アホ!クモマのアホ!ワイの邪魔すんじゃないわ!」


いくら頬を叩いてもクモマは動じなかった。
だって、痛みを感じないのだから。


「邪魔でごめんね。だけど僕の意見も聞いてほしいんだ」

「…っ」

「お願いだから一度だけでもいい、耳を傾けて」


懸命に頼んでクモマは言葉を発する時間をいただいた。
トーフは叩くのを止め、ただじっと他の方向を睨む。しかし血はどこからともなく溢れ出ている。
もう時間はせまっているみたいだ。

だから早く家に帰らなくちゃ。


「僕もね…」


自分の気持ちを訴えた。


「人の笑顔が好きなんだ」




クモマから出た言葉に驚いた。こんなこと言われるとは思ってもいなかったから。
けど、だけれど、そんなこと今はどうだっていいんだ。


「だからどうしたっていうんや?」

「うん…」





僕、思うんだよ。


生き物が生きている理由、それって人の笑顔を見るためじゃないかなって。

どの生き物だってそうだよ。
動物も、虫も、植物も、人がいてくれているから、生きているんだよ。
どんなに生命力が小さくたって、人の笑顔がエネルギーとなって長生きできる。

キミだってそうじゃない?


笑顔が見たいから今まで生きていけたんじゃないか。

笑顔が見たいから僕たちと一緒に旅をしてたんじゃないか。



それなのに、途中で終わっちゃってどうするの?



キミにはまだしないといけないことがあるじゃないか。


キミの大好きな"笑い"を吸い取る"ハナ"を消さなくっちゃ。


これからも笑顔を見て、生きなくっちゃ。





「だから、死ぬって言わないでよ」



クモマの言葉がトーフの耳から入り体を渡って、目から出て行く。
血の泪として出て行く。


「ワイは呪いを受けているんや」


―― だからもう生きていけないんや。


「呪いぐらい僕らが解いてみせるから」

「やめい!勝手に人の呪い解こうとするなや!」

「?!…どうしてそんなこと言うんだい?」


クモマの説得はトーフに通じなかったのか。
トーフはまた叫んでいた。呪いを解いて欲しくない理由を大声で血を吐きながら、言っていた。



「こん呪いは、人々がワイに始めて笑いかけてくれた、そのきっかけのもんなんや!だから解かんどいて!お願い…!」




そんな理由…?




「この呪いがあるから今のワイがあるんや!笑いのきっかけとなった呪いがワイを勇気づけてくれるんや」


キミは、本当にそれでいいの?


「どんなにバカにされようともワイにはどれも貴重な"笑い"なんや!ワイはな、あのとき笑顔が見れてホンマ幸せやったんやで!」

「幸せ?何言っているんだい?」


ウソつくんじゃないよ…。


「キミは、こんなにも泪を流しているじゃないか…」


クモマは抱いた。
胸の中でどんどんと力が無くなっていくトーフを。

しかしトーフは反抗する。


「ウソ言うなや!ワイのどこに泪っちゅうのがあるんや!全部血や!呪いで狂った血やんか!汚い血を泪と一緒にするな!」


微かにだけど、トーフの声にも力がなくなってきている。


「…もう…無理しなくてもいいんだよ…」


優しい優しいクモマの囁き。
弱ってきているトーフをクモマは抱きしめる。
逃げようとするトーフだが力がなくなっているため逃げられない。


「……っ…」

「僕はね、10年ほど前に自分の心臓を失って。そのときに泪も失っちゃったんだ」


突然自分の過去を話し出したクモマにトーフはただ驚くばかりだった。
クモマは語りかける。


「泣きたくても僕はもう泣くことは出来ないんだよ。どんなにつらくても痛くても僕は泣けないんだ。だけどキミは泪を持っている。だから泣いてもいいと思うよ」

「…」

「もう強がらなくてもいいから、キミは泣いていなよ。だけどその分僕が笑ってあげるから。キミに笑顔をあげるから。キミをもう苦しませないから。キミに笑いかけない人の分、僕がいっぱいいっぱい笑ってあげるから」

「…………」

「だから、生きよう?」

「……………………」




笑顔…

そうや、ワイは笑顔を見たくて、今まで生きてこれたんや。


笑顔がこの世にあるから、ワイは生きたいと思うようになった。


人の笑顔がこんなにも美しいものだと驚いた。せやからその笑顔をワイはもらいたかった。



せやけど人はワイに笑ってくれなかった。
嫌悪を抱かれていつも見せられる顔は怒りと悲しみ。



ワイは、それの正反対のものである笑顔を見たかった。





本当は、本当はな、ワイ、呪いにかかりたくなかった。
呪いなんかもらいたくなかった。

笑顔をもらいたかった。


人を幸せに出来る"笑顔"見たかった…












「もっと早く、あんたと会いたかった………」






トーフは泣いた。
赤い血の泪を幾つも幾つも流して、クモマの胸を抱いて言っていた。



「笑顔を見たかった。もっとはよから笑顔を見たかった。心温まる笑顔が見たかった……!」

「うん」

「本当はみんなともっと一緒にいたいんや。みんなと一緒にいたらいつも笑顔に包まれる気がするから…」

「うん」

「ワイはみんなから離れたくない…ワイ今までずっとずっと一人ぼっちだった…」

「うん。大丈夫だよ。キミはもう1人じゃないから」

「ホンマおおきに。ホンマ……」



しかしここでトーフはまた血を出していた。
口から目から鼻から出る血がクモマの体を赤くするがクモマはトーフを抱きしめ続ける。
体がまだ熱いトーフを抱くのみ。

トーフは泣く。
不意に流れる呪いの血ではなく、心が震わされてできた泪を血として流す。
血まみれのトーフはクモマの胸に自分の血をたっぷりつけるほど、強くクモマに顔をつけていた。

―― 抱いてもらうのも、初めてだった。




「クモマ、お願いがあるんや」

「何だい?」

「ワイ、まだ生きたいんや。皆と旅がしたいんや。死にたい言うてたけどホンマは笑顔をもっと見続けたいんや」

「うん」

「この呪いが邪魔なんや。ホンマ自分勝手ですまん。せやけどお願い」







「ワイを助けて…」






真っ赤な真っ赤な瞳には黒い髪の少年が映っていた。
血の泪のせいで綺麗に映らないがその少年は確かに


笑っていた。




「まかせて」




そういうとクモマは胸の中で眠るトーフを抱いたまま膝を立て、太陽と正反対の方向へ歩いていった。









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よかった。トーフ、生きてたよ

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