まだ目が覚めていないのかと思った。
実際に就寝したのは今から2時間ぐらい前だったし、なかなか寝付けなくて暫くは皆とおしゃべりしていたんだ。
だからこれはきっと夢なんだ。夢なんだ…


「ヒジキじいさん?!」


クモマの意識をハッキリと現実に戻したのはチョコの悲鳴だった。
これは夢ではなく現実だった。
実際に赤い世界は目の前に実現している。

血まみれの部屋。床のじゅうたんも赤く染みて、鉄の匂いがつんと臭う。


「あら、血まみれじゃないのこの部屋」

「ヒジキじいちゃんが倒れてるぜ?!」

「おい!大丈夫か?」


まだドアノブを捻ったままでいるクモマを押してメンバーは急いで血まみれの部屋に駆け込んだ。
背中を押され倒れそうになったクモマだが踏ん張って立ち止まる。
しかし足元のじゅうたんが妙に湿っているため変な感触がつま先で感じ取れた。

こんな残酷な光景、はじめて見た。
部屋中が血に染まっているなんて…一体この部屋で何が起こったんだ。
しかも…部屋の真ん中でヒジキが倒れている。

メンバーはヒジキの方へ向かって走り、そして膝をじゅうたんにつけた。
ヌメっと生暖かいものが膝をぬらしていく。


「おいおい!じいちゃん大丈夫かよ?!」

「ど、どうしよう…救急車救急車!!」


真っ赤な部屋の中でメンバーは混乱状態に陥られた。
この部屋の中にいるだけで自分までも赤く染まりそうになる、そんな感覚がする。

血を十分に含んだじゅうたんの上にうつ伏せで倒れていたヒジキは文字通り真っ赤になっていた。
この血はヒジキが流したものなのか?

とにかく意識を戻してあげようとヒジキを抱き起こしていたサコツがペチペチとヒジキの頬を叩いてみる。すると…。


「………うぅ…ん…」


反応があった。
眉をヒクヒクと動かし、顔中がしわだらけになるヒジキ、そのあと目を開けてくれた。
その反応に素直に喜ぶメンバー。


「あ、よかったー…」

「全く、驚かせるんじゃねえよ」


大きく胸をなでおろすチョコに対し、ソングは目の辺りを顰めていた。
それに注意するのはサコツだった。


「おいおいおいー。ヒジキじいちゃんが血まみれで倒れてたんだぜ。その言い方はあんまりじゃねえか?」

「そうよそうよ!ソングったらどこまで愛想が無いの?本気で心配してみたらどうよ〜!」

「う、うるせえな!さっきの言葉にもきちんと意味があんだよ」


サコツと一緒にチョコも反論したが思いもよらない言葉が返ってきたので二人で口先を尖らし顔を見合わせた。
一体どういう意味?と表情だけで交し合っているとき、ヒジキが自ら答えてくれた。



「…………寝てた…」


「「寝てたのかよ?!!」」


何とヒジキはただ寝ていただけだった。
ソングはそのことに早々と気づいたらしく先ほどの発言をしたのだ。
そして何気にブチョウも感づいていたらしくあえてソングに口出ししなかった。


「いやぁ…眠くて眠くて…気が付けば朝になってたのう」

「ただ寝ていただけ?!ええ!そしたらその血は一体何なの?!」

「…血……?」

「自分の体見てみろよ。血まみれだぞ」

「うお!本当じゃ!一体どこから血が出たんじゃ?!」

「「気づくの遅いな?!」」


さすが老人。老人らしいボケだ。
しかしこの様子からヒジキは自分が血まみれになっている理由が分かっていない様子。
それに気づいたクモマが口出した。


「きっとじゅうたんに染みてた血によって赤く染められたんだろうね」

「だろうな」

「それか鼻血ね鼻血」

「いや!一体何をしたら鼻血がこんなに出るんだよ!」

「…ちょっと待ってよ。この血って一体何の血なの…?」


素朴な疑問に気づいたチョコは恐怖の顔でそう訊ねていた。
確かに、ヒジキが流したものではないのなら一体何が流したんだ?

それの答えは1つしかないだろう。



「トーフ?」


クモマがそう答え、不吉を悟って全員が一斉にトーフが寝ていたベッドに目線を移した。
すると驚くべき光景が目に飛び込んできた。


「「!!」」



真っ赤な真っ赤なベッドにはありえないぐらいの血が溜まっていた。
小さな血の湖が出来たベッドのくぼみはトーフが寝ていて出来たもの。
しかしそのトーフはそこにはいなかった。

血溜まりだけがそこにあった。


「トーフは?!」


全員がベッドを見て、この部屋が血だらけの原因がトーフであることがわかったのだが、その本人がいない。全員が叫び、辺りを見渡す。
しかし、いない。トーフはいなかった。


「何処いったんだよあいつ!」

「やべーぜ!トーフが消えちゃったぜ!」

「ちょっと待ってよ!トーフちゃんって熱も出していたのにどっか行っちゃったの?!」

「その前にタマったら血まみれじゃないの。何で動いたりしたのかしら?」

「…どうして逃げたんだろう…トーフ…」


そして、思う。
こんなにも血を流しているのだ。部屋を赤くするほどの血の量。これは尋常じゃない。
それなのにトーフはどこかに行ってしまったのか?
もし行っていたとしても一体何処へ?

高熱且つ呪いで苦しんでいるはずだ。
苦しくても行かなくてはならない場所が彼にはあるのか?


そのときだった。
ヒジキが自ら起き上がってトーフのベッドに近づいていったのだ。


「…これは……いくらなんでもヒドイ血の量じゃ…」


つんと臭う部屋の中、ヒジキはこう断言した。




「これでは、もう時期あの子は死んでしまう」

「「!?」」

「血がこんなに真っ赤じゃ。黒も混じっていない純の赤…これは血を作り出している心臓に最も近い場所で流れている血じゃ。その血が今わしらの目の前でこんなにも溢れておる……これはもう手遅れじゃ…」






+ +


あの本、"化け猫伝説"にはまだ続きがあった。

"あとがき"という形であるが、文が綴られていた。
不吉な言葉が幾つも幾つも並んでいた。





『ビリーヴ』のために黒猫退治に自主的に協力してくださったあのお方がおっしゃるには
黒猫にかけた呪いはあのお方にしか解くことが出来ないらしいです。
他の魔術師の手によっても解くことが出来ない強烈な呪いだとおっしゃっていました。
ありがたや、ありがたや。

血の循環を狂わせる呪いは血を永遠と流させることができるそうです。
あの黒猫は今『ビリーヴ』にはいないが、きっとどこかで血を流し続けているでしょう。

そして、黒も混じっていない真っ赤な血が流れ出したら、もう終わりです。

あのお方がおっしゃってくれました。
呪いには自信がある。確実に黒猫を仕留める。ゆっくりと確実に。

一番苦しい死に方をするように、仕掛けた。…と。



あなたがこの本を読み終えた頃も、黒猫は呪いに苦しんでいるでしょう。
いや、もう死んでいるかもしれません。




『ビリーヴ』の平和を願って、皆さんにこの慶びを捧げます。





+ +



ワイは、もうダメなんや…


血が止まらん。
ついには金色を保っとった左目までも赤くなってしもうた。

赤い血が両目から流れ、ワイを赤くしていく。



ラフメーカーの皆

ホンマ、すまん…




こんな中途半端なワイで、すまん。
皆に合わす顔がないわ、すまん。

今まで力になれなくて、すまん。

すまん。



勝手に死んで、すまんな。





+ +




「イヤだ!トーフちゃん!何処に行ったの?!トーフちゃああん!!」


その場はチョコの泣き声でいっぱいだった。
ヒジキからあんな告白を受けたのだ。それはショックだろう。
昨夜のサコツとの約束も忘れ、チョコは号泣だ。


「死んじゃうの?トーフちゃん死んじゃうの?ねえ!!」

「お、落ち着いてお嬢さん…」

「だってトーフ…今までずっと元気だったんだよ?呪いなんかかかっているというそぶりも見せなかったんだよ?食べ物だっていつもたくさん食べてたし、元気だったよ!トーフちゃんいつも元気…」

「落ち着けってチョコ!」

「トーフちゃんは私たちの仲間だもん!友達だもん!死なせたくないよ!」


あんなこと言ったヒジキにチョコは勢いで喰らいついていた。
拳を作ってヒジキの胸を弱弱しく叩いて悔しさを悲しさをぶつけていく。
しかし背後からサコツに捕らわれチョコは身動きできなくなっていた。
脇下に腕を通されて肩を固定されたためチョコの腕は動けない。
顔も覆うことが出来なくなってしまい、チョコはストンと力なく血の海に飛び込んだ。

チョコに力がなくなったので捕らえるのを止めチョコを自由にしてあげると、そのままチョコは泣き崩れてしまった。
血が染みているじゅうたんに頭をつけて、わんわん泣いた。

他のメンバーも行動では表さなかったが心はチョコと同じぐらいに悲しんでいた。
あのトーフが死んでしまいそうなのだ。
悲しいに決まっている。

全員が悲しみに満ち溢れていた。


「すまんのう、あんなこと言って…」

「いえ。貴重な情報ありがとうございました」

「しっかし、どうしてそんな危険なときに家出なんかしちまったんだ?」


確かにサコツの言うとおりだ。
死に際ならば普通苦しいから動けないはず。
しかしトーフは現にいない。血をたくさん流して高熱も出しているのに、
果たして何処へ行ってしまった?

それもヒジキが解決してくれた。


「場所はわからんけどのう…… ・・・・・・・・・」


ヒジキの言葉を聞いて全員が唖然としている中、クモマだけが家から飛び出していた。
その後すぐにサコツがクモマの後を追おうとするがブチョウに止められ、足を止めた。


クモマだけが走っていく。








曖昧な記憶だけど、地図を思う浮かべてクモマは走っていた。
外は雨が降っていないが、曇っている。暗雲がまだ空にある。
朝なのにこんな天気だと元気がしょげ返ってしまうが、今はそれどころではない。走る。
何処へ向かっているのか。それは無意識だった。
無意識にクモマはあの場所へ、彼のために走った。

木々を避けながら前へ進んでいる間、クモマの脳裏に先ほどヒジキが自分らに言っていたことが思い浮かぶ。



『あの子は元々は黒猫じゃ。つまり動物。動物には1つの習慣っていうものがあるんじゃ。
 それは…"死ぬ前に大切な人から離れる"ということじゃ
 どの動物も皆そうじゃ。動物を飼っている人になら一度体験したことがあると思うのう
 家で飼っていた動物が突然いなくなり、そのまま帰ってこないということが。
 それは死ぬ前触れを表しておるんじゃよ。動物は人に自分の死ぬ姿を見せたくないんじゃ
 優しい動物たちじゃのう。自分の醜い姿を人に見せ悲しませることがイヤなんじゃろう。
 だけど、こっちとしては一緒にいたものが突然消えてしまうことは悲痛なんじゃけどのう。
 せっかくなら大好きな動物の死骸は自分で埋めてあげたい。
 冷たい地上じゃなくて、地中の中に…』


























「…………………トーフ……」



彼は、いた。

冷たい地面の上を赤く染めて、さきほどのヒジキのようにうつ伏せになって倒れていた。





トーフは
自分らがいつも仲良く会話をしている場、憩いの場、旅の友である車の手前で
無残にも力尽きて……。




「…………動いてよ…トーフ………」



ピクリとも動かない真っ赤なトーフの元へクモマはゆっくり近づくと、抱き上げて体温を感じ取っていた。








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