静寂。
何の音もない。この世界は無音なのか、と問いたくなるようなそんな静けさ。

今は夜だ。
ヒジキに出してもらった布団の中で就寝しようと目を瞑ったクモマであったが、実は未だに寝れないでいた。

何度も何度も目を瞑っては頭の中を白くしようとするが、あのことが頭の中を駆け巡ってクモマの眠りの邪魔をしようとしている。
トーフの過去を物語っていたあの本の内容があまりにも残酷且つ衝撃すぎてリアルに頭の中で再現されてしまう。


 世界が赤くなるってどんな感じなのだろう。


目に呪いを受けて、あんなにも血を流して苦しんでいたトーフの姿、見たくないものだった。
自分の仲間が血まみれで、だけど本人は呪いに対して何も不安は抱いていない。
それだからどうしたらいいのか分からなかった。

どうしてトーフ、呪いにかかっても平気でいられるの?
キミは苦しくないのかい?


頭の中に浮かんでいるのはいつものトーフの姿だった。
遠くにいるトーフは無邪気にこちらに顔を向けている。
もみじ型の小さな手のひらを大きく振って、僕に何か言っている。
何と言っているのか聞こえない。
だけど何かとても幸せそうだった。
食べ物を食しているときとはまた違う、本当に幸せそうな笑みを浮かべて。

だけどそんなトーフが突然変異してしまった。
眼帯のある右目から血を滝のように流して、ついには穴ある全ての場所から血を流しだした。
一気に赤くなるトーフ。
血まみれの口をこう動かしていた。

―― ワイは、呪われし化け猫や。もうあんたらと旅なんかできん。
   これ以上ワイに拘るとあんたらにまで呪いが移ってしまうかもしれん。
   すまんな。
   だけどワイもこの呪いを解こうとは思わん。


   せやから、ここでおさらばや。





「…っ」


脳裏に浮かんだものを消去させようとクモマは勢いよく目を開いて無意識に天井を凝視していた。


「………」


嫌なものを見てしまい、寝返りを打つ。深いため息をつきながら。

寝返りしたため目に映る風景が変わってた。
何気にずっと起きていたクモマはこの暗さに目が慣れていた。
そのため暗いけれども何があるのかぐらいは見ることが出来た。

今、目の前にはソングがいる。


ソングは仰向けに寝ている…と思ったら、驚いた。ソングも目を開けていたのだ。
大きなソングの目は真っ直ぐに天井を睨んでいて、だけど口はこちらに向けて動いていた。


「何だ。お前も寝れないのか」


静かなその場、ソングの小さな声によって重く揺れた。
声を妨げる音がないためソングの声は意外にも響く。


「…うん。さっきから寝れなくて…」


重いソングの声にクモマの声が乗っかる。小さな声でも静寂の中では大きい存在になる。


「俺もだ。クソ、あんな話聞かなければよかった。おかげで寝れないじゃねえか」

「あ、僕もだよ。寝ようと思って目を瞑るんだけど、目の裏にトーフが浮かんできて……なかなか寝れないんだ」

「そうか。…アレ何か胸糞悪い話だったな」

「うん…聞いていてつらかった。何度挫折しようかと思った」


小さな談話はさり気なく流れていく。
このときクモマは、ソングとこうやってまともに言葉を交わすのって初めてかも、と思い新鮮な気持ちで一杯だった。
だけど心は深く傷ついている。あの話…トーフの物語を聞いてしまっているから。

お互い同じ気持ちなんだな。と思っていると、二人の間に別な声が加わってきた。


「あーねみぃー」


あくびを噛み殺して言ったのだろう、なまった声だった。
サコツの声を聞いて、ソングがすぐさま本業に入る。


「眠いなら寝れよ?!」

「眠いけど寝れないんだぜ」

「あ、サコツも寝れなかったんだ?」


またあくびを噛み締めるサコツもクモマとソングと同じで寝れない者だった。
きっと理由も同じであろう。
寝ようとしても寝れない。脳裏が睡眠を妨げようとするから。

サコツの声も加わってその場は小声のハーモニーが幾つも流れる。


「もうトーフが可哀想で可哀想で…あー寝れないぜ…」

「本当だよね…。あの話はいくらなんでもひどいよ」

「ああ。しかもあの本の書き方、見ていて腹立ってきた」


トーフのことが物語られている"化け猫物語"は村人視点のため、化け猫であるトーフが悪いように描かれているのだ。
それが悲痛だった。

あんな内容だと、トーフの気持ちがどうだったのか1つも分からない。
果たしてトーフはどんな気持ちであの場をやり過ごしていたのだろうか。


「トーフ、大丈夫かな…」

「どうだろうな」

「元気になってくれればいいんだけどよー…。どうやったらアレ治るんだ?」

「右目の呪いを解いたらイヤでも治るだろ」

「どうやって呪いを解くんだい?」

「俺が知っているはずないじゃねえか」

「そうだよね…」

「全く、凡ったら自分で言ったことも解決できないの?弱い男ね。弱男」

「うるせえな!そしたらてめえはどうやって解決す…ってちょっと待て!」


ここでソングが「弱男」と発言した者のいる方に目を向けた。
寝ているため上手く見ることが出来ないが、確かにいる。

部屋のど真ん中で仁王立ちをしているブチョウが。


「何でてめえがここにいるんだよ!」


ソングのツッコミにいとも簡単にサコツが答えてた。


「ブチョウ、最初からここにいたぜ」

「何?!」

「ヒジキじいさんがブチョウの分の布団をこっちに引いたんだよ。きっとブチョウを男と間違えたんだろうね」

「失礼しちゃうわね。私のどこが男に見えるって言いたいのかしら?私は何処から見てもピチピチのアフロボンバーな女の子なのに」

「待て、お前は外見はバッチリ男だし、その前にピチピチのアフロボンバーな女となんか一緒にいたくねえよ!」


小声なのに迫力のある声で突っ込むソング。

この部屋には男性陣が寝るようにとヒジキが布団を人数分出してくれていた。
クモマとサコツとソング、そして間違われたブチョウ。計4人。
その4人は今こうやって話を弾ましている。

つまりこの部屋では全員が目を開けていたのだ。
もう夜中なのに。あたりは暗いのに。


「ということは、向こうの部屋で寝ているのはチョコだけなんだね?」

「そういうことになるな。ったく贅沢だなあいつ」

「俺たちこんなせまっちー部屋で4人寝てるのに、羨ましいぜ」

「しかも意味不明に部屋のど真ん中にブチョウが立っているしね」

「しかも仁王立ちよ。逞しいでしょ?」

「ああ、そうだな。逞しいな」


偉そうに腕を腰に当てて胸を張るブチョウにソングが投げやりで答えていたとき、サコツが突然半身起こした。
ついには立ち上がるサコツにクモマが問うた。


「どうしたんだいサコツ?」

「あーちょっとトイレ」


そういうとサコツはてってけと急いで部屋から出ていった。
1人分の空間が空いて、部屋にやっと余裕が出来た。


「あら、チョンマゲったら。おねしょするのを恥ずかしいと思ってるのね?」

「当たり前だろ。誰だっておねしょだけはしたくねえよ」

「何よ凡は小さい頃アマンダスの似顔絵をおねしょで描いたことあるくせに」

「そんなハレンチなことしねえよ!ってかおねしょで似顔絵描ける時点ですげー天才的だぞ!」


話題の可笑しい二人のことは放っておいて、クモマはサコツに1つの不安を抱いていた。


「…サコツ、トイレまでいけるかな…」


極度の方向音痴であるサコツのことが心配なクモマの声は、見事空振り、おねしょの話題に消されてしまった。



+ + +


トイレに行こうと思って部屋から出ると、そこはチョコが寝ている部屋だった。
実はこの家は部屋と部屋の間に廊下というものがなく、移動する際は部屋の中を渡らなければならない構造だった。

不運にもここはチョコが寝ている部屋。
しかし部屋は真っ暗だしチョコも寝ているだろうし、このままそっと抜けていけば大丈夫だとサコツは忍び足でこの部屋を抜けていこうとした、が。


「………っ……」


暗い中で聞こえる声に気づいた。それは泣き声のようだった。


「……」


その声を聞いて、サコツは自分の目的というものを忘れていた。
一目散に声の方へいく。

すると、暗闇の中に桜色が浮かび上がった。
チョコだ。チョコが暗闇の中、布団の中にも入らず部屋の片隅で泣いている。


「……チョコ…?」


小声だけれどこの部屋中にサコツの声は響いていた。
桜色の髪が大きく揺れたのが見えた。チョコがこちらの存在に気づいたようだ。

暗いためよく見えないが、チョコはこちらを不思議そうに眺めているように見える。


「…その声は…サコツ?」

「そうだぜサコツだぜ。ところでどうしたんだよチョコ。寝ないでずっと泣いていたのか?」


何となく、他の皆に気づかれたらいけないように感じたサコツは、少しずつチョコに近づいていた。
チョコは壁に背中を擦りながら立ち上がる。


「い、今から寝ようと思ってたのよ」

「おいおいおいーこんなとこでウソつくか普通?俺はばっちり泣き声聞いたぜ」

「…う…」

「んでどうしたんよチョコ?」


1メートルぐらいの差を置いてサコツとチョコは向き合っていた。
いや、チョコは目線をそらしていた。気まずそうに目をキョロキョロ動かして、だけど真実を言った。


「トーフちゃんのこと考えていたら泪が止まらなくて…」


チョコもサコツたちと同じでトーフのことで頭がいっぱいで寝れない者だった。
思わずサコツは声を出さずに「な〜っはっはっは」と笑っていた。
それにチョコが頬を膨らませているのが暗闇でも見える。いや、目が慣れたのか。
チョコもずっと暗闇の中で泣いていたため暗さに慣れている様子。


「だって、トーフちゃん可哀想だよ。村人たちにあんなことされて…あー考えるだけで泪が出てくるぅ…」

「大丈夫かチョコ?」

「大丈夫じゃない…泪が止まらないのよ」


そしてそのまま泪に埋もれてしまったチョコ。指で泪を拭いて拭いて、それでも泪は止まらない。
もうどうすればいいのか分からずチョコはズルルと壁を滑って座り込んだ。


「あんなのひどいよー私だったら絶対に泣いてたと思うよ」

「そうだな、今こんなに泣いてるもんな」

「笑い事じゃないってもー!」

「な〜っはっはっは。チョコ泣きすぎだって」


座っているチョコの顔を見たくてサコツはついにはチョコの目の前まで迫りよっていた。
そしてチョコと同じ目線になるようにと座って、むき出しになっているチョコの頭に手を置いた。


「だけどよーチョコ。これってチョコの泣くような場面じゃねえと思うんだ」


突然凛々しい声になったサコツにチョコは一瞬動きを止めた。
顔を上げようと思ったがサコツが頭を押さえつけているため上げることが出来なかった。


「それ、どういうこと?」

「だってよーつらい目にあってんのはトーフだぜ。呪いっていうよくわからんやつもかかっているしトーフって悲しいものの固まりだよな」

「…」

「村人には傷つけられて、殺されて、彼岸花になって、それから生き返って、だけどまた傷つけられて、その上に呪いだぜ。俺だったら絶対こんな人生投げ出したくなるぜ。だけどトーフは一度も逃げようとはしなかったぜ。それってよーすげえと思うんだ。トーフってやっぱりすげえんだよ!だって俺たち5人を引き寄せてくれたんだし。これって全てトーフのおかげだと思うんだ」

「……」

「俺たちはトーフに感謝しなくちゃいけないと思うんだ。だから泣いたらダメだと思うぜ。泪は人の弱みを表してんだからよー。そんなのトーフに見せちゃ失礼だと思うんだ。やっぱここはよーラフメーカーらしく笑顔でトーフを迎えてやろうぜ?な?」


サコツの手が頭から離れたのでチョコは顔を上げた。
すると本当に目の前にサコツがいるため、サコツの表情がよく見えた。
サコツは笑ってた。いつもの無邪気な笑みを作っている。

おかげでチョコの泪もピタリと止まっていた。


「…サコツ」

「あ、俺トイレに行く途中だったんだ!やべー漏れちまうぜ!」


サコツはひざを伸ばして立ち上がるとトイレに向かおうと急いで足を動かした。
自分の元から離れていくサコツ。思わずチョコも立ち上がっていた。

そのときのチョコの目にはもう泪は浮かんでいなかった。


「サコツ、ありがとう」


チョコの笑顔の謝礼に、サコツも微笑んでいた。
そしてこの部屋から1つの影が消えた。



泪も止まったしチョコは寝ることにした。
ヒジキが出してくれた布団の中に体を沈めて。

チョコは思った。
そうだよ、つらいのはトーフちゃんなんだ。自分は全くつらくもないんだし泣いたらダメだ。
私はトーフちゃんが見つけてくれたラフメーカーよ。泣いてちゃダメ。ここは作らなきゃ。
笑顔を。周りの人も笑顔になっちゃうぐらいの笑顔を自分でも作らなくちゃ。


そう思っているうちに、チョコはいつの間にか寝息を立てていた。




+ +



そして朝。
トーフの様子を見に行こうとトーフに笑顔を見せようと早くから全員が起きていた。
トーフの無事を願いながら例の部屋のドアを開ける。
ここでヒジキがトーフの看病をしているはず。
そう思っていたのだが部屋を見た途端、全員が笑顔を崩し、一気に強張った且つ苦い表情を作っていた。

血生臭い匂いが部屋を満たしている。
真っ赤なベッド。真っ赤な部屋。

血の海のような部屋の中で、ヒジキが倒れている…。








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