何年前の本なのか、ホコリも所々浮かんでいるうえに黄ばんでいる。
ポツっと雫が零れ、本が一部濡れた。
「…そんな……これが…トーフちゃんなの…?」
泪をボロボロに流しているチョコが本を濡らしていく。
字が読めないサコツのためにヒジキが物語を読み上げ、その場は気まずい雰囲気に包まれた。
トーフのことが語っているこの本に全員が唖然とし、そしてトーフを見れなくなっていたから。
まさかあのトーフがこんなにもツライ目にあっていたなんて…。
そう思うと胸が痛み、トーフを見れなくなっていた。
「黒猫だからってこんなことするなんてひどいわね」
「全くだぜ…これじゃあトーフが可哀想じゃねーかよ…」
「…クソ…っ」
ブチョウもサコツも物語の残酷さに心を締め付けられて、ソングも悪態ついて目線を本からそらしていた。
感情込めて物語ったのだろう、ヒジキの目にはうっすら泪が浮かび上がっている。
「どうじゃ、これがこの子の物語じゃよ。何とも心の痛む話じゃろ?ワシもこの物語が苦手でのう」
「そうですね…」
「ったく、どうしてこんな最悪な事実を物語にして本に出したんだ?意味わからね」
ヒジキもこの話が苦手と言う、それなのに本が出版されている。
どうしてこんな暗い話、本にしてしまったのだろう。
ソングの問いにヒジキが答えてた。
「この村では化け猫を退治したことが相当嬉しかったんじゃ。だから本にして人々の心に一生残るようにと出版したんじゃろ」
「!」
ヒジキの言葉に全員が目を見開いた。
「そんなのトーフが悲しいだけだよ…」
そうクモマが呟いて、成り行きでトーフに目線を移す。
そのとき、思いもよらないものが目に映った。
知らぬ間にクモマは駆けていた。
トーフのほうに向かって、だ。
「トーフ!!」
クモマは叫びながらトーフの元にやってきていた。
メンバーもクモマの行動に目をやり、そしてその光景を見たものから駆けていた。
それぞれ悲鳴に近い声を上げて。
「そんな!トーフちゃん!!」
「おいおいトーフ!!どうしたんだよ一体?!」
「クソ!何てことだ…!」
「タマ?!」
やがて全員がガクガクと震えているトーフの目の前にやってきた。
ヒジキも遅いけれどもそこまでやってきて、ここでやっと悲鳴を上げていた。
「の、呪い?!!」
全員が見た光景とは、
血まみれになっているトーフ。
いつの間にこんな変わり果てた姿になっていたのだろう。トーフは眼帯の下から血をドクドクと流していたのだ。
まだそこからしか血は出ていないが、それだけでもトーフが寝ているベッドを赤く濡らす勢いだ。
血の海の上に寝ているトーフに全員がどうしたらいいのか分からず戸惑うばかりだ。
「呪い?!これが本に載っていた呪いですか?」
「そうじゃ。きっとこの子の体調が急に崩れたのも全てこの呪いのせいじゃろう。ついに呪いが発動したんじゃ」
クモマが訊ねヒジキが正確に答える中、ブチョウが行動に出ていた。
トーフの眼帯の下、呪いをかけられた右目、
そこから流れている血を指で拭いマジマジと見つめている。
その目は非常に真剣だった。
「…普通の血ね。こんなの人に伝染するはずないわ」
さすがブチョウ。今まで鳥族の防衛隊として何度か血を見たことがあるのだろう。
血を見て判断できるところがスゴイ。
そしてブチョウの言葉にヒジキが頷いていた。
「そうじゃよ。きっとこの子の右目の呪いは血の循環を狂わされる力のある呪いなんじゃ。この子の血自体には何も影響はない。それなのに人々はそれも気に食わずにこの子をほぼ追い出す形を作ったんじゃ」
「そんな…ひどいよぉ…」
「トーフ、大丈夫かい?」
血を休まず流しているトーフはまだ目を閉じていた。
寝ているのかと思ったが、クモマの声に反応し目をゆっくりと開ける。
そしてトーフも自分の右目の異常に気づいたのだろう、悲しみいっぱいの目をこちらに向けていた。
「…しもうたな…皆にワイのこと、知られてしもうたか…」
ぜえぜえと息づきが荒い。
汗だくで顔も真っ赤だ。
そして右目から流れる血がより赤を強調させる。
苦し紛れに言葉を発したトーフにヒジキが一歩前に出て、答えた。
「そうじゃよ。ここにいる子達はあんたの仲間じゃろ。だから本当のことを教えてあげたんじゃ」
「余計なお世話やねん…ボケぇ…」
「でもワシはあんたのためを思ってのう」
「…ワイは…自分のこと言わんようにと今まで口を固くしていたわ」
突然語り口調になったトーフに全員が耳を傾けた。
トーフは半身起こして全員と向き合う。そのときの反動で血が少々飛び散った。
右目を覆っている眼帯が赤くなるほどの血の流れ。
それを抑えようとしているのかトーフは眼帯に手を触れた状態で言葉を続けた。
「ワイが化け猫だと知ったらみんな嫌がると思ったんや。ワイは一度死んだことあるしな気味がると思ってた…せやけど違う、ラフメーカーの皆はホンマいい奴らの塊や、ワイの正体知ったってきっと厳しい表情を作らんかったと思う。けど」
一旦、口を閉じて全員の目を見る。
その状態で右目を被さっている手を軽く握って眼帯を掴む。
そしてトーフ、そのまま勢いよく眼帯を外したのだ。
その場が一気に血なまぐさくなり、メンバーはあまりにも残酷な光景に表情を顰めてた。
トーフの今の姿は、見ている者全てが口を覆うほどのものだった。
トーフの金色をした左目とは裏腹に眼帯の下に隠れていた右目は、血の色、真っ赤に染まって本来の色である金色の光沢を全く失っていたのだ。
そしてその右目からは休むことなく血が溢れ出ている。
全てを晒しだしたトーフは、表情を悲しみ色に変えて、訴えた。
「ワイはこのように醜い姿になってしもうたんや。きっと皆この姿見たらショック受けると思うんや。せやから今まで一度も自分のこと言わんかった。ホンマすまんな皆…」
大量に溢れ出る血の涙。それはトーフの右半分を真っ赤に染め上げ、ベッドも血を吸うのに精一杯の様子。
こんな大量の血を見て、メンバーも黙ってはいられなかった。
チョコがその場から一歩を身を引いてうずくまると、トーフの目から出ている液体とは全く違う、透明な泪を幾つも幾つも流していた。
「と、トーフちゃん…そんな悲しい顔しないでよ……」
そのままチョコは泪に埋もれてしまった。
対してクモマはトーフに近づいていた。
近づいてくるクモマに、血まみれのトーフは避けるために身を倒し血の色に染まったベッドに頭を沈める。
「ワイは、別にあんたらに同情してもらいたくて話したんとちゃうで…」
「分かっているよそのぐらい」
消えかけの声で言うトーフにクモマは優しい声をかけていた。
思わずトーフは口を開く。
「…クモマ、あんたワイのこと怖くないんか?」
「何でだい?」
「ワイ、こんなにも血まみれやし、数百年も前から生きているし、…化け猫やし…」
「ううん、怖くないよ。だって僕たち仲間じゃないか。キミと同じラフメーカーじゃないか」
クモマの優しい答え。
しかしトーフはそれが悲痛だった。胸が苦しかった。
今まで言いたくなかった真実がある。
もしこれを言ったら皆にラフメーカーの皆に本当に嫌われてしまうかもしれない。
頭が狂っていると言われてしまうかもしれない。
だけど、いつまでも嘘つきのままはイヤだった。
だからトーフは本当のことを真実をラフメーカーに教えることにした。
口が重いけど、頑張って開いた。
「ちょっとラフメーカーについて修正したいところがあるんや」
化け猫は、元は黒猫だった。
黒猫はいろんなものを人々に求めていた。
どんなに嫌われようとも黒猫は進んで人々の足元に現れてた。
黒猫は、笑顔を求めていた。
愛を求めていた。
人のぬくもりを求めていた。
今まで一度も抱いてもらえたことのない可哀想な黒猫。
雨の日でも人々に避けられ闇の中に消えるだけ。
寒い夜だって結果は同じ。
だけど、感じる・・・・
どんな暗い場所にいても寒い場所のいても、無意識に顔を上げる習性を持っていた。
人々の"笑い"を感じるとどんなに暗くなっている自分の心も一気に晴れていた。
黒猫は"人の笑顔"が欲しいために知らぬ間に"笑い"を感じ取ることが出来るようになっていたのだ。
ワイは、"笑い"が欲しいから、ラフメーカーをやっているんや
「ラフメーカーの種類は"ボケ"、"ツッコミ"、"ハイテンション"、"可笑しい"そして"癒し"。実はこの5つだけなんや。"天然"という笑いなんかあらへん」
トーフの口から出たその言葉に一同固まった。
寝転がっているため、血が横に伝う。右目の血を左目に浴びながら、トーフは言葉を続けた。
「ワイの笑いやと言うてた"天然"ちゅうんはワイが勝手に作ったもんなんや」
思いもよらない真実に全員は何を言えばいいのか分からない。
その隙にトーフは懺悔しだした。
「ホンマすまんな皆。今まで騙してたわ。ワイはラフメーカーでも何でもあらへん。偽者や」
途中、トーフの口からゴボっと血が出てきた。
呪いのかかった血が暴走しだしたのだろうか。トーフは口からも血を流すようになっていた。
「ワイは"笑い"がほしかったんや。人々の"笑い"がほしいためにあんたらと旅をしているんや。ホンマ今まですまんかった…」
ボロボロに血を溢しながら、それでも目は真っ直ぐにメンバーに向けられている。
「ワイになんてあんたらのような素敵な"笑い"は作れん…」
「トーフ…」
「すまん、いろいろ苦しいわ。ちょっとだけ寝かせてくれへんか?」
何か言おうとしたが、トーフがそう言って寝返りを打ったのでトーフの顔が見えなくなってしまった。
もう喋る気もないらしく、そのまま動かないトーフ。
ヒジキにも「夜も遅いし今晩はうちに泊まりなさい。大丈夫、この子の面倒はわしが看てやるから」と言ってくれたのでメンバーも寝ることにした。
隣の部屋に案内され(もちろん男と女は違う部屋(何故かブチョウは男部屋だったが))それぞれがそれぞれの早さで就寝した。
しかし、なかなか寝ることができないでいたメンバーであった。
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