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「うわ!黒猫!不吉な黒猫だ!」

「あの金色の目に睨まれたら最期よ!に、逃げなくちゃ…!」

「異界なんかイヤ!絶対引き込まれたくない!」

「向こう行け黒猫!!」



ワイが歩くたび、人々が忌々しい表情で逃げていく。
ワイのこの闇色の姿と金色の目を見るだけで人々は叫ぶ。

ワイは黒猫。
人に怖がられる存在。

何や、人々は黒猫を魔女の使い魔と思うて嫌っておるみたいやけど
ワイは全くそんなんじゃない。
ただ、黒い容姿の猫なだけ。

せやけど人々は泣き顔作って逃げていくんや。


ワイは、何も人を泣かせるようなことはしてへんのに…。
ワイは、何も人を怒らせるようなことはしてへんのに…。



誰が一体こんな噂を広めてしもうたんやろか?


この村『ビリーヴ』は、些細な噂ごとでも本気にしてしまう、ホンマに純粋な心を持っておる村。
せやからワイの噂を聞いた者は皆怖がってしまう。



―― ワイ、あんたらに何もせえへんで?怖がらなくてもええんやで。


ワイはそれが教えたくて、人々の前に姿を現す。
けど怯えきった人々は狂いそうになりながら走り去っていった。



何もせえへんのになぁ。
何でみんな、ワイから逃げていくんやろう?



ワイはただ、

人の笑顔を見たいだけなのに…。





逃げんでよ。
ワイ、あんたらを異界なんかに連れていかんから

ホンマ何もせえへんから
お願い。

ワイに、笑顔、見せてえな。
泣き顔や怒り顔やなくて、
あんたらがよく見せている笑顔
それをワイに向けてしてほしい。


それが、ワイの願い。






ほらな?簡単なことやんか。

一回だけでもええから、笑ってや?
ワイに向けて笑って。


な?








せやけど人々は、ワイの姿を見るなり、形相変えて逃げてしまう。
けどワイは諦めへん。人々の笑顔を見たいからワイは人々に近づく。

すると人々はついに石をワイに向けて投げるようになった。

石が頭に当たって、怪我してしもうた。
せやけどワイは怒らんで。

怒らんから、お願い、笑顔を見せてえな。

何や?石まだ投げるんか?
痛いけど、我慢や。

もしかすると、人々がいつの日か笑ってくれるかもしれへん。
人々が笑ってくれるまで、ワイは我慢できるで。








ワイはな、
人の笑顔が好きなんや。


人の笑っている姿って、最も美しい姿やと思うから。



ワイ、それが好きでなぁ。
いつからやろか。ワイ、その笑顔を自分に向けて欲しいと思うようになった。
ちょっと欲張りやろか?
けど、ワイは笑顔を見たいんや。
どうしても見たい。


せやけど人々は笑顔をワイに見せてくれへん。



って、ちょっと待ちぃ。
逃げんでや。石投げるだけか?

…まあええ。ワイは我慢するで。

あんたらが笑顔を見せてくれるまでワイは我慢我慢。







ある日のことやった。
いつものように人々に笑顔を求めていたワイに、人々は武器を持って襲い掛かってきたんや。

銃や刃物、鉛が飛んできてワイは怖くて逃げたわ。
しかし、ワイの尻尾が半分切れてしもうた。

ホンマ、痛かった。


自分の尻尾を失って、唖然としているうちに人々はまたワイを襲う。
刃物がワイの右足を持っていく。
おかげで血がぎょうさん出たわ。
ドロドロに出てくるワイの真っ赤な血が、あちこちに飛び散っていく。

怖かった。
せやけど、ワイは、ここから離れんかった。

どうしても見たかったんや。
最期の最期でええから、ワイはこの目に人々の笑顔を映したかった。

ワイの大好きな、人々の笑顔。


それを見たいだけにワイはここから離れなかった。
どんどんと自分の体が赤くなっていった。

銃で腹を貫かれ、血が出て、
痛くて倒れ込んで、その上に鉛が落ちてきて
内臓が口から出そうになって、せやけどワイは人々に顔を向け続けた。
手足をバタバタ動かして地を這って、首をククっと動かして人を見る。

頭から流れる自分の血で目の前が見えにくくなったけど、ワイは見た。

ワイが最期に見ることが出来た人々の姿は、


真っ赤に汚れた顔にしわを顔中に彫った人々の怒りの姿と、
恐怖で泪を流している、怯えた姿。





―― ………。





何か、悲しかった…。



















ワイが再び目を覚ましたとき、ワイの姿は変わり果てた姿だった。

自分の血を吸ってこんなに赤くなってしもうたんやろか?
真っ赤な真っ赤な彼岸花。

ワイは彼岸花になっていた。



人々はワイがこの姿になったことには気づいていない様子やった。



―― あ、笑うてる


遠くに見える人々の姿。
それは笑顔を浮かべていた。


その笑顔はホンマ綺麗なもんやった。



―― あの笑顔、一度でもええから浴びてみたいな…



せやけどワイは彼岸花。
動けんから行動に移すことが出来ない。




人々の笑顔を見たくてワイは幾年月日が重なっても同じことを繰り返した。
背伸びをして人々を見ていたわ。




そしてそんなワイに1つの賭けが訪れた。





『お前、生き返りたいのか?』




誰かがそう言葉をかけてきたんや。
彼岸花のワイに声を掛ける奴がいるなんて驚きや。



『ただの彼岸花じゃなさそうだな。お前に何があったんだ?教えてくれよ』



















知らぬ間にワイの姿は人間に近い姿になっていた。
着物姿の子どもの容姿。
せやけど耳と尻尾が残っている。トラ模様やけど。
金色の目もあのままや。


ワイは生き返ったんや!


嬉しくて嬉しくてワイは舞い上がりながら人々の下へ駆けていた。

これでまた人々の笑顔を見ることが出来る!
人々の笑顔をこの目で見ることが出来る!

人々の笑顔を…!



せやけど忘れてたわ。

人々は、ワイのこと、嫌いやったんや…。



「何だお前は?!一体何だ?!」

「その金色の目はもしやあのときの黒猫か?!」

「黒猫が生き返ったのか!…ば、化け猫ぉ!!」


「化け猫!!」



ワイの姿を見るなり人々は発狂していた。
ワイ、何もしてへんのになぁ。




「そんな怯えなくてもええんやで」



まさか、驚いた。
前々から思っていたことが実現できたのだから。

ワイは今、人々に向けて言葉をかけている。


けど、ワイの言葉は空振りになった。


「!!!!」


ワイの声を聞いて人々はまた発狂。
手元にあったモノを投げつけてきたわ。
終いにはまた銃や刃物を持ってきてワイに放ってきたけど、ワイは無事やった。


何故ならワイは、一度死んだ者なんや。
そう簡単には死なないで。


何度刺されても何度撃たれてもワイは血まみれながらも立っていた。


「お願い、聞いてくれへんか?」


また声を掛けてきた!と銃を撃つ人々に向けてワイは言った。


「ワイはな、ただ笑顔を見たいだけなんや?そんな嫌がらんでほしいわ」

「黙れ化け猫!!」


人々の声に押しつぶされたワイの声、
ちゃんと届いたかな?



「お願いや、笑ってくれや。ワイに向けて笑顔を向けてぇな」



ワイは何度も何度もそう頼んだんやけど、人々は怖がって、耳を貸そうともしてくれんかった。
悲しいな…。




暫くの間、ワイは人々に石や鉛を投げられた。
せやけどワイは、人々の笑顔を見るだけに頑張る。それまで我慢や。




ワイ、思うんや。
人々の笑顔を見たらきっと、この傷つけられた心が癒されるんじゃないかと。

ワイ、信じたい。
人々の笑顔をいつの日か見れることを。



見たいなぁ。笑顔。


なあ、見せてくれへん?


ちょっとだけでもええんや。笑って、お願い。







お願い…。















背中を蹴られ、ワイは勢いよくその場に転倒してた。
そして気づけばワイの体には縄が巻きつけられていた。


木の枝にぶら下げられ、一体何が始まるのか分からずワイは首を傾げていた。
すると、ワイの目の前に黒いものが横切った。


黒フードを被った男や。
ワイを見て、何かを呟いていたわ。


「これが化け猫か。…驚いた。こんな者がいるとは。果たして誰の仕業かの?」


呆然としていたワイは黒フードの男の言葉を気にしていなかった。
男は言い続けた。


「血まみれなのに、生きているのかこの化け猫は。クク…これは面白い」


この男、老人なのか、声がかすれておる。


「化け猫退治にどんなものがふさわしいかのう」

「…」

「そうじゃ、この前開発した、この呪いをかけてみるとしよう」

「?!」


ワイの鼻先に、男が持っていた杖が現れた。
すると見る見るうちに男の杖には邪悪な光が集まっていく。

驚いたわ。まさかこんなことができる者がおるなんて。

せやけどワイを生き返らせてくれたあの人も、似たようなことしていたわ。
光を操ってワイを生き返らせてくれた…。




「・・・・・・…」


男が口先で呟いているのがかすかに聞こえる。
せやけど何語なのか分からん。
きっと呪いの呪文なんやろう。




何や?ワイ、呪いかけられるんか?


まだ、人々の笑顔を見てへんのに…。




目の前が紫色に包まれた。
男が唱えた呪いが今、ワイにかかろうとしているんや。

ワイは驚いた。

紫色の光はワイの顔の前に集まると、突然ワイの右目を襲ったんやから。

目を瞑る暇もなかった。
右目に呪いが入ってワイの右目は一気に真っ赤に染まりあがった。
そこから血が泪のように零れていく。
呪いのかかっていない左目からも、鼻からも口からも血が出てきた。


「血に呪いをかけた」


男がそういっているのが聞こえた。

そっか、ワイ、血に呪いをかけられてしもうたんか。
このままやったらワイ、死ぬかもしれんな…。


そうやってワイが血を流しながらうなだれているときやった。

人々から溢れてくる声に気づいたんや。



「ぎゃははははは!!」

「あははは!」

「はははははははははは」



一瞬、ワイは耳を疑った。

だってワイが今まで聞きたかった笑い声が今聞こえてくるんやから。
真っ赤な視界やけどワイは人々を見た。

すると人々の顔は笑顔だったんや。



「バカみてー!何も抵抗もせずに呪いにかかったぞ!」

「化け猫じゃなくてこれじゃあバカ猫だなバカ猫!」

「血もあんなに流して、きったねー!!」

「見てよあの顔、醜いったらありゃしない」


「ははははははははは」











笑顔…やった。









「…あんたら、ワイに笑ってくれてるんか?ワイ、笑顔見れて幸せやねん。ホンマおおきに」






嬉しかった。






目から嬉し涙が零れてきた。
それは血の色をしていたけど、ワイはホンマに嬉しかった。


人々がついにワイに笑ってくれたんやから。



「何言ってんだ化け猫。呪いで頭も狂ったのか?ひゃははは」




笑い声が胸に響く。

幸せやった。










やっと見ることの出来た人々の笑顔、
それはまるで嘲笑っているように見えたけど、それでもワイは嬉しかった。


長年望んでいたことが今叶ったんや。

ワイは嬉しくて嬉しくて、血の泪がポロポロ出ていた。


人々の笑顔に包まれて、ワイも笑顔になっていたわ…。












それからワイは、この村から出たわ。

何故なら、血がぎょうさん溢れてくるから。
ワイの呪いのかかった血が人々が気に入るはずがない。
せやからちょっと悲痛やったけどワイはここをあとにしたわ。


血の道を作りながらワイは、笑顔でこの村を去っていった。

人々も、「もう帰ってくんな化け猫!」と馬鹿笑いをあげて、
おまけに石も投げてワイを見送ってくれた。






笑顔っていうものは、
人の心を癒すことが出来る。

せやからワイは、その感情が一番、好きなんや。














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