― 悲伝説 ―




昔々、この村『ビリーヴ』は笑いの耐えない村でした。
事あるごとに笑みを浮かべる人々の姿。
それを忌々しい目で見ている影がそこにはありました。

光に照らされても色は闇色。
闇色をした猫がじっと人を見ては睨んでいました。

金色の目をした黒猫です。


それはとても不吉なものでした。


黒猫は魔女が使い魔として使う邪悪な生き物です。
闇の中に身を潜んでは金色の目を放ち、
またその目を見たものは異界に引き込まれる
そんな不吉な噂話がありました。


実際に異界に引き込まれたという人はいません。
人々は異界に連れて行かれるのを恐れていたため、黒猫を見ては形相変えて避けていきます。
そのため、今まで異界に引き込まれていった人は誰一人いませんでした。

みんな無事でした。



だけれど黒猫は人を見つめるのをやめません。
闇の中から金色の目を発光させて人を見てきます。

それを恐れ、人々は黒猫から避けるために自ら命を守るために、手に石を持つようになりました。

この石は黒猫退治のために使う石です。
黒猫を見かけたら躊躇なくこの石を、黒猫の忌々しい闇色の心身に向けて投げます。
すると黒猫は鳴きながら逃げていきます。

その日以来
黒猫を見たら石を投げる、という習慣を身に付けました。




サンサンとしたいい天気の中、今日も闇が人々の前を過ぎります。
人々は地面に転がっている石を拾っては黒猫にぶつけます。
すると黒猫は悲鳴に近い鳴き声を上げて去っていきます。

しかしここから去っても黒猫はまた別な場所で出現します。
この黒猫は何故か人の前に出たがる闇でした。

そんな黒猫に人々を躊躇なく石を投げました。
そうしなければ異界に引き込まれてしまいます。身を守るために石を投げました。


しかし幾つ投げても幾つ投げても黒猫は人々の前から消え去ることはありませんでした。
逆に黒猫はより一層人々の前に出るようになりました。




 そんなに異界に引き込みたいのか黒猫よ?




往生際の悪い猫です。
人々はそんな黒猫を懲らしめることにしました。


手に持つものを石から刃物、鉛、銃に変え、人々は黒猫退治に精を込めました。
ギラギラと金色の目を光らせながらこちらへ嘲笑うかのようにやってくる黒猫に
人々は武器を放ちました。


黒猫の長い尻尾が半分の長さになりました。
素早く避けられ、けれども尻尾を捕らえることに成功しました。
この調子でドンドンと懲らしめていきます。

次は足です。
右足が千切れました。
そこから蛇口を捻った水道のように血が流れ出ます。
黒猫は悲鳴を上げ、転倒しました。
その隙を逃しません。
黒猫が逃げる前に人々は銃を撃ち、刃物で斬り、鉛を振り落としました。



黒猫の闇色は見る見るうちに赤く染め上げられました。
人々は恐怖から避けるため、武器を握り締めます。
赤くなっていく黒猫はまだこちらに近づいてきます。
相当怨念が篭っているのでしょうか?
人々を異界に引き込みたいみたいです。
そんなこと、人々が許すはずがありません。
人々は武器を黒猫に向け、
黒猫は無防備で人々に向かい




闇は赤の色に

金は赤の色に

猫は赤の色に


人は喜の色に、それぞれ染まりあがりました。






闇色が完全に赤に塗りつぶされたころ、ついに猫は動かなくなりました。
息を荒くしてその場に立っていた人々の足元にまで黒猫の汚らしい血が流れてきます。
それでようやく分かりました。
人々は勝ったのです。

不吉な猫に勝ったのです。




人々に平和が訪れました。
黒猫を退治したその日は村全体で豪勢なパーティが開かれました。


人々が喜び色に包まれ、盛大に賑わっている頃、
真っ赤に染められた黒猫の死骸は知らぬ間になくなっていました。


代わりにその場に1つ、

彼岸花の花が咲いていました。




そしてそれから幾年たっても
その彼岸花の花は枯れることはありませんでした。

蟲に食われ身をなくし、黒猫の血だけが残ったその場に彼岸花の花が咲いたのです。
彼岸花は黒猫の化身なのです。

彼岸花は毎日人々を見ようと背伸びをしていました。
人々はそれに気づかず、毎日笑顔で過ごしていました。





もっと早く、この花の存在に気づいていればよかった………。






ある日、至福に恵まれたこの村に、また恐怖がやってきました。


今までに見たことのない容姿、
人間の体を持った、しかし顔は猫、耳も尻尾もあります。
それらはトラ模様でしたが、人々はそれを見るなり察することが出来ました。

こいつは、あのとき退治したはずの邪悪な黒猫です。
それは金色の目が全てを物語っています。
異界に引き込むことが出来るだろう金色の目をずっとこちらに向けているので、そう感じ取れました。
こいつは、あの黒猫です。



 そんなに人々を異界に引き込みたかったのか黒猫よ。
 姿を変えてまたここにやってきたのか。

 化け猫となってやってきたのか。




人々は泣き狂いました。
異界に引き込まれるのかと思い、泣きながら走り回りました。
黒猫の憎しみの塊である化け猫から逃げるため、とにかく走りました。

そして化け猫はというと、
黒猫時のようにまた人々に近寄ってきます。

しかも不吉は更に重なります。
化け猫は人々に向けて言葉を話してきたのです。
しかしそれを耳に傾けている余裕なんて今の人々にはありませんでした。
人々はまた武器を構えていました。
黒猫退治と同じように、今回も化け猫を退治しようとしたのです。


銃を撃ちました。
刃物を振りました。
鉛を落としました。


しかし相手は化け猫です。
黒猫のときのように上手くいきません。

体を傷つけることが出来ても、殺すことは出来ませんでした。
血を流しながらも化け猫は立っていました。


こちらをじっと睨んで、立っています。


このままでは、人々は皆異界に引き込まれるかもしれません。
それが怖くて人々はさんざん化け猫を傷つけるとそのまま発狂してそこから去っていきました。


それが毎日のように繰り返されました。

不意に人々の前に現れる化け猫。まるであのときの黒猫と同じです。
金色の目を輝かせて近づいてきます。
それが人々にとっては恐怖でした。

それなので人々は武器を持って戦ったのです。
しかし驚いたことに化け猫もあのときの黒猫と同じで、反抗することはありませんでした。
何か訴えながらこちらにやってくる化け猫を人々は忌み嫌い、武器を放ちました。
それでも化け猫は立っていました。






恐怖に包まれたこの村、もう終わりかと思いました。
このまま化け猫に侵略され、村人全員が異界に引き込まれると思い、震えながら毎日を過ごしていました。


しかしそんなあるとき、人々の前に1人の魔術師が現れました。
黒一色の魔術師です。黒いローブで体全体を覆い、フードを目深に被っている、そんな魔術師と出会いました。


手に杖を持った魔術師、目はフードの先で見えませんが、きっと老人でしょう。
声が濁っていたのでそう解釈しました。

魔術師は恐怖に押し殺されそうになっている人々にこう語りました。


『恐れることは何もない。恐れたらもう生きていけなくなる。
それなのに何だその姿は。それでもお前らは人間か?
人間ならば人間らしく、もっと強く生きなければならん。
化け猫が何だというんじゃ。それだったらワシの力で何とかしてやろう』


まるで呪文を唱えているかのような声は、無意識に人々の耳に入ってきました。
そして魔術師の言葉に人々全員の目が丸くなっていました。
魔術師が嬉しい言葉を言ったからです。

化け猫を退治してくれるといったのです。


そして魔術師の言う通りに人々は動きました。
化け猫の身動きを封じ、この場に吊るしました。


化け猫は黙ってこちらを見ています。
金色の目をまだ輝かせています。
人々はその光が怖かったのです。
それを魔術師が妨げてくれました。

ロープで自由を奪われ木に吊るされている化け猫の元までやってくると魔術師はある呪文を唱えました。




それは、呪いの呪文でした。




魔術師の持っている杖の先には見る見るうちに紫色の光と霧が集まります。
そして魔術師は呪文で作った呪いを、化け猫にかけました。


紫色の光は化け猫の顔に放たれました。
その中で特に右目に光が集まり、右目を殺しました。
金色の目が突然紫に、そして突然血の色の赤に変わりました。

宙から血が降ってきました。
木にぶら下がっている化け猫の目から零れる血が、地面をぬらしていきます。


人々は見ました。
あの忌々しい金色の目は今や真っ赤に染められ、醜いものになっているのを。

これは、笑えました。

金色の目がなくなった以上、もう異界に引き込まれるという恐怖がなくなったのですから。
もうこれは笑えました。
唯一の光である目が血の色になってしまった醜い化け猫に、人々は馬鹿笑いしました。

そして目から血を流している化け猫も何だか微笑んでいるように見えました。







金色を失った化け猫を退治した人々はまた盛大に喜び合いました。
魔術師にお礼を言おうとしましたが、既に魔術師はいませんでした。


そして嬉しいことに、化け猫も血の泪を流しながらこの村から去っていってくれました。





無事に誰も異界に引き込まれなくすみました。
恐れるものもなくなりました。

こうしてこの村『ビリーヴ』は、完全に平和を取り戻したとさ。





めでたし、めでたし。














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ヒジキじいさんが持ってきてくれた本より。
さて、次は化け猫の視点からこの話を物語りますよ。

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