手にぬくもりを感じた。
一生懸命空を掴んでいたクモマの手に、先ほどから求めていた感触が伝わってくる。


「たぬ〜…!」


クモマの手を掴んでいるのは、ブチョウだった。
いつの間に頂にやってきていたのだろうか、ブチョウは何食わぬ顔をして頂から姿を現すと、飛んでいくクモマを掴んでいた。

ブチョウも自分が風に攫われないように岩を掴んでいる。
そんなブチョウの姿にクモマは思わず目を丸くしていた。


「ブチョウ?!」


どうして頂にいるの?と問おうとしたが、今は自分の状況を心配する方が先だった。
宙を浮いているクモマ。支えとなってくれているのはブチョウの手のみなのだ。

クモマはブチョウの手にぶら下がって、ときどき吹いてくる強風に弄ばれる。それでも手からぬくもりは取れない。
ブチョウが頑張って掴んでくれているから。


「たぬ〜…今引き上げるから…」

「ブチョウ…っ!」


このとき、クモマの手に重みを感じた。
水分を含んだクモマの手袋、それは赤色に染まりあがっている。

赤色の液体はブチョウの腕を伝ってクモマの手袋で止まる。


「ブチョウ…血が…!」

「私の血のことが心配だったらさっさと上がってきなさい!」

「……まさか、僕を助けるために…!」

「力を振り絞ってハトの姿になって空を飛んだらいけないわけ?あんたが危なっかしいから先回りしちゃいけないわけ?」


ブチョウは無理に空を飛んでそのとき怪我に響いてしまったのだろう。
崖の頂まで飛翔してクモマを助けるためにまた人間に戻り、血を流したままクモマを掴んだ。

その真実を知り、クモマの目は悲しみ色を帯びる。


「…ゴメンね…ブチョウ…」

「ほら、謝っている余裕あるならさっさと上がりなさい」


ブチョウに手を引かれ、だけどその分の血がブチョウの腕を伝ってやってくる。
自分のせいでまた彼女を傷つけてしまい、クモマは心が痛かった。

しかしいつまでくよくよしていてもブチョウの体を傷つける一方。
クモマは何とか岩垣に足をかけ、ブチョウのいる方へ登っていった。


頂だ。
崖の頂に着くことが出来た。


クモマを力いっぱい引いていたブチョウは、クモマが頂に足をかけたと同時に、ひっくり返っていた。
もう限界だったのだろう。大胆に呼吸をしている。

崖の頂は、平らだった。
崖の表面は岩岩の塊だったのに、頂はスパンと刃物に切られた後のように綺麗な平ら。
その場が平らだと知り、クモマもブチョウの横に並んで身を倒した。
ヒヤリと冷たい岩の感触を首筋に感じた。

疲れた。
だけど、着いたのだ。

"ハナ"がある崖の頂に。


「ブチョウ、ありがとう」

「…全く。私が先回りしていなかったらあんたどうなっていたのやら」

「…うん…まさかあのときに強風が吹くなんて」

「空の天候はすぐに変わるから用心深くしてなくちゃいけないのよ」


空と共に生きている鳥人の言葉だ。自然のことに関しては彼女らの方がぐんと知っている。
クモマは自分の用心の無さに頭を垂らす。


「ゴメンね。だけど本当にありがとう」

「いえ、どういたしまして」



どちらも荒い息遣いをしながら会話する。と、言っても一方的にクモマが目を伏せている状態なのだが。
そんなクモマにブチョウが声をかけた。


「あんた、何のんびりしているのよ」


ブチョウに注意を受け、クモマは思い出した。
のんびりしている場合ではない。自分らは何のためにこの崖を登ってきたのだ。

そう、全ては、呪薬にもなる"ハナ"を採るためだ。
そしてその"ハナ"は自分らの頭の先に生えている。
実際に見てはいないが気配でわかる。
ヒジキが言っていた。
「一般の人にも"普通の花ではない"というのがわかるほどの異様なオーラが出ている」と。


「本当だ。リンドウみたいな綺麗な"ハナ"だね」


クモマは"ハナ"を採るために体を起こし、一呼吸する。
こんなに綺麗な花なのに、これも危険な"ハナ"なのだ。
そして今回ばかりはこの"ハナ"の世話になる。

この"ハナ"の力を借りてトーフの呪いを一時だけでもいい、治してもらわなくちゃ。


異様なオーラを醸し出している"ハナ"に手を伸ばす。
一瞬ビリっと電流が流れたような感じがしたが確実に手の中に入れると、何も感じなくなった。
"ハナ"を手に入れ、ブチョウのほうを振り向く。

ブチョウは微笑んでいた。クモマが作っている笑みにつられたのだろうか。
優しく微笑み、そして目を閉じた。



+ + +



ガラスの割れる音が耳に入ってきたのが事の始まりだった。
引き続いて別な方向にあるガラスが割れ、窓が悲惨な姿を見せる。
穴の空いた隙間からは弱弱しい風と光が入ってきてその場を少し寒くそして明るくさせた。

こちらの方に何かが飛んできたのでガラスの破片かと思い受け取ってみると、それは石であった。
石を握り返して、サコツが言う。


「一体何だ?」

「クソ!意味わからね!何だこれは」

「…まさか…」


ヒジキが不吉を悟り一歩身を引いたとき、玄関のガラスも破られ、大きな穴が空いた。
そして見える。隙間から見える人影が。
それらはズラリと肩を並べ、こちらを睨んでいる目が光る。


「な…?!」

「村人じゃ…!」


ヒジキの声に反応して、隙間から見える影が1つ動く。


「ヒジキさん。何をしているのですか」


村人の声は怒りを懸命に静めようとしているのがバレバレの状態だった。
低くなっている村人の声にサコツが身を引き、ソングが眉を寄せる。
布団の中にいるトーフは目線を泳がしている。目玉を動かすたび血が溢れ出る。

怒りが篭っている村人にヒジキが答えた。


「何をって、看病をしてあげているのじゃ」

「何言っているんですか!あなたが看病しているもの、何だと思っているんですか?!」

「…」


ついに怒りを抑えられなくなり発言と同時に爆発する村人は更に怒りを言い放つ。


「化け猫ですよ!そこにいるのは数百年前の化け猫なんです!!」

「そうですよ!」


他の村人も怒りを噴出す。


「化け猫なんて罰悪いですよ!さっさと捨ててください!」

「私たちを呪うためにまたこいつは復活して戻ってきたんですよ!あー恐ろしい!!」

「あなたが化け猫を捨てないというならば私たちが今すぐそちらへ向かいます」

「!?待つんじゃ!」


好き勝手に言われヒジキが慌てて口を挟むが村人は治まらない。
サコツはそれらの言う言葉が本当に信じられなくて、一歩また身を引いてトーフのベッドのすぐ隣までやってくる。
トーフを見る。トーフは血を止めない。目線はまだキョロキョロと動いている。そして苦しそうに息をしている。
そんなトーフと目が合った。


「……すまん…やっぱワイ、ここに戻ってこなければえかったわ…」

「何言ってんだよトーフ…」

「ワイはここに戻ってくる気はなかったんや。せやからせめてここから離れようとさっき家を出たんや。…そしたら…クモマが後を追ってきた……ワイは…本当はな…死ぬ気…やったんや」


息と共に吐いているトーフの言葉にサコツは眉を寄せた。
ソングにも聞こえたらしく、より深く表情を顰めてる。

村人とヒジキが言い争っている間、トーフは二人にしか聞こえないぐらいの声で、息を吐く。


「ワイはこの通り…村人に恐れられている存在なんや…。せやから生きていても…しょうがないんや…」

「…」

「せやけどクモマがな、……………ぇ…る……んや」


突然声が枯れだすトーフ。
二人が目を丸くして振り返って見ると、トーフは血の涙をボロボロに流していた。


「クモマ……ワイに……笑顔…くれる……言うたんや」

「…!」

「ワイ…それがホンマ……嬉しかった……」


ここで血を吐き出すトーフ。仰向けに寝ているため自分の吐いた血が再び顔に当たり、より一層赤く染まる。
サコツが腰を下ろしトーフと目線を合わせて、心配する。


「大丈夫か?トーフ」

「………ワイ……笑顔…ほしいねん…」

「分かったから、もうしゃべんなくていいぜ」

「…クモマから…もらうんのも…嬉しいけどな……やっぱり……こん村の人ん…笑顔…見たい…」

「トーフ…」

「…!」

「なあ…二人……お願いや……ワイ…笑顔見たいねん……笑顔…くれぇ…?」


ボロボロに血を目から流してそうお願いしてくるため、サコツもソングも何もいえなくなっていた。


トーフはこんなにも
心身傷ついているのか…?



笑顔がほしい黒猫は、自主的に村人に近づいて笑顔を求めた。
しかし気味が悪いと嫌悪を抱かれ最終的に村人に殺されてしまった黒猫。
だが、再び違う姿で蘇った。
村人はその姿の黒猫を"化け猫"と呼び、より忌み嫌い
化け猫に1人として笑顔を向けようとはしなかった。

化け猫と呼ばれている黒猫は、それが悲しかった。


そして村人が初めて笑顔を向けたときは化け猫が呪いにかかったとき。

その笑顔は邪悪に満ち溢れていた。
けれど、笑顔に飢えていた化け猫は、それでも十分嬉しかった。

あとは…村人が心から願っていたこと…そう、死ぬのみだ。


そう、トーフは思っていた。


前までは。





「ふざけているな」



家の中で1つ、動く影があった。
村人がいるドア元に近づくと、光に当たって銀髪がチラッと輝く。

ソングはポケットに手を突っ込んだまま足を上げドアを力いっぱい蹴り込んだ。
ドアが壊れ、外へと繋がる空間が大きくなる。


「「……」」


豪快なソングの登場に、村人は呆然と立ち尽くしていた。
ソングの後ろにいるサコツもヒジキ、そしてトーフも唖然としている。

やがてソングは再び口を開いた。


「いろいろと腹が立ってくる。さっきから黙って聞いていたが、何だお前らは。この"化け猫"って奴がお前らに何かしたっていうのか?お前らを傷つけたというのか?違う。何もされていないはずだ」

「………」

「それなのにこの"化け猫"って奴が憎いのか?それほどまでいらない存在なのか?ああん?」

「ソング!」

「クソ!ムカつく。俺にとってはお前らの方がいらねえ存在だ。グチグチとうるせえし、何より"心"ってもんがねえ!」


苛立ちが頂点を達しそうになっているソングに急いでサコツが突っ込むが、ソングはさらっと流し村人らの間に割り込んでいく。
その瞬間、村人は自分らの意見を反するソングを襲おうとした。しかしそれは失敗に終わった。

ソングの長い足が見事村人の顔に食い込んでいたから。
そのまま足を振り下ろし、村人はぶっ飛ばされた。


「邪魔なんだよ、てめえら。こんなときにやってくんじゃねえ」

「き、貴様…!なんてことしやがる!」

「それはこっちの台詞だ!人んちに石を投げ込むなんてどういう神経してんだ」

「…」

「お前らはそれほどまでに"化け猫"って奴を始末したいのか?何もしていないこいつを?」

「……」


「わかんねえなぁ…」


場を鎮めるほどソングの声は怒りに満ちていた。
全員が呆然と立ち尽くし、蹴られた村人も気を失っている。

やがてソングは戻ってきた。
トーフの元にやってくると、ソングが言う。


「お前、いろいろと大変だったな」


今度の声は普段通りの愛想の無い声だった。
それにトーフは目だけで頷く。


「しかし、1つだけ言っておく。あいつらから笑顔を求めるのだけはやめとけ。あいつらは異常だ。迷信をいつまでも信じている奴らなんて相手にするもんじゃない」

「…せやけど…」

「まだ何か言いたいのか?お前も頭がおかしいぞ。何であいつらから笑顔を要求すんだよ。もっと身近にいるだろ」

「…」

「俺らが」


「………………」


最後の優しいソングの言葉に、トーフはまた血を流していた。涙という血を流していた。
嗚咽も吐いてグスグス泣くトーフだが、村人が再び叫びだしたのでソングとサコツにしか泣いている声は聞こえなくなっていた。


「「このガキぃ!ふざけんなぁ!黒猫も化け猫も不吉なもんに決まってるだろ!だから始末したいんだ!!!」」


そう叫んでいる村人らであったが、二人は完全無視していた。
待たないといけないものがあるから、今は黙って待つ。


二人が動かないかわりにヒジキが村人の元へ行き、引き帰ってくれないかと頼みに行く。



あと少し、あと少し待っていれば
トーフは助かるんだ。


二人は"ハナ"を持ったメンバーの帰りを待って、その場を過ごしてく。








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"ハナ"も手に入れたし後は合流してトーフを助けるのみです!!

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