チョコが長い桜色の髪を丁寧に拭いて水分を抜き取っているころ、ベッドの上に横たわっているトーフに毛布をかけている老人の姿があった。
「これで寒気がとれたらいいんじゃけど」
「本当に有難うございます」
こちらを振り向いた老人にクモマはそう礼を言うと深々とお辞儀をした。
毛布をかけられてもガクガクと震えながら荒く息をしているトーフ。見ていてこっちもつらくなる。果たしてトーフは大丈夫なのか?
見渡してみるとベッドの近くには大きな本棚があった。
その本棚のせいで家が狭く見えるが、老人1人住むには丁度いい広さだ。
律儀なクモマに微笑む老人は、他のメンバーにも聞こえる大きさの声で言う。
「この子の面倒はわしが看てあげるから、あんたたちは念入りに自分たちの体を拭きない。風邪を引いたら大変じゃ」
「あ、はい。有難うございます」
そして部屋の隅にあったタンスの引き出しからタオルを取り出すと老人はメンバーに渡した。
そのときにメンバーが先ほど使っていたタオルを集めては、かごの中に入れる。
何に関しても優しく接してくれる老人にメンバーは深く感謝した。
老人が水でぬらしたタオルでトーフの額を拭ってあげているとき、メンバーは言われたとおりに濡れた体を拭いていた。
「凡、私の背中を拭きなさい」
「何故俺がしないといけねえんだよ!ってかさすがに女の体拭くのは俺の体が拒否する!」
「髪が長い分、拭くのに手間が掛かるよ」
それぞれが自分の体を拭いて、体温を取り戻す。
「おい!みんな俺を見ないでくれよ!絶対に見ちゃいけないからな!!」
そういって部屋の隅に突っ走って行ったのはサコツだった。
サコツはそこまで走ると、こちらに顔を向け、着ていた上着を脱いでギュっと絞り出す。
するとそれに伴って水がドバドバと溢れ出た。
背を向けずにこちらを見ているサコツを見て、クモマは察した。
サコツは背中にある傷を見られたくなかったのだ。だから部屋の隅まで走っていったのだろう。
サコツを見習って、クモマも服に含んでいる水分を出すため、上着を脱いで服を絞り出した。
するとそこから大量の水が零れた。
地面をぬらしてしまったため先ほど渡されたタオルで水分を完全に拭き取った。
「うわぁ…僕たちすごく濡れてるね」
「だろうな、一日中雨の中にいたからな」
「おかげでもう少しでとろけるところだったわ」
「もっと早くこの家に訪れればよかったねー」
他のメンバーもそれぞれで服を絞って水を出す。
その水の量を見て老人が声を掛けてきた。
「あんたら随分と濡れておったな?一体どうしたんじゃ?」
村の端にあるこの家では、村が騒いでいたことを知らなかったようだ。
そのため、仲間を助けてくれと頼み込むメンバーを荒く追い出す村人のことを老人に話した。
すると老人、驚いた表情または怒る表情を作ると思いきや
「やっぱりな…」
深くため息をついて困り果てた表情を作っていた。
この様子から、この老人何かを知っている…?
「やっぱりってどういうことですか?」
老人の言葉が気になりクモマは身を乗り出した。
しかしそのことについては触れずに、話題をトーフに変えていた。
「ヒドイ熱じゃな」
手のひらをトーフの額に当てている老人の元に、絞って水分を抜き取った上着に腕を通しながらサコツがやってくる。
「だろ?突然トーフが熱出して俺らビックリしたぜ」
「…トーフ?」
「この子の名前よ」
トーフという単語に首を傾げる老人にタオルを肩にかけているチョコがやってきて、そう教えてあげた。
すると老人、いい笑顔を作っていた。
「そうか、この子の名前はトーフなのか」
何か事を知っているような発言を先ほどからする老人であったがそれは何故なのか教えてくれなかった。
代わりに老人は自分の自己紹介をしてくれた。
「わしはヒジキじゃ。この家に1人で住んでおる」
席を立って、ヒジキと名乗った老人は一つ奥の部屋に引っ込んでいった。
ちょうどヒジキがいなくなったので、メンバーは身を寄り添い、小声で会話をしだした。
「ねえ、あのおじいさん、いろいろと知っていそうだよね」
「だよね〜!あとで聞きだしてみようよ!」
「病気のことも知っていたら助かるんだが」
「その前によーこの村についても聞こうぜ」
「好みのタイプも聞き出してみようかしら」
そして話し合った結果、このあとヒジキに訊ねてみようという結果が成され、メンバーはヒジキの帰りを待つ。
すると奥の部屋からお盆を持った老人の姿が現れた。
お盆からは7つ分の湯気が立っている。お茶を煎れてくれたのだろう。
「紅茶を煎れてきたから飲んでくれじゃ」
何と豪勢にも紅茶だった。
しかしそういうところにツッコミをいれずメンバーは、紅茶の入ったカップをテーブルに置いているヒジキに勢いよく訊ねていた。
「すみません!いろいろと聞きたいことがあるのですが!!」
「まあまあ、お茶を飲んでくれ。わしの自信作なんじゃ」
だが、あっさりと流されてしまいヒジキに促されたメンバーはテーブルにおいてある紅茶を飲むためにイスに座ったのだった。
+ + +
××××!!
向こう行け!××××
どうやって生き返ったんだ?気色悪い!!
何だその容姿は!
こっちを見るな!バチ悪い!!
何でこっちに来るんだ?
私を異界に引き込もうとしているのか?!
来るな!来るな!来るな!!!!
××××!!!
+ + +
「………………」
目を覚ますとそこに見えるのは電気の光だった。
眩しくて目を細める。
額に手を持っていく。するとヒヤリと冷たいものを感じた。
水に濡れたタオルだ。熱を持った額を冷やすために誰かが置いてくれたのだろう。
そのまま手を頬へ持っていくと汗が顔中に噴き出ていたことに気づいた。
遠い昔の夢を見て、汗がどっと出たのだろうか。
あぁ、あんなこと思い出してしまったから、目が熱くなってしまった。
トーフは病気の中、目を覚ました。横に顔を向けて、訊ねた。
「…ここは…?」
目を覚まして真っ先に思ったことをそのまま口に出すと、すぐに飛びついてきたのはチョコだった。
「トーフちゃん!!無事だった?大丈夫?苦しくない?」
「お嬢さん、この子は病人なんじゃよ、あまり触れると体に響いてしまうよ」
「あ。ごめんなさい…」
身を起こすことは出来ないが、横たわったままトーフは見える範囲を見渡した。
ここは家の中?あれ?自分たちは確か道を歩いていたはずなのだが…?
「大丈夫かいトーフ?突然キミが倒れたからビックリしたよ」
心配して駆けつけてくれたクモマがトーフにそう言って苦笑いを見せている。
あ、そうか。
途中で自分が倒れてしまったのか。
それでメンバーがここまで自分を運んでくれたのか。感謝しなくては。
しかしトーフがお礼を言う前にサコツが声を出したため、言いそびれてしまった。
「一体何の病気にかかったんだよ?俺たちすっげー心配したんだぜ」
「ホントよね。おかげでとろけるところだったわ」
「お前相当とろけかかったんだな?」
「…みんな……」
「トーフ、まだ寝ていなよ。まだ熱が引いていないみたいなんだから」
全員が優しい目で見てくるためトーフは何だか照れくさくなっていた。
しかし自分の体はそれどころではなかった。
クモマに寝てろと言われなくても自分はまだ立ち上がることは出来ない。
体が言うことをきかないのだ。
何より、そう、目が痛い。
体全体も熱いし、呼吸も荒いし。
自分でも分かった。これはヒドイ状態だ、と。
「……ホンマすまんな…みんな…」
そしてトーフは目を閉じた。
目が熱いうえ痛いため目を閉じる。
するとまた目に浮かぶ光景は先ほどと同じものだった。
それを見る度、トーフの目は一層熱くなる。
+ + +
「やっぱりトーフの病気は風邪ではないんですか?」
テーブルに置かれている紅茶をズズっと飲みながらヒジキに問うたのはクモマだった。
それにヒジキはうんと答える。
「そうじゃ。あれは世にない病気なんじゃ」
ヒジキの言葉に全員が目を丸くした。
ソングが鋭く突っ込む。
「何だそれ。そしたらあれは一体何だというんだ?」
無愛想な顔がより不機嫌そうになったソングはチラっとベッドに目を向ける。
そこにはトーフがいた。
トーフは熱が下がらない…いや、徐々に上がってきているため見る度苦しそうにしている。
先ほど会話が出来たのは奇跡だったのか?
苦しんでいるトーフをヒジキも見やり、答えた。
「あれは…いや、やめておこう」
「何だ、このジジイ…」
「おいおいおいー教えてくれたっていいじゃねーかよー」
突然説明するのを拒否するヒジキにソングもサコツも突っ込んだ。
もちろんクモマたちも病気の正体を知りたいため、身を寄せてくる。
「すみません、教えてください。トーフは一体何の病気なんですか?」
「危険な病気なの?」
「まさかあと3分で出来上がらないわよね?」
「何がだ?ラーメンか、おい?」
「なあヒジキじいちゃん!俺らトーフの仲間なんだぜ!だから知りたいんだ、教えてくれよ」
全員で詰め寄せてヒジキに頼み込む。
しかしヒジキは言葉が固い。
「わしには説明できん。なぜならこれはひどく昔の話じゃし、わしゃ覚えておらん」
「ボケジジイかてめえは!」
「あ、無理なさらなくても結構ですので…」
喧嘩腰のソングを押さえてクモマが遠慮の言葉をかける。
するとヒジキは席を立って、突然本棚をあさりだした。
何か本を探しているようだ。
その状態のままヒジキは言う。
「わしは覚えておらんが、記録は残っておるんじゃ」
「え?」
「この記録は正確なものなのか知らん。何故ならもう何百年も前のことなのだから」
トーフの病気の正体が載っているだろう、本を探すヒジキをじっと見ていると、やがて見つけることが出来たようでヒジキはこちらにまた戻ってきた。
一冊の古びた本を持って。
そして本をテーブルの上に置き、メンバー全員に見えるようにした。
すると驚いた。
てっきり医学の本を持ってきたのかと思ったのだが、今目の前にある本は医学でもなんでもない、昔話の本だったのだ。
幾年も整理していなかったようで本にはホコリが付着している。それを叩いて落とすヒジキに全員が疑いの目を向けていた。
「あの…この本に何か?」
「ただの昔話の本じゃない〜!何?今から昔話でも聞かせてくれるっていうの?」
チョコは冗談を言って頬を膨らませた。
しかしヒジキはその冗談に頷いて答えていたのだ。
「そうじゃ、今からわしがこの昔話を読んであげるぞ」
「ちょ、ちょっと待て!意味わからね!何故突然昔話を?」
「マジでか?昔話っておもしろいのか?何だかわくわくするぜ」
「一体何の話をしてくれるのかしら?」
昔話と聞いて思わず身を乗り出すメンバーに対しヒジキは非常に表情が固い。
目を、呼吸を荒くしているトーフに向けて、ゆっくりと口を開いた。
「悲しい物語じゃよ。この子が騒がした事件をそのまま物語っている話…」
トーフの眼帯の下、赤くなっている。
「"化け猫物語"じゃよ」
眼帯の下から流れる赤いものは、トーフの柔らかい頬を伝って、ベッドを濡らしていた。
ばけねこ
これが、ワイの名前、ワイはそう思っていた。
あんころのワイには、名前なんてあらへん。
何故なら、ワイは、
人が不吉がって嫌う生き物
"化け猫"なんやから……