この大陸では珍しい。空を暗雲が覆っていた。
雨の気配がする。
32.暗雲の下で
「もう夜か?」
ポカポカとしたいい日差しを浴びるためにメンバーは車から降りると、暫くの間は車と共にのんびりと歩いていた。
しかし、突然場が薄暗くなったので思わずサコツはそう訊ねると、クモマが笑いながら首を振って答えた。
「違うよ。雲が黒くなったんだよ」
「雨雲?そういえばさっきから湿気を感じてたのよね〜」
空を仰いでチョコは雲を見る。
真っ暗な雲だ。それが大きな空を満遍なく埋め尽くしている。
何だか、雨の日はあまりいい気分になれない。
そのため表情が一瞬だけ暗くなってしまった。
そんなチョコと比較してサコツはというと
「マジでかよ?だけど俺は雨好きだぜ!」
イヒヒと笑って空を仰ぎながら1回転していた。
元気なサコツにチョコは目を丸くする。
「え?どうして?」
チョコの質問にサコツは笑顔を向けたまま答えた。
「だってよー。雨に当たってると気持ちいいじゃん。だから俺は雨が好きなんだぜ」
「あ、それだけの理由なのね」
「でも僕も雨好きだよ」
あまりにも簡単な理由だったため苦笑するチョコであったが、クモマもサコツと同じで雨が好きだと発言するので、また目を丸くしていた。
クモマは理由を言う。
「雨は自然を育ててくれるし、僕たちにも水分を与えてくれるし、悪い部分は1つもないからね。ただでさえあまり雨の降らない地域だし雨が降ることには感謝しなくちゃ」
今度は理由がきちんとなっていて、チョコも納得していた。
確かにそうだ。
この地域…いやこの大陸ではめったに雨というものは降らない。
降るとしても年に1度か2度か。本当に降らないのだ。
そんな雨が今から降ろうとしている。
「そっかー雨かぁ…久々の雨だし、今回は許してあげようかなー」
「何だその発言」
何気なく呟いた発言だったが、チョコはソングに突っ込まれてしまった。微妙な笑みを浮かべているソングに。
ソング的にその発言は面白かったのかもしれない。
チョコは珍しいソングの笑みを見れて、心なしか嬉しかった。
思わずテンションが高くなっていた。
「何よー!私は雨がキライなの!だけどクモマの意見聞いてたらちょっと納得しちゃって!だから今回の雨は見逃してあげるの」
「何だこいつ、意味わからね」
「きゃー!また私のことバカにしたでしょ!もーソングったらいつも発言がキツイんだから!」
「っ!…仕方ねえだろ。俺は言葉出すの苦手なんだよ」
「そうよ。凡はラブ男のうえに口下手で無愛想…って、あんたって本当にダメ男なのね。ダメダメじゃん、ダメダメ男。ダメ田ダメ男」
「……」
途中から割り込んできたブチョウの言葉に深く傷ついたソング。何気に自分でも気にしていた部分だったようだ。
しかし性格というものはすぐに直せないものだ。これからもこの調子で頑張ってもらおう。
のんびりと車と共に歩いていく。
道はほぼ一直線だ。そのため楽に進むことが出来る。
いつものように会話を弾めながらメンバーは前へ進む。
旅の初期でもメンバーは結構会話を弾ませていたが最近ではもっと弾むようになっていた。
メンバー1人1人のことを知ってしまったからだろう。今では気軽さをもっているのだ。
一緒にいたら安心できる、この場はメンバーにとっては心のオアシス。
さすがラフメーカー。笑いを作ることの出来る者たち。常に明るい。
あの無愛想であるソングさえも最近では少しずつだか表情を緩めてくれるようになっている。
だが、こうやって全員が笑みを浮かべている中、1人だけ表情の固いものがいた。
それはトーフだ。
「………」
車の横を…というかエリザベスの隣を陣とっているサコツとその隣にチョコとクモマ。
そしてすぐ後ろにはソングとブチョウがいる。
トーフはその後ろにいた。
いつもはクモマと一緒にいるはずのトーフであったが今回だけは1人で歩いている。
クモマはみんなと話すこと、そして天気のことに夢中になっていたため、トーフのことはそこまで気にしていなかった。
だが、トーフはどんどんとメンバーから引き離されていく。
歩く速さが遅くなっているのだ。
「…………」
わざと遅く歩いているわけではない。
だけど遅くなる。それはなぜ?
「……………」
懐かしい感触がする。
前に吸ったことのある空気や。
そうあれは、雨の降る直前のことやった。
あれからもうどのぐらい経ったんやろか?
だいぶ年月は経っている。
せやけど空気というものは変わらないもの。
せやから思い出させてくれる。
あの光景を。
あんときもこんな薄暗い色やった。
雨の降る前やったんで、暗雲が降りていて。
その中でも自分の目は人々に向けられていた。
あんときの自分はホンマ幸せやった。
人に…………、うん。
『××××…』
人々が自分を呼ぶ声。
あんころの自分には名前なんてなかった。
せやけど人々は自分の名を呼んでくれたわ。
嬉しかった。
せやけど…何か違う気もした…
あんときのあの事件、
場は暗いはずなのに自分の視界は赤かった。
人々の希望により、そうなってしもうた。
そしてあれ以来ずっと……
せやけど、それでえかったんや。
ホンマに…後悔はしてへんし怨みももっておらんし…………
「!!」
突然、目の前が真っ暗になった。
それはトーフだけに起こった症状のようだ。
クラっと前が見えなくなった。
「……っ」
上手く前を歩けなくなる。
足がもつれる。なぜ?
何だか急に眠たくなってきた。
仲間がどんどんと離れていってしまう。
前が見えない。
しかも熱い。全身が燃えるように熱い。どういうことだ。
歩けない。
歩くことが出来ない。
目の前が見えないから。
目の前が真っ暗になる。
「トーフ?!!」
仲間の叫ぶ声がその場に響いた。
しかし呼ばれている本人は目を覚まさない。
トーフがいないことに気づき、メンバーは後ろを振り返ると、何とトーフが道端で倒れているではないか。
急いでトーフの元に戻り、クモマがトーフを抱き起こす。
そのときにわかった。
体温が伝わってきた。
トーフの体、全身が火の通った鉄板のように熱かったのだ。
「トーフ大丈夫か?!あちぃぜ!病気か?」
「キャー!トーフちゃん!!熱がひどいよー!」
「あいたこりゃ、ヒドイ高熱ね。まるでこれはすね毛が突き刺さったときのような熱さね」
「お前の例えはいつもわからん!すね毛は凶器のように突き刺ささらねえよ!…ってか大丈夫かよ、おい…」
全員がトーフを揺さぶる。
しかしトーフは起きない。
苦しそうに息をしている。呼吸音が短くて、急いで空気を取り込もうとしている。
トーフの顔中は汗だくだった。
顔も赤くなっていて、高熱に苦しんでいる。
体も熱いのか、来ている着物を無意識に脱ごうとしているため、少々はだけてしまっている。
「トーフ、しっかりして!トーフ!!」
呼びかけるが苦しんでいるトーフは答える余裕もない。
「一体いつから気分が悪かったの?トーフちゃん…」
「教えてくれたってもよかったのによー。苦しいのに無茶しちゃいけないぜ?」
「熱がひどいよ!とにかく頭を冷やしてあげよう!」
「水!水ないの?!」
チョコが叫ぶが、不幸なことにここは道のど真ん中。水なんて一滴もこの辺りにはない。
しかし、祈れば幸福が訪れる。
そう、今は暗雲がここに降りているのだ。
雨乞いをすればもしかすれば雨が降ってきてトーフの熱を少しでも冷やしてくれるかもしれない。
そういうことで、雨乞いをすることになった。
雨乞い代表者、ブチョウ。
「やめとけ、こいつの雨乞いなんてきっとろくなもんじゃない!」
「何言ってるのよ。私を信じなさい」
「待って待って!雨降ったら余計危なくないかい?」
ヨガ並みの怪しいポーズをとって今から雨乞いをしようとしたブチョウに、高熱のトーフを抱いているクモマが叫んでいた。
何よ?と眉間にしわを寄せるブチョウにクモマは言う。
「雨で余計症状を悪化させてしまうかもしれない。風邪引きさんは体を温めることが大切なんだよ!」
そしてクモマは、トーフを抱いたまま、立ち上がる。
「とにかく、どこかでトーフを寝かせてあげよう。早く次の村に行こう!!」
熱いトーフを優しく包むとクモマはそのまま走り出していた。
メンバーもクモマの説得に納得してすぐに走りに参加する。
車引いているエリザベスたちも状況が分かったのか、急いであとをついてくる。
あのとき雨乞いをしようといったのが招いてしまったのか、その場は雨に包まれてしまった。
雨がザアザアと容赦なくメンバーを打ち付ける。
この雨で熱が引いてくれることを願うがそれはきっと可能性1%未満。
クモマも他のメンバー(ソングをのぞく)も風邪というのを引いたことがないから分からないのだが、風邪は寒さによって起こる症状だ。
自分は熱くなるのだが、実際には寒いらしい。寒いから体を温めてやらなければならない。
それなのに今は雨の中。気温もぐっと下がってしまっている。
これでは危ない。トーフの体が心配だ。
トーフの体がガクガクと震えているのが、抱いているクモマに伝わる。
寒いのか、トーフはまるで雪の中にいるかのように大胆に震えている。
しかし目は開けていない。まだ苦しそうに息もしている。
震えているトーフをクモマは優しく包んであげる。自分の持っている分の体温で、トーフを暖めてあげようとしているのだ。
しかし、感じるのはトーフの熱い体温の方だ。この寒い中でも体温は引かないのか。
無我夢中で走って、雨の中メンバーはとある村にお邪魔することになる。
トーフも村の中に入ったことに気づいたのか、クモマの服をギュっと掴んで何かを訴えようとしていたが、声にもならないし、クモマにも気づいてもらえなかった。
雨の匂いがキツイ中でメンバーは呼びかけを始めた。
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さて、トーフは一体どうしちゃったんでしょう!?
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