「あ、姐御…っ!!」


ブチョウのハスキーな声から繰り広げられた物語にチョコは大号泣していた。
その他のメンバーも唖然としてその場に立ち尽くしている。
ブチョウの過去に起こった出来事は思っていたより断然悲しいものだった。
驚いたことにサコツの目が少し潤んでいる。ソングは目を伏せて地面を睨んでいる。
クモマは後ろにいるチョコが背中に引っ付いているために身動きが取れなくなっていた。
トーフはじっとブチョウを見ている。

つらく苦しい過去を思い出しブチョウも目を赤くしていた。そして口開く。


「そういうことで今私は村を離れているのよ。ポメと自分の声を取り返すために」


それでもブチョウの声は凛としていた。
だけれど王の名を呼ぶときは悲しみに満ち溢れていた。目が一層潤んだ。

そんなブチョウを見て、オカマは楽しそうに微笑む。


「んふ。いい心構えねあなた。アタシあなたみたいな子、本当に好きよ」

「黙れオカマ」


オカマの声をブチョウが殺す。
一撃で突き刺さったな声であったがオカマはそれでも声を出した。
あの時奪ったブチョウの声を喉から鳴らして。


「も〜白ハトさんったら、正直じゃないんだから」


そして見下した目をするオカマにブチョウは殴りかかりたかった。だけどそれは無理であった。
何故ならブチョウはオカマのせいで動けなくなっているから。

そう、あのときつけられたアレが…。

ブチョウが奥歯を噛み締めている間もオカマは口を開いていた。


「あなたの声は今こうやってアタシが大事に使っているから安心しなさいよ。んふ」

「ま、待って!」


そこでクモマが口をはさんできた。
一体何よ?と目を細めるオカマはクモマの目の前まで歩み寄ってきた。
だんだんと近づいてきたオカマの姿にクモマは少々ビクついてしまったが、不意に流れてきた汗を拭うとクモマは冷静にと心を落ち着かせた。


「お願いがあるんだ。ブチョウの声を返してくれないかい?」

「たぬ〜?」

「クモマ!」


全員がクモマの目を向けた。
クモマの目は真剣そのもの。真っ直ぐにオカマを見て自分の願いを伝えようとしている。
しかしオカマも負けない。目を細めたまま首をクイっと上げ、よりクモマを見下ろした。


「何言ってるのよ。おチビさん。この声はもらったものなのよ」

「もらったんじゃないだろう?それは『自由』と取引したものじゃないか。ちなみに僕はおチビじゃない!」


あのオカマと対立しているクモマ。何だか勇ましく見える。
そんなクモマの後ろにいるチョコはクモマの背中に顔を埋め泪を拭っていた。
メンバーもそれぞれで背の高いオカマを睨んだ。


「オカマー!ブチョウにあげた『自由』とやらは一体何処に行ったんだよ!?お前がちゃんとブチョウにあげないからブチョウはこんなにも苦しんでるんだぜ?」

「全くだ。ちゃんと説明してもらおうか」

「『自由』っちゅうんはどこにあるんや?」


それぞれが意見を出すがどれも『自由』に対しての言葉であった。
オカマは眉を寄せた。真っ赤な唇をキュっと突き立てる。


「んふ。だからちゃんと『自由』をあげたって言ってるじゃないの。だけどタイミングが悪かっただけよ」

「それは本当なのかい?」

「本当よ。だから今王様に会えば白ハトさんは結婚できるわ」


オカマの話を聞いているうちに、トーフは『自由』というモノの存在に疑問を感じてしまった。
王族の掟により平民であったブチョウは王と結婚が出来なかったことで、自分に『自由』がないと泣いていた。
そんなときに現れたこのオカマ。
ブチョウの『声』と引き換えに『自由』を与えたらしいが、こいつの渡した『自由』というものは果たしてブチョウの言っていた『自由』と同じものなのだろうか。
もし、オカマがブチョウの結婚のことを考えて『自由』を与えたのだとしたら、ブチョウは貴族になっていなければならない。
なぜなら王と結婚できる者は貴族だけなのだから。

…何だか頭が混乱してしまった。

しかし今言えることといえば


「せやけど、ブチョウが今悲しんでいるところからして、『自由』はもらっていないようやで」


きっとブチョウはこいつから『自由』を与えられていない。
『自由』というものは人間に至福を与えるものだ。
しかし今ブチョウはこんなにも悲しんでいる。

だからブチョウは『自由』をもらっていない。そう断言できるのだ。


トーフの意見にオカマはまた笑う。


「んふ。それじゃ『自由』をあげた、ということにしていて」

「おいおいおい!それじゃ意味ないじゃねーかよ!ちゃんとブチョウに『自由』をあげてやれよ!」


口先を尖らして反論するサコツであったがオカマがまた覆す。


「もう無理よ。だって白ハトさんの愛しいあの人、村にはいないんでしょう?」

「っ!」

「だから『自由』を与えたとしてもそれは無駄な行為じゃないの?」


そうオカマが言ったときだった。
クモマが拳を作ってオカマに襲い掛かったのだ。
頭に血が上ったクモマはとにかくこの熱い拳に衝撃を与えたかった。
しかし、それは空振りとなってしまった。
クモマの鉄拳はオカマの黒いローブには当たったが、生身には当たらなかった。いや、当たれなかった。
クモマが殴ったとき、その場にはオカマが着ていた黒いローブしかなかったのだ。

オカマは消えていた。


「?!」

「消えた?」

「クソ!どこ行きやがった?!」


纏っていた者がいなくなり、黒いローブは宙を舞う。
クモマは拳を作ったまま辺りを見渡し、残りのメンバーもオカマの姿を探す。
しかし見つけることが出来なかった。


「すげーぜ…マジックかぁ?」

「なんちゅう奴や。言いたいこと言いまくってそれで逃げるなんてな…」

「う…うえ…姐御が可哀想ぉ…」

「意味がわからね。クソっ!」

「……………」


全員が文句を吐いているとき、クモマは無言で辺りを睨んでいた。
オカマが言った言葉に腹が立っているのだ。

ブチョウのことも考えずにあんな悲惨なことをいったオカマをクモマは許せなかった。
だから思わず拳を作ってしまった。今も作っているのだが。


「しもうたな。せっかくのチャンスを逃してしもうたな。ブチョウ」


とにかく空気を和ませようとトーフがそう台詞を吐いて振り向いたときだった。
驚くべき光景を目にしたのだ。


「そ、そんな?!」


トーフの声に全員が反応する。
そしてブチョウのほうを向くとそこには、いた
オカマが。


黒いローブを着てフードを被っている。先ほどまでの格好と全く同じ。
さっき宙を待っていたローブの中からまた湧き出てきたかのような感じだ。
オカマはまた現れたのだ。

オカマはブチョウの目の前にいる。
風に乗っているようにオカマの動きは滑らかだ。
まるで透き通っているような体を曲げると、顔をブチョウの腹前まで持ってきた。


「んふ。アタシの魔法もなかなかのものね」


ブチョウは動かない。いや動けない。
逃げることも出来ない。だからオカマの好きにさせられた。

オカマは青白く透き通った手をブチョウの服の裾まで持ってくると、柔らかく服をめくって見せた。
服をめくられてブチョウは歯を食い縛った。苦い表情を作っている。しかし逃げないしその行動を止めさせようともしない。


突然、ブチョウの生身の腹を披露され全員が目を丸くした。

ブチョウの腹がセクシーだから、というわけではなく、違う意味で目を丸くする。


「「………!!」」


目を丸くした理由はちゃんとあった。
ブチョウの腹にあったモノを見たからだ。あまりにも奇抜で生々しいそのモノに全員は絶句していた。


「アタシの"印"がある限り、あなたはこのアタシのものなんだから」


あのとき…ブチョウがオカマと初めて出会って、取引を行ったとき。
オカマからブチョウは腹に"印"を記されてしまってた。
その"印"はブチョウの中にある『声』を根こそぎ奪い取りオカマに託した。
そして"印"の役割はもうひとつ。

"印"をつけられた者はオカマのモノになってしまうのだ。

なので、動きなども操られてしまう。
だからブチョウは先ほどから動くことが出来なくなっていたのだ。
オカマに操られていたから。
オカマに自由を奪われていたから。


メンバーはその腹の"印"を見て、何も言うことが出来なくなっていた。
その中でチョコは思い出す。
それは露天風呂での出来事。
ブチョウは恥知らずというのやら、胸などをタオルで隠していなかった。
しかし一部だけタオルで隠していた。そう、腹を。

腹だけを何故か隠していたブチョウ。
それにはきちんと理由があったのだ。それは腹にある"印"を隠すため。


腹に"印"があるためオカマの前では自由を失ってしまうブチョウ。
彼女は『自由』がほしかったのに、これでは全く逆。
自由を奪われてしまっているではないか。


『声』を失ったばかりかブチョウは『自由』も奪われていたのだ。

何だかブチョウが可哀想で可哀想で…、チョコはまた泪でくしゃくしゃになっていた。


「んふ。愚かな者よね人間って。何にでも騙されてしまうのだから」


捨て台詞を吐いて、オカマはそのまま消えていってしまった。
オカマのいた場所に冷たい風が吹いて、存在を完全に掻き消していく。


暫くの間、全員が先ほどの形のまま固まっていた。

あのオカマ、一体何者なのだろうか。
密かにメンバーはそれぞれで似たような人物を見てきているが今回のように全員で接触したのは初めてだ。
もう、頭が混乱しっぱなしなのである。
人間って消えることが出来るのか?


その前に、ブチョウの問題もある。
せっかく目の前に怨むべき相手がいたのに、ブチョウは一本も指を触れることが出来なかったのだ。


なお冷たい風が吹く中。
人肌程度の体温が混ざる。
ブチョウの目から流れる泪が、風にもてあそばれる。


「…………ちくしょう……っ!」


久々にブチョウが動いた。
足をペタンと地面につけ腰を落とすという行動であったが、ブチョウはようやく動けるようになっていた。

その行動を見て全員も気を取り戻した。
真っ先にブチョウの元へ駆けつける。


「姐御!」

「ブチョウ!」

「大丈夫か?」


ほぼ同時に駆けつけたメンバーはブチョウと目線を合わせるためにしゃがんだ。
クモマが肩を叩いて慰める。


「大丈夫かい?つらかったねブチョウ」


ブチョウは手で顔を覆って泣いていた。
相当悔しかったのだろう。
目の前に自分の声を奪った奴がいたのに何も出来なかったのだから。
弱い自分にブチョウは泪を流し続けた。

メンバーも焦る。
こんなブチョウ、今までに見たことがないから。


「ごめんな?ブチョウをこんなにも傷つけた奴、逃してしまったぜ」

「姐御ぉ…あう…あう…」

「まさかお前がそんなつらい恋愛しているとは思ってもいなかった。…クソ、だから俺の恋愛に厳しく突っ込んできていたのか…」

「ワイも驚いたで。…もう何を言えばええのかわからんわ…」

「ほら、もう泣かないで。いつものキミらしくないよ」


全員がそれぞれでブチョウを慰める。
しかしブチョウはうずくまったままだった。小さく嗚咽を吐いているのも聞こえてくる。
それを聞いてメンバーも困った表情を作った。





「ワイらの目的、また1つ増えてしもうたな」


冷たい風も止んで、自然が完全に動きを止めたころ。
トーフがポツリとそう呟いた。

クモマはいつまでたっても泣き止まないブチョウを抱きかかえて我が車へ急いで戻っていた。
メンバーも早歩きで後を追い、突然そう言ってきたトーフに首を傾げていた。

じっとこちらを見ているメンバーに、もみじ型の手を向けてトーフが答える。


「ワイらの目的はこれで3つや。まず1つは"ハナ"を消すこと」


小さな指が1つ折られる。


「そして次に"ハナ"を撒いているっちゅう奴を探す」


それは河人魚の村でもらった情報だ。
小さな指が1つ折られ、計2つ。
そしてもう1つ。


「そんで新しい目的、それは」


3つめの指を折って、トーフは言った。


「フェニックスを探すことや」


冷たかった場が少し暖かくなった。
トーフの優しい意見を聞いて全員が何も言わずに頷いた。




鳥族の里の王であり、ブチョウの愛しい彼であるフェニックスをこの旅で見つけてあげよう。

そう心に決めたのであった。










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ってなことで、また目的が増えてしまったラフメーカー。
行方不明のフェニックスを探してあげようということでまた新しい一歩を踏み出すことになりました。

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