防衛隊の隊長に昇格し『ブチョウ』という称号を与えられた日の夜、
私はボール遊びをしている仲間たちからお祝いパーティをプレゼントされ楽しい一日を過ごすことができた。
ヒヨリに「歌を歌って」と頼まれ、私は仕方ないので歌うことにした。
この村の伝統的な歌を。この村の名前の由来となった歌を。
私の大好きな歌『絆』を。
自分でいうのもアレなんだけど、私はこの村の中で一番歌が上手いと思う。
自分でも驚くぐらいに響く声。軽やかに空気を動かし、私の声は天まで届く。
もしかしたら天国にいる天使にまで届いちゃうかもしれない。
突っ掛かることもなく滑らかに透き通る私の声。
私はある人の元まで届くようにといつもの倍以上に声を張った。
そう、それは、ポメ王。
「…ブチョウさん」
ポメ王がそう呟いているのが聞こえたような気がした。
だからもっと声を張る。
僕らは、絆で結ばれている。だから離れることはないんだよ。
そんな悲しい瞳をしないで。ほら、僕らには絆があるんだから。
誰にも切ることができない絆。だから安心できるんだよ。
私と一緒に誰かが歌っているように感じた。
だけど声は聞こえない。私の声しか。
だけど聞こえた。…一体誰の声だったのだろう。
「あなたがもし、僕のことを嫌いになったとしても、あなたはきっと僕のことを忘れることはないだろう。こんなにも頑丈な絆が残っているのだがら。僕はいつまでも君の事を忘れない。ずっとずっと想い続ける。あなたへ捧げるメッセージ…嬉しい絆をありがとう」
宮殿からポメ王の歌声が響いていた。
私みたいに綺麗で透き通るような声ではないけど、ポメ王らしい優しい声。
私はそんなポメ王の声が、何だか好きだ。
「んふ。美しい声ね」
どこか遠くで男の低い声が聞こえた。
しかしその声は誰の耳にも届かなかった。
+ + +
ある日、私は自主的に王の部屋にきていた。
目的は特にない。なんとなくあいつとおしゃべりをしたいだけ。
王と一緒にいると楽しいのだ。何でだろう。
「あんたが王になってついに千年が経ったわね」
「いや、そんなに経っていませんよ?!せいぜい半年です!」
「おかげで足腰弱くなったわ」
「そりゃあプレプレハブハブ踊っていたら足の筋肉がやられると思います」
「あの踊りはあれよ…本当にハードよ」
「でしょうね!見るからにすごかったですから!摩擦の湯気がもうもうとたっていましたから!」
「おかげで腰痛が治ったわ」
「腰痛にいいんですか?!どんな踊りですか?!」
「プレプレハブハブ」
「しなくていいです!湯気がもうもうとたちますから!ってかもうたってる?!やめてくださいよ!」
「あんたケチんぼね、アメンボよりたちが悪いわ!」
「アメンボよりですか?!って、踊るのやめてくださいよ!前が見えませんから湯気で!」
「ゴマ持ってきてくれたらやめてあげてもいいわよ」
「何故ゴマですか?!ゴマじゃないとダメなんですか?!」
「ゴマは私に勇気を与えてくれるのよ」
「ゴマが一体何をしちゃうんですか?!」
「面白いわねあんた」
「……そうですか?ブチョウさんの方が面白いですよ」
私とポメ王は一度口を開くと驚いたことにずっと話し込んでしまう。
ポメ王をからかうのが楽しいのだ。いじめ甲斐があるというか何ていうか。
「ところでブチョウさん、今日は何しに来たのですか?」
会って早々変な話で盛り上がってしまったので、なぜ私が訪れてきたのかポメ王は知らずにいた。
ポメ王に尋ねられ私はヘラっと答えた。
「暇だったから何となく来てみたのよ」
「暇つぶしで来ないでくださいよ?!」
「何いってるのよ。この私がわざわざ暇をつぶすためにあんたのところに来てあげてるのだから崇め奉りなさいよ」
「何でですか?!崇め奉る理由がまったくわかりません!」
「私を誰だと思っているのよ?私はジョふィーヌよ」
「そうですね…って違うじゃないですか!もう騙されませんよ!」
ほら、面白い。
こいつのツッコミ…というかテンション…というか……何だろう、何か好き。
一緒にいて本当に楽しい。
ジュンやヒヨリたちとは違う楽しさ。何だか心が温まる。
連続でツッコミをしたせいかポメ王は息が乱れていた。
呼吸を整えているポメ王に私は言う。微笑を浮かべた目をして。
「お疲れさま」
「…もーブチョウさん…人使いが荒いですよ…はあ…」
「あんたぐらいよ。私にここまでついてこれる奴って」
「…え?本当ですか?」
目を丸くするポメ王に私は頷いた。
「嘘よ」
「嘘なんですか?!頷いたくせに嘘なんですか!」
「ペイントよ」
「フェイントの間違いですよ!一体何処をペイントするんですか?!」
「……目?」
「痛いですよ!そこはかとなく痛いですよ!」
相手の一所懸命な姿に私は笑う。
それにポメ王が口先を尖らせた。
「酷いですよブチョウさん。笑うなんて…」
「いや、面白くて」
その私の声はほぼ笑い声だった。
笑いの篭った言葉にポメ王は顔を赤くした。
「そ、そんな…!俺は面白くないですよ!ブチョウさんがあんなボケするから…!」
「だってあんたのそのツッコミ聞きたくて私ボケてるんだもん」
「え?」
私の言葉にポメ王は言葉を詰まらせた。
私はイシシと歯を見せて笑う。
「あんたは実力があるわ。ツッコミの才能がある」
「…」
「あんたと初めて会った時からそう思ってた。だから育ててみたかったの。私についてこれる最高な奴を」
「…!」
「おかげさまであんたはここまで立派に育ったわね。まぁボール遊びができないっていうのがツライけど」
好き勝手に物を言う私にポメ王は
「………俺のこと…そうとしか見ていないんですか…?」
ゆっくりとそう口を動かしたのだ。
私は予想外の言葉に目をパチクリ見開いた。
ポメ王は続ける。
「ブチョウさんから見て俺ってそんな存在なんですか?俺のツッコミが好きだからと言う理由で今までずっと俺の側にいたんですか?」
「ポメ…」
「ブチョウさんはいっつもそうですよね!自分のことばかり考えていて…!」
「…っ」
「言葉で俺を振り回すうえ、まだ防衛隊の訓練中ともかかわらず抜け出してボール遊びに行っちゃったり…最近では俺のとこへ来て訓練から逃げていますよね?」
「……」
「もう、自分勝手な行動は控えてくださいよ!」
はじめてみた。こんなポメ王…。
思わず私は口が半開きだ。
だけど黙っておくわけにはいかない。
どうしても言いたいことがあるのだ。言わなくちゃ。
誤解されたくない。
「私がいつも自分のことしか考えていないと思っているの?」
今度はポメ王が目を見開いた。
キッと目を細めて私は言い放ってやった。
「何だ、あんた忘れたの?あのときあんたを助けたのはこの私よ。心身傷つきながらもあんたを護り通したのはこの私」
「…あ…」
「それとね。勘違いして欲しくないところがあるのよ」
戸惑いの色を浮かべるポメ王。
私は目を閉じて静かに言った。
「暇あればあんたのとこへ行くのも、訓練中に抜け出してあんたのとこに行くのも、全ては暇を潰すためでも逃げるためでもない。私はね…」
閉じていた目を全開に開いてポメ王を睨み、言葉を続けた。
「知らないけどあんたのとこに行っちゃうのよ!体があんたの方を向いちゃうの」
「!?」
「無意識なのよ。全て無意識で……」
「…ブチョウさん…」
「可笑しいよね私。…どうしちゃったのかしら…」
どんどんと悲しみに更けていく私はついには俯いてしまってた。
もう意味が分からない。
何故だか私は考えること考えることこいつの事ばかり。
何でなの?聞きたいのはこっちの方よ。
私、一体どうしちゃったっていうのよ?
俯いているため私の視界には自分の足、愛用の便所サンダルしか見えない。
だけどまた1つ新しい物が視界に入ってきた。
それは、ポメ王の影だ。
ポメ王の影は少しずつ私の視界に入ってくる。
「……可笑しいのは、俺もですよ」
本当に近くでポメ王の声が聞こえてきた。
優しい声は私のすぐ前で聞こえた。
「ポメ…?!」
私の肩にガッシリとポメ王の手が置かれている。
身長差はあるものの、ポメ王は頑張って背を伸ばして私を掴む。
俯いている私の視界にはポメ王の足が見えた。
私とポメ王、お互いの足はつま先がぶつかりそうになるほど近かった。
ポメ王の優しい声は歌うように流れる。
「俺も、ブチョウさんと一緒にいると何だか安心できるんです。それはブチョウさんが防衛隊だから、という意味ではなくて……何だろう…とにかく安心できるんです。ときどき俺に見せてくれるブチョウさんの無邪気な笑顔。俺、その笑顔が好きで……」
これ、ポメ王の口から出ている言葉なの?
何だか信じられない。
まさか私と同じ考えをしていたなんて…。
「ブチョウさん、俯かないでくださいよ。俺にさっき見せてくれた笑顔、もう一度見せてください。お願いします…」
しかし私は俯いたまま。
おかげでポメ王の声に元気がなくなってきた。
「さっき言った事は謝ります。俺のとんだ勘違いでした。まさかブチョウさんがそう思っていてくれてたなんて……」
唾を飲み込んでポメ王は一気に続けた。
「そうですよね。あのとき俺を護ってくれたのはブチョウさんでしたね。誰よりも早く駆けつけてくれて…本当に嬉しかったです。あのあとの泪は怪我をしているブチョウさんを助けたいからという意味で流したのではなくて、俺が不意に流した泪なんです。ブチョウさんの優しさに俺が不意に流した嬉し涙…。本当に嬉しくて嬉しくて……そして何も出来なかった自分が情けなくて…」
「…」
「俺、王のくせに本当に役立たずな男なんです。ただ珍種の生き物なだけであって他には何も力はない。度胸もないしブチョウさんみたいに人を護れる気もしないんです」
「何言ってるのよ」
力のないポメ王に今度は私が言い返してやった。
顔を上げると本当に近くにポメ王の顔があった。
ポメ王の手はまだ私の肩を掴んでいる。
「それだったら今から護ればいいじゃないの」
そして私は肩にあるポメ王の手を払った。そしてそのまま後ろを振り向いた。
「誰でもいい、まずは1人の人間を護ってみて、それからどんどんと増やしていけばいいわ」
「わかりました」
私の話を聞いてポメ王は私の背後でそう応答した。
その応答に私が「分かればよろしい」と頷こうとしたときだった。
ポメ王が「だったら俺は」と言葉を続けたのだ。
「ブチョウさんを護りたいです」
一瞬、自分の耳を疑った。
それってどういう意味?
するとポメ王は私の心の声が聞こえたのか、答えてくれた。
驚くべき言葉を吐いて。
「俺、ブチョウさんのこと、好きなんです」
「…え?」
胸からドキっと大きな音が聞こえてきた。
脈が速くなる。手が震える。
そんな私の手にポメ王の手が被さった。
震える手を優しく包み込む。
私はポメ王に背中を見せたままだが、ポメ王はお構いなく口を開いた。
「いつの日からか俺はあなたと逢えるのを楽しみにしていました。話していて楽しいし、さっき言ったように一緒にいると安心できるし…、今の俺にはあなたが必要なんです」
「…」
「勝手なこと言ってすみません。だけど俺はあなたのことが好きだから、護ってあげたいんです。いつも護られる側だなんてイヤです。こんな小さな体だけど俺は本気でブチョウさんを護ってあげたいんです」
手に触れてみなくても分かった。
私の顔が恐ろしいほど熱くなっていることを。
「…それは嬉しいことね」
何とか私は声を出すことが出来た。
口も震えるため声も震える。私は後ろのポメ王に「だけど」と否定に置き換える接続詞をつけて言葉を続けた。
「私はあんたと結婚する気なんて、はなからないわよ」
言葉を聴いてポメ王の手が緩まったのが分かった。
私の手からポメ王の体温が少しだけ抜けていく。
「どうしてですか…?」
ポメ王も震えた声だった。
あんなこと言われてショックだったのだろう。
問われたので私は答えた。
「私は見ての通り貴族じゃないもの。王族と結婚できるはずないじゃない」
「…!」
「私は村と王を守る防衛隊。特に今では称号を与えられて王の護衛を任せられている。あんたと恋している余裕なんて今の私にはないのよ」
「………」
私は後ろを振り向かない。
ポメ王の辛そうな表情なんて見たくないから。
「他の相手を…貴族の相手を見つけなさい。私のことは諦めて、もっといい女見つけなさいよ」
そう冷たく言った私であったが、自分でもすごく心が痛かった。
こんなこと本当は言いたくなかった。
するとすぐにポメ王は突っ込んできた。
「イヤです!俺はブチョウさんがいいんです」
「何で私にそこまでこだわるのよ?」
「あなたのことが心底から好きだからですよ!」
「…!」
そんなこと言うんじゃないわよ。
どっちみち、私たちは
結ばれたらいけない運命なんだから。
代々、この鳥族の王は身分の高い貴族と歴史を作り上げている。
だからポメ王も貴族と結婚しなければならないのだ。
私は貴族でも何でもない。いわゆる平民。
その中から自主的に王に近づくために防衛隊になった者。
そして称号を与えられ王の護衛を任せられた者。
だけど平民には変わりはない。
私は、結婚したくてもしたらいけないのだ。
ポメ王の期待を裏切らないといけないのだ。
私だってポメ王のことが好き。
だけど、結ばれないのよ。無理なのよ。
だってそういう掟なんだから。
だから、ごめんなさい…。
「もう、私のことは忘れて…………」
平民である私の汚い手を優しく包み込んでくれていた王の綺麗な手、私はそれを振り払って
結局ポメ王に笑顔を見せることなく、この部屋から走り去っていった。
激しく閉まる扉の音が響き、それに伴って部屋も揺れる。
1人になってしまったポメ王。
その場に座り込んで、私の手を包んでいた自分の手を額に持っていき、悔しさを噛み締めていた。
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