これは夢なのだろうか…
 こんな風に世界を見下ろすことが出来るなんて

 今、僕は、誰よりも幸せだ…………。




「タマ、見て。たぬ〜があんなに幸せそうに走っているわ」

「そやなー。微笑ましいなぁ」


念願の快適足長グッズを手に入れたクモマは爽快にその場を走り回っていた。
風と共に走るクモマ。まるで風の妖精のよう。
足の長さが不自然なのだが、そんなの気にしない。クモマは走る。風となって。


「クモマがああやって幸せそうに微笑んでいるとこってワイはじめてみたわ」

「快適足長グッズを使っても私の足の長さには勝てないみたいだけどね」

「それを言ったらおしまいやでブチョウ」

「事実じゃないの。たぬ〜はどっちにしろ短足には変わりないんだから」

「せやからそれを言ったらあかんって!今彼はあんなにも幸せそうなんやから」

「かわいそうな人ね」

「…………」


爽快なクモマを遠目で眺めながら淡々と会話をするトーフとブチョウ。
すると目の前にもう1人の足長グッズ使用者、団長が現れた。ニッコリと微笑みながら口を開く。


「それではそろそろサーカスのリハーサルをしよう」


やっとサーカスのリハーサルをするらしい。意外にのん気なサーカス団である。
ちなみに黄色いテントの中にはまだお客は入っていない。
そういえば、下っ端団員が配っていたチラシに書いてあった。
サーカス開演は夜からだと。
今は真昼間だ。だからのんびりとしていたのだろう。


「今からサーカスの練習するんか?」

「そう。だからキミにはこれを着てもらいたい」


そして団長はトーフにあるものを差し出した。
しかし受け取った途端、トーフはそれを地面に叩きつけていた。


「いらんわこんなもん!」

「何を言う?!着てみないとわからないではないか!」

「着てみなくてもわかるわボケ!誰がこんなもん着るか!」

「そんな冷たく言わなくてもいいだろ?キミにこのサーカスがかかっているんだ」

「勝手なことほざくなボケェ!ワイは絶対にこんなもん着ないで!着ぐるみなんか!!!」


団長から授かったもの、それは着ぐるみであった。
っといっても全身タイツと言った方がただしい。
首元に人工で作られた毛がモッサリ生えている…タテガミらしい。


「ライオンなんだぞ!誰もがあこがれるライオンだ!キミにぴったりではないか!」

「何でやねん!ワイはトラで十分や!」

「大丈夫、こちらにトラの着ぐるみが…」

「いらん!余計なお世話や!!」

「なかなかいいわよ。この着ぐるみ」

「ブチョウ!あんたが着てどないする?!!」

「…いい…」

「よくないわー!!」


「やっぱり足が長いのって…最高だっ!」



+ + +



この村から少しばかり離れたところに流れている大きな河。
そこにいるのはメガネの男。


「………伝言、伝えてくれたかなぁ…」


河から出て、ずっと遠くを眺める影はフウタ。
日が照っていて非常に暑いのだがそれでもフウタは外にいる。
そんな健気なフウタに声を掛けるもう1つの影。


「フウタさん!そんなところにいたら干からびてしまいますよ?」


背後から水をバシャっと掛けられ、フウタは驚きの拍子に後ろを振り向く。
そこにいたのは河の中から顔を出している少年。
無邪気に笑いながら、またフウタに声を掛けた。


「そろそろ水浴びでもしたらどうです?僕が相手になってあげますよ?」

「…いや、遠慮しておくよ。カイくん」


フウタに首を振られ、カイと呼ばれた少年は顔を顰めた。


「え?何故ですか?」

「あ、うん。ちょっと心配事があってね」


声を濁らせてフウタは続けた。


「僕が王の伝言を伝えに行こうと思ったんだけど、途中で干からびてしまってね。今他の人に伝言を頼んでいるんだよ」


その言葉にカイが鋭く突っ込んできた。


「ちょっと待ってください!他の人ってどんな人ですか?!」

「え?…人間…」

「何しているんですかフウタさん!人間を信用していいんですか?!」


鼻息荒くしたカイは無理にでもフウタを河に入れようと、自ら陸へ這い上がってきた。


「でもあの人たち、僕を助けてくれたし」

「そうやってフウタさん、前にひどい目に遭わされたじゃないですか!少しは勉強してください!」

「うー…ん」

「も〜う。フウタさんは優しすぎですよ…。勝手な行動を控えてください」

「分かってるよ…。でも」

「まだ何かあるんですか?」


フウタの腕をガッシリと掴んだカイはその腕を引く。しかしフウタは動かなかった。
目線はずっと遠く。あの村へ。


「伝言を頼んだんだ。ここで結果を待っていなければ…」


1つも引こうとしないフウタにカイは頭を抱えた。
フウタの腕から手を離す。
水分が少々抜けていたフウタの腕には、水分たっぷり含まれていたカイの手跡が残されている。


「もう、勝手にしてください」


カイはそれだけ言うとまた河へと身を投げる。


「それと」


カイは言った。


「干からびるまでそこにいないでくださいよ?暫くしたらまた水分補給してください」


フウタが頷くのを見てから、カイは頭を水の中に沈める。それ以来彼は浮いてこなかった。

カイからも見放され、陸に上がっているのはフウタのみ。
風に扇がれ、少々濡れた服が重たく揺れる。


「…………それでも僕は、信じていたいんだ……人間を」


太陽に照らされているフウタは、どんどんと陽に焼けていく。




+ + +


「「団長団長団長〜!!!」」


動物たちのオリの前で言い争いをしているトーフと団長、そして着ぐるみを着て爽快に走るブチョウと快適足長グッズ使用中のクモマの元に、暖色系の頭二人がやってきた。


「大変なんだよ団長!」

「俺ら急いで帰らないといけねぇんだ!」


アキラとタカシは精一杯に主張する。しかし団長の耳には届いていなかった。


「だからキミはいい素材なんだよ。人間っぽいけどトラだなんて普通いない素材だ」

「せやからワイは人間じゃなくてトラなんやて!ってか珍しいって言うなボケ!」

「「お〜い団長〜!」」


より身を近づけてアキラとタカシ。


「聞いてくれよ団長」

「俺ら村に帰らなくちゃ。何だか大変みたいなんだよ俺らの村が」

「トーフと言ったか、キミを是非このピエールサーカス団の猛獣として…」

「何言うてんやあんた。ワイは猛獣やらん言うてるやろ!」


しかし聞いてもらえなかった。
団長はトーフと言い争いを続ける。


「見ただろ?私の猛獣の姿を。こんなにもぐったりしているんだ。かわいそうにおもわないのかね?」

「そりゃ思うで!せやけどワイは猛獣じゃないしあんたの手伝いをしたいとも思わへん!ワイは空中ブランコとかマジックとかしたいんや!」

「キミは猛獣がぴったりだ」

「あんた縛るで?」

「まあまあ堅いこと言わずに…。私たちピエールサーカス団も人数が少ないんだ。手伝ってくれ」

「せやけどなぁ…」

「「団長!俺ら今回だけサーカス団抜けるぜ!!」」


やっと二人の意見が団長の耳に届いた。しかしそれは衝撃的な言葉だった。
団長は二人のほうを振り向いて叫んだ。


「何故だ?!」

「さっきまでの話聞いていなかったのかよ?」

「だーかーらー!俺たちの村が危ないって言ってんだ。早く戻ってやらないといけねぇんだよ!」

「村が危ない?」


オレンジ髪の男…タカシの言葉にトーフが反応した。
目を鋭くして尋ねた。


「どういうことや?」

「全くだ。私にもきちんと話してくれ」


団長も首を突っ込んできたため、二人は困った、といったように顔を見合わせた。
しかし二人から送られる視線がとても痛く、耐え切れなくなった二人は小さけれども口を開いた。
タカシの方が。


「…えっとな、俺らの村にいる王のことなんだけど、実は今あいつがいろいろと大変なことになってんだ。んで、どうしたらいいか分からねえから俺らは村を出て出稼ぎの旅って感じで今こうやっているんだけどよー」

「まさかその間に王の事態が悪化しちまったのか?」


アキラも口をはさんだ。しかし表情は重い。
話を聞き、トーフが眉を寄せた。


「王の事態が悪化って何やねん?あんたらの王に何があったんや?病気にでもかかっとるんか?」

「知らねぇよ!俺らも聞きたいぐらいだ!」

「とにかく!俺らは一秒でも早く村に戻りたいんだ!」

「「団長!決断をどうぞ!」」

「却下」


同時に頭を下げてお願いをする二人に団長は冷たく言い返した。
目を丸くし、それから怒りの篭った表情に作り変えるのはその二人。


「何でだよ!俺らを帰らせろよ!」

「王がどうなってもいいって言いたいのか?あぁん?」


アキラに胸倉を掴まれる団長であったが、それでも冷たい言葉を吐いた。


「今はサーカスの方が先だ。サーカスをしてから村に帰るんだ」

「団長!待ってください!」


そこへ新しい声が混ざってきた。
振り向いてみるとそこにいたのは、ナギであった。サコツとチョコとソングも一緒だ。
ナギは言葉を続けた。


「二人を村に帰してあげてください!お願いします!」

「「…ナギ…」」

「今、私たちの村は大変なことになっているんです!私が二人の代わりに芸を頑張りますので、だから二人を村に行かせてください」


急いでここまでやって来たらしく息が荒かった。
ナギの主張を聞いて団長は驚いていた。


「ナギ、何故お前もそこまでして…」

「二人が心配している王、私の王でもあるからです!」

「?!」

「私たちの王を助けたいんです!だから二人を王の元へ帰してあげてください!」

「………」

「どうか、団長!」

「「団長!」」


精一杯の想いを込めたナギの主張。
村が大変なことになっている。…つまりは王に異変が起こったということだ。
助けてあげたい。だからここまでしてでもお願いをする。

そして、3人の思いが通じたのだろうか。
団長はゆっくりと口元を歪め、微笑んでいた。


「いいだろう。二人とも行ってこい」

「「団長!」」

「サーカスも大事だけどお前らには護りたいものがある。それならそっちを優先すべきだ。村に帰って君たちの王を助けてあげなさい」


ニッコリと微笑む団長の姿に二人は喜びの声をあげ、ナギは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます団長!」

「…しかし、二人が抜けた穴をナギ、お前が全て埋めるんだぞ?」

「…………団長のため、二人のため、…私頑張ります」

「よろしい」

「ほな、ワイらもあんたらと一緒に村に行くとするか」

「え?ホントかよ?」

「ナギさんから話聞いたよー!村っていうか王様が大変なことになっているみたいね?」

「困っている人を放っておけないぜ!」

「そっか。ありがとな!みんな!」

「快適足長グッズ、最高だなぁ〜」

「あら、この着ぐるみ…ナマコ臭いわね」


ナギと団長に別れを告げ、メンバーとアキラとタカシはテントから離れていった。


そしてそのころ。


「おーい!みんなはどこにいったんだー?」

「サーカスのリハーサルはしないのであるか?」


デーブとノッポーが大きなサーカステントの中にポツリと立っていた。






ラフメーカーと暖色系頭の二人はフウタが待っている河へと急ぐ。





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サーカス結局しなかったよ!(笑

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